4話
闇夜が満ちる部屋の中、エメラダは一人ベッドの上で目を閉じている。
思い返すのは今日、いやもう正確には昨日か。
我ながら大人げなく食堂を飛び出し、みんなに心配をかけてしまった・・・
恥ずかしさとぶり返す苛立ちをごまかすように布団に包まる。
・・・おっと、そのことはさして重要ではないのだ。
問題はその後、廊下を歩いていると、楓さんに呼び止められた後のこと。
楓さんというのは南大陸から遥か昔に渡ってきた東洋、とかいう地方の一族の末裔で、いつもは壁の修繕の為の建材を作ったり、変な機械を作ったりしている人(楓さん的には科学者と呼んでほしいらしい)で、過去の知識とかを収集、解読、再現しては人で試すため中々に避けられている・・・のだが、楓さんには不思議な魅力があり、離れきれない層が一定数いるとか・・・
かくいう私もその一人で。よく楓さんに突然呼び出されては実験のモルモットに使われている・・・もちろん不本意ながらという文字はつくが。
その楓さんに連れられて私は、幾多の悪魔的アイテムが生み出された楓さん自慢の実験場にいた。
赤い髪をポニーテールのように纏めていて、出るとこは出て引き締まるべきところは締まっている、女性の目からもまさに理想的ともいえるプロポーションを持つ楓さんに思わず目が吸い寄せられそうになるところを必死に抑える。
いつも気づかぬうちによくわからない光を当てられたりするのだ。注意せねば・・・
そんな私の必死の警戒も今回は意味がなく。
楓さんは私に紅茶の注がれたティーカップを渡すと、いつものおちゃらけた表情とは打って変わって真剣で深刻そうな顔をする。
「ねえ、エメラダ。あなた月ウサギって知ってる?」
「月ウサギ・・・ですか?いえ・・・すみません」
「そう・・・じゃあ、そうね、まず月ウサギの基本的な説明からしようかしら」
そういうと楓さんは書類を手に口を開く。
「月ウサギっていうのは元々うーんと、何て言えばいいのかしら・・・そう!伝承の生き物って表現がぴったりね」
一人手をたたき楓さんは語り続ける。
「額に三日月状の傷を持つ白銀の巨大ウサギ。そのウサギは月夜、神出鬼没に現れては手当たり次第悪い人間を食い散らす!だから人はみな悪いことをしてはいけないよっていう伝承のなんだけど」
そこで楓さんは緊張した面持ちで目を伏せる。
「その伝承のウサギがね――現れたのよ。戦場に突如としてね」
「伝承上の生き物が・・・戦場に?楓さん、それはどこで?」
そうせっつくと
「今一番激しい戦闘の行われている場所――セントール平原よ」
セントール平原。
東西南北ある防衛線、その中でも一番の激戦地、南防衛線のその最先端。それがセントール平原である。元はセントールという貴族の一族が土地を収めていたことからその名がついており、最近は悪魔が怪しげな建物を建て始めており、その対応に追われているとか・・・
ちなみに私達は西防衛線の配属ということになってはいるが、上位層の部隊は頻繁にいろいろな防衛線に出張させられるため、どこも同じくらいの比率で担当している。
「それで、月ウサギが現れて何の被害が・・・?」
私の質問に楓さんはかぶりを振ると
「被害は出て無いわ。月ウサギはこちらの人間を避けるように悪魔だけを根こそぎ殺していったの。」
その答えに私は違和感を感じる。ならさっきの楓さんの深刻そうな顔は・・・?
違和感について考えていると、顔に出ていただろうか。楓さんが言葉を続ける。
「問題はそこじゃないの。いま、悪魔を殺しまわったって言ったでしょ?そのせいで上層部が勢いづいて一斉攻撃を仕掛けようとか言いだしてるらしいのよ。」
楓さんはティーカップに口をつけ一息置いた後、諭すように私に言う。
「もしそうなれば上位層は確実に召集を受けるわ。正直、一斉攻撃なんてしたら被害は相当なことになると思う。エメラダ、私が直談判すればあなたの部隊だけでも出撃しなくていいようにできるかもしれない。もしあなたが望むなら、ね」
楓さんは紅茶を飲み干すと、考えておいてと声をかけ、裏に引っ込んでしまった。
「どうしよう・・・」
私は湯気の上がらなくなった紅茶を、新たにできた色々な戸惑いと不安と一緒に飲みほした。