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その15

 ――東京・大井埠頭。東京湾沿岸にそって造られたコンクリートの長屋風の倉庫が、畑のうねのように等間隔に規則正しく建てられている。一つの棟には十五戸の倉庫があり、それがA~Zまでの二十六棟に分けられていた。さらに、その倉庫の周りを取り囲むようにして、貨物輸送用のコンテナが三段にして積み上げられている。


 大井埠頭は、港や空港、市場の近くに位置しているため、輸出入の商品や国内向けの商品、また市場関係の生鮮食品などの一時保管場所として利用されている。いつもなら倉庫に車が引っ切り無しに出入りしているが、昼休みの時間帯は、時折、倉庫の外周道路を大型トレーラーが行き来しているだけで、倉庫周辺にはほとんど人影は見受けられなかった。


 そんな中、ひと気の少ないコンテナ群の隙間から、倉庫を覗き見ている人影がいた。


「百の眼さんの情報だと、あの倉庫がアジトになっているはずだけど」


 椿がコンテナの陰から双眼鏡で倉庫を調べていた。


「やっぱり外からじゃ何も分らないわね。実際に中に入ってみないと。――でも、その前にターゲットの情報をもう一度確認しておかなきゃ」


 椿は独り言をいいながら携帯端末機を取り出して、百の眼から受け取ったデータを調べた。端末機の画面にターゲットの顔写真が映し出される。


 目つきの鋭いその男は、東洋系の顔にしては彫りの深い顔をしており、通った鼻筋と薄くもなく厚くもない唇は、端正なというより繊細な顔立ちをしていた。


「No.A‐001970。アキラ・ミクニ。二○○六年生まれ。国籍・アメリカ合衆国。日系三世。西暦二○二四年に海兵隊に入隊。西暦ニ○二六年の朝鮮統一戦争、西暦二○三一年の台湾独立戦争に出征。西暦ニ○三二年には、アメリカ国防総省直属部隊デルタ・フォースに配属。西暦ニ○三三年に上官とのトラブルによって除隊。その後、世界中で傭兵として活動した後、殺し屋に転身。現在、世界六ヶ国で十八件の殺人事件と八件のテロ事件の関与に対して起訴されている。日本でも三件の第一級殺人罪で指名手配中か……。相手はデルタ・フォースの出身者、対テロリスト部隊の超エリートが殺し屋に転身したとなれは、捕まえるのは一筋縄ではいかないわね。――でも、こんな場所を活動の拠点にしているとは思いもよらなかったわ。百の眼さんは、よくこのアジトを調べ出したわね。さすが東京一の情報屋と呼ばれるだけのことはあるわ」


 椿は携帯端末機をしまうと、右太ももに着けたホルスターから銃を抜き取り、弾の装填を確認した。


「それじゃ、ママたちが来る前に片付けるとしますか――」


 椿は、沖合に浮かぶ〈マリオ・ワールド〉の島をチラリと見てから、しなやかな動きで〈D-1〉と書かれた倉庫に向かって走っていった。


 周りに目を配りながら倉庫に近づいた椿は、ドアに耳を当てて中の様子を探った。人の気配らしきものは感じられない。椿は、ドアに取り付けてある旧式のシリンダー錠に目を落とす。


「デルタ・フォースに所属していたっていっても、自分のアジトの警備に関しては、意外と無頓着なようね」


 椿は、ぺろっと唇をなめると、鍵穴にL字型に曲がった細い鉄の棒と、先端がのこぎり状になった鉄針を差し込んだ。鉄針を鍵穴に出し入れしながらL字型の棒状の板を左回りに動かすと、ガチャという音とともにいとも簡単にドアが開いた。椿は、ドアをそっと開けて倉庫の中を覗き込むと、滑り込むようにして中へ入っていった。


 倉庫の中は、上部の小窓から太陽の光が入って来るものの、薄暗く、入り口からは全体を見渡すことができなかった。椿は、音をたてないように忍び足で倉庫の奥にまで進んだ。


 倉庫の中は、大人が両手を広げたくらいの四角い木箱が、倉庫の天井すれすれまで積み上げられている。しかし、その梱包用の木箱以外、何もなかった。


「おかしいわね? ターゲットが根城にしているっていうわりには、ここで生活している様子が全くないわ。まさかガセネタだったのかしら? 百の眼さんに限ってそんなことはないとは思うけど……」


 椿は一通り積み上げられた木箱の列を見て回った。よく目を凝らしていると、一箇所だけ埃が積もっていない木箱があった。


「まさかねぇ……」


椿は怪しいと思って木箱を丹念に調べると、積み重ねられた重い木箱が簡単にスライドした。スライドした木箱の下には、四角いマンホールの蓋が表れた。椿は、躊躇することなく重い蓋を持ち上げると、地下に下りる鉄の梯子を発見した。


「ビンゴ!」


 椿は慎重に梯子を降りた。地下は真っ暗で何も見ることができない。手探りで電灯のスイッチを探し出して点けると、青白い蛍光灯の光が地下室全体を照らす。


 地下室の中央にまで進みぐるりと見回した。地下室の広さは、上の倉庫とほぼ同じ広さだった。昇降口から左手が射撃の練習場になっており、部屋中あらゆる小銃や機関砲、アーミーナイフや日本刀などの刃物類が壁に飾られている。右手正面にはカウンター・バーが設置されていて洋酒がずらりと並べられていた。地下室の入り口の対角線上には、パイプベッドとテーブル、机の上にはパソコンが置かれている。完全に誰かがここで生活していることがわかる。


 椿は、ここがターゲットの根城だと確信すると、急いで電気を消して地下室から出た。


(よし! 後は外で見張って、ターゲットがやってきたところを捕まえるだけね!)


 椿が意気揚揚と地下室から出てきた直後、ゴツ! という鈍い音と一緒に、椿の後頭部に激痛が走った。


「うっ!」


 椿は短い呻き声を上げて崩れ落ち、そのまま気を失ってしまった。





「いつまで寝てんだ! 起きな!」


 男の怒鳴り声と容赦ない張り手が、椿の左頬を打った。


 椿は、無理やり目を覚まさせられると、意識が朦朧とする頭をもたげ、焦点のおぼつかない目を男に向けた。


 目つきの鋭い日焼けした顔の男が、冷たい表情でこちらを見つめている。椿は、ズキズキする後頭部の痛みを堪え、意識のはっきりしない頭で、男の顔を思い出そうと記憶の糸をたぐろうとした。が、その前に自分の置かれている状況に気がつき、心の中で舌打ちした。


 椿は、両手首をロープで縛られたまま、天井に剥き出しになっている太いパイプから、足が床につかないように吊るされていた。それも服を剥ぎ取られ、白いレースで縁取られたブラジャーとパンティ姿という、あられもない姿になっている。


(こいつ、今回のターゲットだ。ということは、わたしが地下室から出たところを狙われたんだ。しくじったわ!)


「どこの泥棒猫かと思ったらハンターだとはな! それもまだ十三歳の小娘ときたもんだ!」


 男はパイプ椅子を逆に向けて座り、背もたれに片肘を置きながら椿のハンター・ライセンスカードをピラピラと見せた。足元には、椿の衣服や銃、携帯電話や端末機などの小物が散乱している。


「俺は、自分の居場所を嗅ぎつけられないように常に気を配っていたんだが、くそ! どこでドジふんだんだ。こんな小娘に嗅ぎつけられるとは! ――お嬢ちゃん、偶然ここを見つけたのか? それとも他に仲間がいて情報を受けてここに来たのか? どうなんだ? 俺に教えてくれないか? お前の電話帳を調べようにも、ご丁寧に暗号化されて情報が引き出せねえし、端末機に入っていた情報も自動消去されてるしな。俺も商売柄、身の安全を確保するために、俺を狙おうとするヤツは一人も生かしておかないことにしてるんだ。もちろん、俺の情報を提供するヤツもだ」


 椿は何も答えず、ただ男を睨みつけた。


「だんまりか……仕方ない。少々手荒なことをして聞き出すしかないな」


 パイプ椅子から立ち上がると、男は壁に掛けてあった武器コレクションの一つを手に取った。手にしたのは、なめされて茶色くテカった革の縄が根元で何本も束ねられた鞭だった。


「これはな、一世紀のローマ帝国が虜囚を拷問した時に、実際に使った鞭だ。ただの鞭じゃないぞ。馬の革をなめして作られた鞭の一本一本には、羊の小骨が縫いつけてあってな、これで打ち叩かれると、皮膚がこそげ落ちて想像もできないほどの激痛を与えてくれるそうだ。俺は試したことがないから解らないが、相当痛いらしいぞ。この鞭で打ち叩かれた男たちは、みな泣き叫んで許しを乞うと聞くからな。――お嬢ちゃん、わざわざ痛い思いをしてから喋るよりも、今のうちに喋って楽になった方がいいんじゃないのか?」


 男は鞭の柄で椿のアゴを持ち上げて、口元のいやらしい笑みを見せた。


「誰があんたなんかに喋るもんですか!」


 椿は、男の顔に向かってべっと唾を吐いて、威勢良く言い放った。


 男は顔にかかった唾を手の甲で拭うと、獰猛な顔つきになった。


「いい度胸だ。泣き喚いて助けを求めても許さねえからな!」


 男はそう言うと、手に持っていた鞭を高々と振り上げた。



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