一章から六章
某新人賞で落選した物ですが捨てるには惜しいのでここに置いていきます。
プロローグ
西暦一九九九年七月、上海に全長五百メートルに及ぶ巨大な黒い金属の球体が出現した。
それは上空に突如として出現し市街に落下、轟音を響かせ建築物を押し潰した。
音が止み、しばらくすると球体の外装が開き、そこから異形の怪物達が姿を現す。
彼らは神話や伝説に登場するかのような姿をしていたが、生物ではなかった。
その肉体は未知の機械で作られており、後に機獣と呼ばれる。
機獣は軍団を形成し人類に攻撃を開始した。
機獣の戦闘力は絶大で、侵攻は欧州にまで拡大し人類は劣勢を強いられていた。
だが、開戦から五年が経過し機獣を研究していたある科学者が画期的な発明をする。
機獣の動力源であるエネルギー鉱石、機石からエネルギーを抽出する方法を考案し、それを利用した動力を開発したのである。
これまで、機獣の動力及びエネルギーについては不明な点が多く、これらのテクノロジーを利用することが出来なかった。
しかし、この発明によって機獣と同等に戦える兵器の開発が可能になり、これによって生まれたのが人型機動兵器スティール・モービル(steel・mobile)である。
スティール・モービルの誕生により人類は機獣と互角に戦う術を手に入れ、後退を続けていた戦線はようやく膠着状態に陥ったのである。
そして、西暦二〇二八年――
第一章
桜花咲く道を心地よい春風に吹かれながら俺は歩いていた。
周囲を見渡すと瓦礫が散乱し倒壊した建物があちこちにある。
十年前の機獣の大攻勢により日本は大きな被害を受け、人口の約半分が失われた。
現在では侵攻した機獣の殆どが駆逐されているが、復興は未だ完全ではない。
俺自身も家族を失い天涯孤独の身の上となった。
これまでは施設で生活していたが、ここ新東京市に作られたスティール・モービルのパイロット及び専門整備士育成学校、特殊兵装工科学園に寮生として入学することになり、入学式を明日に控え、今は暇潰しに町を散歩している。
(そろそろ寮に戻るとするか……)
そんなことを考えた矢先、辺りに警報音が轟いた。
次いであちこちで爆発音が聴こえ、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
爆風で舞上げられた砂埃の中、目を凝らすと幾つもの巨大な影が確認できた。
(あれは、機獣か!)
どうやら、数十にも及ぶ機獣が町を破壊しているようだ。
「でかい図体で街を歩きやがって!」
逃げ場を求めて視線を巡らせるが、下手に建物に隠れると倒壊した際に下敷きになる。
それよりも道幅の広い通りを走り抜ける方が危険は少ないと判断し移動を開始する。
兎も角、機獣から出来るだけ離れるべく疾走していると、上空で爆発が起き、見上げると巨大な何かが落下してきた。
それも、俺に向かって。
「冗談だろ!」
必死で回避しようとするが、間に合わない。
巨大なそれは俺に覆いかぶさるように、落下した。
落ちてきたそれは人型機動兵器スティール・モービルだった。
全長約十二メートル、全身が白く、頭部に一角獣を思わせる角が付いている。
四つん這いの姿勢で頭上一メートルほどの位置に胸部ハッチが見えた。
不意にハッチが開き、中から十歳ほどの少女が出てくる。
少女は短く乱雑に切り揃えられた髪型で白衣を纏い、幼いが整った顔立ちをしていた。
「やあ、君はウチの学校の生徒だろう?少し手伝ってくれないかい?」
少女は快活そうな笑顔を浮かべて言った。
俺は入学前の袖合わせに制服を着ていたため学園の生徒と判断されたようだ。
「……ただの子供じゃなさそうだが、生憎と俺は明日入学の一年だ。手伝えることなどないように思うが」
「ん、一年生だったか、まあこの際それでもいいよ。手を貸してくれ!」
「何をさせるつもりだ?」
訝しげな表情を浮かべて尋ねる。
「学園の要請で緊急出動したはいいが僕は操縦が不得手でね。代わりを頼みたい」
「生憎だが俺に操縦の知識はないぞ」
「それはレクチャーするから大丈夫だ!付け焼刃でも僕よりはマシにやれるさ」
「実戦経験を積む機会と考えれば受けるべきだろうが、しかし……」
逡巡してると、スティール・モービルの手に捕まりコックピットに放り込まれる。
「ゴチャゴチャ言ってないで、とっとやるよ!」
しびれを切らして少女が叫ぶ。
コックピットハッチが閉まりスティール・モービルが立ち上がる。
少女は俺を操縦席に座らせると、自身は後ろの空きスペースに入り込む。
「操縦は難しくない。コントロール・クリスタルに手を置いて動きをイメージするんだ」
見ると操縦席の前、両手の先にソフトボールほどの大きさの透明な球体が二つある。
「これか!」
指示の通り球体に手を置く。
「体の感覚が……」
手を置いた瞬間、自分の体がスティール・モービルと一体化したような錯覚を覚える。
「スティール・モービルは脳波コントロールで動く。マシンに精神を同調させろ」
モニター越しの視界が巨人になったかのようなイメージを想起させる。
スティール・モービルの手に意識を集中すると自身の手のように駆動した。
コンソールにあるレーダーが複数の光点を明滅させる。
「機獣の数は三十体。学園が出動させたスティール・モービルは五機だ。つまり、この辺りで暴れてる六体が僕らの担当というわけだな」
レーダーを見ると距離の近い六体の機獣がこちらに接近してくる。
「他のスティール・モービルは戦闘を開始している。こちらも行くぞ!」
少女がメインモニターに機獣の姿を確認して叫ぶ。
機体を前進させて機獣との間合いと詰める。
「豚顔の奴と口がでかいのがいるな」
「豚面はオーク、ウォーハンマーに気を付けろ。口がでかいのはトロール、口から高出力レーザーを撃つぞ」
ウォーハンマーを装備したオークが三体、金属の棍棒を装備したトロールが三体、このスティール・モービルと同程度の大きさの計六体を視界に収める。
「今更だが、この機体で六体の機獣を倒せるのか?」
若干の不安を感じて尋ねる。
「この機体は特別だ。ランクDのオークとトロール程度なら素人でもやれるさ」
少女が自慢げに微笑む。
「武器はどれだ?」
「人の居る市街地だからな、遠距離兵器は装備してこなかった。腰部にある剣を使え!」
「これだな」
右腕を操作して腰部に取り付けてある長剣の柄を握る。
と、同時にトロールの口が開き、こちらを向く。
「レーザーが来るぞ!」
少女の言葉より早く移動を開始すると撃たれたレーザーを回避する。
スティール・モービルはそのまま距離を詰めると、特殊合金で出来た長剣を鞘から抜き放ち、レーザーを撃ったトロールの首を横薙ぎに斬り落とす。
「まず、一体」
体勢を整え、残り五体の機獣と向き直る。
オークが三体同時に突進してくると、次々ウォーハンマーを振り下ろしてくるが、スティール・モービルはサイドステップを踏み、それらを事も無げに避ける。
そして、ウォーハンマーを振り下ろして無防備となったオーク三体にそのまま長剣を連続で斬り付けて両断する。
易々と四体の機獣を撃破するが、そこで緩みが生じる。
気が付くと、トロール二体に背後を取られ、レーザー口を向けられていた。
「しまった!」
反射的に回避行動を取るが一体のレーザーが背部のバックパックに直撃する。
激しい衝撃と共に、前のめりに吹き飛ばされる。
「グウ……」
背中を激しい痛みが襲う。
「ダメージフィードバック現象だ。機体ダメージが幻痛としてパイロットに戻ってくる」
少女が心配そうに覗き込んでくる。
「やりやがったな! おい、機体の損傷程度はどうなってる?」
痛みによる怒りで興奮気味に尋ねる。
「ダメージは軽微、バックパックの外装の一部が壊れた程度だ」
少女はコンソールに手を伸ばし、サブモニターに損害情報を呼び出し言う。
「ぶちのめしてやる!」
スティール・モービルを素早く起たせると、体勢を立て直す。
(機体出力が通常時の三倍に達している。精神の高まりがパワーを押し上げてるんだ)
コンソールに表示される情報に目を走らせ、軽い驚きを覚える。
トロール二体は再びレーザーを撃つべく狙いを定めるが、その間にスティール・モービルは突進を始め、発射寸前の二体を両断する。
「状況終了。周辺の機獣は掃討された。他のスティール・モービルも程無く戦闘を終わらせるだろう」
少女はレーダーを確認しながら告げる。
「いい戦いだった。君はこのスティール・モービル〝ユニコーン〟と波長が合うみたいだ」
「そうかもな。俺も自分の身体みたいに動かせたしな」
戦闘で高ぶった気持ちを落ち着かせながら言う。
「そこで、相談なんだが〝ユニコーン〟の専属パイロットになってもらえないか?」
「俺がか?」
「そうだ、〝ユニコーン〟を自在に操れるパイロットを探していた。君ならば文句はない」
「うーん、魅力的な話だが、学園には他にもパイロットを探してるスティール・モービルがあるのか?」
「意外と機体相性がシビアでね。合わないと性能の半分も出せないことがある。だからカスタム機はパイロットを公募で選ぶことが多いんだ」
「なら、他の機体も試してみたいな」
「君ならば他のカスタム機も乗りこなせるかもしれないが、〝ユニコーン〟程のものはそうはないぞ」
「かもしれないが、見てみないことにはな」
「僕としては君のその目付きの悪さや全体的に野暮ったい感じが気に入ってるんだが」
「褒められてる気がしねえ……」
「そういや君の名前をまだ聞いてなかったな?」
「俺は天道 昴だ」
「僕の名前は更科 芽衣。きっとこの出会いは運命だぜ!」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、そう言った。
翌日、街が機獣の被害に遭ったにも関わらず入学式は問題なく行われた。
修は掲示板に貼られている自身のクラスを確認すると足早に向かう。
この学園では操縦科と整備科の二つがあるが、操縦士と整備士の連帯感を養うため専門授業以外は同じクラスで授業を受けることになる。
「えーと、一組はここか……」
クラスのプレートを見ると足を止め、中を覗き込む。
中では何人かの生徒たちが適当な席に陣取り、雑談などを交わしている。
と、その中で知ってる顔を見つける。
「昴! 僕の隣に座れよ」
こちらに気付き、芽衣が手をブンブン振って修を呼び寄せる。
「お前、一年生だったのか? というか何歳なんだよ?」
芽衣の隣の席に腰掛けると、先日よりの疑問を尋ねた。
「ハハッ、先輩だが一年生さ! つまり留年してる」
「留年だと?」
「うむ。カスタム機〝ユニコーン〟の製作に没頭するあまり授業に出ていなかったからな。これが三度目の一年生だぜ」
「あのスティール・モービルはお前が造ったのか。――しかし、どう見ても小学生にしか見えないんだが」
芽衣の幼い風貌をまじまじと見つめ、呟く。
「僕は飛び級でアメリカの大学を出てるんだが、そこである実験に失敗して、それ以来この姿のままってわけなんだ」
深刻さを感じさせない、あっけらかんとした口調で言う。
「アメリカの大学を出てるのに、日本の高校に入ったのか?」
「自由にスティール・モービルの開発をやりたくてね。国家や企業の研究所だと色々面倒なことも多いんだよ。だが、この学園の生徒になれば事務的な仕事を丸投げにして開発に専念できるからな」
「なるほど、ここはスティール・モービルの進歩のための制度が整ってるからか」
「そうだ。僕には都合のいい場所さ。で、今はパイロットを探している段階でね。是非、昴に頼みたい」
「その話なら昨日しただろ」
「僕は頑固者なんだよ。〝ユニコーン〟のパイロットは君に決めてる。他のチームと契約されても困るのでね。悪いが手を打たせてもらった」
「どういう意味だ?」
「僕はかなりの数の特許を持っているおかげで、資産はあるんだ。つまり、学園に金を寄付して便宜を図ってもらうことが出来る」
「まさか!」
ガタッと椅子から立ち上がり、表情を強張らせた。
「そのまさかだ。昴の承諾なしに僕との契約は終了している。〝ユニコーン〟で実戦を行った行為がそのまま契約の意思と学園に認めさせた。ちなみに同じクラスになったのも偶然じゃないぞ。今朝、昴と同じクラスになるよう変更してもらった」
驚愕の事実を淡々と語る。
「無茶苦茶な……」
呆れ顔で言葉を詰まらせる。
「何事も結果が優先される。手をこまねいている間に魚を取り逃すわけにはいかない」
「そんなやり方は相手を怒らせるだけだと思うが?」
苛立ちを隠さずに言う。
「だろうね。だから、後で僕のドックまで来て欲しい。昴が納得できる条件を提示しよう」
「……話は聞いてやる。納得できるとは限らないがな」
と、言ったものの、〝ユニコーン〟を選択肢に入れていた以上、条件が折り合えば良しという考えもあった。
昴が気を取り直し、席に座ると高らかな足音を響かせて何者かがこちらに近づいて来る。
足音の方に視線を移すと豪奢な金髪を左右で束ねた、碧眼で気位の高そうな美少女が大きな胸を持ち上げるように腕を組み、ジロリとした視線を寄こしてきた。
そのまま、金髪の美少女は昴の眼前に立つと、鼻を小さくフンと鳴らした。
「何か用か?」
あからさまな敵意を感じ、警戒気味に尋ねる。
「天道 昴で間違いないかしら?」
「このクラスに同姓同名がいなければ、俺のことだな」
「そう、昨日の戦闘で一番に戦果を上げた男の顔を見に来たのですわ」
「なぜ、そんなことを知ってる?」
「この学園の生徒の出撃情報は基本的にオープンになっていますわ。あなたはチーム〝ユニコーン〟所属で昨日はどこのチームより早く、五体の機獣を撃破した」
昴は横目で芽衣を睨み、短く溜息を吐く。
「まあ、とりあえずその通りだ」
「あの戦闘にはわたくしも出撃していたのだけれど、あなたに遅れを取ってしまいました」
「別に競争をしていたつもりはないが……」
「わたくしが敗北感を味わったという事実が重要なのですわ!」
「何だ、謝れとでも言うつもりか?」
「あなたに模擬戦を申し込みますわ。わたくしの方が優れていると証明するためにね」
「断る」
「受けよう」
昴の拒絶の言葉を遮り、芽衣が受諾を示す。
「おい!」
昴の抗議の声を芽衣は片手で制する。
「あなたは、専属メカニックの方ですの?」
「メカニックの更科 芽衣だ。この挑戦、受けて立とう」
「ああ、噂の幼女先輩ですのね。快諾して貰えて嬉しいですわ。では、模擬戦の申請はわたくしの方でしておきます」
「日時もフィールドもそちらで決めていいぞ」
芽衣は余裕めいた表情で言う。
「……分かりましたわ。日時等は後ほど、そちらのドックに伺ってお伝えします」
金髪の美少女は踵を返して教室を出ていく。
「どういうつもりだ?」
「彼女は大空寺 真由。スティール・モービルメーカーで有名な大空寺重工業の令嬢だぜ」
「見た目通りのお嬢様か」
「真由の機体は間違いなく、大空寺重工業の最新鋭機!そいつとヤレるチャンスだ。断る手はないよ」
芽衣が好奇心を剥き出しにする。
「ヤリ合うのは俺にさせるつもりだろ?」
「もちろん」
「勝手な物言いだな」
「昴にとっても貴重な経験になるだろうさ」
「ふん、ところでお前、幼女先輩とか呼ばれてるんだな」
「まあね、君も遠慮なく幼女先輩と呼んでくれたまえ」
言うと、口端を吊り上げ不敵に笑った。
「どういうつもりだっ!」
学校が終わり、寮へと帰った昴は自分の荷物がなくなり、部屋が引き払われていることを知り、寮監に事情を訊くと即座に芽衣のスティール・モービルの格納庫〝ドック〟へと怒鳴り込んだ。
「やあ、よく来たね。歓迎するよ」
芽衣は大仰に両手を開き、昴を歓迎する。
「俺の荷物をどこへやった」
芽衣に冷たい視線を注ぎながら尋ねる。
「それなら、このドックに隣接してある僕専用の宿舎に移しておいたよ」
「なんの嫌がらせだ」
「おっと、怒らないでくれたまえよ。スティール・モービルの運用上の理由から傍で生活してもらう方が具合がいいのさ」
「何事も事後承諾ってのがお前のやり方か?」
「僕は結論を急ぐきらいがあってね。ま、座りたまえよ」
言いつつ、椅子を勧める。
「俺を怒らせるためにやってるのかと思ったぜ」
ふんぞり返るように椅子に腰掛ける。
「な、な、何を言ってるんだい。そんなことはないさ!」
慌てた様子で否定する。
「兎に角、本題に入ろう」
小さく咳払いをすると、何枚かの書類を昴に手渡す。
「この学園では優秀な人材を集めるために学費無料の上に無償の奨学金を支給している。君もそれが目当てで入学した口だろ?」
「そうだ、俺は施設育ちで金がないからな」
「その辺りのことは入学資料を調べさせてもらった。昴、金を稼ぎたくはないか?」
「――まあな」
「でだ、機獣を倒すと金が手に入る。先ず、倒したクラスに応じて報奨金が出る。次にその残骸、奴らの身体はこっちの世界にはない金属で出来ているからな。そして機石、これを無傷で手に入れられればかなりの金になる。何せスティール・モービル唯一のエネルギー源だからな」
「なら、昨日の戦闘の分も……」
「勿論だ。スティール・モービルに搭載されたレコーダーから戦闘記録を提出している。機獣の残骸は政府の回収部隊が査定しているが、そろそろ結果が出ているだろう」
言うと、携帯端末を操り、情報を呼び出す。
「報奨金と合わせて、百五十万ほどだな。通常はスティール・モービルの整備費に回したり、チーム全員で分けたりするんだが、これは全て昴に渡そう」
「いいのか?」
「〝ユニコーン〟の専属になる条件として、今後これらの報酬は昴に譲ることにする。」
芽衣は昴の反応を見るように視線を向ける。
「確かに、魅力的な条件だがな」
書類のチーム運営に関する項目として、それらが昴に支払われることが明記されていた。
「チームそのものには学園から活動費が支給されているし、僕自身の資産も十分にあるからね。気にせずに貰ってくれ」
「金のないつらさは身に染みてる。これだけ優遇されるのなら引き受けてもいいという気もあるが、それでも、お前の強引なやりくちが納得出来ねえ」
「条件面で不満はないが、感情面では不満が残るか……。なら、その不満の部分も解消すれば問題ないな」
芽衣が悪戯めいた笑みを浮かべる。
「どうするつもりだ?」
「こうするのさ!」
言うと、芽衣は昴の膝の上に腹這いに圧し掛かってくる。
「な――」
予想外の行動に動揺する。
芽衣はその状態のまま、制服のスカートを捲りあげ、パンツをずり下ろす。
「からかってるのか?」
状況に理解が及ばずに叫ぶ。
「昴の憤りを解消するつもりだよ。さあ、気の済むまで僕のお尻をぶっ叩けばいい」
小振りな幼さを感じる尻を揺らして言う。
「尻叩きだと?」
「そうさ、文化遺産レベルの伝統的なお仕置き方法だ。遠慮はいらない」
「いや、待て!」
芽衣の行動を慌てて止めようとする。
「君は僕に怒っていたんだろう?なら、その怒りを僕の尻にぶつけて解消したまえよ。それとも、女の子のお尻を見て怖気づいたのかな?」
芽衣は挑発めいた笑みを向けてくる。
「――上等だ、やってやる。泣いても止めてやらないから覚悟しろ!」
昴は感情を高ぶらせて右手を振り上げた。
スパーン。
次の瞬間、臀部を打つ音が響き渡る。
「おぐうっ!」
短い呻き声を上げて、仰け反り芽衣は悶絶する。
「次、行くぞ」
平手を尻から持ち上げ、再度、振り下ろす。
「ぐうう。容赦がないな……」
激しく尻を打ちすえられ、息も絶え絶えに言う。
「どうだ、反省したか?」
「これぐらいじゃ、まだまだ……」
「それなら、あと、二十発食らわせてやる」
昴は特殊な高揚感に身を浸しながら、右手を力強く叩き付けていく。
パアン、パアン、パアン、パアン。
肉を打つ独特な音が加速する。
「おうっ、くうっ、ふうっ、あんっ!」
吐息を漏らし、痛みに脳髄を痺れさせて思わず涎が滴れ落ちる。
と、不意に扉が開き、大空寺 真由がノックもなしに現れた。
「お邪魔するわよ、日時とフィールドを伝えに来た……」
芽衣の尻が激しく打たれた瞬間を目撃して、その身を硬直させる。
「ななな、何をやってらっしゃるの?」
激しく動揺しながら、それでも冷静を装い訊く。
「…………」
昴は右手を掲げたまま停止して回答に窮していた。
芽衣は真由の様子を見やると荒くなっていた呼吸を整える。
「僕が悪さをしたものだから、教育的指導を受けていたのさ。クラシックな罰だが真由君にも経験はないかな?」
「確かに、わたくしも子供の時分に何度かお尻を叩かれた記憶がありますけれど……」
「すまないが、今は僕のお仕置きの途中でね。もうすぐ終わるから、そこで待っててもらいたいんだが」
「……ええ、構いませんわ」
「昴、続けてくれ」
「あ、ああ、分かった」
続きを促された昴は逡巡したが、ここで中断する方が背徳的な行為に解釈されると判断して最後までやりきる決心をする。
パアン、パアン、パアン、パアン。
更に強く平手を尻に打ち下ろす。
「うんっ、ふうん、くうん、ああんっ!」
芽衣は打たれる度に嬌声を上げ、こちらを見つめる真由と視線を交差させていた。
(あんなに激しい罰を受けているのに、なぜ嬉しそうな顔をしているの?)
芽衣は目の端に涙を湛え、痛みに耐えているのに、真由にはその顔が喜びに溢れたものに映っていた。
(わたくしも、あんな風にされたなら……)
真由は淫靡な妄想に囚われ、スカートを握り締める。
「ラスト一発だ!」
スパーン。
一際高い音が轟く。
「ふぐうっ!」
、芽衣は脳の奥深いところで火花が飛び散るかのような感覚に陥っていた。
「はあ、はあ……」
昴は呼吸を乱したまま、痺れる右手を眺めた。
「ふう、終わったなら、これを塗ってくれないか」
芽衣は白衣のポケットからベビーローションを取り出す。
「お仕置きの後のケアも含めてワンセットなんだぜ」
「……これを塗ればいいんだな」
ベビーローションを受け取り、赤く染まった芽衣の尻に塗り広げていく。
「んん、ありがとう、楽になったよ」
芽衣は昴の膝から降りると、うっとりとした表情で礼を言う。
「さて、待たせたね」
真由に向き直り呼びかける。
「……え」
顔を赤くして上の空という様子の真由が慌てて反応する。
「模擬戦の件で来たんじゃないのかい?」
芽衣が、からかうような口調で訊く。
「ええ、そうですわ。三日後の十三時、旧市街フィールドでお待ちしております」
態度を取り繕うように、それだけ言い捨てると足早にドックから立ち去っていった。
「三日後というと日曜だな。昴、それまでに〝ユニコーン〟に慣れておいてくれよ」
「そうだな……」
興奮冷めやらぬといった風の昴は短く返答する。
(それにしても……)
芽衣は携帯端末を手に取り、画面を見る。
(〝ユニコーン〟とリンクさせておいたテンションゲージがレッドゾーンに達している。やはり、このやり方は効果があるな)
〝ユニコーン〟の性能を引き出すための有効なトレーニングプランに想像を巡らせ、ほくそ笑んだ。
三日後、スティール・モービルの訓練地区として指定されている旧市街区に昴は〝ユニコーン〟と共に立っていた。
「試合が始まる前にエネルギーカードリッジを満タンのものと交換しておくよ」
芽衣はパワーローダーを操り、〝ユニコーン〟の腹部から長さ二メートル程の円筒物を取り出して別のものと取り換える。
この円筒物がスティール・モービルのエネルギーカードリッジであり、戦場で補給がしやすいように共通規格方式になってる。
〝ユニコーン〟は標準武装としてビームランチャーとワイヤーアンカー付きのシールドを持ち、腰部に特殊合金製の長剣が取り付けられていた。
「そろそろ時間だ。コックピットに入っておいてくれ」
芽衣の言葉に促され操縦席に着き、模擬戦の開始時間を待つ。
昴は全身をスティール・モービル用のパイロットスーツに着替えていた。
これは競泳水着のような素材で出来ており、耐衝撃、耐熱、耐寒性能に優れ、動きやすく機能的であることから、スティール・モービルパイロットには着用が義務化されているが、身体のラインがはっきり見えることから一部女性には不評である。
「開始時刻になった。出撃する」
モニター上のタイマーが試合開始のシグナルを発すると、機体を駆動させて旧市街中心部を目指すことにした。
模擬戦の勝敗は頭部を破壊されるか、機体ダメージが一定量に達して脳波コントロールを強制切断された場合、もしくはギブアップをすることによって決せられる。
尚、コックピットへの直接攻撃は危険行為として反則負けとなる。
旧市街中心部に辿り着き、観光向けの鉄塔付近を警戒しながら進む。
「さて、どこだ?」
レーダーを睨みながら索敵をしていると、上空を高速で飛行する物体を感知する。
「こっちに来る」
モニターに視線を移し、彼方に目をやると、亜音速の飛行体を確認する。
「あれが、〝イカロス〟か」
事前に知らされていた真由のスティール・モービルの名を呟く。
〝イカロス〟は〝ユニコーン〟の真上を通過して、距離を空けた地点で静止する。
その姿は天使を模したかのような美麗さを持ち、背部の翼が付いた巨大なバックパックユニットが印象的であった。
「さあ、今年の一年生で誰が最も優れているか、教えてあげますわ!」
外部スピーカーから真由の声が響き、〝イカロス〟は手に持った槍を〝ユニコーン〟に向けて攻撃態勢を取る。
「優れているだの、劣っているだの、くだらねえ」
〝ユニコーン〟は空中で静止している〝イカロス〟に照準を合わせてビームランチャーを連続で撃つ。
〝イカロス〟は幾条もの光弾を旋回してかわすと、〝ユニコーン〟に突進を始める。
巨大なバックパックスラスターと脚部バーニアが火を噴き、加速していく。
「ヤアアア!」
加速したまま、槍を〝ユニコーン〟に向けて振り下ろす。
ギィン、と金属音が鳴り、〝イカロス〟の一撃をシールドで受け流す。
〝イカロス〟は防がれたと同時に急上昇し、旋回、同様の攻撃を繰り返した。
「このままだとジリ貧だな」
防戦一方だった〝ユニコーン〟は堪らず空中に飛び出す。
「〝イカロス〟相手に空中戦をなさるつもりかしら?」
〝ユニコーン〟を追撃すべく、上昇する。
「チッ」
舌打ちすると、〝イカロス〟にビームランチャーを連射する。
「ふふ、当ててごらんなさい」
空中機動で光弾を回避すると、余裕を見せるように〝ユニコーン〟の周囲を旋回する。
「こりゃあ、実戦経験の差が出てるなあ」
フィールド内に複数設置された空中無人監視カメラからの映像を見ながら芽衣が呟く。
モニター上では〝ユニコーン〟の度重なる射撃を〝イカロス〟は遊びのように避ける光景が映し出されていた。
「でも、このまま終わる奴じゃないよね」
微笑を湛え、確信めいた直感を抱く。
「動きが読めてきたぜ」
ビームランチャーでの牽制を続けながら、〝イカロス〟の動きの癖に気付く。
「反撃だ!」
射撃と同時にワイヤーアンカーを左方向に射出する。
「グッ、何ですって!」
〝イカロス〟は光弾を避けるとその先でワイヤーアンカーの一撃を喰らう。
アンカーは〝イカロス〟の左脚部に食い込み、そのまま引っ張られる。
「お前は射撃を避ける時に八割の確率で右側に回避していた。慢心だったな」
〝イカロス〟をワイヤーアンカーで繋いだ状態で地上に急降下を始める。
「確かに最大速度は〝イカロス〟の方が上のようだが加速性能なら同格だぜ」
〝ユニコーン〟はバックパックブースターを最大出力にして〝イカロス〟ごと旧市街地中心部に降下していく。
「地面に衝突させる気ですの?」
〝イカロス〟が再上昇しようとスラスターの出力を上げるが、自重も加えた落下速度には抗えず、降下を続ける。
だが、〝イカロス〟の抵抗は減速には寄与しており、地上に激突することはなく、無様な軟着陸をするには至った。
「エネルギー残量が限界か」
コンソールのエネルギーゲージを見ながらぼやく。
ビームランチャーの使用過多のために、〝ユニコーン〟のエネルギーが底を尽き始めた。
「なら、こっちで」
ビームランチャーを右腰部のホルダーに装着して、左腰部に付けられた長剣を抜く。
長剣を構え、〝イカロス〟に向かって前進する。
「仕切り直さないと……」
真由は機体を起こして、上空に逃れようとするが、左脚部に食い込んだワイヤーアンカーがその動きを阻む。
見ると、ワイヤーは〝イカロス〟のシールドから切り離され、鉄塔に結ばれていた。
「何時の間に!」
絶句すると、前方から向かってきた〝ユニコーン〟が長剣を振り下ろしてくる。
反射的に槍で受け止めるが、〝ユニコーン〟のパワーに押し込まれる。
「奥の手ですわ」
〝イカロス〟は巨大なバックパックユニットを切り離し、射出する。
「行け! ジェットストライカー」
バックパックユニット、〝ジェットストライカー〟は空中で旋回すると、翼にビーム光を纏い、その光の刃を〝ユニコーン〟に向けてくる。
「そんなギミックがあったのか!」
襲い来る〝ジェットストライカー〟をギリギリでかわし、〝イカロス〟から距離を取る。
「アサルトランサー、ランチャーモード!」
〝イカロス〟の持つ槍の先端部が二股に開口してビームの砲身が露わになる。
「勝つのは、わたくしですわ」
アサルトランサーの砲身を〝ユニコーン〟に向けて光弾を放つ。
「おおっと」
〝ユニコーン〟は光弾を回避して、路地に逃げ込む。
その背後を〝ジェットストライカー〟が追撃する。
「搭載カメラを見ながらリモート・コントロールしてるな」
後方から接近する〝ジェットストライカー〟を振り向きざまに斬り付ける。
「浅いか……」
〝ユニコーン〟の一撃はジェットストライカー〟の装甲を切り裂いたに止まり、上空に取り逃してしまう。
「やっと、外れましたわ」
ワイヤーアンカーを左脚部より取り外し、路地に現れた〝イカロス〟がアサルトランサーで砲撃してくる。
「うおっ」
〝ユニコーン〟が砲撃をかわすと、次は〝ジェットストライカー〟が襲うという波状攻撃が繰り返し展開される。
「エネルギーが限界だな」
機体の稼働限界を察すると、〝ジェットストライカー〟を避けたタイミングで〝イカロス〟に特攻を仕掛けた。
「あら、破れかぶれかしら?」
正面から向かってくる〝ユニコーン〟に照準を合わせ、アサルトランサーを撃つ。
〝ユニコーン〟は光弾をシールドで防御するが、威力で弾き飛ばされる。
後方、弾き飛ばされた先に、〝ジェットストライカー〟があり、それを巻き込む形で廃ビルの壁面に激突して、崩れた瓦礫に埋まってしまう。
「しまったわ!」
瓦礫に埋もれた〝ジェットストライカー〟を動かそうとするが反応しない。
「壊れたかしら、まあ、いいわ。あの方もエネルギー切れだったみたいですし」
様子を窺うために瓦礫に近づくと、ビームランチャーを持った〝ユニコーン〟の腕が突き出て、〝イカロス〟の頭部を撃ち抜いた。
「馬鹿な。どうして……」
真由は咄嗟のことで状況が理解できずにいた。
「さっき、〝イカロス〟のバックパックに斬り付けた時にエネルギーカードリッジが見えたんでな、拝借させてもらったぜ」
〝ユニコーン〟は瓦礫から立ち上がり、辺りには戦闘終了のサイレンが鳴り響いた。
「ふあああ、眠いな」
翌朝、教室の席で欠伸を噛み殺し、昴は軽く伸びをした。
「スティール・モービルの操縦には肉体だけでなく精神的な疲労も伴う。まして、あれだけの戦いの後だからね、疲れが取り切れないのも仕方ないさ」
昴の隣の席を確保した芽衣がご機嫌な様子で言う。
「それにしても、見事な勝利だった。僕が見込んだだけのことはあるな」
「そりゃ、どうも」
芽衣の褒め言葉に投げやりな返事をする。
そんな会話をしてる内に、担任教師が教室に入って来てHRが始まる。
担任は斎藤 菫という二十代後半の女性だ。
黙っていれば、それなりに美人だが、着ているスーツは皺だらけのヨレヨレで全体的な印象としてやる気がまるで感じられない。
「あー、授業の前に、別クラスからこの一組に移ってきた生徒を紹介する」
アップで纏めた髪を面倒臭そうに掻き、廊下で待たせていた生徒を招き入れる。
「大空寺 真由、今日からお世話になりますわ」
言うと、教室のどよめきを余所にツカツカ歩き出し、昴の隣、芽衣とは反対側の席の生徒に退くよう命じると、その席を自分のものにしてしまう。
「大空寺、何でこのクラスに?」
当然のように隣に座る真由に小声で訊く。
「わたくしに勝った、あなたに興味が湧きまして、色々研究してみようと思いましたの」
少し照れたような澄まし顔で言う。
「今後は真由と呼び捨てで結構ですわ」
顔を背けたまま右手を差し出す。
「まあ、よろしくな。真由」
溜息混じりにそういうと、真由の右手を握り握手する。
「ふふん♪」
その様子を見ていた芽衣の瞳が新しい玩具を手に入れた子供のように輝いていた。
放課後、〝ユニコーン〟のドックに向かうと、なぜか、真由も付いて来る。
「彼女のチームとは提携を結んでね。親睦を深めるために来てもらったんだ」
芽衣が昴に並んで歩きながら言う。
「昼休みに二人で色々話し込んでいたのは、その事か」
「まあね」
含みを持たせた笑みを浮かべる。
ドックに着くと、何か飲み物の用意でもしようと、冷蔵庫を開ける。
「コーラでいいか?」
芽衣がコーラ好きなために大量のストックが入っていた。
「コーラもいいんだが、先に用事を済ませよう」
芽衣が真由を伴いテーブルが置かれているスペースまで来る。
「用事ってのは何だ?」
「真由君は先日、些か無礼な物言いをしたことを、とても反省していてね。是非、謝罪したいと言うんだ」
「ああ、気にしなくてもいいのに」
「いや、キチンと謝罪の意思を示したいそうだよ」
言うと、芽衣は真由に目配せをする。
真由は顔を真っ赤に染めて僅かに震えながら、お尻を突き出すと、制服のスカートを捲り、パンツを擦り下げる。
「真由は悪い子でしたわ。どうか、お仕置きして下さい」
両手をテーブルに置いて懇願する。
「なっ――」
昴は思わぬ展開に動揺して言葉にならない。
「彼女の謝罪を受け入れてやれよ。拒否すると恥を掻かせることになるぞ」
芽衣が邪悪な微笑みで囁きかけた。
丸みを帯びた肉厚な尻に誘われるように、その前に立つと思わず唾を飲み込む。
「いいのか?」
「ええ、お願いですわ……」
昴の短い問い掛けに、か細い声で答える。
右手を高く掲げると、大きな存在感を示す肉付きのいい尻に打ち下ろす。
スパーン。
小気味のいい音が響き、臀部が打ち震える。
「くう」
尻を打たれた瞬間、真由の背筋に電流が走り思わず声が漏れる。
「三十発いくからな」
今度は左手を掲げ、尻肉に吸い込まれるように打ち付ける。
パアン、パアン、パアン、パアン。
右手と左手を交互に繰り出し、真由の尻を叩く。
「どうした、足が震えているぞ。しっかり立て!」
「はい……」
真由は足に力を入れ、落ち掛けていた尻を持ち上げる。
「同じ場所ばかり叩くんじゃなく、彼女の予測しない場所を打つんだ。時折、タイミングを変えることも重要だよ」
耳元で芽衣がレクチャーをする。
「そうか」
臀部の中央ばかりを狙っていた手は外周をランダムに振り下ろされ、打撃音は時に早く、時に遅く、変化が付けられていった。
昴は精神を熱く高揚させたまま、冷静に尻打ちを続ける。
「こ、こんなの、もう駄目!」
激しい刺激の波に押し寄せられて、真由の脳は蕩けそうになる。
パアン、パアン、パアン、パアン。
「くんっ、あん、あん、ふああっ!」
嬌声に甘い響きを混ぜて、吐息が弾む。
「ラスト一発」
スパーン。
「あ――――」
力強く打ち据えると、真由は声にならない叫びを上げて、身体を硬直させた。
「さあ、これを塗ってあげたまえ」
芽衣からベビーローションを手渡される。
テーブルに上半身を乗せて、息も絶え絶えになっている真由の赤く染まった尻にベビーローションが塗り広げられていく。
「ありがとうございますわ……」
涙目の照れたような表情で言う。
「これで、真由君も僕たちの仲間だな」
その様子を見て芽衣は満足気に微笑んだ。
第二章
「ここが学園地下街ですわ!」
真由は昴を伴い学園地下に作られた広大な商業住居スペースを案内する。
「これはちょっとした街だな」
整然とした道なりに種々の商業施設が立ち並び遠くには住居施設も見える光景に感嘆の声を上げた。
「外の街のように容易く被害がでないようにシェルター構造になってますの」
昴の前を腕を機嫌よく振りながら真由は歩く。
「先日の戦いで生活物資を買い揃えられなかったから助かる」
「さあ、ここが学園地下デパートですのよ」
真由は前方の古びた複合ビルを指し示す。
「何だか後から付け足しで増設していったような建物だな」
「元は五階建てのビルだったのに、オーナーが客の要望に応えるために増設しまくった結果ですわね」
「つまり色々品揃えがいいということか」
「まあ、そうですわね。 食料品から拳銃、ロケットランチャー、スティール・モービルのパーツまで大概の物は取り揃えられてますわ」
「それは買い物し甲斐がある話だ」
昴はビルを見上げて呆れた風に息を吐く。
ビルに入ると所狭しと商品が積まれ目当ての物資を探すのも一苦労という有様だった。
「これで大体揃った」
店内を右往左往しながら必要な物資を揃え、両手に買い物袋を抱える。
「あら、一つ持ちますわよ?」
言うと真由は昴の片方の手に抱えられた荷物を取り上げる。
「悪いな」
「これぐらいなんでもないですわ」
真由は顔を真っ赤にしながら答える。
ビルを出て通りを歩くと何かソースの焦げる匂いが漂って来た。
「おっ、こいつは……」
昴は出店のたこ焼きを発見して側に寄る。
「少し小腹が空いたな。 食べて行こうぜ」
「下賤の食べ物ですわね。わたくし食したことがないのですが……」
昴の提案に少し眉をひそめる。
「食ったことがないのか? いい機会だ一度食ってみろよ」
早速二皿注文して、適当なベンチを見付けて腰を下ろす。
「こいつは中がトロトロでタコも大きくて旨いぞ」
たこ焼きを頬張りなながら昴が味を褒める。
「そうですの?」
その様子を眺めながら真由も決心を固めパクりとたこ焼きを口に放り込む。
「あらあらあら、これは中々の美味ですわ」
独特の触感と味に感銘を受け、真由は次々とたこ焼きを平らげた。
「どうだ何事も試してみるもんだろ?」
「そうですわね。これは新しい味覚体験でしたわ」
真由は満足したように口元をハンカチで拭う。
「あなたもソースが付いてますわよ」
言うと真由は自身が口元を拭ったハンカチで昴の口を拭う。
「お、おう」
昴は真由の突然の行動に少し動揺した様子を見せる。
「あー、飲み物を買ってこよう。ここで待っていてくれ」
言うと昴は立ち上がり、少し離れた自販機に向かう。
自販機でコーヒーを二つ買いベンチに戻ろうとしたところで爆音が響く。
「何だ?」
音の響いた方角を見ると煙が上がっている。
程なく通りには五人の銃で武装した黒ずくめの男たちが乱入してきた。
「動くな!」
怒声を上げ男たちは通りにいる人々を制圧する。
昴は反射的に建物の陰に身を潜めやり過ごす。
(何者だ?)
周囲を伺うと真由を含めた数十人の人々が一か所に集められていた。
「来たな」
武装した男たちのリーダー挌と思しき赤マスクの男が呟くと煙が立ち上ってる方角からトラックが数台走ってくるのが見えた。
「目的の物は手に入れた。その連中を盾にして脱出するよ」
トラックの内の一台から降りてきた二十歳前後の長い黒髪を一本に結んだ女が声を上げた。
「念のためにスティール・モービルを組み上げておく、あんたが操縦しな」
女は赤マスクに向かって指示を飛ばす。
「了解した」
数台のトラックから大型機械のパーツが降ろされ一台のスティール・モービルに組み上がる。
それは幾つかのメーカーの量産型のパーツを寄せ集めた統一感のないフォルムをしていた。
「戦場で見つけたジャンク品から部品を集めて作ったもんだが十分使えるだろ」
ジャンク・スティール・モービルを見上げて言う。
「ああ、パワーゲージも正規品と見劣りはしない」
コクピットに乗り込んだ赤マスクがコンソール・パネルを操作する。
「あなたたち、こんなマネをして何のつもりですの!」
真由が声を荒げる。
「学園の自警団がもうすぐ乗り込んでくるだろう。 お前らには人質になってもらうよ」
黒髪の女が冷徹な眼差しを向けながら答える。
「ジェーン、早速囲まれてるぜ」
赤マスクがレーダーを注視しながら叫ぶ。
武装集団を遠巻きに囲むように数百人の自警団や装甲車が現れる。
「手出しなんか出来はしないさ」
ジェーンと呼ばれた女は薄く笑う。
「逃げられませんわよ。投降をお勧めしますわ」
真由が気丈に言う。
「鼻息が荒いお嬢様だねえ。 立場ってのを教えてやろうか?」
ジェーンはアサルトライフルの銃口を人質集団の足元に向けて連射する。
叫び声を上げるもの震えて崩れ落ちるもの人質たちは恐慌状態となった。
「お止めなさい!」
真由は憶することなく制止する。
「いい根性だ。だがそういう態度は頂けないねえ」
ジェーンは別の女性の人質に銃口を向ける。
「服を脱ぎな、ストリップショーだ。自警団の連中も大喜びだ」
「何を……」
「早くしな、こいつの頭がザクロになるよ」
女性に向けた銃口に指を掛ける。
「分かりましたわ……」
覚悟を決めた真由は上着のボタンを外し始めた。
「ヒュー」
武装集団の男たちは下卑た笑いを浮かべる。
服を一枚脱ぐ度に男たちの視線が絡みつく。
「屈辱ですわ」
真由は怒りに震えながら白い肌を路上で晒していく。
「厄介なことになったな」
物陰から昴は独り言ちた。
おそらくは熱感知レーダーで自分の位置は知れてるだろうが脅威と見なされず放置されてるのだろう。
昴は手持ちの携帯端末を操作する。
「やあ、状況は理解しているよ」
端末から芽衣の声が響く。
「スプリンクラーが作動しないのはあいつらが細工したせいみたいだね。 ジャミングもやってるみたいだがこの程度なら掻い潜るのは造作もない」
「なら頼みがある」
昴は手短に用件を伝える。
真由が完全な下着姿になった頃、ジェーンは武装集団に合図を送り移動の準備を始めた。
「さて、道を開けないと人質の命はないよ!」
自警団を恫喝して道を開けさせる。
真由を先頭に人質集団を前面に押し出しながら移動する。
「ブラとパンツは後のお楽しみだ」
ジェーンは真由を銃口で突きながら言う。
「覚えてなさい!」
真由は唇を噛みながら両手で体を隠し羞恥に耐え歩く。
武装集団の行進は続き地下街の出口に差し掛かった頃、突如照明が落ち辺りが暗闇に包まれる。
「何事だ!」
ジェーンは咄嗟に暗視ゴーグルを装着する。
同時にスプリンクラーが武装集団の居る場所にピンポイントで作動した。
ジェーンが武装集団と人質を見回すとスプリンクラーの液体が掛かった者たちが次々と倒れていく。
「麻酔薬入りの液体か!」
ガスマスクを慌てて口に当てながら唸る。
次の瞬間、ジェーンの持っていたアサルトライフルが弾き飛ばされた。
視線を向けると地下街に備え付けられた小型酸素マスクを装着した昴が立っていた。
「大体の場所は記憶しておいたが当て勘半分で上手くいったな」
「貴様!」
「あんたも眠ってくれれば手間がなかったんだがな」
「私が眠らなかったとなぜ分かった」
「地下街の監視カメラは暗視対応なんだぜ」
「馬鹿な地下の機器は操作がロックされてるはず……」
「そういうのを解除するのが得意な奴がいてね」
昴は片手に握られた携帯端末に映し出された監視カメラの映像を見せる。
「こうなれば強行突破だ!」
ジェーンはジャンク・スティール・モービルに向かって走る。
「待て!」
追おうとする昴にジャンク・スティール・モービルの銃口が向く。
が、装甲車のロケット砲がジャンク・スティール・モービルに直撃して弾着がずれる。
「あまり無茶はするなよ」
携帯端末から芽衣の声が響く。
「悪い、助かった」
ハッキングされた装甲車からロケット弾が降り注ぐがジャンク・スティール・モービルに大きなダメージを与えることは出来ない。
「通常弾頭じゃあ、スティール・モービルに効果なしだな」
芽衣が諦めた風に言う。
「じゃあどうする?」
ジェーンを回収して出口に向かうジャンク・スティール・モービルを追いながら言う。
「そろそろ着く頃じゃないかな?」
芽衣の言葉が言い終わると同時に荷物搬入路を突き破り、白い機体が降りてくる。
「〝ユニコーン〟か!」
ジャンク・スティール・モービルは〝ユニコーン〟を認識しながらも逃走を優先させる。
その隙に昴は〝ユニコーン〟のコックピットに乗り込む。
「ここからは俺のターンだ!」
スラスターから炎を噴き上げ、地下出口間近のジャンク・スティール・モービルに背後から組み付く。
「おおおお!」
ジャンク・スティール・モービルを抱えて地下街を飛び出し上昇する。
「そらよ」
その勢いのまま反転するとジャンク・スティール・モービルを地上に叩き付けた。
「なんてパワーだ、カスタム機か?」
赤マスクが機体を立て直しながら舌打ちする。
「やるしかないみたいだね」
ジェーンがコクピットの背後スペースに体をねじ込みながら言う。
ジャンク・スティール・モービルがビームランチャーを構えて連射する。
「当たるかよ」
〝ユニコーン〟を素早く旋回させて避ける。
「機動力が違いすぎる」
赤マスクが標準を合わせるより早く動く〝ユニコーン〟に舌を巻く。
「なるべく死なないようにはしてやるよ」
一気に懐に潜り込むと、長剣を引き抜き四連撃。
ジャンク・スティール・モービルの両手足を破壊する。
「畜生め!」
ジェーンが成す術なく叫ぶ。
「どうやら片が付いたようだね」
移動用ドローンに乗って芽衣が現れる。
「さて、ハッチを開けて降りて来い」
両手足を破壊されて、地面に仰向きにひっくり返った状態のジャンク・スティール・モービルに言う。
渋々といった様子でジェーンとダメージフィードバックの影響で歩くこともままならず這うように赤マスクが降りてくる。
「手に入れた目的の物ってのを見せてもらえるかな」
芽衣が好奇に満ちた口調で言う。
ジェーンがショルダーバッグから銀色に輝く四角いキューブ状の物体を取り出す。
「ほお。それが〝ガイアシード〟だね」
芽衣が瞳を輝かせる。
「知ってるのか?」
ジェーンが手の平ほどの物体を掲げて問う。
「実物を見るのは初めてだがね。 人類史以前のオーバーテクノロジーで惑星改造が出来るらしい」
「やはりそうか」
「地下に秘密研究所があるとは聞いていたが、そんな物を調べていたんだな」
芽衣が一人納得顔で頷く。
「これがあればきっと……」
ジェーンが考え深げに〝ガイアシード〟見つめる。
「おい。自警団の連中が来たぞ」
昴が戦闘終了を見計らっていた自警団を確認して言う。
「ふむ。後は彼らに任せようか」
ジェーンと赤マスクが連行されるのを見届けてから機体を降り、救急車が固まってる場所に急ぐ。
昴は担架で運ばれてる一人に駆け寄る。
「大丈夫か?」
「うううん……」
真由は虚ろな眼で目覚め、上半身を起こすと掛けられていた毛布がズリ落ちる。
「一体どうなって……。 きゃああああ!」
下着姿の身体を抱えるように隠すと叫び声を上げた。
後日、逮捕されたジェーンが脱走したという報告が上がった。
第三章
真由が一組に移ってから四日ほど経った昼休み。
「ここはちょっと騒がしいな。中庭に行かないかい?」
教室で昼食を食べようとしたところ、芽衣が外で食べないかと提案してきた。
「天気もいいしな。構わないぜ」
拒否する理由もないので同意する。
「そうですわね。あちらの方が景色もよろしいですし」
特大のランチボックスを抱えた真由が言う
一組に移って以来、料理上手を自負する真由は大量の料理を作り過ぎたと称して持参してくると、昴や芽衣に振る舞ってくれていた。
連れだって中庭に向かうと芝生に腰を下ろし、弁当を広げる。
「さあさ、おあがりなさいませ」
真由が洋食が中心の弁当を勧めてくる。
「じゃあ、戴こうかな」
料理は高級洋食ではなく海老フライやハンバーグなど、ベタなメニューが多かったが、出来栄えはプロ級だった。
「うむ、旨い」
素直に感想を述べる。
「本当ですの?嬉しいですわ」
真由は輝くような笑顔で感激していた。
「おや、あちらで騒ぎがあるようだぞ」
芽衣が海老フライを頬張りながら、フォークで指し示す。
三人の男子生徒が一人の女生徒を取り囲み、威嚇していた。
男子生徒は何やら女生徒に向かって怒鳴り散らしているようだが女生徒は一顧だにせずに、冷やかな視線を送っている。
「放ってもおけないか、ちょっと行ってくる」
昴が立ち上がろうとすると、真由がそれを押し留める。
「あの方なら、心配無用ですわ」
「知ってる奴か?」
「一応、幼馴染ですわね」
さして親愛の情を感じさせないニュアンスで答える。
女生徒は男子生徒に絡まれながらも、こちらに気付くと歩き始めた。
完全に無視された形の男子生徒は女生徒の肩を掴んで呼び止めようとするが、掴んだ手を捻り上げられ、背中を蹴り飛ばされて草むらに頭から突っ込んだ。
残りの二人が茫然としている隙に女生徒は腹に正拳、首に手刀を打ち込み、瞬時に意識を刈り取った。
そのまま、何事もなかったかのようにスタスタ歩くと、真由の傍に立つ。
女生徒は前髪を綺麗に切り揃えた長い黒髪で切れ長な瞳をした日本的な美少女だった。
「お久しぶり。この学園に入ってからは初めて会いますね」
特に感情の籠らない声で挨拶をする。
「特に会いに行く用事もありませんわ」
「模擬戦、見ましたよ。あなたらしくもない油断でしたね」
「相手が一歩、わたくしを上回っていただけのことですわ」
「こちらの方が、あなたを負かした……」
値踏みをするような眼差しで昴を見る。
「名も名乗らずに失礼ではありませんの?」
真由は不愉快さを隠しもせずに言う。
「そうですね。私は月宮 麻紀。お見知りおき下さいな」
「天道 昴だ。ところで、あの連中は一体?」
先ほどからの疑問を訊いてみる。
「ああ、道を三人で横並びに歩いて、通行の邪魔をしておりましたので、『ミジンコ以下の存在価値しかない方は呼吸をしないで下さい、酸素の無駄です』と、申しましたところ、なぜか急に怒り出しまして、いた仕方なく正当防衛をしたまでです」
麻紀はやれやれといった風に頭を振った。
「強いんだな」
「ええ、私の家は古い武家ですので、この程度は嗜みですね」
「麻紀、わたくしたちは食事の最中ですわ。そろそろ遠慮してもらえませんこと?」
真由が会話に割り入る。
「あら怖い。では、またお会い致しましょう」
軽くお辞儀をすると立ち去っていく。
「何だ、仲が悪いのか?」
先ほどよりの真由の態度で察する。
「幼い頃は仲が良かったのですが、大きくなるにつれて、優秀なわたくしに対抗心を抱くようになり、何かにつけては突っかかってくるようになったのですわ」
昔を思い出してげんなりした表情になる。
「それって、もしかして……」
芽衣が何かに気付いたように呟く。
「どうかしましたの?」
何か思案している芽衣に真由が尋ねる。
「いいや、なんでもないさ。食事の続きをしようじゃないか」
何事か誤魔化すように言い、新たな海老フライにかぶり付いた。
その日の放課後、麻紀は芽衣から呼び出しを受けて、視聴覚室にいた。
(真由のことで話があるとのことでしたが、何の事かしら?)
訝しみながら、一人で芽衣を待つ。
不意に正面の大型モニターが映像を写し出す。
「えっ」
隠しカメラで撮られたらしい、その映像には剥き出しにした尻を男子生徒に向けた女生徒の姿が写し出されていた。
「この学園の生徒みたいだけど……」
映像の二人の顔にはモザイクが掛けられていて誰かは分からない。
やがて、男子生徒は女生徒の尻を叩きだし、女生徒は艶めかしく身をよじりながら、獣のように喘ぎ始める。
「――この娘、叩かれて喜んでる」
麻紀はその映像に心奪われ、思わず見入る。
女生徒の痴態を見続けている内に、身体が熱き火照り、その姿に自分を重ねてしまう。
「気に入ってもらえたかな?」
映像に没頭している最中に背後から声を掛けられ、振り向く。
「あなたの仕業ですか、何のつもりです?」
芽衣に向かって極力冷静さを装いながら訊く。
「真由君と勝負がしたくてね」
「勝負ですって」
「僕は最強のスティール・モービルを造ることを目指してる。君のことは入学当初から知っていた。月宮流剣術の免許皆伝、国内有数のスティール・モービルメーカーに製作を依頼したカスタム機を所有」
言いながら歩き、大型モニターの横で立ち止まる。
「それで私と戦って最強を証明したい?それとも戦闘データが欲しいの?」
「両方だ。更に言えば君自身もね」
芽衣が手に持った携帯端末を操作すると、映像のモザイク処理が消えた。
「真由!」
映像の女生徒の正体に愕然となる。
「真由君は模擬戦に負けて以来、昴のものとなって調教を受けているんだ」
芽衣は邪悪な笑みを浮かべる。
「なんてことなの」
「君は真由君を嫌っていない、それどころか憧れの対象なんじゃないのかい?」
「それは……」
麻紀は図星を突かれ押し黙る。
「やはりね。真由君に追い付き、認められたいがために、あんな態度を取っていたのか」
得心したように鼻を鳴らす。
「さて、麻紀君が勝ったなら、真由君は解放しよう。だが、負けたなら真由君と一緒に昴の調教を受けてもらうよ」
「――いいでしょう。〝イカロス〟に勝った〝ユニコーン〟を倒して私が真由を超えた証にします」
麻紀は真由の痴態を横目で眺めながら高らかに宣言した。
先に宿舎に戻っていた昴は芽衣に携帯で呼び出されて、学園の外れにある廃校舎前の空き地に立っていた。
「この辺りは完全に廃墟だな」
人気もなく、整備もされてない場所を見渡して、一人ごちる。
「やあ、昴、待たせてしまったね」
芽衣が愉快そうに笑いながらやって来た。
「こんな所に呼び出して、何のつもりだ?」
警戒感を露わにして問いかける。
「また、模擬戦の挑戦者だ。ただ、スティール・モービルで戦う前に生身の実力を知りたいそうでね」
芽衣が視線を向けた先を見ると、麻紀が木刀を片手にこちらに向かって来る。
「この人非人め!然るべき報いを喰らわせてあげます!」
麻紀が憎しみに満ちた眼で昴を睨む。
「模擬戦のことは、まあいいが、彼女は何か壮大な思い違いをしてないか?」
呆れた調子で言う。
「あながち、勘違いというほどのことでもないさ」
鷹揚な調子で芽衣は二人から距離を取る。
「なあ、話し合いをするつもりは……」
「問答無用!」
麻紀は木刀を構えて突っ込む。
「こりゃ、まずい」
昴は爪先で土を蹴りあげると、麻紀の顔面に直撃させた。
「うっ」
眼の中に砂が入り視界が奪われる。
途端に昴は廃校舎の方へ逃げ出す。
「待て、卑怯者め」
涙で砂を洗い流して、昴を追う。
「こいつは、使えそうだな」
昴は廃材置き場で鉄パイプを拾うと、廃校舎の中に入る。
「どこに行ったの?」
麻紀は昴を探して薄暗い廃校舎の中を探索していた。
カタン、物音がして振り返る。
「そこね」
人影を見付けると駆け出す。
「ヤアッ」
人影に木刀を振り下ろすが手応えがおかしい。
落ち着いて見るとそれは人体模型だった。
人体模型に注意を奪われていると、突如、暗闇に包まれる。
「これは!」
どうやら、教室に掛かっていたカーテンを頭から被せられたことに気付く。
「簀巻きにしてやる」
昴の声が聴こえ、何かの紐でグルグルと巻かれているようだった。
「罠ですか」
麻紀は歯噛みすると、拘束から強引に抜け出そうとする。
ビリビリ。
カーテンレールの金具に引っ掛かり、麻紀の制服が破け、下着が上下共に露出した。
「この獣!」
露出した下着を抑えて、昴を非難する。
「いや、事故だろ」
抗弁もそこそこに昴は逃げ出す。
「堂々と立ち合いなさい」
下着を晒したまま、麻紀は後を追いかけた。
廊下の角を曲がると、昴が消火器を構えて待ち構えていた。
「昔のコントでよくあったよな」
懐かしそうに呟くと麻紀に消火器を吹きかける。
「ゴホッ、ゴホッ」
白い粉末が麻紀の全身を覆い、煙にむせ返った。
昴は消火器を捨てると、麻紀の木刀に鉄パイプを打ち込み、弾き飛ばす。
すかさず、木刀を拾い上げると、窓から全力で投げ捨て、逃走した。
「武器を奪うのが目的でしたか。ですが、徒手空拳の心得もあります」
白い粉末に塗れたまま、昴が逃げた方に走る。
「いましたね」
ほどなく、特別教室練の廊下で昴を見付ける。
「いい加減、諦めてもらえると助かるんだが」
昴は嘆息混じりに言う。
「あなたのような外道を放置できません」
言うと、昴に向かって突進する。
「え」
が、麻紀は足元の摩擦係数を失い、派手に転んだ。
「これは」
廊下には油が撒かれており、立とうとしても滑ってまた転ぶ。
「調理実習室に残っていた油をたっぷりと撒いておいた」
昴が勝ち誇った笑みを浮かべる。
「おのれ」
全身を油で滴らせたまま這いずり、昴に飛び掛かる。
「うおっ」
麻紀の執念に気圧された瞬間、昴は制服を掴まれた。
「捕まえた」
麻紀は力を込めて引き倒す。
そのまま、腕ひしぎ逆十字固めに持ち込もうとするが、油で手を滑らせた。
「ひゃん」
すっぽ抜けた昴の手は麻紀の胸をわし掴みにする。
「これは、いいものを持ってるな」
昴は手にすっぽり収まるサイズのそれをふにふにと揉みしだく。
「きゃあああ」
麻紀は悲鳴を上げて転がるように廊下の端まで逃げた。
「この性犯罪者!」
胸を押さえて絶叫する。
「いや、冤罪だ」
昴は抗弁を垂れつつ、感触の余韻を味わうように、手をわきわきと動かした。
「今日のところはこれぐらいで見逃してあげます。ですが、模擬戦で勝つのは私の方ですからね。覚悟して下さい!」
口上を述べると、涙目で遁走する。
「これは、恨まれてるなあ」
麻紀の立ち去る姿を見送りながら感慨深げに嘆息した。
「全く、どうして、こうなったんだか」
昴は〝ユニコーン〟のコックピットの中でぼやく。
日曜の十六時、スティール・モービルの訓練地区の一つである湾岸フィールドで麻紀との模擬戦に挑んでいた。
「勝手に模擬戦の約束を取り付けてきやがって、先週やったばかりじゃねえか」
麻紀の機体との遭遇に備えて慎重に進む。
「それに、このミサイルコンテナが重すぎる」
麻紀との模擬戦を知った真由が『麻紀は剣術の達人ですわ。接近戦を避けて遠距離物量攻撃が最も有効ですの』と言って、ミサイルコンテナにロケットバズーカ、時限式手榴弾を〝ユニコーン〟に追加装備させていた。
「これだけ重装備だと、機動力が落ちるな」
追加装備、特にバックパックに増設されたミサイルコンテナの重量のために移動速度が三割ほど低下している。
湾岸商業エリアを抜けて沿岸部の開けた場所に出る。
海が近く、河川に陸橋が掛かってる。
「こっちか」
レーダーに反応を見付けて、その方向を見ると武者をイメージさせる一体のスティール・モービルが仁王立ちで待ち構えていた。
「ギガワット社のカスタムモデル〝阿修羅〟か」
ギガワット社は設立十年目の新興メーカーだが、高い技術力が評価されて民間軍事会社や多数の国軍に採用されている。
〝阿修羅〟は月宮家からの依頼を受け、麻紀のために製作された。
腰部の左右に長刀が装備されており、バックパックの左右から伸びるアームの先に電磁シールドが付けられていた。、
「逃げ出さずに来たことは褒めてあげます」
外部スピーカーから麻紀の声が響くと〝阿修羅〟は両手で二本の長刀を鞘から抜き放つ。
「先手必勝、フルバースト!」
〝阿修羅〟の臨戦態勢を見て取った、昴はミサイルコンテナのハッチを開き、三十六基のミサイルを全て発射する。
三十六基のミサイルが着弾する寸前、〝阿修羅〟のリアクティブ電磁シールドが可動して防御を固める。
刹那、爆音と爆煙に撒かれて〝阿修羅〟の姿を見失う。
「やったか?」
期待を込めて言うが、やがて爆煙の中からほぼ無傷の〝阿修羅〟が現れる。
「ま、やってないわな」
当然のように呟く。
「では、参ります」
〝阿修羅〟は二枚の電磁シールドを前方で壁のようにすると、〝ユニコーン〟に向けてダッシュする。
すかさず、〝ユニコーン〟はロケットバズーカを撃ち込むが、〝阿修羅〟はそれを電磁シールドで受け止めて、物ともせずに向かってくる。
「チッ」
後退しながら、ロケットバズーカでの攻撃を続けるが、殆ど効果がない。
「なら、これで」
ロケットバズーカの弾倉に残った最後の一発を〝阿修羅〟の足元に向け撃つ。
ロケット弾は〝阿修羅〟の足元の地面で炸裂して、穴を穿った。
「きゃ」
〝阿修羅〟は穿たれた穴に足を取られ、体勢を崩す。
「今だ!」
ロケットバズーカを捨てて、右腰部からビームランチャーを取り出し、〝阿修羅〟の頭部に狙いを定め、光弾を放った。
「イヤアアア」
崩れた体勢のまま、〝阿修羅〟は放たれた光弾を気合いと共に長刀で斬り払う。
「粒子ビームを斬りやがった……」
昴は想像以上の麻紀の剣技に驚く。
「一先ず、逃げるか」
〝ユニコーン〟は転進すると、港湾エリアに逃げ込む。
貨物コンテナ群に身を潜め、〝阿修羅〟を待つ。
「どこです、出てきなさい」
身を隠すことなど考えもしない、〝阿修羅〟が堂々と歩いてくる。
貨物コンテナに隠れながら〝ユニコーン〟はビームランチャーを撃つ。
だが、〝阿修羅〟の電磁シールドによって防がれる。
「そこですか」
ビームランチャーの攻撃により、〝ユニコーン〟の居場所を察知した〝阿修羅〟が真っ直ぐに近づいてくる。
「こいつを喰らえ」
〝ユニコーン〟はタイミングを見計らうと、上空に向けてビームランチャーを撃った。
クレーンに吊り下げられていた貨物コンテナのワイヤーが撃ち抜かれ、真下にいた〝阿修羅〟を直撃する。
「なっ」
〝阿修羅〟は落下してきた貨物コンテナを二枚の電磁シールドで受け止める。
「このっ!」
受け止めた貨物コンテナを後方に弾き飛ばすが、同時に二枚の電磁シールドが耐久限界を超えて砕け散る。
「チャンスか」
すかさず、〝ユニコーン〟はビームランチャーを右腰部に戻し、バックパックの左右に取り付けられていたミサイルコンテナをパージすると、〝阿修羅〟に投げ付けた。
「舐めるな」
〝阿修羅〟は右の長刀で一つ目のミサイルコンテナを斬り払い、左の長刀で二つ目のミサイルコンテナを斬り払う。
二つ目を斬り払った直後、その影から〝ユニコーン〟が飛び出して、長剣を左腰部から抜くと〝阿修羅〟に斬り付ける。
「あああっ!」
〝阿修羅〟の左腕部が斬り落とされ、麻紀が苦悶に顔を歪める。
「やってくれましたね……」
麻紀は左腕部の神経接続をカットして痛みから逃れると、呻くように言う。
「押し切れるか」
〝ユニコーン〟は間合いを詰めて、長剣を振り下ろす。
〝阿修羅〟が右の長刀で、〝ユニコーン〟の長剣を受け流し、背後に回り込むとバックパックに斬り付けた。
「うおっ」
〝ユニコーン〟が反回転しながら横薙ぎに長剣を振る。
〝阿修羅〟は右の長刀で〝ユニコーン〟の長剣を止める。
「腕を三本失ったって!」
〝阿修羅〟の両脚部の装甲が展開して二本のアームが飛び出す。
アームの先端にはビームソードが取り付けられており、光刃が〝ユニコーン〟を襲う。
「何だと」
〝ユニコーン〟は反射的にバックステップをすると、光刃をギリギリで回避する。
「なるほど、六本腕の魔人てわけだ」
昴は納得したように呟く。
「ここまでやられるとは、ですが勝つのは私です」
〝阿修羅〟が長刀を構え突進する。
「正面からの斬り合いは分が悪そうだ」
言うと、〝ユニコーン〟は再び転進して河川の方に向かう。
「飛行は出来そうにないな」
〝ユニコーン〟のバックパックの損傷程度を確認して空中戦の選択肢を捨てる。
河川に近づくと、ビームランチャーで牽制しながら、陸橋の下に入り込んだ。
橋桁にワイヤーアンカーを打ち込み、ワイヤーで牽引して陸橋の上に登る。
「逃しはしません」
〝阿修羅〟のスラスターが火を噴き、陸橋の上へ一気に飛ぶ。
「そろそろ、日も暮れる。ケリを付けようぜ」
陽はすでに傾き、辺りは夕焼けで茜色になっていた。
「同感ね。鬼ごっこは終わりにしましょう」
〝阿修羅〟は〝ユニコーン〟を正面に据えると、一足一刀の間合に入ろうとする。
「そこに立つと思ったぜ」
昴が言うと、橋桁の裏に仕掛けておいた時限式手榴弾が爆発して、〝阿修羅〟の立っている場所が吹き飛ぶ。
「しまっ――」
爆発の衝撃で〝阿修羅〟の両脚部のアームが吹き飛び、崩れた足場から落下した。
「まだ!」
〝阿修羅〟のスラスターを噴かし、上昇しようとするが、真上から〝ユニコーン〟が降下してくる。
「このおおお」
シールドを構えて落下する〝ユニコーン〟に空中で長刀を打ち込む。
〝阿修羅〟の長刀は、特殊鋼板を何層も重ねた〝ユニコーン〟のシールドを両断するには至らず、その刃は途中で動きを止めていた。
「藁を斬るようには行かなかったようだな」
着地と同時に長剣を突き出して、〝阿修羅〟の頭部を破壊する。
戦闘終了のサイレンが鳴り響き、〝ユニコーン〟の勝利が確定した。
その夜、宿舎で休んでいた昴を芽衣がドックに呼び出した。
ドックに向かい、扉を開けると、芽衣と麻紀が何事か話し合っていた。
「月宮が、なぜここにいる?」
「いや、何、麻紀君が昴に、頼みたいことがあるそうなんだ」
言うと、芽衣は恥ずかしそうに俯く麻紀を前に押し出す。
「あの、私にもお仕置きをお願いします……」
昴の前に立つと麻紀は消え入るような声で言う。
「お仕置きって、おい!」
昴は慌てた風に芽衣を見る。
「いやー、真由君へのお仕置きを見られていたみたいでね、麻紀君の方から是非に同じことをして欲しいと頼まれたんだ」
芽衣のわざとらしい言い回しに麻紀はビクッと身体を震わせると、おずおずと口を開く。
「はい、私を天道君の好きなように躾けて下さい」
顔を赤くして、震える手でスカートを強く握る。
昴はゴクリと唾を飲み込むと、真由に比べてボリューム感に欠けるが均整のとれた、締まった身体に目を奪われた。
「いいんだな」
昴は内なる衝動を抑えきれず、麻紀に問いかける。
麻紀は無言で二度、頷いて首肯した。
「麻紀君は鍛えているだけあって、バランス感覚も良さそうだ」
ニヤニヤ笑いながら芽衣が会話に入ってくる。
「その場で立ったまま前屈して足首を掴んでみてくれ」
「ええ……」
言われるまま、直立状態で前屈姿勢を取る。
芽衣は麻紀の後ろに回ると、スカートを捲り、パンツを降ろす。
「ああ――」
麻紀は恥ずかしさで、思わず声が上がる。
「今からお仕置きが終わるまで、その姿勢のままでいること、もし倒れたりしたら、お尻に顔の落書きをして全世界にお尻お化けとしてデビューしてもらうよ」
芽衣が邪悪な笑みを浮かべる。
「そんな……」
ペナルティの重さに絶句する。
「さあ、昴、始めてくれ」
芽衣に促されて、麻紀の尻の前に立つ。
麻紀の形のいい、スポーツ選手のような引き締まった尻に見惚れてしまう。
「三十発打つぞ」
スパーン。
昴は右手を振り上げ、麻紀の尻を打ち鳴らす。
(これは、真由の尻は手の平が沈み込むような柔らかさだったが、麻紀の尻は張りと弾力に富んでいて、手の平を押し返してくるようだ)
二人の感触の違いに、感心する。
パアン、パアン、パアン。
「ああ、あああ、あああん」
尻を打たれる度に下腹部が熱く疼き、蕩けた声を上げた。
麻紀は痛みには強い方だと思っていたが、これまで経験したことのない痛痒と恥辱が
退廃的な快楽となり、恍惚の境地に入る。
パアン、パアン、パアン。
左右の臀部が赤く染まる度に膝が震え、バランスを崩しそうになる。
「どうした、耐えてみせろ」
昴は容赦なく尻を打ち据える。
「ふうううん」
呼吸を深く吐き、両足に力を込めると、打たれる度に揺れていた尻がピタリと静止する。
「よし、いいぞ」
昴が安定度を確かめるように叩くスピードを上げる。
パアン、パアン、パアン、パアン。
「くあ、くうん、、あふん、うふうん」
痛撃に脳髄を焦がして、麻紀は甘い嬌声を漏らす。
「これでラストだ」
力を込めた渾身の平手打ちを麻紀の尻に放つ。
スパーン。
「あああああん!」
肉を打つ音が響き、麻紀は獣じみた絶叫を上げて、その場で倒れる。
「大丈夫か?」
昴は麻紀を抱き起こして訊く。
「はい、大丈夫です。私、最後まで耐えられました」
麻紀は誇らしげに微笑む。
「よく頑張ったな」
昴は芽衣から受け取ったベビーローションを麻紀の尻に塗りながら褒める。
「これからも、私を躾けて下さいね。主様」
昴の体温を感じながら、うっとりとした表情で麻紀が囁いた。
第四章
翌朝、担任の斎藤 薫は新たなクラスメイトを紹介した。
「今日から、このクラスの一員になる月宮 麻紀だ」
厳かな様子で教室に入って来た麻紀に、空いてる机へ着くように指示する。
麻紀は昴の後ろの席を前任者から強引に譲り受け席に座る。
「月宮も来たのか……」
昴は呆れ気味に言う。
「主様の居る場所が私の居場所ですから」
麻紀は畏まった調子で答えた。
「それから、私のことは麻紀と呼んで下さい」
「俺の傍がいいなら、好きにすればいいさ麻紀」
「はい」
思慕の念を込めた返事をする。
「ちょっと、主様とかどういうことなんですの?」
自分の席から身を乗り出して、真由は声を荒げる。
「私も調教して頂きました」
麻紀はツーンとそっぽを向く。
「本当ですの?」
真由の眼が吊り上がり、昴を詰問する。
「そうなるのかな……」
昴が視線を逸らして答える。
「お喋りはそのくらいにしておいてくれ。今日の授業は特別教練だ、体操着に着替えて運動場に整列しろ」
斎藤はぶっきらぼうに言うと教室から出ていく。
昴たちが体操着に着替え、運動場に向かうと、他のクラスの生徒たちも整列していた。
「今日は森林エリアでのオリエンテーリングを行う。通常のルールではなく、フラッグ争奪戦だ。順番を問わず三十本のフラッグを先に奪取した者が占有権を得る」
教練の説明をすると、フラッグの位置を示した地図が配られる。
「三十本ってことは、競争率十倍だな」
一学年、約三百人の生徒を見回して昴が言う。
「一人一本なんて制約はありませんわ。多く集めた方が評価が高くなるのは当然でしょう」
真由が地図をチェックして、フラッグの位置を確認する。
「横取りが出来ないルールでは、如何に早くフラッグに辿り着くかが大事ですね」
麻紀が長い黒髪をポニーテールに纏める。
「君たちは適当に頑張ってくれよ。僕はどこかでサボってるからさ」
芽衣がやる気のない声で欠伸を噛み殺す
「ん、誰かこっちを見てるな」
一人の女生徒が昴を凝視しているのに気付く。
女生徒は昴と目が合うと意を決したように近づいてくる。
背は低く髪は肩口の辺りまでの長さで、童顔で若干表情に乏しい印象の美少女だった。
「あたしと模擬戦をしてくれませんか?」
昴の前に立つと、抑揚のない声で言う。
「あなた、誰なんですの?」
真由が横から訝しげに訊く。
「星園 桃」
昴から視線を動かさず答える。
「なぜ、俺と模擬戦をしたいんだ?」
「あなたが、大空寺重工業とギガワット社のカスタムモデルを倒したから」
「もしかして、どこかのスティール・モービルメーカーの関係者かしら」
麻紀が察したように言う。
「そう、あたしは星空機械製作所の娘よ」
桃は首肯する。
「星空機械製作所……、聞いたことがありませんわね」
真由は首を捻ってメーカーの記憶を探る。
「うちは町工場から出てきた、新規のスティール・モービルメーカーだから知らないのも無理はないわ」
「なるほど、大手二社のカスタムモデルを倒した〝ユニコーン〟に勝てば、いいプロモーション材料になるものな」
芽衣は桃の狙いを推測する。
「悪いが期待に添えない。。もう休日を潰したくないんだ」
すでに二週の休日を失った昴としては、次々受けていてはキリがないと悟っていた。
「そう言わずに受けてやったらどうだい?」
芽衣は無名メーカーの機体に食指が動かされ、桃の後押しをする。
「――なら、今日のオリエンテーリングで俺に勝てたら、模擬戦を受けよう」
逡巡するが、チームメイトの意見を無碍に出来ずに条件を提示する。
「分かった。あなたより多く旗を獲得すればいいのね」
桃の表情は変わらないが、声には僅かに力が籠る。
ほどなく、運動場に十台のバスが入ってくると、クラスごとに乗り込み、目的地である森林エリアまで移動する。
森林エリアに到着して、バスから全員が降車した途端に開始の笛が鳴らされた。
「いきなりかよ」
昴は慌てて地図を広げ、コンパスを片手に現在位置を確認する。
「甘いですね。バスで移動中に位置の把握はしておかなきゃ」
桃は昴の脇をすり抜け、森の中に入って行く。
「出遅れたか」
ざっと、自分の位置を確認すると、昴も続いて森に入る。
「手近の旗は三本あります。分かれて取りに行きましょう」
麻紀が地図を片手に提案してきた。
「わたくしたちで取り合いをしても不毛ですわね」
真由が同意を示す。
「ところで、芽衣は?」
芽衣の姿がないことに気付き、一応訊いてみる。
「森の入口でサボってましたわ」
真由が呆れた風に答えた。
「今更、成績に頓着しない奴だからな」
「では、中央方向を昴、右方向を私、左方向を真由が担当することでいいですね」
「それで構いませんわ」
「旗を手に入れた後は、自己判断でその先の行動を決めることにしよう」
真由と麻紀が同意すると、三方に分かれて移動を始める。
「この先にあるはずなんだが……」
昴は地図に付随した旗の位置が示されている記号を読みながら、草木を掻き分ける。
、しばらく歩くと開けた場所に出て旗を発見するが先客がすでにいた。
「正規の道を通らず、最短距離を突っ切るのは流石ですが、その程度ならあたしの敵じゃないですね」
桃は旗に手を掛けて勝ち誇った笑みを浮かべる。
「こっちの方に来てたとはな」
「これで、あたしが一歩リードです」
「なに、すぐに追い付いてみせるさ」
言うと、昴は駆け出し、次の旗を目指す。
「させません」
追いすがるように、桃は昴と同じ旗を取りに向かう。
「それにしても、歩きにくい」
腰の近くまで生えた草木が昴の移動速度を鈍らせた。
「お先に失礼」
桃が木々の枝から枝へ、飛び移りながら、昴を追い越す。
「あいつは、忍者かよ」
桃の卓越した運動能力に舌を巻きながら、先を急ぐ。
「この辺りにあるはずだけど……」
川べりの岩肌だらけの場所に出ると桃は辺りを見回し旗を探す。
「なんとか、間に合ったようだ」
少し遅れてきた昴が桃の様子を見て呟く。
「誰かに取られてなければ、まだあるはずだよな」
眼を皿のようにして岩場を見渡す。
「あれは……」
岩の中に一つ、質感の違う物に気付く。
昴は異質な岩に近づき、触ってみる。
「ビンゴ」
本物そっくりに作られたハリボテの岩の中から旗を取り出した。
「そんな隠し方をされてるなんて……」
桃は僅かに眉間に皺を寄せ悔しそうに呻く。
「これで同点だな」
手に入れた旗を掲げて見せる。
「また、引き離します」
桃は川沿いに下流に向かって走る。
「そうはいかないさ」
昴は桃に並行して下流にある旗を目指す。
しばらく進むと、川の中ほどの岩に旗が立てられているのが見えた。
「面倒な場所に……」
旗の先は滝になっていて、激流に飲まれると滝壷に落ちるのが免れないようだった。
「絶対、取る」
昴が一瞬、躊躇してる間に、桃は跳躍して旗に手を掛ける。
が、岩場に着地した瞬間、バランスを崩して川に落ちてしまう。
「プハッ」
旗を手に入れたものの、桃は成す術なく激流に流される。
「まずいな」
川沿いを桃を追い掛けながら走る昴は意を決して、激流に飛び込む。
溺れかけている桃を滝の手前で捕まえると、庇うように抱えて滝壷に落下した。
川の勢いのままに、七、八メートル落下したため、昴は意識を失う。
次に気付いた時には、川べりで桃に人工呼吸されていた。
桃の温かく柔らかい唇の感触と呼気に驚き、目を見開く。
「気が付きましたか」
桃は顔を離すと、ずぶ濡れのまま安堵の息を漏らす。
「世話を掛けたようだ」
昴は身体を起こすと軽く頭を振って、自嘲気味に言う。
「いえ、あたしを庇ってくれたんですよね」
少し照れた様子で言う。
「だが、助けられたのは俺だったな。ありがとう」
「今回はお互い様ということで」
「なら、そういうことにするか」
辺りにサイレンが鳴り響き、特別教練終了を告げる。
「この勝負は星園が旗二本で俺の負けだな」
「じゃあ!」
桃は目を輝かせた。
「模擬戦を受けるよ。場所と時間はチームメイトの芽衣と話して決めてくれ」
昴は立ち上がり、決然として言った。
日曜の十時、昴はスティール・モービルの訓練地区の一つである山岳フィールド内で桃の索敵をしていた。
「どこにいる?」
〝ユニコーン〟のレーダーを注視しながら呟く。
辺りは岩山が広がり、視界の端には大きな湖が確認できた。
「これは、誰が作ったんだ?」
移動中、湖を見渡せる場所に高さ三十メートル程の岩を削って作られた仏像を見付ける。
「観光向けか、どこかの資産家の趣味か」
仏像を見上げ、造形の見事さに唸る。
不意にレーダーが警戒音を発し、桃の接近を告げた。
「あの岩山の向こうにいるな」
岩山の一つに視線を移し、桃が出てくるのを待つ。
「これは!」
センサーが高出力の熱源反応を示す。
〝ユニコーン〟はすかさず、回避行動を取る。
直後、前方の岩山が砕け散り、高出力粒子ビームが突き抜けていく。
「こいつが、〝バロン〟か」
砕けた岩山の向こうにスティール・モービルの姿を発見する。
〝バロン〟は重装甲、パワー型の外観に獅子を象った意匠が施されていた。
「かわしましたか、ではこれはどうです」
バックパックから二本の巨大なブーメランを取り外し、〝ユニコーン〟目掛けて投げる。
「おっと」
〝ユニコーン〟は二本のブーメランをサイドステップで巧みにかわす。
が、ブーメランは放物線を描き、再び〝ユニコーン〟に向かう。
「いきます」
それに合わせて、〝バロン〟が〝ユニコーン〟に向けダッシュする。
〝ユニコーン〟がブーメランをかわすタイミングに合わせて懐に入り込むと、拳を突き出してくる。
「パンチか?」
〝バロン〟が突き出した拳をバックステップでかわそうとするが、腕の側面に装備されたパイルバンカーが杭を打ち出す。
「なんだと」
パイルバンカーをかわし切れず、〝ユニコーン〟の胸部装甲が損壊する。
「まだまだ」
〝バロン〟は両腕を交互に突き出し、パイルバンカーでラッシュをかけた。
〝ユニコーン〟はそれらを軽敏に回避するも装甲に多大なダメージを負ってしまう。
「麻紀に剣術を習った成果を見せてやるぜ」
接近された状態から長剣を高速抜刀して〝バロン〟に斬り付ける。
「うわっ」
その斬撃スピードの速さにたじろぎ、〝バロン〟は全力後退して間合いを取った。
「簡単には勝たせてもらえないようですね」
空中を旋回していたブーメランを左右の手でキャッチする。
「バスターソードモード」
ブーメランが、くの字の状態から直刀状態になり、二本が一本に組み合わされた。
「いきます」
巨大な剣となったブーメランを腰溜めに深く構える。
「ハアッ!」
気合いを込めると、〝バロン〟のバックパックスラスター、脚部バーニアを全開にして〝ユニコーン〟に突撃する。
「まともに受けるとやばい」
〝バロン〟の横薙ぎに構えた巨大剣バスターソードから発するエネルギー光に脅威を感じると、その場に倒れ伏せた。
バスターソードは〝ユニコーン〟の真上を空振して、その勢いのままに背後の仏像を斬り付ける。
巨大仏像は腰の辺りで両断されて、岩塊に姿を変えた。
「受けてたら、防御ごと斬られていたな」
起き上がると、〝ユニコーン〟は剣を振り抜いて隙が生じている〝バロン〟にビームランチャーを連射する。
「くっ」
反射的にバスターソードを盾代わりにガードするが、そのためにエネルギー回路を損傷して威力を失ってしまう。
「〝バロン〟の最大火力、メガキャノンを見せてあげる」
胸部の獅子を象った意匠の口が開き、その先にエネルギーが収束していく。
「さっきの高出力ビームか」
〝ユニコーン〟は高出力粒子ビームを警戒して、バックパックスラスターを噴かせると、湖の方角に転進した。
直後、獅子の口から強力な光線が放たれるが、〝ユニコーン〟に当たることなく岩山の一つを粉砕する。
「今度こそ」
〝バロン〟は両肩に装備されたビーム砲を撃ちながら〝ユニコーン〟を追撃した。
「ここらでいいかな」
湖を真下に見下ろす断崖に〝ユニコーン〟が降り立つ。
「追い付きました」
移動速度で、やや劣る〝バロン〟が少し遅れて到着する。
「重装甲と高出力兵器のためのエネルギースロットのせいで機動性が低い」
昴は、高出力粒子ビームを駆動用のエネルギーカードリッジから流用すると、すぐに駆動不能に陥ってしまうために、専用スロットを用意していると予測していた。
事実、〝バロン〟にはメガキャノン専用のエネルギーカードリッジが組み込まれていた。
「メガキャノンを撃てるのは後一回が限度ね」
桃はエネルギー残量を見ながら呟く。
「さて、あの高出力ビームだけには用心だ」
〝ユニコーン〟は距離を取りながら、ビームランチャーを撃つ。
ビームランチャーの光弾は〝バロン〟の装甲に命中するが、鏡で屈折するかのように弾かれてしまう。
「これは、エネルギー反射板の装甲か。だが、一度反射すると歪みが生じて二度目は弾けない代物と聞くが」
構わず、ビームランチャーを〝バロン〟に撃ち続ける。
〝バロン〟は被弾箇所が同じ場所にならないように横移動しながら、両肩のビーム砲で応戦していく。
両者が円を描くように撃ち合い、〝バロン〟のビーム砲が〝ユニコーン〟を捉えた。
〝ユニコーン〟は盾を構えて、ビーム砲を受け止めたが、その場で足が止まる。
「最後の一発よ」
メガキャノンの発射体勢に入り、獅子の口にエネルギーが収束する。
「狙い通りだ」
全力ダッシュで、〝バロン〟との間を一気に詰めた。
〝バロン〟は右腕を突き出し、パイルバンカーを打ち出そうとする。
その腕の動きにシンクロさせるように、ワイヤーアンカーをほぼ零距離で打ち出す。
パイルバンカーとワイヤーアンカーが真正面から激突すると、〝ユニコーン〟と〝バロン〟は衝撃でお互い後方へ弾き飛ばされた。
「なっ」
〝バロン〟は断崖から湖に落下する。
スラスター噴射も重量のために間に合わず、水中に没した。
その瞬間、発射体勢に入っていたメガキャノンがエネルギーを解放させる。
ズドーン
水蒸気爆発による、轟音が響く。
「グウ」
〝バロン〟の装甲が水蒸気爆発によって著しいダメージを負ってしまう。
「兎も角、浮上しなきゃ」
動揺しながらも無事なスラスターとバーニアを駆使して水面に浮上させる。
「慌て過ぎだな、水中で安全を確認してから浮上させるべきだった」
水上で待ち構えていた〝ユニコーン〟がビームランチャーの照準を合わせた。
「迂闊な」
〝バロン〟は回避することも出来ず、頭部を撃ち抜かれる。
直後、山岳フィールドにサイレンが鳴り、戦闘終了を告げた。
「今晩は」
その晩、桃は覚悟を決めた顔で昴のドックを訪れた。
「どうした?今日の模擬戦の内容に問題でもあったか?」
桃の様子に不審なものを感じて尋ねる。
「あれは、あたしの完敗です。文句はありません」
「なら、別の用事か」
「それは……」
桃が言い淀む。
「彼女は敗北のペナルティを受けに来たんだよ」
芽衣が含み笑いを浮かべて言う。
「ペナルティ?」
昴は、ある予感を持って訊く。
「あなたとの模擬戦に負けたら、お仕置きを受ける約束でした」
桃は顔を赤らめる。
「もし、僕らが負けた場合は〝ユニコーン〟の技術を提供する約束でね」
「約束を反故にはしません。あなたの気の済むようにして下さい」
身体を強張らせて、昴を見据える。
「彼女は覚悟を持って約束を果たしに来た。遠慮は無用だぜ」
芽衣が昴に囁く。
「かなり痛いぞ」
昴は桃の身体に視線を這わせて、意思を確認する。
「分かってます」
短く答えて、昴の視線から逃れるように顔を背けた。
「じゃあ、始めるよ。こっちに来て、テーブルの上で仰向けになってくれ」
芽衣が桃をテーブルに連れて行くと、上半身だけをその上で横たわらせる。
「そのまま、足を持ち上げて抱えるんだ」
芽衣は桃の両足を持ち上げ、膝の裏で抱えるように指示を出す。
昴は桃の前に立つと、パンツに手を掛けて、尻が剥き出しになる位置までずらしていく。
「いい形だ、特に肌が素晴らしいな」
桃の尻に触れ、指先にもっちりとした感触が伝わってくる。
そっと指を這わせると、白くキメの細かい肌が、しっとりと湿っていた。
「三十発、終わるまでは止めないからな」
昴は右手を振りかぶる。
「お願いします」
桃は小刻みに震え、開始を待つ。
スパーン
「あひいっ」
肉を打つ小気味良い音が響き、桃は思わず声を上げる。
パアン、パアン、パアン。
「あふう、ふあっ、はあん」
やがて、桃の中に火が灯り、愉悦の色が混じった吐息が漏れだす。
「ほら、昴の顔をしっかり見て」
芽衣は昴から視線を外している桃の頭を掴み、股の間から覗かせる。
「ここからが、本番だ。音を上げるなよ」
真剣な面持ちで、更に強く両手を交互に繰り出す。
白い肌が朱に染まり、残った白地を塗り潰そうと、臀部を叩き続けた。
「ああああ」
悦楽の波が桃の内側から押し寄せ、意識を混濁させていく。
「脳内麻薬が、いい感じで分泌されてるねえ」
芽衣が桃の蕩けた表情を見て満足気に言う。
パアン、パアン、パアン。
「ふうん、あふうん、ひゃあん」
打たれる度に理性が溶け出し、桃の本性が露わにされる。
「ラスト一発」
スパーン。
「ふぎいいい」
一段高い肉音が轟き、桃は叫びと共に身体を痙攣させた。
昴は浅い息を吐く桃の尻にベビーローションを塗り込む。
「もう、足を離してもいいぞ」
両足を抱えたまま硬直している桃の手を優しく解き、身体を起こしてやる。
「これ、癖になりそうです」
身体を支えられたまま、虚ろな瞳で昴を見つめて呟く。
「今度は罰じゃなく、御褒美にしてやるよ」
「あたし、一杯褒めて貰えるように頑張りますね」
桃は柔らかな微笑を湛えて言った。
翌朝、当然のように桃も一組に移ってきて、昴の前方の席を獲得した。
「芽衣さんの御厚意により、こちらのクラスに移れました。これからも、宜しくお願いしますね。真由さんと麻紀さんも同じ仲間として一緒に頑張りましょう」
桃は昴に向き直り、挨拶をすると、真由と麻紀にも視線を送る。
「昴、またですの?」
真由は昴にあきれ顔を向ける。
「主様にも困ったものね」
麻紀はやや渋面を作り、頭を振る。
「芽衣、桃が移って来たのって、お前がやったのか?」
昴は真由と麻紀をスルーして、芽衣に訊く。
「クラスを移るのに、無理を通すほどの寄付がなかったみたいでね。僕が手を回したのさ」
芽衣は楽しそうに笑みを溢す。
「来たというなら歓迎するがな」
桃の方を向くと手を差し出す。
「はい、ありがとうございます」
昴の手を握り、堅く握手を交わす。
「来る者は拒まずって性格ですのね」
真由は昴と桃の結ばれた手を見つめて呟く。
「主様の度量の広さだと思っておきましょう」
麻紀は溜息混じりに言う。
「これで小隊が組めるな、戦闘のバリエーションも増やせる」
芽衣は四人を見やりながら、今後の戦闘プランを検討していた。
第五章
昼休み、昴たちは連れだって中庭で昼食を摂っていた。
「真由さんの胸って、立派ですねえ。憧れます」
おにぎりを頬張りながら、桃はFカップと推定される真由の胸を見て嘆息する。
「あれは大き過ぎというものです。私ぐらいが殿方には丁度いいのですよ」
麻紀が昴に見せ付けるように、Dカップと思しき胸を張る。
「負け惜しみですわね。わたくしの胸がどれだけ昴の視線を釘付けにしたと思ってますの」
真由が巨乳の威厳を示すかのようにブルンと揺らせた。
「本当ですか、主様?」
「いや、そんなには見てないと思うが……」
額に汗を掻きながら、昴は抗弁する。
「あたしも、もう少しあればな。一応、毎日牛乳を飲んでるんですけど」
桃がおよそBカップの自身の胸をペタペタと触る。
「牛乳は成長に有効な栄養素が入っているが、胸を大きくしたいなら、鶏肉とピーマンの方が効果的だぜ。この二つは女性ホルモンを分泌させる作用があるからな」
芽衣が真由手作りの海老フライを食べながら言う。
「鶏肉とピーマンがいいの?」
桃が感心したように芽衣を見る。
「あと、納豆もいいぞ。大豆イソフラボンが女性ホルモンに似た働きをする」
「他には何かないかな?」
「大胸筋を付けて上げ底にする手もあるけど、マッサージがベストだね。胸の脂肪は乳腺を守るように付くから、乳腺を刺激して発育を促せば脂肪が付きやすくなる」
「つまり、揉んだら大きくなると」
「男に揉んでもらうと、更にいい。女性ホルモンが出やすくなるぞ」
「昴さん、揉んで大きくして下さい」
桃は真剣な面持ちで、昴に頼んだ。
「ブッ」
昴は思わず口に含んでいたウーロン茶を噴きだす。
「ゲホッゲホッ、俺が揉むのか?」
むせ返りながら訊く。
「当然です。他の男に触らせるつもりはありませんし、それに、あたしの身体を開発するのは昴さんの義務ですよ」
真顔で当たり前のことのように言う。
「義務なのか……」
昴は、なぜそんな義務を負う羽目になったのだろうかと、遠い目をした。
「お持ち下さい。桃さんだけでは不公平です。私の胸も開発して下さらないと」
麻紀が自分の胸に手を添えて、昴に差し出すような仕草をする。
「わ、わたくしの胸もして下さらないと困りますわ」
真由が慌てた様子で会話に入って来る。
「困ることはないでしょう。それ以上大きくする必要性はありませんよ」
麻紀は真由の大きく揺れる胸を見ながら、冷たく言い放つ。
「そんなことありませんわ。か、感度とか上げないといけませんし」
若干、趣旨とは違うことを言い始める。
「確かに大きな胸は感度が悪いと聞きますしね」
得心したかのように、頷く。
「わたくしの胸の感度は悪くありませんわ!」
発言が自業自爆となってるのを本人は気付かない。
「はいはい、そのぐらいにしておいてくれ」
芽衣が手を叩いて話の流れを止めた。
「学園の方から近く話があるだろうが、現在、対馬上空に多数の機獣を搭載した要塞が出現して自衛軍と交戦中らしい。おそらく、学園生徒に支援の要請が出ると思う」
芽衣は真顔になると一同を見回しながら言う。
「情報が早いですわね。軍のコンピューターをハッキングでもしましたの?」
真由が目聡く情報元を探る。
「まあね。その辺は否定しないけど」
悪びれもせずに消極的な肯定を示す。
「戦ですか、腕が鳴ります」
麻紀が密やかに闘志を燃やして呟く。
「戦況はどうなっていますか?」
桃が冷静に状況を尋ねた。
「戦況は思わしくない。住民の避難は完了しているが、対馬は占領されるだろう。今後は機獣の九州侵攻を阻止する作戦に移行するようだ」
芽衣は面白くなさそうに頭を振る。
「ここ数年じゃあ、一番大きな戦いだな」
昴が大規模侵攻の様相を呈しているのを感じて言う。
「そこで僕たちは小隊登録をして事に臨みたいが、構わないかな?」
「いいですわ。小隊登録すれば戦場でも一緒に行動出来ますものね」
「主様と一緒ならば異論はありません」
「そうですね。このメンバーなら怖いものはないです」
真由、麻紀、桃が提案に同意する。
「俺も信頼出来る仲間に背中を預けたいしな」
昴も一同を見回して首肯した。
「理解に感謝する。とは言え、今のところ機獣が対馬から出たという情報はない。自衛軍も九州沿岸部に防衛網を敷いているが緊急を要する事態には至っていない」
「実際に出撃するのは、まだ先になりそうですわね」
芽衣の言葉の先を読み、真由が言う。
「別組織の戦力が現場にあると、混乱することもあるからね。自衛軍が戦闘を開始するか、何らかの作戦指針が決定するまでは学園で待機になるだろうさ」
芽衣は落ち着いた様子で緑茶を手に取り、飲み込む。
「予備戦力扱いかよ」
昴が、やる気を削がれてぼやく。
「その間、僕たちのやれることをやっておこう」
「そうですわね」
「とりあえず、真由君の体力強化かな」
「わたくしの体力強化ですの?」
「うん、真由君は天性の運動能力に頼ってるせいで、基礎体力に弱い面があるんだ」
「それは……」
真由自身、持久力に難があることを自覚しているため、言葉を詰まらせる。
「そこで、特訓をすることにする。昴も手伝ってくれよ」
芽衣が悪戯めいた笑みを浮かべ、昴は若干の不安を覚えた。
放課後、芽衣の指示で真由と昴は運動場に集合した。
「わたくし、なぜこの格好なの?」
真由がパイロットスーツ姿で恥ずかしそうに身を捩じらせる。
「スーツから心拍数や体温、発汗量などのデータが取れて便利なんだよ」
芽衣が自分の携帯端末を真由のパイロットスーツとリンクさせる。
「じゃあ、縛るからじっとしててくれ」
「えっ」
芽衣は縄を取り出すと、手際よく真由を縛り上げていく。
「加圧トレーニングの一種さ。身体に適度な負荷をかけることによって訓練の効果を増大させることが出来るんだ」
言いながら、真由を亀甲縛りにして、両手も後ろで縛り上げる。
「ちょっと、キツイですわ……」
身体を動かすと、縄が食い込み、真由の大きな胸が絞り上げられて更に強調された。
「こいつをソリに結んでと」
あらかじめ用意しておいた木製のソリと真由を縄で結び付ける。
「昴、ソリに乗るんだ」
サンタクロースをイメージさせる本格仕様のソリに乗り込むよう指示する。
「本気か?」
昴はソリの前でたじろいだ。
「普通に走るより、重りを引っ張る方が筋力強化になるからな」
芽衣はさも当然のように言う。
「それはそうかもしれないが……」
なんとなく理屈は合ってる気もするが、やはり二の足を踏む。
「真由君も昴が傍で特訓をサポートしてくれた方がいいだろ?」
「――そうですわね。お願いできますかしら?」
真由は数秒考え込むと横目で昴を見ながら頼んだ。
「う、ううむ。分かった」
昴はソリの前で唸ると意を決したように乗り込む。
「さあ、真由君。ソリを引っ張るんだ」
「行きますわ」
真由は全身に力を入れてソリを引く。
ズルズルと地面を擦る音と共に、歩くほどのスピードでソリは移動した。
真由の身体を縛る縄が過重で食い込み、胸や尻肉を卑猥な形にする。
「ぐぐう……」
百メートル程、進んだ地点で苦悶の表情を浮かべ、真由の足が止まる。
「まだ音を上げるには早すぎるぞ」
言うと、並走していた芽衣が何かのスイッチを昴に手渡す。
「そのボタンを押すんだ」
「こうか?」
とりあえず言われるがままスイッチを押した。
「きゃあああ!」
真由は悲鳴を上げると、その場で膝を突く。
「これは何だ!」
昴は驚いた様子で芽衣に訊く。
「パイロットスーツには、戦闘中に気絶した搭乗員を目覚めさせるためのショック装置があるんだ。そのスイッチを押すと作動するようにしておいたのさ」
芽衣が悪びれもせずに説明する。
「なぜ、そんなことをするんだ?」
「愚問だな。心の甘えを取り去り、肉体の限界を超えるためだよ」
「もっと、穏便なやり方がありそうなものだが……」
「座禅で姿勢を崩すと、打ち据えられるのと同じさ。精神に気合いを入れるためにビンタをするプロレスラーの映像を見たことないかい?」
「だが、真由の意思を確認すべきだろう」
「では、真由君。これから君の足が止まる度に昴が容赦のない電気ショックを与えるが、構わないかな?」
芽衣が真由に問い掛ける。
「昴がスイッチを持つというなら構いませんわ」
真由が頬を染めながら答えた。
「いい覚悟だ。さあ、立ち上がって特訓を続けよう」
芽衣に促されて立ち上がり、真由は再びソリを引く。
「おい、なんだか注目を集めてないか?」
ソリを進ませると、次第に生徒の注目を集めるようになり、奇異な視線が送られて来る。
「今時の特訓としてはアナクロだからな。珍しいんだろうよ」
芽衣が特段、気にした風もなく言う。
「ちょっと、違う気もするが……」
周囲の視線が突き刺さり、昴は多少の居心地の悪さを覚えた。
「昴、真由君が止まったぞ」
「あ、ああ……」
躊躇いがちにスイッチを押す。
「きゃああん!」
真由は身を震わせて電気ショックに耐えると、再び歩き出した。
その様子を見ていた周囲の生徒がざわざわと騒ぐ。
「主様、ずるいです。真由にだけ、このような素敵な特訓を施されるなんて!」
「あたしにも特訓して欲しいです」
真由の訓練を見に来た、麻紀と桃が憤慨したかのように昴に訴えた。
「これをやりたいのか?」
昴が真由を指差すと麻紀と桃がコクコクと頷く。
「君たちが、そう言い出すと思ってね。用意はしてあるよ」
芽衣がソリの中に手を入れると、麻紀と桃のパイロットスーツを取り出す。
「更衣室で着替えてくるといいさ」
運動場に併設している体育館の方に視線を向けて言う。
「すぐに着替えて参ります」
「ちょっと、行って来るね」
パイロットスーツを受け取ると、麻紀と桃は更衣室に急ぐ。
十分ほどで戻ってくると、真由同様に縛られて、ソリに結ばれた。
「これが、麻紀君と桃君のスイッチだ」
芽衣が二人のスイッチを昴に手渡す。
「今度は三人で昴を引っ張るんだ」
指示を飛ばすと、真由、麻紀、桃は一緒にソリを引き始める。
「三頭立てだと、パワーが違うな」
芽衣は感心したように言う。
三人はソリを引きながら、運動場を周回した。
「ギャラリーが多い……」
生徒たちの衆目を集めて、居た堪れなくなった昴が呟く。
「何を言ってるんだい。人に見られたぐらいで平常心を失うなんて、精神修養が必要だな」
運動場の観覧席に腰を下ろした芽衣が、気遅れしている昴に携帯端末を通して叱咤する。
「だが、真由たちだって、気恥かしいんじゃないか?」
ソリに取り付けられた、マイク越しに訴えた。
「そうでもないぞ。三人とも嬉々としてソリを引いてる」
三人のトランス状態に陥ったかのような表情を確認して答える。
「よし、このまま校舎に入ってしまおうぜ!」
芽衣がソリのスピーカー越しに指示を出す。
三人は運動場からスロープを登り、校舎に向かおうとするが、途中の段差にソリが引っ掛かり、動きを止めてしまう。
「ハア、ハア、ハア」
息を荒げながら、真由、麻紀、桃は何かを求めるように昴に視線を送る。
「――行くぞ」
視線の意図に気付いた昴が三人のスイッチを押す。
「ひあああっ」「ぐうう」「うひゃあん」
真由、麻紀、桃はパイロットスーツから浴びせられる電流に恍惚の表情を浮かべると、力を合わせて段差を乗り越えた。
「感動的な光景だな」
芽衣が悦に入ったかのように、その雄姿を見届ける。
「流石に怒られるだろ」
ソリで校舎の中に入ると、昴は誰かに止められるだろうと予測していた。
「何をやってる?」
校舎の入り口から間もなくの所で担任の斎藤 薫と出くわす。
「先生、これは……」
昴は碌な言い訳も思い付かずに言い淀む。
「随分と退廃的な遊びに耽っているな」
縄で縛られ、ソリに結わえられた、真由、麻紀、桃をやる気を感じさせない目で眺めると呆れた口調で言う。
「これは遊びではなく、特訓ですわ」
真由が憤慨した様子で抗弁する。
「そうか。まあ、頑張れ」
斎藤は特に咎めることもなく、立ち去って行った。
「何の注意も受けないとは思わなかったぜ」
昴が斎藤の姿を見送ると疑問を呈する。
「そりゃそうさ。この程度のことで文句を言われないよう根回しは済んでるからね」
遅れて、校舎に入ってきた芽衣が答える。
「どんな無茶も罷り通るってことか?」
「学校運営に支障を来さない限りは大丈夫さ」
「どれだけ、発言力があるんだ」
「これまで色々、学園に貢献してきた成果だよ」
「で、これからどこに行けばいい?」
集まって来た生徒たちの視線から逃れるために、目的地を尋ねる。
「そうだな。屋上なんてどうだろう?」
「階段をソリで登らせる気か?」
「ソリの先頭を持ち上げて階段に乗せれば可能だぜ」
「無茶を言うな。どれだけ荷重が掛かると思ってる」
度の越えた芽衣の意見を却下する。
「いいえ、無茶の一つや二つしなくては特訓とは言えませんわ」
真由が闘志を燃やす。
「そうですね。修行とはかくあるべきでしょう」
麻紀が修行慣れしている風に言った。
「試しにやってみましょうか」
桃が事も無げに言う。
「打てば響くとはこのことだな。早速、挑戦しよう」
芽衣は三人の合意を受けて屋上に続く階段前に移動する。
校舎は三階建て、特殊な荷物の搬入もあるため通路、階段は広めに設計されていた。
「登る歩調を合わせるんだ。踏み外すと、ソリごと階段落ちをすることになるぞ」
芽衣が階段の上から指示を出す。
「行きますわ」
真由の歩調に合わせて、麻紀、桃が階段を登る。
三人が足を踏ん張り、ソリを持ち上げると、階段の傾斜部分にソリを乗せて引き上げた。
「ぐううう」
真由、麻紀、桃の身体に激しく縄が食い込み、苦悶の表情を浮かべる。
身体を小刻みに震わせながら、一歩一歩、力強い歩みで階段を登って行く。
「まだまだ、ですわ」
ソリを引き上げながら、真由は強がって見せる。
一階、二階をなんとか登り切るが三階の踊り場で真由、麻紀、桃はへたり込んでしまう。
「限界のようだな」
汗を滴らせ、息を乱した三人を慮って、昴はソリを降りようとする。
「お、お待ちになって……」
真由が昴を制止した。
「ここまでにした方がいいんじゃないか?」
「いいえ、最後までやりますわ」
「当然、続行ですよ」
「あたしもまだ、やれます」
三人は息も絶え絶えになりながら、立ち上がろうとする。
「そうか」
呟くと、昴はソリに座り直す。
正直、衆人環視の中、女子の引くソリに乗るという行為が居た堪れない気持ちだったが、三人のやる気を尊重することにした。
「うおおお」
美少女らしからぬ、唸り声を上げて、真由、麻紀、桃は階段を上がる。
歩みは遅かったが、よろめきながらも着実に進む。
だが、後少しで屋上という所で、その動きが止まった。
「うううん……」
三人が、いくら力を入れても前に進まない。
それどころかソリが落ちないよう支えるので精一杯の状態になった。
「昴、気合いを入れて頂戴!」
「主様、不甲斐ない私に罰をお与え下さい」
「昴さん、お願いします」
真由、麻紀、桃の言わんとすることを察して、昴は三人のスイッチを押す。
「ぐおおお」
電気ショックをその身に浴びながら、三人は一気に階段を踏破する。
「登り切ったな」
肩で息をする、真由、麻紀、桃の背中に声を掛けた。
「ふふ……」「主様の教導あればこそです」「やりました」
三人は昴の方に振り返ると、満足げな微笑を湛える。
「さあ、ゴールの屋上に出ようか」
芽衣が屋上の扉を開けて、皆を呼ぶ。
よろめきながらも、屋上に出ると、外の景色を眺め下ろす。
辺りは夕日に染まり、心地良い風が頬を撫でた。
「団結力も上がり、訓練としては上々だったね。明日からは、もっとタイムを縮められるように頑張ろう」
芽衣が笑顔で感想を述べる。
「待て、明日もやるのか?」
「当然だろう。体力強化が目的なんだから毎日続けなくちゃ」
昴は無言で頭を抱えた。
「明日も頑張りますわよ」
「頑張るのはいいが、主様のお仕置きがなくなるのは困るぞ」
「だったら、御褒美で頂けばいいんですよ」
昴の苦悩を余所に真由、麻紀、桃のやる気は十分だった。
「昴も電気ショックを浴びせるの、ちょっと楽しくなってきたんじゃない?」
芽衣が昴の顔を覗き込む。
「そ、そんなことはない」
どもりながら、顔を逸らす。
「主様が喜んで下さるなら、いくらでもお受け致します」
麻紀が瞳を輝かせて言う。
「あたしも遠慮せずにしていいからね」
はにかみながら、桃は上目遣いになる。
「わたくしだって、昴がどうしてもと仰るなら、好きなだけして構いませんのよ」
真由が負けじと張り合う。
「昴、皆の思いに応えてやらないとな」
「夕日が沈む……」
昴は現実逃避するように夕日を眺めていた。
その後、出動要請が出る一週間後まで毎日この特訓は続き、昴は学園生徒たちから覇王と影で呼ばれ恐れられた。
学園に存在する三百二十四機のスティール・モービルの内、百八機が自衛軍の要請を受けて出動することに決まった。
九州北部にある前線基地までの移動はスティール・モービル専用の輸送機で行われる。
「こいつで行くのか」
昴は学園内にある飛行場に置かれた、輸送機を見上げる。
「機体を搭載して整備も行える優れものさ」
芽衣が携帯端末と輸送機をリンクさせて情報を呼び出す。
「問題ないようだな。エンジンの暖気も済んでるし、整備用パーツも運び込まれている。〝ユニコーン〟の搭載が完了次第、出発することにしよう」
「了解だ」
昴は傍に駐機してあった〝ユニコーン〟に乗り込むと、輸送機のハッチから中に入った。
輸送機内部のスティール・モービル用ハンガーに機体を固定する。
「終わったぞ」
「他の皆も出発準備が完了している。では、早々に現場に向かうとするか」
芽衣は輸送機のコックピットに着くと、発進許可を取り離陸させた。
「俺が席に着くまで待てよ」
離陸後、副操縦士の席に着いた昴が不満げな顔をする。
「〝ユニコーン〟で、あれだけの機動をこなしているんだ、発進の衝撃ぐらい、どうということもあるまい」
芽衣が携帯端末で輸送機をコントロールしながら、悪戯めいた笑みを浮かべる。
約二時間程の飛行の後、前線基地に付随して造られた簡易飛行場に着陸する。
「ここが前線……」
輸送機を駐機場に置いて、外に出ると昴が緊張したように呟く。
「ミーティングまで時間がある。自衛軍の用意した宿舎で待つことにしようぜ」
後から降りてきた芽衣が昴に声を掛けた。
前線基地の一区画に学園生徒のための兵舎が設営されており、一先ずそこに向かう。
「思ってたより、良い部屋だな」
簡素ながらもキッチン、トイレ、シャワールームの付いた二人部屋に案内されると、昴は想像よりも待遇が良いことに驚く。
「最近は兵士の精神衛生にも配慮されてるからね」
芽衣は早速、キッチンで緑茶を淹れて寛いでいる。
「兵士のストレスを軽減させるためか」
昴はベッドに腰掛けながら言う。
「おや、誰か来たようだ」
入口から物音が聞こえ、二人は視線を向けた。
「随分と、狭いところですわね」
真由が不貞腐れた態度で部屋に入ってくる。
「学生寮でも特別誂えの部屋に住んでる真由君には不評らしい」
芽衣が肩を竦める。
「今、快適だと話していたところだったんだが」
言うと、昴は真由に備え付けの椅子を勧めた。
「――必要十分な機能はあるかもしれませんわ」
真由は修正を加えた意見を述べる。
「足るということを知らなければ、心が貧しくなります」
次いで部屋に入って来た、麻紀が真由を一瞥する。
「麻紀君は部屋に文句はないようだね」
「剣の修行で野宿することもありますので」
麻紀は言いながら、昴の左隣に腰を下ろす。
「あ」
それを見た真由が椅子から腰を浮かせた。
「あたしは、狭い部屋の方が落ち着きます」
何時の間にか、昴の傍に立っていた桃が右隣に座る。
「うぬぬ」
昴の隣に座る機会を逸した真由が歯噛みする。
「現状はどうなってるんだ?」
真由の様子を気に留めもせず、芽衣に尋ねた。
「機獣の散発的襲撃はあるみたいだけど、迎撃に成功している。防御に徹してるだけじゃ、ジリ貧だね。対馬にある敵要塞には上海の黒球から機獣を転送する装置が存在する。要塞を潰さない限り勝利はないよ」
「自衛軍は要塞を叩く気はないのか?」
「検討はしてるだろうね。対馬奪回を含めての増援としての僕たちなんだろうし。けど、上層部には慎重意見も多いんだ。対馬の防衛戦で手痛い敗走をやったからな」
「ここで、更に待機となるのは御免だな。さっさと戦場に出たいぜ」
「やりたい盛りの男子としては、待ってはいられないか」
「変な言い回しに改変しやがって……」
「だがまあ、待ってるだけでは状況が悪くなるだけだと、自衛軍も気付くだろうさ」
「それって、どういう――」
言葉の途中で基地内に警報音が鳴り響き、室内が緊張した空気で満ちる。
「思ってたよりも早かったみたいだ」
芽衣が苦笑いを浮かべる。
「機獣の襲撃か?」
昴は立ち上がり窓の外を見る。
「警報音のレベルから考えて、大規模攻撃だろうね」
沿岸部の方から無数の煙が上がっているのが確認出来た。
「これまでの散発的襲撃は機獣の威力偵察だよ。対馬を橋頭保にして九州を制圧するのが目的だったんだろうけど、こっちの増援を見て戦力が整う前に基地を潰しに来たのさ」
芽衣が確信を持った口振りで言う。
「俺たちも出撃しよう」
幾つもの爆発が自衛軍と機獣の戦闘開始を告げていた。
「出動要請が出る頃には基地が壊滅してそうだな。よし、出るか!」
意を決して芽衣は立ち上がる。
「ふふ、返り討ちにして差し上げますわ」
真由が余裕に満ちた笑みを浮かべる。
「敵を侮ると足を掬われますよ」
淡々とした口調で麻紀が言う。
「あたしたちの機体も心配です。急ぎましょう」
桃が外の爆煙を見て不安の色を滲ませた。
「行くぞ!」
表に駐車してあった、移動用の軍用ジープに乗り込み、駐機場に向かう。
輸送機に戻ると、〝ユニコーン〟に乗り込む。
「お前も一緒に乗るのか?」
コックピットに入ると芽衣も同乗して来た。
「直に戦況を見たくてね。同乗させてもらうよ」
芽衣は前もって複座型に改造しておいた、昴の後方の座席に腰を納める。
「仕様がないな……」
溜息を吐くと、コックピットハッチを閉じて〝ユニコーン〟を起動させた。
スティール・モービル用ハンガーから機体を切り離して、標準武装を装備する。
「敵の総数は二千機を超えているな。こちらは自衛軍機、学園機を合わせて四百機程だ。数としては五倍だが、ランクの低い機獣なら戦いようはある」
芽衣は後部座席の簡易コンソールに表示されているレーダーを見て言う。
「敵が見える位置まで移動するぞ」
〝ユニコーン〟を輸送機から出すと、戦闘が行われている沿岸部まで一気に飛ぶ。
「ここなら戦況がよく分かる」
適当な高台に立つと、戦場を見下ろす。
「機獣で海が埋め尽くされているようだ……」
機獣は横並びに海を覆い、ホバリングしながら海上を渡っていた。
沿岸では上陸した機獣と自衛軍のスティール・モービルが戦闘を繰り広げている。
「ランクEのコボルトが半数を占めるようだ。残りの半数はランクDのオークにトロール、それとワイバーンで構成されている」
芽衣がモニターの映像から機獣の種類と構成数を判別する。
「戦線は崩壊寸前だな」
「自衛軍の〝羅漢〟は優秀な機体だけど、敵が多いんだよ」
ズングリとした印象を持つ、自衛軍配備の量産型スティール・モービル〝羅漢〟は善戦しているが、機獣群に押されつつあった。
「これは、持たないですわね」
〝イカロス〟が追い付き、〝ユニコーン〟と直接通信回線を開く。
「早急に介入した方がいいのでは?」
「のんびりしている余裕はなさそうです」
隣に立った〝阿修羅〟と〝バロン〟から通信が入る。
「ちょっと待って。戦車や自走砲などの火力も動員して敵の陣形に穴を開けようとしてるみたいだよ」
横に伸びた機獣群の中央部分に自衛軍が火力を集中してるのを芽衣が見付ける。
「中央部分から左右に分断するつもりだな」
「だけど、火力が足りないみたいだね」
「――一つ考えがあるんだが……」
昴は声を潜めて、芽衣に思案を話す。
話を聞き終えると、芽衣は携帯端末を操作して目の奥を光らせた。。
「うん、不足分の火力は補えそうだね」
「何をするつもりなんです?」
麻紀は不穏な空気を察して昴に訊く。
「駐機場で、発進準備中の空中給油機を何機か見掛けたろ。アレを芽衣に遠隔操作で乗っ取ってもらって、こちらに向かわせたんだ」
何でもない風に言うと、頭上をジェット音が通過する。
六機の給油機が低空飛行のまま、機獣群の中央に相次いで突っ込んで行く。
砲声の中、大きな爆炎が巻き起こり、機獣の群れは左右に分断された。
「あら、とっても綺麗だわ」
燃え上がる炎と吹き飛ぶ機獣を見て真由は感嘆の声を上げる。
「壮観ですね」
山の野焼きでも見るかのように、桃は感想を述べた。
「これって、問題になりません?」
麻紀が諦め顔で溜息を吐く。
「大丈夫、ハッキングがバレるようなことはないさ」
芽衣が悪戯めいた笑みを浮かべる。
「乗員も緊急脱出指示を出して全員を降ろしておいたしね」
「でも、自衛軍の給油機を自爆させるなんて――」
「この基地を潰させるわけにはいかない。先ずはこの戦いに勝つことだ」
昴が麻紀の言葉の続きを遮る。
「そうですわ。何事も勝利が優先されますの」
〝イカロス〟がビシッと〝阿修羅〟に指先を突き付ける。
「全体から見れば瑣末な問題ですよ」
〝バロン〟が〝阿修羅〟の肩をポンっと叩く。
「何だか私が頭の固い人間みたいです……」
〝阿修羅〟がガクッと項垂れた。
「話は終わりだ。戦闘を開始するぞ」
〝ユニコーン〟が高台を駆け下り、〝イカロス〟〝阿修羅〟〝バロン〟もそれに続く。
「桃、右翼の敵集団をメガキャノンで焼き払え!」
「了解!」
〝バロン〟は自衛軍の前に出ると、胸部の獅子の意匠から高出力粒子ビームを放つ。
数十体に及ぶ機獣が、一撃で消し飛ぶ。
「続けて、第二射を撃て!」
「チャージ完了、発射!」
昴の指示に従い、〝バロン〟は機獣群に再度、メガキャノンを直撃させた。
「何だか、自衛軍が動揺してるな」
〝バロン〟の砲撃を見た、自衛軍機が一様に挙動不審な動作をする。
「そりゃそうだよ。メガキャノンは、戦艦などに搭載される戦略兵器だもの。スティール・モービルで運用するなんて出鱈目もいいところだからね」
芽衣がレーダーを睨みながら言う。
「このインパクトを利用して、自衛軍に指示を出してくれ。『右翼敵集団は我々が押さえる。その隙に左翼敵集団を叩くべし!』とな」
「僕たちが壁になって、左翼に戦力を集中させるんだな。分かった、話を付けとくよ」
得心した芽衣が自衛軍の司令部に回線を開き、指示を伝えた。
「三発目は撃たないの?」
機獣群に照準を合わせたまま、桃が尋ねる。
「最後の一発は、残しておこう。後で必要な事態が起こるかもしれない」
「分かった、温存しとく。――バスターブーメラン!」
バックパックから二本の巨大なブーメランを取り外すと、機獣群に向けて投げ付けた。
ブーメランは弧を描き、軌道上に居た数体の機獣を切り裂く。
「真由はワイバーンを頼む。一体でも多く落とせ」
「〝イカロス〟の空戦性能なら残らず狩り尽くせますわ」
上空を舞い飛ぶ、約百機の飛竜の群れに、〝イカロス〟は身を躍らせる。
「麻紀はコボルトを優先して闘うんだ。小型で素早い機獣は〝バロン〟とは相性が悪い」
「心得ました」
オークよりも一回り小さい小鬼の群体に正対して、〝阿修羅〟は二本の長刀を鞘から抜き放つと、左右で広げるように構え、コボルトを迎え撃つ。
「俺はとりあえず、〝イカロス〟と一緒にワイバーンを潰しに行く」
制空権を確保するため、ワイバーンを排除することが重要と判断して、〝ユニコーン〟のバックパックスラスターが火を噴く。
上空ではアサルトランサーを振るって、ワイバーンを串刺しにしている〝イカロス〟の姿が確認出来た。
「調子は良さそうだな」
〝イカロス〟の背面に迫るワイバーンをビームランチャーで撃墜しながら言う。
「この程度の敵相手に調子など関係ありませんわ」
ふふんと鼻を鳴らし、上方のワイバーンの口から発射されたプラズマ火球を避けると、空を疾駆して、ワイバーンを刺し貫いていった。
地上では〝バロン〟がバスターブーメランを交互に繰り出し、オークとトロールを狩り続け、〝阿修羅〟は舞うように二本の長刀を振るい、コボルトを殲滅していく。
「流石は我が精鋭たち。敵を足止めどころか押し込んでるぜ」
芽衣は、レーダー上から敵の機影が消えていってるのを確認すると、満足げに言う。
「このまま、上手く片付けばいいが……」
昴がビームランチャーでワイバーンを撃ち落としながら不安な呟きをする。
昴たちの奮戦もあり、機獣はその数を減らし続け、当初の半数程となった時、彼方から海鳴りが聞こえてくる。
「何だ?」
音に反応して、昴が視線を巡らせると、海から巨大な物体が飛来するのに気付く。
「レーダーに反応あり! こいつはランクBのゲイザーだ!」
芽衣が高速で接近してくる物体を解析して叫ぶ。
「ゲイザーだと!」
その姿を視認すると、それは全長三十メートルに達する巨大な金属の目玉だった。
ゲイザーは飛行しながら、その目を光らせるとレーザーを発射する・
レーザーは沿岸部で戦闘中の自衛軍を機獣もろともに直撃した。
「うおっ!」
目玉に比例した巨大なレーザーに思わず、驚きの声を上げる。
「レーザー攻撃に特化した機獣だ。大陸間弾道ミサイルも衛星軌道上で迎撃出来る性能を持ってるみたいだね」
芽衣が簡易コンソールから機獣のデータを呼び出して言う。
「今の一撃で〝羅漢〟が百機近く消し飛んだぞ……」
「強力なレーザー砲だが、連射は出来ない。エネルギーチャージに掛かる時間は五分」
「なら、次の発射までに仕留めるまで!」
勢い込んで、ゲイザーに向かおうとする〝ユニコーン〟をワイバーンが邪魔をする。
「相手にしている時間はないってのに……」
立ち塞がるワイバーンの群れを相手取りながら、苛立たしげにぼやく。
「ふむ、どうやらやっと来たようだ」
芽衣がレーダーを見ながら呟くと、幾条ものビームがワイバーンを撃墜していく。
「これは?」
後方に視線を移すと、十数機の学園機〝クルセイダー〟が援護に駆け付けていた。
中世の騎士を思わせるシルエットの〝クルセイダー〟はビームランチャーと長剣を振るい、ワイバーンの群れを駆逐していく。
地上では、残りの〝クルセイダー〟も機獣との戦闘を開始していた。
「ここは〝クルセイダー〟に任せて、ゲイザーを叩きに行くぞ」
〝ユニコーン〟はワイバーンの群れを抜けて、ゲイザーに接近する。
「喰らえ!」
ゲイザーに対して、ビームランチャーを撃つが、見えない壁に阻まれ届かない。
「ゲイザーは強力なバリアフィールドを持っている。このバリアを突破する威力の攻撃が必要なんだが……」
芽衣が悩むような口振りで言う。
「桃、すぐに来られるか?」
昴は通信回線を開き、桃に呼びかけた。
「もう、来てるよ」
返事と同時に〝バロン〟が横に並ぶ。
「わたくしも居りますわよ」
上空から〝イカロス〟が降りてくる。
「私もお忘れなく」
何時の間にか背後に居た〝阿修羅〟が前に出る。
「俺たちでゲイザーを潰すぞ。桃、メガキャノンを撃て!」
「――チャージ完了、いくよ!」
〝バロン〟がゲイザーに向かってメガキャノンを放つ。
ゲイザーのバリアフィールドはメガキャノンの威力を受け止めきれずに消滅した。
バリアフィールドを突破したメガキャノンはゲイザーに命中するも、エネルギーを減衰させたために大きなダメージを与えられない。
「参ります」
〝阿修羅〟が即座に間合いを詰めてゲイザーの装甲を十字に切り裂く。
「真由、止めだ」
〝ユニコーン〟はビームランチャーを構える。
「よろしくてよ」
〝イカロス〟もアサルトランサーをランチャーモードにして構えた。
二機は同時に光弾を撃ち、ゲイザーの切り裂かれた装甲内部に着弾させる。
刹那、ゲイザーは内部からの爆発によって粉々に吹っ飛んだ。
「なんとか、次弾発射前に倒せたか」
昴は安堵の息を吐く。
「他の機獣も〝クルセイダー〟が掃討しつつあるみたいですわ」
真由が戦場の状況を確認する。
「大勢は決したようですね」
麻紀が戦局を見定める。
「エネルギーを大分消耗しちゃったんですけど」
桃がコンソールのエネルギーゲージを見て告げた。
「自衛軍の補給部隊に行けばエネルギーチャージは出来るだろうけど、これ以上彼らの手柄を奪う必要はないさ」
芽衣が疲れを滲ませた声で言う。
「よし、先に引き上げるとするか」
昴は戦闘継続を諦めて撤収を決めた。
真由、麻紀、桃を引き連れ戦闘区域を離脱する。
この後、〝羅漢〟〝クルセイダー〟が機獣を駆逐して、自衛軍基地防衛戦は決着。
戦闘により、自衛軍は三百機あった〝羅漢〟の約半数を失った。
第六章
その夜、兵舎に戻った昴は汗を流すためシャワールームに入っていた。
「ふう、来て早々の戦闘で疲れたぜ」
熱いお湯でリフレッシュすると、身体を拭き、予備の制服に着替えて部屋に戻る。
「また、来てたのか……」
部屋の中では真由、麻紀、桃が勢揃いしていた。
「来たら悪いんですの?」
真由が不貞腐れたように言う。
「別に悪くはないが……」
「今後のフォーメーションの話し合いも必要だろうと思いまして」
麻紀が取って付けたような理屈を述べる。
「まあ、それを含めて何か楽しいことでもしようということです」
桃が明け透けなく本音を吐露する。
「では、定番のトランプでもしようぜ」
芽衣がどこから取り出したのか、トランプを片手に笑みを溢す。
「反対したところで無意味なんだろうな……」
昴は諦めの境地で頭を抱えた。
「何をしますの?」
「戦略性の高いゲームがいいですね」
「ババ抜きをやろうよ」
真由、麻紀、桃がゲームの選定に入ろうとする。
「脱衣ポーカーをやろうぜ」
その時、芽衣が怪しげなゲームを提案する。
真由、麻紀、桃が衝撃を受けたような表情で芽衣に視線を向けた。
「ルールは簡単さ。役が一番弱い奴が服を一枚づつ脱いでいくんだ」
「面白そうですわ」
「野球拳のようなものですね」
「楽しくなりそう」
昴を除く全員の意見が一致して脱衣ポーカーが決定された。
床に車座になって座り、芽衣がカードをシャッフルする。
「カードチェンジは一回だけ、今回、僕はディーラーに徹することにするよ」
言うと芽衣は自分以外の全員にカードを配る。
(8のワンペア、三枚チェンジでスリーカードを狙うか……)
昴はカードを一瞥すると、三枚を交換する。
真由、麻紀、桃も各々数枚を交換していく。
「さあ、カードをオープンしてくれ」
芽衣が勝負を促す。
「8のスリーカードだ」
昴がカードを開く。
「ふふ、2のワンペアです」
勝利者のような笑みを浮かべ、麻紀がカードを見せる。
「くうう。5のワンペア……」
桃が額に手を当てて唸る。
「ノーペアですわ」
真由はしてやったり、という表情でバラバラのカードを広げた。
「真由、罰ゲームだ。一枚脱いでもらうよ」
芽衣がニヤニヤしながら言う。
「仕方ないですわね」
やや、恥じらいながらも制服の上を脱いでいく。
そこには、豊満な胸を包む、フリルの付いた白いブラジャーが露わになっていた。
「こういう場合、靴下から脱いでいくものじゃないのか?」
昴は疑問を投げ掛ける。
「それは個人の自由だろ。それに靴下は最後にした方が萌えるじゃないか」
芽衣がディーラーとしてのジャッジを下す。
「さて、勝負を続けようか」
芽衣がカードを配る。
(ツーペアが出来ているな。一枚だけジェンジしよう)
昴がカードを一枚交換する。
真由、麻紀、桃もカード交換を終える。
「フルハウスだ」
昴が手役を広げる。
「ノーペアですわ」
「ノーペアですね」
「ノーペアだよ」
真由、麻紀、桃は揃って手役なしだった。
「ふむ、麻紀君が一番ローカードのようだね」
三人の手役を見回して芽衣が言う。
「よし」
小さく呟くと、麻紀は制服の上着を脱ぎ始める。
引き締まった身体に形の良い胸を包む青縞のブラジャーが露わになる。
続く勝負も昴はストレートだが、三人は手役なし、ローカードだった桃が敗北した。
「昴さん、ちゃんと見ててください……」
言うと、制服の上着を脱ぎ、細くしなやかな身体に手に収まる程の胸を包むベージュのブラジャーが露わになる。
三回戦以降も三人は順番に負けていった。
スカートを脱ぎ、ブラジャーと揃いのショーツ姿を晒す。
「お前ら、俺とは違う勝負をしてるんじゃないか?」
昴も流石にツッコミを入れた。
「何をおっしゃいますの?純粋な勝負の結果ですわ」
真由が上気した顔で答える。
「おっと、真由君の負けだね」
手役を確認した芽衣が告げる。
「ああ、仕様がありませんわね」
身体を小刻みに振るわすと、真由はブラジャーのホックに手を伸ばす。
「待て、靴下が残ってるだろう」
昴が靴下を指差して制止した。
「何を脱ぐかは個人の自由だぜ。いいよいいよ、ブラを外したまえ」
芽衣が唆すように言う。
意を決したようにホックを外し、高校生にしては規格外の乳房が解き放たれた。
「見られて、ますのね」
大きな釣鐘型の胸を両腕で支えるように持ち上げ、真由は潤んだ瞳で昴を見つめた。
次の勝負では麻紀が負けた。
「照覧あれ」
麻紀は当然のようにブラジャーを外しにかかる。
ホックを外すと、火照った身体から熱い吐息を漏らして、その形の良い乳房が姿を現す。
「どうでしょう。気に入って頂けましたか?」
手を頭の後ろで組んで、円錐型の胸を昴に見せ付けるようにする。
その次の勝負では桃が負けた。
「ちょっと、自信がないけど、でも……」
桃は頬を桜色に染めて、躊躇いがちにブラジャーのホックを外す。
「恥ずかしい……」
俯きながら、両手を腰の後ろに回して、お椀型の胸を昴の前で開帳した。
その後の勝負でも三人は順調に負け続け、靴下以外は全裸という状態になった。
「もう、勝負を続ける意味がないな……」
真由、麻紀、桃の有様を見て溜息を吐く。
「全くだ。三人のやる気のない勝負には呆れたよ。無気力相撲という奴だね」
芽衣がわざとらしく怒って見せる。
「ペナルティーとして買い物に行ってもらおうかな」
芽衣がニヤリと笑う。
「買い出しかよ」
昴は何を言い出すかと、不安に感じたが大したことのない罰で拍子抜けした。
「兵舎の端に自販機の購買所があるんだが、そこで夜食を買って来てよ。全裸で」
が、芽衣の最後の言葉で凍りつく。
「おい、誰かに見られでもしたらどうする?」
「彼女達の人生が終わってしまうね」
「終わらせんな」
「なら、昴が一緒に付いていってやればいいさ」
「はあ?」
「彼女達が誰にも見つからないようにサポートしてやりなよ」
芽衣の言葉に三人はハッと息を飲む。
「お願いしますわ。力を貸して下さいまし」
真由が懇願してくる。
「主様以外の殿方に肌を晒すなど我慢できません。御助力を」
麻紀は床の上で見事な土下座をした。
「助けて……」
桃は目に涙を浮かべて訴える。
昴には最早、拒否権はなく三人に同行することになった。
昴が先に外に出て辺りの様子を窺う。
「どうやら人はいないようだ」
合図を送ると、三人は恐る恐る部屋の外に出る。
外気が直接、肌に触れて鼓動が早鐘のように波打つ。
購買所までは二百メートル、昴が先導して三人は兵舎の影に隠れるように移動する。
ガサリ、物音がして身を硬くする。
音の方向を見ると猫が走り去っていった。
「脅かせやがる」
昴は胸を撫で下ろした。
ふと三人を見ると、恍惚の表情で息が荒い。
少女達の肌には緊張で汗が滲み、薄闇の中でそれは艶めかしく月光を反射していた。
昴は思わず見入ってしまったが、頭を振ると先に進む。
「ここからは、コンテナに隠れながら行くぞ」
兵舎と購買所の間に、物資を積んだコンテナが幾つも置かれていた。
コンテナとコンテナの間を移動する際には身体を隠す場所はない。
「素早く行動しろ」
周囲を警戒しながら合図を送り、コンテナ間を移動させる。
「ドキドキしますわ」
「肝が冷えます」
「癖になりそう」
何時、人が出てくるかも知れない場所で全裸という非日常行為に三人は酔いしれた。
「おかしな遊びを覚えやがった……」
それを見た、昴が頭を抱える。
無事、購買所に辿り着いた三人は昴からバッグと現金を渡され、買い物を始める。
購買所の自販機には飲み物の他、パンや菓子、カップ麺なども売っていた。
三人が各々、自分の食べたい物を中心に適当に買う。
昴はその時、自販機の光に照らされた三人の身体の陰影に魅惑された。
逆光から照らされ、身体の起伏が影の形となって現れる。
それが幻想的に感じられたのだ。
「そんなに見られると感じちゃいますわ」
その視線に気付いた真由が快感に染まった声で言う。
「御所望のポーズがあれば如何様にでもしますが」
麻紀が潤んだ瞳で身体を開いてみせた。
「もっと見て……」
桃が悩ましげに身体をくねらせる。
「買い物が済んだなら戻ろうぜ」
昴はごかますように言った。
帰り道、三人の裸体に目を奪われながらも無事に部屋へ戻ることができた。
「やあ、お帰り。誰かに見付からなかったかい?」
芽衣は手にしていた携帯端末を降ろして悪戯っぽく訊いてくる。
「残念ながら見付からずに済んだよ」
「三人も十分楽しめたようでなりよりだ」
うっとりとした様子の三人を見て満足げに頷く。
「暇をみてまた散歩に連れて行ってやるといい。飼い主の義務だからな」
「飼い主になった覚えはないが、機会があればな」
言うと、真由と麻紀と桃が歓声を上げて抱き付く。
「わたくしはこれまで、小さな価値観で生きてきましたわ。そんなわたくしに新しい世界を広げて下さったのは昴、あなたよ」
真由が思いの丈を込めて言う。
「私は己の技量に絶対の自信を持っておりました。ですが、主様はそんな傲慢を完膚無きにまで打ちのめして下さいました。仕えるべき方に出会えたこと嬉しく思います」
麻紀が毅然として言う。
「思えば滝壷に一緒に落ちたあの時から心惹かれていた。お仕置きは痛かったけど、心が一つになれた気がする。あたしはこれからも一緒に居たい……」
桃が精一杯の言葉を紡ぐ。
全裸のまま胸を押し当てられ、その感触をこっそり楽しむ。
「ま、いいさ。これも悪くはない」
自分に納得させるように昴は呟き、少女達の側にこれからも居ようと決意した。
同じ夜、自衛軍によるミーティングが開かれ今後の戦略を協議した。
〝羅漢〟の半数を失ったものの、敵要塞戦力の相当数を撃破したことにより、要塞攻略戦が容易になったと判断され、これを叩くことが決定された。
翌日夕刻、補給修理を終えた自衛軍と学園機は対馬に上陸、敵要塞と対峙する。
全長二キロに及ぶ巨大な船の形状をした空中要塞。
戦車、自走砲、航空機支援による遠距離攻撃を加えながら、要塞の砲撃を回避し、懐に潜り込むべく接近を試みる。
要塞の砲撃による被弾機も発生したが、ほぼ全てが要塞に近接することが出来た。
「とりあえず、撤退する様子はないな」
昴が微動だにしない要塞を見上げる。
「奴らは基本的に撤退はしないぜ」
芽衣が簡易コンソールをいじりながら答える。
「そうなのか?」
「進路変更のための後退ならするけどね。戦況が不利になったとしても撤退はせずに最後の一機まで闘う特攻機なんだ。――ん、来るぞ」
要塞のハッチが開き、残存機獣が降下してくる。
「さて、やるか!」
昴が勢い込む。
「待て、この場は自衛軍と学園機に任せるんだ。真由、麻紀、桃も聞いているね」
通信回線を通じて呼び掛ける。
「戦わないんですの?」
真由が憮然とした声で訊く。
「この場ではね。これは昨夜のミーティングで決まったことだよ」
「何かの作戦ですか?」
麻紀が訝しげに訊く。
「うん、自衛軍と学園機が機獣を引き付けている間に要塞内部に潜入し、自律航行装置を乗っ取り、要塞を鹵獲する」
「聞いてないよ!」
桃が驚きの声を上げる。
「言ってないからね」
芽衣が笑いながら答える。
「要塞内部の転送装置を破壊しない限り、機獣が湧き続ける。砲撃をかわしながら機獣と戦い続けるのは損害が大きい。これが第一目標だ。そして自律航行装置の乗っ取り、これが第二目標。機獣の要塞は外部からの大質量攻撃による破壊とかでまともな状態での研究がされてこなかったからね。これを機会に手に入れようってことになったんだ」
「お前の提案だろ」
昴があきれた口調で言う。
「まあね。でも今後の戦いのためにも必要なことなんだ」
「仕方ないですわ」
真由が溜息混じりに言う。
「こんな場所で核攻撃をするわけにもいきませんし……」
麻紀も不承不承、納得する。
「で、あたし達だけで突入するの?」
桃が疑問を呈する。
「ここにいる戦力の中では僕達が最大戦力だからね」
「いつ突入するんだ?」
「機獣の降下が終わったタイミングで開いたハッチから要塞に乗り込むんだ」
芽衣は要塞から降下してくる機獣の軍団を見上げて時機を待つ。
「――よし、今だ!」
機獣が降下しきったタイミングを見計らい、合図を送る。
「行くぞ!」
〝ユニコーン〟はバックパックブースターから炎を吹き上げ上昇する。
〝イカロス〟〝阿修羅〟〝バロン〟も後に続く。
千を優に超える機獣軍団と〝羅漢〟〝クルセイダー〟が交戦に入る様子を視界の端で確認しつつ、閉じようとするハッチの中に侵入する。
要塞内部を見渡すと、機獣の格納スペースらしき空間が広がっていた。
「どっちに進めばいいんだ?」
周囲を警戒しつつ、芽衣に訊く。
「転送装置も航行装置も要塞中央部にあるはずだぜ」
過去に破壊された要塞のデータを参照しながら答える。
「大雑把だな」
「仕方ないだろ、残骸から得られたデータしかないんだから」
格納スペースを中央部に向かって移動する。
しばらく進むと通路のような場所に出た。
「この通路でいいのか?」
「方角は間違っていないと思うけどね」
「行ってみないと分からないですわね」
真由が興味深げに通路の奥を見る。
「周囲の警戒を怠るなよ」
物見遊山な真由に昴は注意を促すと、先に進む。
十数分ほど移動した所で麻紀が反応する。
「おおおお!」
雄叫びを上げて飛び上がると、突如、天井から落ちてくる何かに斬り付けた。
金属音を響かせ、それは距離を取って着地する。
「あれはランクCのガーゴイルか……」
芽衣はコンソールから該当機獣の情報を呼び出す。
翼の生えた犬のような姿の機獣、ガーゴイルが通路を塞ぐように立ちはだかる。
「ガーゴイルだけじゃないようだ……」
昴が視線を巡らせると、ガーゴイルの向こう側から数十体の機獣が姿を現す。
「侵入者である僕達を排除しにきたんだろう。でもこれで、あの先に転送装置があることが確定したようだね」
「メガキャノンで一掃しようか?」
桃が通路上の機獣群を指して言う。
「いや、待て。転送装置の破壊で必要になる可能性がある」
「温存だね。了解」
〝バロン〟はバスターブーメランを持ち攻撃態勢を取る。
「ガーゴイルは私が引き受けましょう」
〝阿修羅〟は二本の長刀を構え、二枚の電磁シールドを壁のようにして突撃した。
「後に続くぞ」
〝ユニコーン〟〝イカロス〟〝バロン〟も追随する。
ガーゴイル以外の機獣はオークとトロールにワイバーンが複数体ずつ確認できた。
トロールのレーザー攻撃を〝阿修羅〟の電磁シールドと〝ユニコーン〟のシールドで受け止めて間合いを詰める。
「ヤアッ!」
ガーゴイルを間合いに捉え、〝阿修羅〟の長刀が閃く。
ガーゴイルは素早く反応して、身を捻るように空中に逃れる。
それを追いかけるように、もう一本の長刀を振るう。
ガキイイン
ガーゴイルの身体に長刀が当たるも再び金属音が響き、相手を弾くだけの結果となった。
「硬い装甲ですね……」
麻紀が悔しげに呟く。
〝ユニコーン〟はトロールの射角からシールドで皆を庇いつつ、長剣で斬り倒していく。
〝バロン〟はオークの群れに集中して攻撃を仕掛けており、〝イカロス〟は通路の上の空間でワイバーンを狩っていた。
ガーゴイルは〝阿修羅〟にターゲットを絞り、口腔を開く。
「ムッ」
〝阿修羅〟は電磁シールドを即座に前面に構えると、ガーゴイルの口腔から放たれた超高火炎を防御した。
超高火炎で視界が奪われた隙に、ガーゴイルは肉薄すると上方から〝阿修羅〟の頭部に牙を突き立てんと襲ってくる。
〝阿修羅〟は倒れるように身をかわし、回避と同時に長刀を振るう。
長刀はガーゴイルの腹部を掠めるように当たる。
「これは!」
麻紀は長刀の先で金属を切り裂く感覚を感じて声を上げる。
「成る程。腹部の装甲はそれほど厚くはないようですね」
活路を見出し、麻紀の瞳が輝く。
〝阿修羅〟は二本の長刀を突き出したまま近接すると、向かって来るガーゴイルに長刀を閃かせ、空中に弾く。
空中でグルリと回転するガーゴイルの腹部に狙いを定めて、装甲を十字に斬り裂く。
ガーゴイルは落下すると、そのまま爆散した。
「ふう」
麻紀は一息吐くと、直ぐに他の機獣を警戒する。
「こっちも終わったぞ」
機獣の残骸を踏み越えて〝ユニコーン〟が近づく。
〝バロン〟と〝イカロス〟も敵機獣を殲滅して集まってくる。
「全員、損害はないようですね」
麻紀が皆を見回す。
「この程度の機獣に遅れは取りませんわ」
真由が余裕めかした口調で言う。
「先を急いだ方がいいんじゃない?」
桃が機獣が来た通路の方角を眺める。
「そうだね。転送装置から出てくる機獣は防衛のために僕達を優先して行動するはずだ」
芽衣がコンソールを操作しながら答える。
「時間が経つほど、敵の数が増えるわけだしな」
昴も同意すると、転送装置に続いていると思しき通路を急ぐ。
しばらく通路を進むと、突き当りに扉が見える。
「ここか?」
〝ユニコーン〟は用心深く扉に近づく。
「開けてみよう。扉の横にあるパネルに触れてみてくれ」
芽衣は扉を観察すると、脇にあるパネルを指差す。
昴は指示された通りに扉の操作パネルらしきものに触れる。
「ちょっと、待ってくれよ」
芽衣がコンソールで数秒操作すると、扉が開いていく。
「あれが転送装置か……」
広間のような場所に五十メートル程の巨大な黒い鏡のような物体があった。
広間はオーク、トロール、ワイバーンで埋め尽くされており、黒い鏡から機獣が出現してくる様子が伺えた。
「どうやら、間違いないようだね。機獣の巣穴ってとこか」
芽衣はレーダーサイトで二百以上の機獣を確認して薄い笑みを浮かべる。
「桃、メガキャノンを準備!転送装置の台座部分を狙え」
「――チャージ完了。発射!」
〝バロン〟が転送装置の台座部分に照準を合わせメガキャノンを放つ。
メガキャノンが百体ほどの機獣を撒き込みながら転送装置の台座に命中する。
ドオオオンという破壊音と共に台座は吹き飛び、ゆっくりと黒い鏡は倒れた。
が、倒れる直前、巨大な何かが転送装置を潜り抜ける。
全長三十メートルの牛頭の巨人が戦斧を携えて出現した。
「あれは、ランクBのミノタウロスだ!」
芽衣が即座にコンソールを操作して該当機獣データを照会する。
ミノタウロスは咆哮すると、〝ユニコーン〟等をに向かってズシリと歩を進める。
「メガキャノンでミノタウロスを撃て!」
昴が桃に指示を出す。
「了解――。発射!」
〝バロン〟のメガキャノンがミノタウロス目掛けて放たれる。
しかし、ミノタウロスの胸部装甲にメガキャノンは光を霧散させながら弾かれた。
「あれは、装甲をビームコーティングしてるな。光学兵器は効果が薄いよ」
芽衣がミノタウロスの装甲を分析しながら言う。
「よし、俺が近接戦闘で倒す!皆は残りの機獣を頼む」
言うと、〝ユニコーン〟が長剣を抜いて駆け出す。
「お待ちなさい。一人では荷が重いですわ。わたくしも参ります」
〝イカロス〟がアサルトランサーを構えて後に続く。
「では、私達はミノタウロス以外の機獣を殲滅することにしましょう」
「本当はミノタウロスと戦いたかったけど、仕方ないなあ」
〝阿修羅〟と〝バロン〟は百体以上の機獣の群れに踊り込んでいく。
「でやあああ」
ミノタウロスの振り下ろす戦斧をかわして、〝ユニコーン〟の長剣の銀閃が走る。
長剣はミノタウロスの腹部を捉えるものの、掠り傷を与えるに止まる。
「ヤアアア」
〝イカロス〟も頭部に同時攻撃を仕掛けるが、突き出されたアサルトランサーは巨大な角で弾かれた。
「装甲が厚い!」
〝ユニコーン〟の長剣がミノタウロスの装甲を切り裂けないことに歯噛みする。
「図体の割りに動きも素早いですわ」
ミノタウロスの振り回す戦斧と空中にいる〝イカロス〟に対する角を使った素早い攻撃に防戦一方となる。
「装甲の薄い部分はないか?」
昴は戦斧を回避しながら、真由に訊く。
「一見した限りは、そういった部位は分かりませんわ」
上空からミノタウロスを見下ろしながら答える。
「とりあえず、手当たり次第に攻撃してみるぞ」
ミノタウロスの振り下ろされた戦斧に合わせて、その腕に長剣を打ち込む。
ギイイン、と手に鈍い痺れを残して、長剣が装甲に止められた。
「腕はとびきり厚い装甲だな」
昴は舌打ちする。
「セイッ」
〝イカロス〟は角による攻撃を空中で華麗に回避すると、その額にアサルトランサーを突き入れる。
「硬いですわ……」
だが、槍先が僅かに刺さっただけに終わった。
「なら、足はどうだ!」
長剣でミノタウロスの脛に横薙ぎに斬りかかるが、矢張り刃は通らない。
「駄目か」
気の抜けた一瞬の隙に戦斧を横に払われ、〝ユニコーン〟は吹き飛ばされる。
「グッ」
辛うじてシールドで受け流したものの、機体が三回転するほどの衝撃が走った。
「無事ですの?」
真由はミノタウロスの注意を引き付けながら、昴を心配する。
「問題ない」
言うと、〝ユニコーン〟は立ち上がる。
「どう戦う……」
昴はミノタウロスを見上げて思案する。
「あれは……」
ミノタウロスの攻撃をかわしながら背後に回った真由が呟く。
「どうした?」
「今、背中の装甲が開いたような……」
「ん、もしかして」
芽衣がセンサーでミノタウロスの表面温度をチェックする。
「やっぱり、そうか」
芽衣が得心したように頷く。
「何か分かったのか?」
昴が期待を込めて訊く。
「奴は装甲が分厚い分、熱が内部に溜まり易いんだ。背中の肩甲骨の辺りに温度が異常に高い部位が二か所ある。そこがきっと放熱口だ」
芽衣が確信を持って言う。
「背中の放熱口に攻撃を仕掛ける」
「いいですわ」
昴と真由が頷き合う。
〝ユニコーン〟は疾駆すると、眼前に振り下ろされた戦斧をかわしてジャンプする。
半身捻りを加えて、ミノタウロス正面から背後に回り込む。
〝イカロス〟も同時に軌道を変えて、ミノタウロスの背中に出る。
「いくぞ」
「やりますわ」
〝ユニコーン〟は右の肩甲骨の辺りの装甲に向かって長剣を振る。
〝イカロス〟は左の肩甲骨の辺りの装甲に向かって槍を突き立てる。
ミノタウロスの二枚の装甲板が剥がれ落ち、放熱口が露わになる。
同時に、〝ユニコーン〟はビームランチャーを構え、〝イカロス〟はアサルトランサーをランチャーモードで構える。
二条の光弾が放たれ、放熱口に吸い込まれるように入っていく。
一瞬後、放熱口から爆煙が噴き上がり、ミノタウロスが五体バラバラに爆散した。
「どうやら、倒せたみたいだな」
昴が安堵の息を吐く。
「わたくしたちに掛かれば当然ですわ」
真由が苦戦がなかったかのように言う。
「あっちはまだ残っているようだ」
麻紀と桃に任せた機獣は、ほぼ掃討されたが、まだ二十体ほどが残った状態だった。
「片づけるぞ」
〝ユニコーン〟は〝阿修羅〟と〝バロン〟の元に向かう。
「よろしくてよ」
〝イカロス〟が後に続く。
機獣全てを撃破した昴達は、奥に続く通路を発見して探索を始めていた。
「主様、申し訳ありません。機獣共を手早く葬り、助勢に行くつもりだったのですが、逆に助けられてしまうとは……」
麻紀は不甲斐なさそうに俯く。
「また、いずれ助けてもらうときも来るさ」
昴は慰めるように声を掛ける。
「メガキャノンで一掃しようかとも思ったけど、温存しといたよ」
桃がメガキャノンの最後の一発を保持しておいたことを報告する。
「それでいい。使うべきタイミングは慎重に判断しよう」
昴が褒めるように言う。
「ところで、このまま進めば自律航行装置の場所に出られるのか?」
芽衣に尋ねる。
「多分ね。要塞の中央部にあるはずさ」
芽衣は若干適当に答えた。
「ん、また扉か」
昴が通路前方に扉を見付ける。
「じゃ、開けてみようか」
芽衣が先ほどと同じ手順で扉を開ける。
警戒しながら扉の中に入って行く。
「機獣はいないか……」
昴は部屋の中を見回す。
「あれが自律航行装置ですの?」
真由が示した先、部屋の奥に大きな機械装置が設置されていた。
「ぽいねえ。近くに寄って確認してみよう」
芽衣の言葉に従い、機械装置に近づく。
その時、床が開き、下から何かがせり上がってくる。
全長四十メートル、八つの蛇のような頭を持つ龍だった。
「あれは、ランクAのオロチだ!」
芽衣はすぐにデータを照会して叫ぶ。
「機獣がまだいたとはな」
昴が忌々しげに言う。
「要塞の中枢機能だからね。ガーディアン付きでもおかしくはないよ」
芽衣が自律航行装置の確証であると判断する。
「奴を倒さねばならぬようですね」
〝阿修羅〟が二刀を構えた。
「メガキャノンを撃ってみる?」
桃が昴に訊いて来る。
「ああ、使いどころだ」
「――ジャージ完了。発射!」
〝バロン〟の胸部から最後のエネルギー弾が発射される。
メガキャノンはオロチに命中して、胴体部に大穴が開く。
「倒しましたわ」
真由が喜色満面で声を上げる
「いや、これは……」
昴が警戒を解かずに注視していると、胴体部の穴が見る間に塞がり再生していく。
「金属細胞による自己再生か。だが、再生力が高すぎるな」
芽衣はコンソールを操作してオロチをスキャニングする。
「オロチの下腹部から伸びる複数のケーブル……」
一瞬の思考の後に結論に至る。
「そうか、要塞の動力炉とあのケーブルで繋がってるんだな。そのエネルギーで再生力を高めているんだ」
「先ずはケーブルを切断すべきか」
昴がオロチから伸びる四本のケーブルに視線を走らせた。
「そうだね。このまま戦ってもダメージを与えられない」
「この距離なら狙える」
〝ユニコーン〟のビームランチャーの照準をケーブルに合わせる。
その動きを見たオロチが、首の一本を〝ユニコーン〟に向けてプラズマ弾を撃つ。
「おっと」
即座に回避しながら、光弾を放つがオロチの胴体に隠れてケーブルには命中しない。
「左右に分かれて攻撃しよう」
昴が指示を出し、〝ユニコーン〟〝イカロス〟は左側から〝阿修羅〟〝バロン〟は右側から攻撃することになった。
オロチの八本の首が左右に分かれ、プラズマ弾を連続して吐く。
「そこだ!」
オロチの猛攻をかわしつつ、〝ユニコーン〟のビームランチャーが炸裂した。
光弾はケーブルの一本に命中して千切れ飛ぶ。
「甘いですわ」
〝イカロス〟はプラズマ弾の嵐を空中旋回で回避してアサルトランサーから光弾を放つ。
光弾により、さらに一本のケーブルが切断された。
「これを回避しながら攻撃するのはちょっとキツイ。なら、こうだ!」
機動力で他の三機に劣る〝バロン〟はプラズマ弾の一つをあえて、エネルギー反射板の装甲で受けて、バスターブーメランを投げる。
二本のブーメランは二本のケーブルを同時に切り離す。
「私の分まで……」
攻撃に入ろうとした麻紀がぼやく。
「御免、勢いで」
桃はしれっとした態度で謝る。
「まあいいです。その分はオロチの首狩りで補いましょう」
〝阿修羅〟はプラズマ弾の軌道を見切りながら、距離を詰めようとする。
だが、〝阿修羅〟の攻撃態勢より速く、オロチが背部のバーニアを噴かせて接近した。
オロチは虚を突かれた〝阿修羅〟に蛇の口を開き襲い掛かった。
「舐めるな」
〝阿修羅〟の二本の長刀が閃く。
猛烈な勢いで左右から襲い来るオロチの頭を次々と落とす。
「むっ!」
左右の攻撃を捌いた直後に頭上からも蛇が襲う。
〝阿修羅〟はこれを電磁シールドで止めるが、そのまま零距離から撃たれたプラズマ弾により後方に飛ばされる。
オロチはこれを追撃、態勢を崩した〝阿修羅〟にプラズマ弾を放つ。
不完全な態勢から防御を試みるも、電磁シールドは耐久限界を超えて砕け散った。
エネルギーの余波を受けて〝阿修羅〟本体も動作不良を起こす。
オロチは止めとばかりに、プラズマ弾を放ったが、その刹那〝バロン〟が間に割って入り機体装甲でそれを防ぐ。
「桃!」
それを見た真由が絶叫する。
「〝バロン〟を舐めないで下さい。アーマーセパレート」
桃が言うと、プラズマ弾を受けてボロボロになった外部装甲が剥がれ落ちる。
一次装甲が剥き出しになった〝バロン〟が、バスターブーメランをバスターソードに変えてオロチに特攻する。
「だあああ」
気合い一閃、バスターソードがオロチの首の一つを落とす。
直後、横から襲ってきた頭が〝バロン〟に衝突してくる。
「うわっ」
〝バロン〟は転がるように飛ばされ、機体が機能不全に陥った。
ドウンと爆発音が響く。
〝バロン〟に狙いを定めていたオロチは背後からビーム攻撃を受け振り返る。
「あのケーブルが拘束具代わりになっていたのか。切れた途端に動き回りやがる」
昴が舌打ちし、残り五つの首に狙いを定めた。
「首が最大の攻撃手段のようだ。数を減らすぞ」
「分かりましたわ」
真由は相槌を送り、空中からアサルトランサーで光弾を撃ち込む。
オロチは素早く回避すると、プラズマ弾を撃ちながら〝イカロス〟に接近を試みた。
「機動力では負けませんわよ」
〝イカロス〟は間合いを取るべく、後方へ逃げる。
オロチの首がそれを追う。
〝イカロス〟とオロチの間には十分な距離があったが、オロチが首の関節を伸ばし、二倍の長さにして追いすがる。
「しまっ」
首が伸びることを想定しておらず、〝イカロス〟はオロチの首に咬み付かれた。
ミシリと〝イカロス〟が軋む音がする。
「まだですわ!」
すかさず、アサルトランサーでオロチの首を貫く。
オロチの牙から解放された〝イカロス〟はそのまま落下する。
「くうっ」
〝イカロス〟は駆動部が損傷して、思うように動かない。
その落下中の〝イカロス〟にプラズマ弾が放たれた。
直後、〝ユニコーン〟が駆け付け、プラズマ弾をシールドでカットする。
〝イカロス〟はジェットストライカーのスラスターを駆使して無事着地した。
〝ユニコーン〟はプラズマ弾の直撃を受けてボロボロになったシールドを外す。
そして、〝イカロス〟を背中に庇い、右手にビームランチャーを持ち、左手に長剣を構えてオロチに突進する。
「オオオオオ」
雄叫びを上げながら、オロチの首をビームランチャーで迎え撃つ。
口を広げて襲って来る首の一つに光弾を撃ち込み、口内で爆裂させる。
首が一つ落ちる間に、上と左右からもオロチの首が襲う。
回避不能と判断した瞬間、リモート・コントロールされたジェットストライカーが上の首に激突して諸共に吹き飛ぶ。
それを見届けると、左右から襲う首に対して、右の首にビームランチャーを左の首には長剣を腕ごと突き入れて破壊する。
オロチは首を全て失ったが、〝ユニコーン〟も両腕を損壊した。
「相手も手詰まりだな。いや……」
攻撃手段を失ったはずのオロチの胴体部に目が光り、口が開かれる。
「なんだと!」
オロチの胴体は巨大な牙を剥き、〝ユニコーン〟を襲う。
〝ユニコーン〟は全力で後退して回避する。
「どうする攻撃手段がないぞ」
昴が冷や汗をかきながら叫ぶ。
「まだ、最終手段があるさ」
芽衣が自信満面で言う。
「最終手段?」
「この〝ユニコーン〟は一時的に出力をアップさせることが出来るんだ」
「どうやるんだ?」
「僕の尻を叩け」
芽衣が真面目な顔で告げる。
「こんな時に冗談はよせ」
「本気だよ。〝ユニコーン〟に搭載されたエクステンションドライブは興奮度によって、出力が上がるんだ」
「今も十分に興奮状態だが」
「戦闘時の興奮値ではシステムが起動しないことは分かってる。必要な値が出るのは君が女の子にお仕置きしているだけだった」
「……」
「操縦はコントロール・クリスタルに触れてなくてもある程度出来るようにしておいた。今こそ、〝ユニコーン〟の真価を発揮する時だ。さあ叩け!」
芽衣は昴の前に回ると尻を突き出しパンツを擦り下ろす。
「……いいだろう。やってやる」
機体の回避に意識を割きつつ、芽衣の尻に平手打ちを喰らわす。
パアン
小気味いい音を鳴らして、芽衣の小振りな尻肉が揺れる。
「さあ、もっとだ!」
芽衣が尻を揺らせて誘う。
パアン、パアン、パアン
「ふう、ふう、んうう」
吐息を弾ませ、芽衣の尻が赤く染まっていく。
コンソールに表示されたテンションゲージが芽衣の尻を叩く度に上がる。
「どうした、もっと尻を突き上げろ!」
言うと、芽衣の臀部を両手で交互に打ち据える。
「もう限界だ……」
芽衣が息も絶え絶えに言うと、昴は両手で挟み込むように強く振り下ろす。
バアアン
「ぐううう」
コクピット内に音が響き渡り、芽衣は全身を震わせ脱力する。
と、同時に〝ユニコーン〟が白く輝く出す。
「エクステンションドライブが起動した。通常の十倍の出力になってる」
昴の足に縋り付きながら芽衣が解説した。
「頭の角は飾りじゃないぜ」
芽衣は昴を見上げてニッと笑う。
「よっしゃあああ」
〝ユニコーン〟は、バックパックブースターと脚部バーニアを噴き上げると、ロケットのようにオロチへ向かう。
〝ユニコーン〟の角がドリルのように回転してエネルギーフィールドを発生させると、白銀の光となってオロチの口に飛び込み、突き破る。
胴体を貫かれたオロチは崩れ落ち、爆散した。
「これ以上は戦えませんわ」
「流石に機獣も打ち止めでしょう」
「疲れました……」
真由、麻紀、桃が疲れた声で言う。
「あとは、自律航行装置のハッキングをしなきゃね」
芽衣が尻を擦りながら、後部シートに戻る。
「やっと、終わるのか」
昴は自律航行装置に近づきながら、万感の思いを込めて呟いた。
エピローグ
要塞を鹵獲し、対馬を奪還に成功すると、昴達は学園に戻った。
自衛軍からは残ってくれるように頼まれたが、折角入った学園を辞めるつもりはない。
「卒業の頃には世界中の組織から引っ張り蛸だろうさ」
ドックの中で〝ユニコーン〟の修理をしながら芽衣が言う。
「先のことは今はいい。それよりも今回の報奨金は出たか?」
「僕達には特別報奨金が出てるぜ」
芽衣が携帯端末を投げ渡す。
「おお、やったぜ!」
端末に表示された0を数えて声を上げる。
「僕の方も要塞のデータから面白い情報を吸い上げたからね。解析が楽しみだ」
「情報?」
「ああ、どうやら連中、何かを探してるらしい。それが分かれば戦略上優位になる。でもこれはきっとアレのことだな」
「ほう」
昴は興味深げに視線を送る。
「ところで、後ろのお嬢さんたちがずっと見てるぞ」
「知ってるさ」
溜息混じりに背後をチラ見する。
昴の背後で真由、麻紀、桃が整列していた。
「昴。あの時、芽衣にお仕置きしてましたわね」
真由が不満げに頬を膨らます。
「平等を期するため、私達にもお仕置きが必要です」
麻紀が腰をくねらせる。
「お仕置きして下さい……」
桃が上目遣いで言う。
「また、今度な」
昴は苦笑いを浮かべ、ドックの外に走り去る。
「お待ちなさい」
「逃がしませんよ」
「待ってよ」
三人が後を追いかけ出ていく。
「昴はこれからも苦労しそうだね」
その姿を見送り、芽衣が小悪魔のような笑顔で独りごちた。