もりのくまさん(短編)
以前絵本にするつもりで書いた物語なので童話よりです。
山が雪化粧を始める時期のことでした。
おばあちゃんと留守番をしていた咲希は、ぼーっとただただ外を眺めていました。
それもそのはず、今日は咲希の誕生日だと言うのに家にはおばあちゃんと咲希の二人っきり。
お父さんは急な出張、お母さんはおせちや正月飾りの買い出し、おじいちゃんは去年亡くなってしまったのでした。
おばあちゃんがおやつを作っている音が心做しかいつも以上に響いて聞こえます。
「おやつですよー。」
おばあちゃんが咲希を呼びました。
咲希は少し心を弾ませておばあちゃんの居る部屋までバタバタと急いで向かいました。咲希は料理上手なおばあちゃんの作る動物の形をしたクッキーが好物なのです。
咲希が部屋に着くとおばあちゃんがクッキーを用意してこたつで待っていました。
「さっちゃん、おやつのクッキーですよ。」
「今日の動物はなあに?」
そう聞くと、おばあちゃんは嬉しそうに笑いながら答えました。
「くまさんですよ。」
確かに顔が丸くて可愛らしいくまが並んでいます。
それにしても、おばあちゃんがくまを作るのは意外でした。今までは犬や猫、うさぎのような可愛らしい動物しか作ったのを見たことがなかったのです。
「なんで今日は大きくて凶暴なくまなの?」
そう咲希が尋ねると、おばあちゃんは少し真剣な表情になって、
「今日がさっちゃんの誕生日だからですよ。それとね、くまの中には優しいのもいますよ。」
そう言うと、おばあちゃんはこんな話を始めました。
『ーーー昔、この近くの村に美幸という女の子が住んでいました。美幸は少々怖がりなところがありましたが、明るくて優しいので村中の人から好かれていました。
ある春の暖かい日のこと、美幸は花を摘みに森へ行きました。冬のように寒くはなくても、わざわざ森へ行こうという人は滅多にいないため、森の中はしんとしてまるで世界に一人ぼっちになったような雰囲気でした。
森へ入ると色々な花や植物が美幸を歓迎しました。ですが、美幸はそれらには目もくれずどんどん奥へとすすんでいきます。
それは森の奥深くに咲いているという美しい花をそろそろ誕生日のお母さんのために取りに来たからなのでした。
でも、来る途中、「森には熊が出る。」「先日も出たらしい。」「その時に追いかけられて怪我をした人もいたらしい。」という噂を耳にしたため、美幸の心中は穏やかではありません。音を立てないように、早く済ませるように、そう心がけながらさらに奥へと進んでいきます。
すると突然、今までとは明らかに違う、道の開けたところに出ました。そこには色とりどりの美しい花が何十、何百、いや何千と咲いていました。まさにそこは、「花咲く森の道」。その光景を見て美幸はあまりの美しさに目を見張り、わぁ…と声を漏らしました。そして時間を忘れて花を摘み続けたのです。
美幸がやっと花摘みを止め、日も暮れはじめたので帰ろうとしたら、目の前には熊がいました。
小鳥でもうさぎでもなく、熊。そう美幸が恐れていた熊でした。
実は熊はずっと美幸を探していました。それは美幸に落し物を届けるためです。でも、美幸は森の奥にどんどん行ってしまい、花摘みに夢中で音も立てなかったため日暮れまで見つけることが出来ず、熊はもう諦めかけていました。その時、一つの物音を聞いて大急ぎでそこに向かって、やっと美幸を見つけることが出来たのです。
小鳥でもうさぎでもなく、美幸。熊が一日中探し回っていた美幸でした。
その時、一日中森の中を探し回っていた熊は当然のことながら、息を切らし、毛並みも大荒れでした。
そんな熊の姿を見た美幸は、噂されていた凶暴な熊が出た、と思い
「キャーーー!!」
と耳が潰れるような絶叫を上げて逃げてしまいました。
ですが熊もここまで来て諦められません。負けじと
「待てーーー!!」
と叫びながら美幸の背中を追いかけます。
美幸の「トン、トン、トン」という可愛らしい足音と、熊の「ドス、ドス、ドス」という重そうな足音が森中に響き渡りました。
その後、やはり熊に追いかけられて少女が逃げ切れるはずもなく美幸は熊に追いつかれてしまいました。
「食べないでください…」
泣きながらそう言う美幸をみて初めて熊はなにか勘違いされてることに気がつきました。
「あ!食べねぇよ!俺は人は食べない。 えっと、あの、お前これ落としただろ?」
そう言うと熊は美幸に白い貝殻のイヤリングを渡しました。美幸はその時、初めて落としたことに気がつきました。
「くまさん、わざわざ届けてくれてありがとう。…それと、怖がって逃げちゃってごめんなさい。」
「あー…気にすんな。別にお前は悪くない。むしろ、怖がらせた俺のほうが悪かった。ごめんな。」
この言葉を聞いて美幸は驚きました。熊は凶暴で謝ったりなんかしないと思っていたのです。でも、目の前にいるこの熊は落し物を届けてくれて、怖がらせたことを謝ってくれている。
「私と友達になってください!」
考えるより先に言葉が出ていました。
熊はその言葉を聞いて、熊なのに鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしています。
「は…俺は熊だぞ?お前のこと食っちまうかもしれないんだぞ?」
「さっき人食べないって言ってたじゃん。」
「…よく覚えてるな。いや、でも、ほら!村でも噂されてただろ?熊は凶暴だって。」
「…くまさんはそんなに私と友達なりたくないの?」
そう美幸は泣きそうな顔で尋ねました。
熊は困った顔で答えました。
「そうじゃねぇよ…はぁ、わかった!じゃあ友達になってやるよ。だからもう泣くな。」
「うん!!」
そう答えた美幸はピカピカの笑顔でした。その笑顔に少しドキッとして熊は目をそらしました。
その時から美幸は熊をくまさんと呼ぶようになりました。
次の日、二人は昨日のことを詳しく話して誤解をときました。
その時に美幸はくまさんから、熊が人間を襲うことには理由があること、そして人間が熊を殺すこともあるということを聞きました。
「俺達が人を襲うのには二つの理由がある。一つ目は人と友だちになりたい一心でじゃれ過ぎて怪我をさせちまうパターン。そんで、二つ目は俺達にも家族や友達がいるからな、そいつらを殺されたり怪我させられたりして仕返しをするパターンだ。」
美幸はやはり熊にも心があるんだ、そう思いました。
そして、人が熊を殺すことについてはこう教えてくれました。
「美幸にはまだ難しいかもしれねぇけど、人の中には動物を殺すのが仕事な狩人っていうやつらがいる。そいつらが俺達を殺そうとするんだよ。」
そして渋い顔でこう続けました。
「…そうやって、仲間がどんどん殺されていって俺達は人を信用しなくなった。人を見つけただけで襲いに行くやつもいる。」
その話を聞いて、美幸には人が悪い生き物に感じて、心が押し潰されそうになって
「ごめんね…」
と消え入りそうな声で言いました。そんな美幸を見てくまさんは切ない顔で笑いながら
「美幸は悪くねぇよ。それに俺はお前のことは信用してるよ。ほら、お前には笑顔が似合うんだから早く泣きやめって。」
と言いました。
二人はいつも森で会いました。村ではくまさんは目立ってしまうから、人が多すぎるから。
晴れの日も雨の日も、毎日二人は森で遊びました。鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり、くまさんは嫌がりましたがおままごとをしたり。
次第にお互いがお互いにとってかけがえのない親友になりました。
ですが、一年、二年、と時が過ぎていくにつれて美幸はだんだん大人に近づいて、くまさんは森の長となり、会うことが減っていきました。
そして二人が出会ってから五年目のことでした。
ついに、くまさんも狩人に殺されてしまったのです。
美幸がくまさんに最後に会ったのは、その二週間ほど前のことでした。死ぬだなんて考えていなかったからその時は「また会おうね。」と言って素っ気なく帰ってしまいました。
美幸は最後に会った時の行動、だんだん離れてしまっていたこと、一緒に遊んだこと、そして初めて会った時のことを思い出して涙が止まらなくなりました。
声が枯れても泣き続けました。くまさんの顔が頭から離れませんでした。
ーーーでも、くまさんはいつも美幸には笑顔が似合うと言っていました。きっと、今も美幸はどこかでピカピカの笑顔を浮かべているでしょう。
どうです?優しいくまさんの話は?』
咲希は目をうるうるさせながら
「ねぇこれってまさかおばあちゃんの話なの?」
と尋ねました。
「なぜです?」
「だって名前がおばあちゃんと一緒で美幸だったから。」
「ふふふ、バレてしまいましたか。」
そうおばあちゃんは子供のような笑顔でいいました。
そんなおばあちゃんの顔を見て、咲希はおばあちゃんがこんなに嬉しそうに笑うなんて、くまさんはよっぽどいい人(熊)だったんだろうなと思いました。
外は雪が降り始めています。ガラガラと玄関の戸が開く音がしました。すると、
「ただいまー!」
というお父さん、お母さんの声が聞こえてきました。
出張に行っていたお父さんも咲希の誕生日に間に合わせるために急いで帰ってきたと言います。
咲希はなんだかとても嬉しくなって
「おかえりー!」
と言いながら元気よく、お父さんとお母さんに飛びつきました。
読んでくださってありがとうございました。
願晴ります。