自称普通の高校生は肉を食べてから街へ入った
「オーク旨っ!」
フルプレートの男--名前はベン・タワーさん二十八歳、プッタ辺境伯の施設騎士団で現在はアイリス護衛団の隊長さんだ--が叫ぶ。うるさい。
「初めて食べましたけど、美味しいですわね」
ヒラヒラしたドレスの少女--名前はアイリス・プッタさん一四歳、プッタ辺境伯の娘で本物の貴族だった。隣の領地からプッタの街までの移動中に先程の魔物に襲われたそうだ--も目を細めてオーク肉を上品に口に運ぶ。
どうやらこの世界、俺の前世の知識の世界で間違いないらしい。
というのも、俺は前世ではプッタ辺境伯領の開拓村で産まれたからだ。
俺が生きた時代の前なのか後なのかは詳しく聞いてないので分からない。
明らかに今の俺の姿はこの世界の人間の服装ではないからだ。
「そなたは転移者か?」といきなり聴かれた。年に一度か二度ほど別の世界から転移してくる人間がいるらしい。
転移してきた人間はこの世界の人間と比べて強くなりやすく重宝しているそうだ。
ひどい国になると無理やり奴隷にして死ぬまで使い潰したりとか。
バレバレだったので俺は隠すこと無く日本から来たことを話した。ただし、前世の記憶については話していない。レアケース過ぎて説明するのも面倒だったしな。
魔物を倒した手際や、オーク肉解体の手際なんかは普通の高校生なら誰でも出来ると説明しておいた。
魔物を焼却処分する時に出した魔法の火をみてアイリスちゃんは「やはり世界が違えば魔術も変わるのですね」と妙な関心をしていた。てか魔術ってなに?魔法とどう違うの?
そんな疑問を投げかけるとアイリスちゃんは快く説明してくれた。
この世界の魔術は魔法陣の書かれた護符を媒体に魔術を発動するそうだ。
しかし、俺が生きた時代には魔術なんて無かった。謎だ。
俺の使う魔法は、空気中に漂うマナを集めて身体に取り込んでから発動するんだが、アイリスちゃんに言わせれば、それは千年前の魔物の大発生の時に失われた技術だそうだ。
俺の生きた時代から千年後説が浮上し始めた。
魔物の襲撃で亡くなった護衛の皆さんの埋葬--焼却処分--を終えて、一緒に街まで同行することになった。
倒れた馬車を起こして--身体強化を使って一人で馬車を起こしたら二人にびっくりされた--、逃げた馬を探して--身体強化で五感を強化して探し出した--、乗り込んで出発。
ベンさんに馬車の御者をお任せして、俺とアイリスちゃんは豪勢な箱馬車に乗り込み色々とお話をした。
アイリスちゃん一四歳、魔物に襲われ命の危機をさっそうと駆けつけ救出してくれてた俺に感謝以上の感情が芽生えているのではないかと俺は推測している。
正直、いくら前世の知識があるとは言え、右も左も分からない世界で生きて行くには前途多難である。
ここれで逆玉に乗ってみるのも選択肢の一つとして考えても良いんじゃないだろうか?
そんな俺の邪な葛藤にも気が付かずにアイリスちゃんはキラキラとした目で俺を見つめ話を重ねてくるではないですか。
その姿が何故か妹の華子と被り俺は彼女を妹的存在でしか見れなくなっていた。
華子、兄ちゃん、ワルにはなれなぇよ……
そんな俺の心の葛藤を慰めるように馬車はカッポカッポと距離を伸ばし、二日の野営を経て森を抜け、草原を超え、街へと到着した。
プッタの街は辺境唯一の街で、周りを高い外壁で囲い、東西南北に設置された門で入場の管理を行っている。
これは前世の知識に有ったプッタの街と変わらない。いや、前世の知識の頃より大きくなっているかも知れない。
その証拠に、街には第一街壁から第三街壁まで存在した。一番内側にある第一街壁は俺の前世の知識にあった街壁で所々修繕された箇所が見られたり、修繕されたであろう箇所も長い年月が経過していたりして歴史を感じさせる佇まいだ。
そして第一街壁をくぐればそこは貴族街と呼ばれる身分の高い者たちだけが住まう地区となる。
当然、領主であるプッタ家の屋敷もこの地区にある。
そんな場所に何故俺がいるんだろうか?
前世ではただの辺境の村人だった俺が。今もただの普通の高校生の俺が。
「タロウさまは私の命の恩人なんですから当然のことですわ」
フンスと鼻息を荒くしてアイリスちゃんが両手を握りしめているではないですか。
俺はこれから来たるであろう重圧と厄介事にウンザリしながらアイリスちゃんの頭をナデナデした。