開戦前夜1
フィンが出ていったあと、アリサも自室に戻った。
メイドのミアを呼び紅茶を入れさせ、少しリラックスする。
『頭をクリアにしなければ』
そう思うもののなかなか気分は切り替わらない。
ベルの誇る天才が言うにはこの国は近々行き詰まるらしい。
そしてその原因は叔父ロキにあるという。
尊敬しているロキを悪く言われるのは、ひどく心外だったが、荒唐無稽なことをフィンが言うとも思えなかった。
「ミアはさ、ベルのことをどう思う?」
「はい?」
戻ってきてから考え込んで
いたアリサに、急に質問されミアは間の抜けた声を出した。
そしてちょっと考えてから
「好きですよ、もちろん」
と期待した通りの答えを返してきた。
自分より少し年上で少し天然の、とても上手に紅茶を淹れるミアをとても気に入っている。
公私共に良い友達。
こういった二人きりの時は、自然と口調も率直になる。
「そう、私も好き。街も人も全部。叔父様のことはどう思う?」
「素晴らしい方だと思います。ベルの繁栄はロキ様あってのこと、街でもそのように語られています」
カップを片付けテーブルクロスを換えながら、ミアは答える。
その姿を見ながらアリサはさらに質問した。
「フィンはどう思う?」
ミアの手が止まる。首をかしげて何事か考えたあと、ポンッと手を叩き、慌てて手のひらで口元を隠した。
「大変よろしいお相手です。年下ですが、しっかりされてますし。可愛らしい顔も宮廷では人気です。あと数年したら、背も伸びて釣り合ってきますよ。でもまさか、アリサ様がそんな」
『なにかひどい勘違いをしたな』
と思ったが、遅かった。
大変よろしいお相手、もちろんそんなことを聞いているわけではない。
ミアに特定の相手や想い人はいないが、やはり興味のある話。流れる滝のように言葉が続く。あまり興味のないアリサは適当に頷くだけだった。
しゃべり続けるミアに閉口したアリサがいい加減、話を切り上げようとしているとノックの音が鳴った。
「入ります」
凛とした声の持ち主が部屋に入ってきた。
助けを求めるようなアリサの目を見て、声の主の目も
『またか』
と感情を語っていた。
「姉さん、アリサ様がお困りです。妄想は良いけど、口に出してしまえば妄言。いつかそれなりの罰をうけるわ」
女性らしい体つきのミアに比べ、ミサはすらりと細身。顔立ちは凛々しい。
今もブラウスにベストとズボン、腰にサーベルをつけ、髪をく繰り上げて、後ろから見ると貴族の少年に見えるだろう。
「それにこんな可愛らしいアリサ様に男性など、釣り合いがとれないわ」
多少歪んだ面を垣間見ことはあるが、ミアよりは常識的だった。
「ねぇねぇ、ミサ。聞いて聞いて」
小走りで走りより嬉しそう耳打ちをするミアの手を取り、肩をすくめて
「もうそろそろお休みください」
と、ミサは部屋から出ていった。
ひとりになればまた今日の話が思い出される。
机とベッドのロウソクだけ残し、暗くなった部屋で資料を読む。
所々に朱がつけられ、問題点と疑問点、それに解釈がつけられている。
基本的な話は直接聞いたが、文字で読むとさらに理解が進む。
取れ高予想と実際に納税された穀物の差。
過剰といえる諸国交際費。
ロキ管理となっている多額の現金。
会計に詳しいわけではないが、補注を読んでいくと疑問点だらけになっていた。
「どういうことかしら?」
ただロキに聞けないことは、はっきりしていた。