肝試しと花火と噛み合わない僕たち 第5話 仕方ないよ
「ごめん。そっちの方見てなかったから分からない」
とりあえず事実を述べる。
僕は何も見ていない。けれど木下さんが何かを見たかもしれないことを否定もしない。自分にしか見えていないということが強調されて、それはそれで恐怖を煽るからだ。
「中、見てくるよ」
一歩前に出て端の教室の中を懐中電灯で照らす。机と椅子が整然と並んでいる。特に変わった様子はない。念のため中を覗き込むが、結果は同じだった。
だけどここで立ち止まっていても仕方がない。何かいたのだとしたらなおさらだ。
「大丈夫だよ、何もなかった。とにかく先に進もう。教室まで行けばもっと人もいるし安心するよ」
実際僕たちの教室の方からは話し声が聞こえていてまだ人がいることがここからでも容易に分かる。何もなければもう怖さも感じることのない雰囲気だ。
だが。
「……木下さん?」
木下さんは端の教室の中を見つめたまま動けない。息づかいが少し速い。
「大丈夫?」
もう一度声をかけるとはっとしたように振り返り、困ったように笑った。
「ごめん。行こう」
そうは言ったが、彼女の足は動かない。いや、動けないのだろう。
「あれ……」
けれど彼女の意思とは無関係に体は言うことをきかない。
「なんで、ごめん、大丈夫……」
「分かった、少し休もう」
焦る木下さんを落ち着かせようと声をかける。早くここを離れさせた方がいいだろう。けれど今は動ける状態ではない。まずは落ち着かせないと。
教室にはもう何もなかった。何もいなかった。
だけど彼女は一体、どこまで見えたのか。
ここまでの様子を見るに怖いものが得意というわけではないだろうけれどそれほど怖がりなようにも見えなかった。強がっていただけなのか、『何か動いた』以上の何かを見たのか。
僅かに残るこの気配がもし僕の思っている通りだとしたらーー。
どちらにせよ今の様子ではとても聞けそうにはない。
「どうしたの?」
不意に声をかけられる。見ると異変を感じ取った凛子が近くに来ていた。
助かった……が、すぐに別の問題が頭をよぎる。一体凛子になんと説明すれば良い? 間違っても『何か動いたように見えたらしい』などとは口に出してはいけない。
ほんの一瞬だけ間を空けて、僕は当たり障りのない言葉を選んだ。
「少し具合が悪くなったみたいで、動けなくなってるんだ」
「分かった」
凛子はちらりと木下さんの様子を見ると、僕のその言葉だけですぐに頷いた。
「一緒に外に出よう。もう少し人が多い方が安心する? それともあんまり大事にならない方が良いかな?」
「……あんまり大事にならない方が、良い」
木下さんが小声で答える。普段目立つことを好まない木下さんの気持ちを考慮してくれたのだろう。気の利かない僕よりも凛子に任せた方が良さそうだ。僕は黙っていることにした。
「うん。じゃあ私たちだけで戻ろう。ちょっとだけ待ってて。すぐに戻るから」
そう言うと凛子は僕たちの教室に取って返し、すぐに戻ってきた。凛子のペアだった佐山君を連れてきていた。約束通り他のクラスメイトは誰もついてこさせなかったようだ。それと、何かを手に持っている。
「はい、ふたりの分」
僕は凛子から紙切れを二枚受け取った。
「別に途中棄権しても全然良いんだけどね、一応ここまで来てくれたからゴールしたってことで」
そう言って木下さんに向けて笑って見せた。凛子から受け取った紙はチェックポイントである僕たちの教室の各机に置かれていた物だった。
「ありがとう。ここまで来てくれて」
木下さんはふるふると小さく首を横に振っていた。
「よしっ! じゃあ行こうか!」
僕たちはそのまま四人で階段を降り始めた。その間も凛子は木下さんに話しかけ気を紛らわせてくれていた。佐山君も明るくて話がうまく、僕たちの会話が途切れることはなかった。三階から昇降口までの時間は来るときよりもあっという間に感じられた。
ふたりが来てくれて助かった。僕だけではこんなに器用に接することはできなかっただろう。
「はぁーっ今日は風があって気持ちいいね!」
昇降口を出ると風が吹き抜けていった。陽も落ちてきて真夏にしては涼しい日だった。
「たぶんもうみんな出てくると思うから、すぐに花火始まると思うよ。準備とか手伝わなくて大丈夫だから休んでてね。私ジュースもらいながら一応先生に報告して、それから片付けしてくるね。でも何かあったらいつでも話しかけてくれていいから!」
にこにこと笑いかけ、木下さんにジュースの希望を聞いていた。チェックポイントで持って帰る紙はジュースの引換券になっていたらしい。
「凛子」
担任のところに行こうとする凛子に話しかける。
「ありがとう。助かった」
「ううん、明日花ちゃんが大丈夫そうでよかったよ!」
ちらりと視線を向けると、木下さんはだいぶ落ち着いたらしく集まってきた友達に話しかけられていた。
「それと……ごめん」
「仕方ないよ。それにそもそも今日はちょっと難しかったよね。こっちこそ無理言ってごめんね!」
そう言って笑ってみせる。何か言葉をかけようとして、けれど僕が口を開くよりも早く「じゃあね!」と言って走っていってしまった。当たり障りなくさくっと報告をした凛子がジュースを片手に戻ってきて、すぐにまた行ってしまった。
花火の準備をしている輪から佐野君を呼ぶ声が聞こえた。
「じゃあ、俺も色々手伝ってくるから」
佐野君が残された僕に声をかけてきた。
「佐山君も本当にありがとう」
「全然いいよ。俺も実行委員だし」
軽く挨拶をして行こうとする。あたりを見回して自分の友達を探す。
ふと、佐野君がまだこちらを見ていることに気がついた。
「どうかした?」
何か気に障ることをしてしまったのだろうか。
「いや、ごめん。火野君って凛子と仲良かったんだね。あまり話したことなかったからびっくりした」
だろうね。クラスでの話で凛子の口から僕の名前が出ることなんて今日まで無かっただろう。
「はは……そうだよね。小学校からの幼馴染みなんだ」
「それにしても……教室でさ、凛子が『火野君が来るまで帰らない』って言い張ってて。先に戻ってていいって言われたんだけど心配でさ。理由を聞いても答えてくれなくて……」
僕たちが行くまでにそんなことがあったのか。凛子らしいと言えば凛子らしいけれど、事情を知らない佐野君からすると不可解だっただろう。
「ごめん、ちょっと色々あって……。大したことじゃないんだけど他の人には言いたくないみたいで。僕は昔から知ってることだから呼び出されてたんだ」
「そえなんだ……?」
佐野君はまだ少し不思議そうな顔をしていた。
これで伝わっただろうか。僕は言葉を選びながら話した。核心を隠しながら急に僕の名前がでてきた理由を
話すのは難しい。
僕たちの間に不自然な空気が漂い始めた時、また佐野君を呼ぶ声が聞こえた。
「ごめん、教えてくれてありがとう。呼ばれてるから行ってくるよ」
そう言って愛想笑いをしつつ佐野君は走っていった。
佐野君が向かった先には凛子もいた。いつもクラスの中心にいる二人は今日もまわりにたくさんの人がいて忙しそうだった。それでいてとても楽しそうに笑っていた。
クラスメイトたちはまた仲の良い人同士で集まり話している。僕も上田たちと合流しよう。
『仕方ないよ』
思ったよりもあっさりしていたな。
そんな考えが頭を掠めた。少しだけ感じた胸の締め付けを無視するかのように、僕はすぐにいつもの通りクラスの輪の端へと歩き始めた。




