二万文字の誘惑
私は暇つぶしになろうの小説を読み、それぞれの作家のホームページを渡り歩いていた。そして、彼らの自己紹介を読んでいたとき、ふと、「自分はまだ自己紹介を書いていなかったな」と思い出して、自分のところへと戻ってきた。
ユーザー情報編集のリンクを開き、さて何を書こうかとユーザー自己紹介のフォームにカーソルを置く。しかし、私は生来自己紹介といった類は大の苦手だったので、ありきたりな文章の他には結局何も浮かんでこない。さりとて、自己紹介の欄をからっぽのままにしておくのは不格好だ。
良い文章が浮かばず、手がかりを求めて下部の注意書きに目を通すと、そこにはなんと、「約20,000文字以内で入力」と書いてあるではないか。二万文字もあれば短編小説の一本や二本軽く収まってしまう。で、あるならば、この欄に「自己紹介」というタイトルの小説を書いて投稿することも可能ではなかろうか?
いや、可能だ。確実に可能だ。いつものように小説を書いて、それをこのフォームにぶち込めばいい。三人称視点で、「私」のことを「この男」と呼び、自分のことを客観的に記述する、とりとめのない私小説。「よろしくお願いします」と素っ気なく書くより、ずっと良いじゃないか。
だが、待て。確かにそれは実験としては面白いだろう。だが、しかし、作品としては? 自己紹介を読むつもりが、わけの分からない小説を読まされた読者は、はたして嬉しいだろうか? むしろ、不意打ちに下手な小説を読まされた読者は、気分を害するのではないだろうか?
始めから失敗と分かっている実験など、しないほうがいい。だから私は、自己紹介の欄には「よろしくお願いします。」とだけ書くのだ。