学校の階段 第10話 今の僕にできること
ひとりで廊下を歩く。
ポケットの中に手を入れ、袋があることを確かめる。
この時間、凛子は課外授業で再テストを受けていることだろう。つまり彼女がこの時間にここに来ることは絶対にない。
嘘をついたことは悪いと思っている。けれど僕にはうまい口実が思い浮かばなかったので最初から来ないでもらうことにするしかなかった。
C棟三階、廊下の突き当たり。そこを曲がり階段を上る。折り返しさらに上る。屋上の扉が見える。
噂というものは当てにならない。自殺者の幽霊はいなかった。そんな事件すらなかった。
けれど、全くもって見当外れというわけでもなさそうだ。
扉の前に立つ。ドアノブを捻る。開かない。天文部はまだ来ていないようだ。
「さて、問題は……」
ーーいる。
刺すような強烈な気配を感じる。
僕は振り向かない。振り向いたら、それは僕の負けを意味する。
だから僕は「何も気づかずに」ただ自分の仕事をこなす。
息を吸い、吐く。耳を澄ませ、まわりに誰もいないことを確認すると、ポケットの中から小さなビニール袋を取り出し中身を足元にばらまいた。
少しだけ鼻を嫌な臭いが通り抜けた。僕は顔をしかめて足元を確認する。
煙草の吸殻だ。
もちろん僕は煙草なんて吸わない。道すがらなるべく新しそうなものを適当に拾ってきただけだ。
屋上の扉の前で僕が感じていた違和感のある気配は複数あった。ほとんどが言霊だったわけだが、その中にひとつだけ、異様な気配を放つ異物がいた。視界の端に膝下ほどの大きさのヘドロの塊のようなものが佇んでいる。
もしかしたら、と思ったが、こいつは今日もここにいた。風に溶け消えるような綺麗なものではなかったようだ。
これの正体がなんなのかは分からない。とても人とは言い難い容貌から、普通の幽霊ではないのかもしれない。何らかの負の言霊の塊なのか、それともこれが『神様』の正体なのか。考えたところで答えはないけれど、とりあえず良いものではないだろう。
いずれにしてもこれは僕にはどうにもできない。僕が何かしら除霊の手段を持っていたとしても、素人が手に負えるようなものではない。それは感じる。
けれど僕はこれの存在に気がついてしまった。凛子のことだ。もしかしたらまたここに来るかもしれない。僕が何かを言ったところでそれが変わることはないだろう。
だから今の僕にできることと言えば、ここにこんな物を撒いて生徒を立ち入り禁止にさせることくらいだ。
ビニール袋をしまい、何事もなかったかのように来た道を引き返す。
あとはそのうちここを通る天文部がこの煙草の吸殻を見つけて報告して騒ぎにしてくれることをただ祈るだけだ。
そして、この場所がしばらくの間だけでも立ち入り禁止になればそれで僕の目的は達成だ。ほとぼりが冷める頃には凛子の興味は他にうつっていることだろう。
僕が吸ったものでもないし、もし撒いたのが僕だとバレたとしてもそれほど大事にはならないだろう。と、思いたい。
廊下を抜け、靴を履き替え、外に出る。まだ午前中だというのに太陽が燦々と降り注いでいる。これほどの暑さだというのに精力的に部活動に勤しむ生徒の声があちらこちらから聞こえる。
いつもと何も変わらない、暑い日だった。
僕は自転車に跨がると振り返らずに校門を後にする。
今日は良い天気だ。
学校の階段 完




