学校の階段 第6話 神様のおまじない
課外授業最終日。
僕は屋上の扉から下って階段を折り返しさらに下ったところの壁際ーー屋上の扉の真下に位置する場所に隠れるように座り込んでいた。幸いだったのはこれが課外授業最終日だということだ。もし鉢合わせたりしてもしばらくクラスメイトと顔を合わせなくて良い。
「なんでこんなところでするの?」
凛子の声が聞こえる。ちらりと覗くと、僕の頭上真上、屋上の扉の前にある左半分を隠す背の低い壁の向こうに人影が見えた。
なるほど、準備中なのかもぞもぞと動いているから人がいるのが分かるが、静かにしていれば確かに分からないかもしれない。
学校側としてはこれだけ人目につかない場所というのは構造上あまりよろしくなさそうな気がするが。
「ここ、人あんまりこないでしょ? 一番近いのは第一視聴覚室だからほとんど使われてないし、結構穴場なんだよ」
「教室じゃだめなの? 暑くない?」
凛子が立ち上がり、ちらりとこちらに視線を送る。僕は軽く手を上げいることを示してから姿を隠した。
「『神様のおまじない』ってしてるときに参加者以外と話しちゃだめなんだって。だから人が来なくて使ってても怒られないようなところがいいんだよ」
「ふぅん」
さして興味の無い様子で返事する凛子の様子についにやついてしまう。どうやらあまり興味がない体で話を進める気らしい。
別に面白そうにするくらいいいのではないかと思うけれど、凛子の場合は話し始めると歯止めが効かなくなるだろうからこれで正解なのかもしれない。
参加者は凛子を入れて四人。他の三人も話を聞いたことがあるだけで全員が初めて『神様のおまじない』をするらしい。
「いい? 順番に願いを言っていって、終わるまでは絶対指離しちゃだめだからね? 離すと神様が帰れなくなってバチが当たるから。マジでやめてね」
凛子に教室で声をかけてきたクラスメイトが神妙な声色で言う。なんでも先輩から聞いた話らしく、二年生の女子の間で若干の流行りをみせているらしい。内容的には凛子の言っていた通りいわゆる『こっくりさん』とほぼ同じ、一種の占いだ。どうやらこの『神様のおまじない』では神様を呼び出してお願いをするということらしい。
女子高生に呼ばれてほいほい出てくるとは随分フットワークの軽い神様のようだ。
「神様、神様。どうぞおいで下さいませ」
先ほどのクラスメイトの声が聞こえる。『神様』に呼び掛け、始まりの決まり文句を言う。どうやら始まるらしい。
さあ、どうしよう。
凛子はああ言っていたが僕はどこまで付き合うべきか悩んでいた。凛子にはとりあえずチャットで終わりまできちんとルールを守って行うようにだけ指示してある。それさえ伝えれば僕の仕事は済んだようなものである。
そもそも付いていく約束はしたが最後までいるとは言っていない。大体の内容が分かった今、僕の懸念事項は他のことに移っていた。
最初のひとりが願い事を言う。
わざわざこんなところでするのだ。言い出しっぺの凛子はいいとして、人に聞かれたくない話もあるんじゃないだろうか。階段という声の響きやすい場所にも関わらず小声で聞こえづらい。よっぽど声を潜めているのだろう。だけど困ったことにこの距離ではさすがに全く内容が分からないというほどではない。
次のひとりが願い事をする。
質問に答えるのではなく願い事をするためのものだから『神様のおまじない』なのか。
ひとり願い事を唱えるごとにふわふわと白い発光体がうっすらと発生していく。よく見ると屋上の扉の前には無数の発光体が浮かんでいた。なるほど、複数感じた違和感の正体はこれか。
しかし、これは困ったな……。
二人目の願いが終わったところで僕は頭を抱えた。嫌な予感は的中していく。
これは盗み聞きして良い類いの占いではない。おそらく凛子にはこの種の占いだということは伏せられていたのだろう。分かっていたら僕を呼ばなかったはずだし、きっと参加しなかっただろう。たまに困惑の声があがり仲間に静かにするようにたしなめられている。
「それで? 凛子は?」
ーーまさか。
「へっ!?」
凛子が間の抜けた声をあげる。
これは非常にまずい。
僕はとどまるべきか、離れるべきなのか。
耳はすでに塞いでいる。塞いではいるのだけれど油断からか興奮からか、みんな最初よりも声が大きくなってしまっている。
「もう! とぼけないでよ、流れで分かるでしょ? 『神様のおまじない』っていうのは、」
ああ、これはーー
「恋の願掛けだよ!」
「なぁっ!?」
「凛子だって参加したんだからちゃんと『神様』にお願いしないと!」
「えっ!? いや、ちょっと……!」
「ほら早く! 神様帰っちゃうよ!」
「……か……」
「か?」
他の三人が声をそろえる。
「帰れー!」
凛子が立ち上がって叫んだ。
「ちょっ凛子! 神様にそんなこと言わないで! 神様の前だよ! 失礼なことしないで!」
「帰れったら帰れー!」
ーーこれは、ここにいた方が怒られるやつだ。
結論を下すと僕は一目散に脱兎のごとく逃げ出していた。




