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(後編)

タイトルの由来はポール・マッカートニーとスティーヴィー・ワンダーの曲です。

 それから数日後。奏は体力テストの上体起こしの結果を見て驚きの表情を浮かべていた。

 結果は27回。決して飛び抜けているというわけではない。平均よりわずかに多いという程度だが、今までの彼女からは考えられない数字だった。


 意識をそちらに奪われていると、腹筋をツンと突かれて奏は上ずった声を上げた。


「ひゃんっ・・・あっ、羽村さん」

「何考えてんの?もしかして、結構結果上がってたりした?」

「う、うん。何か今までよりも凄くできた・・・」

「それはきっと、<心のリミッター>が外れたんだよ」

「心のリミッター?」

「そう。何かをやりたくないとか、自分には出来ないとか思ってたら、無意識に脳が本来の能力を抑えちゃうみたいなんだ。だから、練習して少しづつ苦手な事が出来るようになっていったら、ある日突然急に上達したりする。音楽でもそういう事ってあるんじゃない?」

「そう言えば・・・」

「でも、今回急に記録が伸びたっていう事は、ちょっと前に()()()()()()()()()()()()()()()があったとか?」


 そう言って、葵は奏に悪戯っぽい笑みを向けた。

 その顔を見て、奏はあの体育の着替えの時の事を言ってるんだと思って軽く顔を赤らめた。


「とにかく、他の種目もやってみなよ。結構記録伸びたりしてるかもだよ」

「う・・・うん!」


 だが、葵の言葉に反してその後の記録は低い位置に留まった。・・・つまりは、今までの奏と変わりなかった。

 そして、最後の種目である持久走の時間を迎えた。


「羽村さん、やっぱり私はダメ。さっきの上体起こしはマグレだったんだよ・・・」

「諦めちゃ駄目だよ、まだ一種目あるじゃん」

「でも、持久走だって苦手だし・・・」

「大丈夫。よく知らないけど、部活では何時間も本気で息を吸ったり吐いたりを繰り返したりしてるんでしょ?そんな事やってて、持久力付かないわけないよ」

「・・・!」


 奏は練習中のことを思い出した。フルートは息を管に入れづらく、管楽器の中でもひときわ肺活量が必要な楽器なのだ。


「だいたい葦沢さん、本当は運動ができる様になりたいんでしょ?だって、さっき上体起こしの結果見てた時、結構嬉しそうだったもん。だったら、最後まで諦めちゃ駄目だよ。大丈夫。走るときは私の背中を追いかけて行ったらいいから」

「うん。私、頑張ってみるね。」


 葵の言葉に、奏は力強く答えた。


 私は音楽が好きだ。だからこそ、もうみんなの陰でコソコソしていたくない。



 奏と葵は、共に並んでスタートラインに付いた。

 そして、合図とともに走り出す・・・やいなや、瞬く間に葵は加速して奏を引き離して行った。


(「私の背中を追いかけたら・・・」って言いたかっただけじゃん・・・)


 と奏は思ったが、すぐに気を取り直した。「私は私で精一杯走ろう」と。


 全体の半分の500メートルに差しかかったが、奏は今までの測定時と同じく後方にいた。


(やっぱり、私にはムリだったかも・・・)


 と思って前方にいた生徒たちを見渡したが、その時奏はあることに気がついた。

 どうやら、自分より前を走っていた生徒の多くはすでにバテてきているらしい。

 それに対して、自分はまだもう少し息が続きそうだ。


(やっぱり、羽村さんの言うとおり、肺活量だけじゃなくて持久力も上がってたんだ・・・。よし!)


 改めて練習の日々を思い出し、奏は力強く足を踏み出した。

 決して足が速いとは言えない彼女だが、バテてきていた他の文化部や帰宅部の生徒を追い抜いていく。    

 そして、何人かの運動部の生徒までも。


 それは、誰もが初めて見る彼女の姿だった。


 

 そして奏はゴールした。結果、全体でも中の上に入る記録だった。もちろん、今までの彼女なら考えられなかったことである。

 改めて結果を確かめると、奏は今までの劣等感や羞恥心の殻から解き放たれたように体操着をまくり上げて、タオルで白い肌に伝った汗を拭った。

 今まで隠されていた奏の確かな腹筋を見て、何人かの女子が驚きとも羨望ともつかない声を上げた。


「やったじゃん、葦沢さん」


 今まで体育の時間には見せなかった、晴れ晴れとした笑顔を見せる奏に向かって葵が言った。


「ありがとう。羽村さんの言った通り、足が遅くても持久力で何とかなっちゃった」

「それもそうだけど、()()()()()()()()に近づけたんでしょ?」

「・・・うん。羽村さんの言う通りだよ。私、本当はずっと羽村さんみたいな、明るくて運動もできる人に憧れてた。本当に格好いいなって」

「・・・私こそ、練習がキツい時、吹部の練習の音に何度も励まされてた。文化部だって頑張ってるんだから、私も負けてられないって。私にそこまで思わせた人がコソコソしてるのが悲しくって、あの時声を掛けたんだ。・・・ワガママだよね、私って」


 奏は穏やかな表情で首を横に振った。


「そんな事ないよ。羽村さんは私を、私の行きたかった光の当たる場所に連れ出してくれたんだよ・・・何だか、私たちってピアノの黒鍵と白鍵【エボニー・アンド・アイヴォリー】みたいだね」

「どうして?」

「だって私たち、いろいろ正反対なのに二人合わさるときれいに響き出すじゃない」

「・・・そうだね」


 昼下がりのグラウンド、二人の未来を予見するかのように陽の光が優しく包み込んでいく―――

(おわり)




「心のリミッター」について、医学的に根拠があるかは分かりません。念のため…

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