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その11

 病室のドアが勢いよく開かれると、険しい顔をした椿が飛び込んできた。


「様態はどうですか!」


 椿は、出迎えたサスケに早口で尋ねた。


 病室には、歩とみゆきが隣同士で寝かされていた。歩は頭に包帯を巻かれ、頬にはガーゼが貼られており、右腕には点滴の管が固定されている。みゆきは、右腕を肩からギブスで固められ、器械で腕を吊るされながら寝かされている。――彼女らは“おかまデブ”との闘いで手傷を負って、新宿駅の西口にある大学病院に担ぎ込まれていた。


 歩とみゆきが寝かされているベッドの間に、頭に包帯を巻いた毬藻が座っていた。その横には、壁に背もたれしたキリーが心配そうに見守っている。


「歩さんは、側頭骨の打撲と肋骨三本に亀裂骨折。みゆきさんは、右前腕部から上腕部にかけて複雑骨折、それと肋骨一本にヒビが入っていましたが、命には別状ありません。ですが、菊乃さんは、胸部に銃弾が命中して胸骨損傷と右の肺に穴が開き重体でした。一応、手術は成功しましたが、今はICU(集中治療室)で絶対安静の状態です」


 サスケが、研修生の様態を手短に説明した。それを聞いてひとまず安心したのか、椿は目を閉じて深いため息をついた。そして、おもむろに毬藻の方に目を向けた。


 毬藻は、椿の冷ややかな目を見てドキっとさせられ、椅子から立ち上がった。


「あ、あの……」


 毬藻が困った顔で何か言いかけようとすると――


「この役立たず!」


 バチーンと、椿の平手が毬藻の頬を強く打った。


 椿の思わぬ行動に、歩とみゆきはビックリしてベッドから上体を起き上がらせた。


「翁さん、何で研修生たちを新宿などに連れて行ったのですか! あなたは、あそこが危険な場所だということもわからないのですか! ――運良く、警邏隊が通りかかったからいいものの、あなたの誤った判断で全員殺されるところだったのですよ! あなたは、自分が何をしたのか分かっているのですか!」


 椿は、感情をあらわにして一方的にまくし立てた。


 毬藻はうな垂れて一言、『すみませんでした』と消えるような声で言った。


「ひっく……毬藻さんは悪くないんですぅ。ひっく……毬藻さんが、賞金首の捕獲率が悪いって椿さんにいつもいわれていたから、ボクたちがもっと上位の賞金首をいっぱい捕まえれば、椿さんを見返すことができるよって唆したんですぅ。それで無理やり上位の賞金首の多い新宿に連れて来てもらったんですぅ。だから毬藻さんは、全然悪くないんですぅ。ひっく……」


 引っ叩かれて赤くなった毬藻の頬を見て、歩はポロポロと涙を流し、毬藻を庇うように泣きながら言った。しかし椿は、歩に厳しい口調で言った。


「あなたは黙っていなさい! 事の発端はあなたたちの言葉かもしれませんが、それを決定したのは翁さん自身です。あなたたちの行動の責任は、責任者である翁さんが取るのは当然です! 違いますか! ――翁さん、今回の失敗は大きいですよ。覚悟しておきなさい。あなたの処分は追って通達しますから、それまで自宅待機していなさい。わかりましたか!」


「……はい……わかりました」


 毬藻は肩を落としたまま椿の命令に力なく答えたが、椿は毬藻の返事を待たずに、さっさと病室から出て行ってしまった。


 静まり返った病室には、歩のしゃくりあげる声だけが響いた。サスケは泣きじゃくる歩のそばに寄って、頭を優しく撫でて慰めた。キリーも、落ち込む毬藻の肩に手を置いて励ました。


「毬藻、気にすんなって。椿には、俺からよくいっとくからよ」


 そこへ椿と入れ替えに、社長の刃無と白衣を着た女性が入ってきた。


「社長、それに楪さんまで……」


 サスケが二人と軽く挨拶を交わして、状況を説明した。


 歩とみゆきは、最初、刃無に連れられてきた女性が白衣を着ていたので、この大学病院の医師だと思ったが、よく見ると彼女の白衣は所々汚れおり、その白衣の下は、グレーのタンクトップにジーンズの短パン姿に、つっかけのサンダルと丸縁の小さな黒のサングラスをかけたラフな格好である。どう見ても医師という感じではなかった。


 彼女は、火のついていないタバコを口の端に咥えながら、ボサボサの髪を右の手でボリボリと掻きながら、刃無に付き従うように病室に入ってきた。


「椿は、相当怒っていたみたいだな。怒鳴り声が廊下にまで響いていたよ……。すまんなぁ、毬藻ちゃん。あの子は、決して君を憎くて怒っていたのではないんだよ。ただ皆を心配する気持ちが大き過ぎて、それがストレートに出てしまったみたいだなぁ……許してやってくれ」


 刃無が、毬藻にすまなそうに謝った。


「そんな、許すだなんて……わたしがすべて悪いんですから……社長に期待されながらこんな結果になって、本当にすみませんでした……」


 毬藻は、涙を堪えながら刃無に頭を下げた。


 病室にどんよりとした空気が充満すると、それを振り払うように刃無の後ろに控えていた女性が、手をパンパン叩きながら毬藻たちの話しを遮った。


「はい! はい! はい! あたしがわざわざ来たんだから、暗い雰囲気なんてやめてくれない? こっちが心気臭くなる! そんなことよりも、あたしはケガ人を治してさっさと会社に戻りたいのよ。――どの子? 賞金首を捕まえに行って返り討ちにあったジャリっ娘どもは」


 威勢の良い声で話す彼女は、百の眼楪(ひゃくのめゆずり、二十七歳)。ハンターズの情報関連と武器開発を一手に引き受けている人物で、ハンターズの頭脳の要となっている。


「百の眼の姐さん、珍しいじゃねえか。出不精のあんたがこんなとこまで出向くなんてよ。雨でも降るんじゃねーのか?」


 キリーが百の眼をからかって言った。


「ふん、うるさいわね! あたしだってこんなとこに来たくなかったわよ。だけど、椿に頭を下げられてお願いされたら来ないわけにはいかないでしょ!」


 百の眼は、少しふて腐れた様子で言いながら毬藻と場所を入れ替え、歩とみゆきとのベッドの間に腰掛けた。


「ほら、腕を出して」


 百の眼は、持ってきたアルミのカバンから医療用具を取り出し、歩の腕から注射器で血を抜き取った。同様にみゆきの血も抜き取る。


「挨拶が遅れたわね。あたしは百の眼楪、よろしくね」


 百の眼は、簡単に自己紹介すると、採取した血液をそれぞれ試験管に入れ、得体の知れない青い液体を加えて軽く振った。


 歩とみゆきが緊張した面持ちで自己紹介すると、百の眼は試験管を振る手を止め、丸縁のサングラスをずらして歩とみゆきの二人を交互に見つめた。


「ふーん、二人ともいい顔してるわ。これからが楽しみって感じね。期待しているわよ」


 くすっと笑顔を見せる百の眼は、持っていた試験管の中身をエンピツ型の金属製の筒に流し込んだ。


「はい、今度は首筋を出して」


 百の眼は、二人の日に焼けた首筋に消毒を施し、エンピツ型の金属製の筒を押し当てた。『プシュ』という空気の漏れるような音と共に、筒のペン先に当る部分から、さきほどの試験管の中身が一気に流れ込んだ。


「これは何ですか?」


 左手で注射された首筋を摩りながらみゆきが尋ねると、百の眼が胸をそらせて自慢気に言った。


「これはね、あたしが開発した医療用のナノマシンよ。この超極小の機械を体内に注入すると、人の持つ治癒能力を何千倍にも高めてくれるの。大抵のケガはすぐに治せる優れ物よ。――どう? もうケガは治っているはずだけど」


 百の眼に言われて、歩とみゆきは体を動かしてみた。


「あれっ? あれれれっ? うわぁ! ホントだぁ! どこも痛くないやぁ!」


 歩は、折れていた肋骨を包帯の上からさすり、ベッドの上に立ち上がって腰をぐりぐりと左右に動かして見せた。みゆきも、ギブスで固められた右腕を肩からぐるぐると回したり、ギブスから出ている右手を握ったり開いたりして痛みを確かめた。


「本当だ! 治ってる!」


 歩とみゆきは、驚いた表情で顔を見合わせた。


「もう一人、菊乃っていったっけ? あの子には、先にナノマシンを打っておいたからもう元気になってるはずよ。だから安心しなさい。――いっておきますけど、今回は、椿に頼まれたから特別に来たんだからね。あんたたち、あとでちゃんと椿にお礼をいっておきなさいよ。それから、あんたたちもっと腕を磨きなさい! 三人がしょっちゅうケガされたら、こっちはたまったもんじゃないわ。この医療用ナノマシンは安くはないんだからね」


 百の眼は、今度ケガをしたらナノマシンの治療代を請求するぞと、笑いながら二人を脅した。


「元気になってホントに良かった」


 刃無は、歩がベッドの上で準備体操する元気な姿を見て、顔をほころばせた。サスケもキリーも、嬉しそうに微笑んでいる。元気になった二人のおかげで、急に病室が賑やかになった。


 毬藻は、ベッドの上ではしゃいでいる歩の姿を見て、思わず苦笑した。


(歩ちゃんたら、泣いた烏がもう笑ってる。わたしもあれぐらい楽天的になれればいいのにな)


 毬藻は、椿に引っ叩かれた頬をさすりながら、心を締めつけられたように独り呟いた。病室の明るく和気藹々とした雰囲気とは裏腹に、毬藻一人だけ暗く沈んでいた……

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