肝試しと花火と噛み合わない僕たち 第6話 ちょっと行ってくる
握りしめた紙をポケットに再びねじ込む。みんな花火をしたりジュースを片手に談笑したりしている。誰も僕に注目している人などいない。今なら校舎に向かったとしても誰にも怪しまれないだろう。
朝礼台の上の花火を確認する。数はまだ十分にある。つまり時間はまだある。
そこで視線を止める。朝礼台から少し離れたところで木下さんが友達と話している。けれど何か様子がおかしい。担任の方をちらちらと見ながら何か不安そうな顔をしている。
「どうしたの?」
「あ……火野君」
たまらずに声をかける。けれど木下さんは少し困った顔をして黙ってしまった。
「火野君って明日花ちゃんとペアだったんだよね? 聞いてみた方がいいよ」
友達に促され、木下さんは少し口ごもりながら話し始めた。
「実は……スマホが無くて……」
「もしかして校舎の中?」
木下さんが暗い顔で頷く。
「分からないけど、たぶん」
なるほど。それで困っていたのか。木下さんは校舎の中で『何か』を見て気分を悪くしてしまった。もし校舎の中だとしたら取りに行くのはきついだろう。しかも今は夏休み中だ。明るくなってから探すためにはまたわざわざ学校まで来る必要がある。
「スカートのポケットに入れてたんだけど、廊下で座ったときに落としたのかも。心当たり……ないよね」
「ごめん。分からない」
「そうだよね、ありがとう。先生に聞いてみる」
木下さんは笑ってみせたが、落胆しているのは雰囲気で分かる。友達に一緒に行こうと声をかけられているが、どうしても首を縦に振れないようだ。それもそうだろう。少し前にあんなことがあったのだ。行ける状態ではないだろう。
つまり、校舎の中に入りたいけれど入れなくて困っている、と。
「僕が見てくるよ」
「えっ」
木下さんは返答に迷っているようだった。僕に行かせるのは気が引けるのだろう。頼みたいが頼めない。けれど自分で行くことはもっとできない。
だから木下さんは僕の申し出を断れない。
「教室までならすぐだし、ちょっと行ってくる!」
僕は木下さんに断られる前にそう言い残して担任のもとへと向かった。
事の経緯を説明するとあっさりと許可がでた。なんなら担任からも頼まれたくらいだった。木下さんが校内で気分が悪くなってしまったことは凛子が耳に入れているはずだ。担任は校庭で花火をしている都合上この場を離れるわけにもいかない。それに申し出たのがこの僕である。ひとりで何か悪さをしに行くだとかいう心配は皆無だろう。普段から地味に過ごしてきた甲斐があるというものだ。
朝礼台を離れ昇降口の前で一度立ち止まる。
僕は堂々と校舎へ入り込む言い訳を得た。もちろん木下さんのスマホもきちんと探すつもりだし、何も問題はない。
だけどどこか気が落ち着かない。正体の掴めない焦燥感に駆られる。気を抜くと引き返してしまいそうだった。
「……よし」
自分に気合いを入れるかのようにつぶやき、校舎へ足を踏み入れようとした時だった。
「火野君! 探してたの!」
後ろから誰かに呼び止められた。想定外の声掛けにやや気を削がれながら振り向く。凛子と仲の良い女子ーー東海林佳奈が走ってきていた。
「どうかした?」
息を切らしながら僕の手前で止まる。もしかしたら僕の意図に気づかれて止めに来たのだろうか。だとしたらどうするかーー。
「凛子のこと探してる?」
やっぱり何か気づかれているのか。凛子の一番仲の良い友達のようだから本人から何か聞いていてもおかしくはない。
「凛子、少し様子がおかしかったの」
「え?」
どう答えるべきか咄嗟に判断できなかった僕の返事を待つことなく東海林さんが続ける。
「佐山君と校舎の中に入っていったらしいんだけど、少し心配で」
やっぱりそうか。僕の予想は大方当たっていたわけだ。でもどうする? 木下さんの件を引き受けた手前、ここで引き返すわけにはいかない。
「どうして僕にその話を?」
「……あれ、違った?」
「僕は木下さんが校舎の中でスマホを落としたみたいで探しに行こうと思って。さっき先生にも報告してきた」
「なんで火野君が?」
「木下さんとペアだったんだ。困ってたから代わりに見てこようと思って」
用意したセリフは思ったよりも冷静に口から出てきた。
「なるほど……」
東海林さんは何やら少し考えるように顔をうつむけ、すぐにまた視線を僕に戻した。
「とにかく私も行く。だから凛子のこと一緒に探してくれない? 明日花ちゃんのスマホも一緒に探すから。いいよね? じゃあ行こう」
「えっちょ、ちょっと……!」
「何かあったら助太刀するから!」
返事も聞かずに東海林さんは足早に校舎に入っていく。僕は慌ててその後ろ姿を追った。
何かってなんだ。
「探すって、見つけてどうするつもり?」
入るのを躊躇う隙も与えられず、勢いで靴を履き替え校舎の中へ足を踏み入れる。
「火野君」
東海林さんが懐中電灯の電源を入れる。
「何?」
「ごめんね。でもお願い。行ってあげて」
僕は何も言うことができず、ただ歩を進めることしかできなかった。




