学校の階段 第3話 何か聞こえた?
僕たちは並んで屋上へ向かう最後の階段を上る。踊り場からは真っ直ぐに屋上へ続く扉が見えていた。
ーーそして。
僕たちは何事もなく屋上へ続く扉の前に立っていた。上方にある曇りガラスの小窓から漏れる光があたりを照らす。
凛子の顔を伺う。
僕が危惧しているのは幽霊ではない。彼女が何もないことに落胆していないか、そちらの方が気がかりだった。凛子の表情に変化はみられない。
諦めてくれるに越したことはないのだけれど。
「何か聞こえた?」
凛子が僕に聞く。
「特に、何も」
僕は正直に答えた。
凛子が言うには誰もいないはずの屋上へ向かう階段から声が聞こえる、ということらしい。
ちらりと横に視線を送る。しばらく考え込んだ後、神妙な面持ちで凛子が口を開いた。
「……やっぱり、もっと隠れて来ないといけなかったのかも。もしくは何気なーく軽い会話でもしながら……例えば幽霊出ちゃったらどうするー? みたいなフラグ立てまくりながら行かないと!」
「そこ?」
「だって! あっちだって出会う気満々の人間の前に出てきたって仕方ないって思っちゃわない!? ホラー映画で『わー! ファンなんですー!』みたいなの見たことなくない!? ああっ失敗したかも! ちょっともう一回やり直そ!」
先ほどまでとはうってかわってくるくると表情が変わる。忙しい人だ。
「ちょ、落ち着いて。もしそうだとして今やり直したとしてもバレバレだから」
僕は慌てて階段を駆け下りようとする凛子の腕を掴んで引き止めた。本当に転げ落ちていきそうだ。そもそも雰囲気でどうにかなる問題ではあるまい。
「あんまり騒ぐと他の人が来て怪しまれるよ。とりあえず何かないか探してみようよ」
「それもそうね! もしかしたら何か条件があるのかも。夕方とか、時間が大事なのかもしれないし!」
どうにか凛子を落ち着かせる。切り替えが早くて羨ましい限りだ。
とは言っても、これがトイレとか体育館倉庫とか調査しがいのありそうな場所ならばもう少しやることもあるのだろうが、ここは階段だ。見てまわるところもほとんどない。
それでも凛子は手すりを覗いたり屋上へ続く扉を見まわしたりと熱心な様子だった。
こうまでされると「いなかったね。はい、おしまい」ともなかなか言いづらい。
そんな凛子をぼんやりと眺めながら、僕は体を動かす変わりに口を開いた。
「そういえばどうして屋上から飛び降りた人の幽霊なのに屋上へ行く階段にいることになっているんだろう」
「ん?」
「もし本当にそんなことがあって幽霊が出るのなら、屋上に出そうじゃない?」
「む……?」
凛子が振り返る。眉間に皺が寄っている。
「なんというか、随分と都合が良い気がする」
「ゆ……幽霊だって、鍵がかかってるから屋上に出られなかったのよ……」
なんだそれは。
ぱっと前を向き、扉を眺めながらなにやらゴニョゴニョと小さな声で言い訳めいたことを言う凛子がなんだか面白くて僕は助け船を出さなかった。
凛子がなにやら扉を触っている。
ふと気づく。僕は誰に言うでもなくつぶやいた。
「そうか。逆だ。理由なんてなんでも良かったんだ。飛び降りたから屋上にいるんじゃなくて、屋上の近くにいるから飛び降り自殺なんて話になったのか」
「篝? どうかしたの?」
「いや、ごめん。なんでもない。ところで何か見つかった?」
「誰かが落書きしてた」
つまらなそうに凛子が扉を指差す。扉の下の方には小さく相合傘が描かれていた。先ほど凛子が触っていた場所だ。
「それはよかった」
何も見つからないよりは。
肩をすくめて凛子に再度声をかける。
「とりあえず今日は帰ろう」
「……夕方まで待たない?」
凛子がにこりと笑う。僕は騙されない。冷めた視線を送って否定の意を示してから当たり障りのない理由を考える。
まだ昼過ぎだ。閉ざされたクーラーの効いていない空間は夏の空気を存分にはらんで蒸していた。そのうえ課外授業から直行した僕らは昼食もとっていない。
「こんなところにいたら熱中症で倒れるよ。とりあえず何か食べよう」
「それもそうね。あーお腹すいた!」
本当に切り替えが早くて羨ましい限りだ。
それにしても。
凛子の質問が「何か聞こえた?」で良かった。もしこれが「何か見えた?」だったら、僕はまた嘘をつかなくてはならないところだった。




