プロローグ
その日も今日のように暑かったことをよく覚えている。
小学校に入って初めての夏休みだった。その頃の僕は何をするでもなく時間を持て余し、ひとりでいるのも退屈なので当てもなくあちこち自分の行ける範囲を探検してまわっていた。
その日もいつものように森林公園へ行こうと準備していると、玄関から母親の呼ぶ声がした。僕は呼ばれるがまま玄関へ向かう。
そして僕は彼女と出会う。
長くまっすぐな髪、丸く大きな目、あまりに白くて華奢な体。まるで作り物のような美しさで、けれど気を付けていないと消えてしまいそうなほど儚げな空気を纏ってそこに立っていた。
「お隣に引っ越してきた東島さん。篝と同じ一年生だって!」
母親は近くに息子と同じ年頃のこどもが引っ越してきたことがとても嬉しそうだった。引っ越してきたということは余計な予備知識がないわけで、期待をするのも無理はない。今考えると当時の家族には本当に心配をかけていたのだろう。
「はじめまして。よろしくね!」
彼女はにっこりと笑うと急に人間味のある人懐っこい表情になった。
対する僕がなんと言ったか。
「僕とは仲良くしない方がいいよ」
隣で母親が固まったのを感じた。
彼女は小首をかしげ、不思議そうにしていた。
「……どうして?」
「僕は嫌われてるから。みんな気味が悪いって言ってる」
淡々と告げる。
「友達いないの?」
「うん」
「じゃあ、私と一緒だ! 私と友達になってよ!」
病気をこじらせて引っ越してきた彼女は、病院通いと行動制限のせいで友達がいなかった。けれど、きっと彼女なら僕じゃなくてもあっという間に友達をたくさんつくったことだろう。
「やめておいた方がいいよ。僕といると他のみんなと仲良くできなくなるかもしれないから僕とは一緒にいない方がいいよ」
「なんで嫌われてるの?」
彼女は彼女の母親が止めるのも聞かずに僕に質問を続けた。
「……僕は幽霊が見えるって」
「見えるの?」
「そんなの、いるわけないじゃん」
見えると言えば気味が悪いと言われ、冗談だと言えば嘘つきと言われた。だから僕は目を閉じることを選んだ。
「いないの?」
「いないよ」
「本当に?」
「……いないよ」
「私はいると思う。だってーー見えるんでしょ?」
それなのに、彼女は僕の目を開かせる。
はっきりと言い切る彼女の瞳は真剣だった。どこまで理解した上での発言だったのか、今の僕に確かめる術はない。
きっと僕は怪訝な表情をしていたことだろう。それでも彼女は構うことなく話を続けた。
「よーしっ! じゃあ今から幽霊探しに行くよ!」
「えっ……」
「私このあたりまだなんにも知らないから案内してね!」
心配する彼女の母親を押し退けて、彼女は僕の手を取りさっさと進んでいく。心配する隙も不安に思う時間も与えずに、まっすぐに進んでいく。
彼女の手によって僕の世界はあっさりと姿を変えた。
それが僕と、彼女ーー東島凛子の出会いだった。
*
暗がりの中、眠る彼女を見ていた。カーテンの隙間から僅かに光が差している。ほのかに照らし出された彼女は、あまりに白く、そのまま溶けて消え行きそうなほど存在感が希薄だった。
「本当にいいのか」
僕はその声に頷いた。
息を吸って、吐く。
上手くいくかなんて知らない。これが正解だなんて確証もない。目をつぶりたい。逃げ出したい。何も知らなかったことにして眠りたい。
それでも。
彼女は僕の初めての友達だった。
彼女は僕の世界を変えた。
僕はただ彼女を守りたかった。
守る方法が欲しかった。
だから、僕はーー。




