3話
食堂にて、エメラダは金色の鎧をまとった、顔だけを見れば色男と言える端正な顔立ちの金髪の男、エメラダを妹と呼んだ男と対峙していた。他の面々が焦り床で胸に手を当てひざまずくなか、エメラダは椅子に座ったままだ。
「はあ・・・お帰り、マリウス兄さん。今回も無事みたいね」
そう、少しめんどくさそうに答えたエメラダにマリウスは周りに手でやめるよう合図しながら
「ああ、もちろん無傷だ!私は王家最高の騎士だからな!ああ、安心しろ!エメラダ、もちろんお前は王家最高の指揮官だ!」
と大げさに胸を張る。それにエメラダは急に顔をこわばらせ、激しい怒りのこもった声色で
「何度も言うけど私はもう王家の人間じゃないの。いい加減わかってよ、兄さん」
そう言うと、エメラダはイスを蹴とばすように食べ終えた食器を片付けに行ってしまう。
それに呆然と立ち尽くすマリウスは悲しげな顔で膝から崩れ落ち
「またやってしまった・・・・エメラダ嫌われた・・・もう終わりだ・・・」
そう言って頭を抱え、動かなくなってしまった。しかしエメラダはマリウスに目もくれず、すたすたと食堂を出ていく。
それを第17部隊の面々は慌てて追いかけた。もちろん、しっかりと床で固まるマリウスに礼をしてから。
つい飛び出してしまった。兄さんの楽観的な口調にはついカっとなってしまう。というより、王家の人間に、だろうか。
こうなるともう止まらない。あの頃のことがよみがえってくる。脳裏を突き刺すような痛みと共に。
十三歳のころ、私はいわゆるチンピラに誘拐された。エルグランドには王宮はなく、少し大きな二階建ての建物が王族にはあてがわれていたのだが、警備に人を回すにも余裕がなく、いつもどこかの警備に穴があった。その穴を突かれまんまと誘拐された私は最初、身代金を得る材料に使われたが、お母様たちはそれを拒否した。お母様たちは、私のことなんて大切じゃなかった。
その事実に追い打ちをかけるように、チンピラたちは私を嬲り、こき使い、汚した。そんな時、私の力が宿った。それは、人の感覚と自分の感覚をつなげる業。私はそれでチンピラすべての痛覚を共有し、一人を殺すことで何とか逃げ出すことに成功した。
でもお母様は・・・私を王族とは、家族とは認めてくれなかった。下民で穢れた汚いゴミ。私のことをそう言った。
そこからの道は一つしかなかった。軍に入り食い扶持を得ること。そうして軍に入り、ある時マリウス兄さんに再会した。
それ以来兄さんは私を気にかけてくるようになったけど、私は事あるごとにどうしても思いだしてしまう。嬲られた痛み、汚された痛み、殺した痛み、そして――捨てられた痛み。
ダメなのだ。あの頃のことは私の弱点だ。触れてはいけない汚点だ。だから、兄さんにはあまり会いたくない。きっと兄さんは善意で接してくれているのだろうけど、私は嫌なのだ。私を捨てた者たちの一員と話すのも、同じ場所にいるのも、それ以外の何もかも。
後ろからぞろぞろと足音が聞こえる。きっと仲間が来たのだ。そう、こんなこと考えるのも不毛だ。もう、過去は変わらないのだから。
せめて仲間の前くらい笑って見せよう。私はリーダーで、それが私の償いだから。
アリスから声をかけられる。
「エメラダ!大丈夫!?」
本気で心配しくれているようだ。何度もやっている恒例のようなこの流れにいつも本気で心配してくれるメアリはやっぱりいい子だ。
「急に飛び出してごめんなさい。兄さんうるさくて。ちょっと頭にきちゃったの」
エメラダは振り向く。精一杯の作り笑顔と共に。
エメラダが走り去ってしまった。またいつものだ。追いかけなくては。
シンタローは思い出す。まだ部隊のメンツが今とは違い、アステオがいたころ。エメラダが王子と再会した夜。彼女が一人自室で震えながら泣いていたことを。シンタローがドアを開けたことすら気づかないほど、激しく泣いていたことを。
いつからだろうか、王子と会ってもエメラダは泣かなくなった。それどころか、無理やりに笑顔を作るのだ。それが俺にはたまらなく辛い。
今部隊にいる中で一番の古参は俺だ。そして、エメラダの心中を知るのも俺だけ。だから俺は・・・エメラダを支えたい。
その為にも、エメラダが笑えるように、俺はいつだって楽しくしていよう。無理に笑うエメラダを見た時俺は、そう誓ったのだ。
エメラダに追いつく。
「エメラダ!大丈夫!?」
メアリが聞く。彼女は――、笑っていた。
ああ、苦しい。戦場を走るときよりも遥かに苦しい。シンタローは胸を掻く。
エメラダが笑いながら、
「急に飛び出してごめんなさい。兄さんうるさくて。ちょっと頭にきちゃったの」
と答える。
周りの面々はエメラダの様子に安心し、またいつもの兄弟げんかか、と少し呆れた。
違うのだ。この悲しみを押し殺し笑うこの顔は違うのだ。
健気に笑うエメラダに俺は――
「おいおい、兄弟げんかもたいがいにしろよ?みんな迷惑してんだぜ?」
こう、茶化すことしかできなかった。
こんな時にも誓いを守ってしまう自分が、たまらなく恨めしかった。