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後編


――――3――――



「師匠、これやっぱ……付けてないとダメ?」

「あぁ? お守りだって言ってんだろ? ……気に入らないのか?」

「だって、寝る時とか、たまに首締まったりするんだもん、死ぬかも……」

「慣れろ。死にゃあしねぇよ!」

「ぶー……」

「あーもう、それは鍛錬の時に使うもんなんだよ。諦めろ。スグラ」

「……ちぇー、それより師匠。魔術教えてよ」

「あ? お前まだそんな事言ってんのかよ。お前にゃ才能ねぇって」

「そんなの、……やってみないと分からないじゃん!」

「あのなぁ……基礎の基礎である術も出来ないようじゃ、一般人と同じだっての。時間の

無駄。お前はお前にしか出来ないものがあるんだから贅沢言ってんじゃねぇーよ」

「けちー」

「いいか、お守りだ。お前を守ってくれるものだ。大事にしろよ」

「ちぇー。……はぁい」


「スグラ、お前シアンとキュレ、どっちが好きだ?」


「どっちも好きー」

「あらら、意外と大物になるかもな……」

「師匠、何言ってるか分かんなーい」

「まぁあれだ……鍛錬は二人の姉ちゃん達とも、ガンガンやれよ」

「僕もシアンとキュレと一緒にやっていいの? ……魔術出来ないよ?」

「お前は魔術を受ける側の人間なんだよ。 全部受け止めきっちまってて、あの二人に参

ったって言わせてやれ」

「喧嘩はよくないよー」

「ばか、違えよ! いざとなったらお前がアイツ等を守れるくらい強くなれって事」

「うん、大丈夫。僕皆を守るよ」

「よしよし……。そんでもってそのお守りだが……。

 もし壊れたりしたら、すぐに俺に見せろよ。すぐに直してやるよ」

「でも、師匠ー。師匠が家に居ない時はー?」

「その時は……――」



▼△▼△▼



「スグラ! ねぇ! ……スグラったら!」

 聞き覚えのある甲高い声が耳元で響く。

「……う、うーん……」

「スグラ! ああ、よかった……。目が覚めたのね。……みんな無事でよかった……」

 キュレが涙目になっている。

「みんな……? ん……あ、そうだ! シアンとクニルは?!」

「大丈夫、無事よ。一番ひどいケガしてるのはスグラなんだから」

「へ? 怪我? いっ、つぅ……」

 両腕に鋭い痛みを覚える。恐る恐る視線を降ろすと両腕とも包帯でぐるぐる巻きにされ

た状態だった。

 力を込め動かそうとしたが、だらんとしたまま自分の意思を聞いてくれる様子はない。

「くぅ、ダメか……。キュレ、……シアンとクニルの様子はどうなの?」

「シアンは意識を取り戻してる。少し怪我してたみたいだけど大丈夫、今は隣の部屋で寝

ているはずよ。クニルさんは、まだ寝たままよ。

 衰弱してる様子らしいんだけど、身体に異常は無いみたいだから、そのうち目を覚ます

だろうってコアードさんが言ってたわ」

「そうか、少し安心した……って、あれ……ああ……リリィ……!」

「リリィ? 誰? ……そんな名前の子、この村に居た?」

「ええと……、そうだ、僕が倒れていた辺りに人と同じくらいの大きさの人形が落ちてな

かった?」

「人形? 私にはちょっと分からないかな。コアードさんに聞いてみたら?」

「あ、そうか……。ありがとう……キュレ」

 寝てる状態から腕を使わずに強引に立ち上がろうとするが、キュレに力ずくで止められ

てしまう。

「スグラ、ダメよ。あなたは今、安静にしないと」

 キュレにしては低い冷静な声で真っ直ぐと視線を捉えたまま動きを静止されてしまう。


「ごめん。でも、すぐに行かないと。リリィが、リリィが殺されてしまう!」


「…………」

「…………」

 無言で見つめられるが、視線をキュレから外す事はしなかった。

「……はぁ、しょうがない。分かった。ただし、もう止めないわ。

 ただし……私が付き添う事が条件。いいわね。

 それと、何が起きたかをちゃんと話して」

「うん、……分かったよ、キュレ」

 肩を貸してもらい身体を引き起こす。

「おっと……」

 ダメージが腕以外にも蓄積しているらしく、立ち上がってすぐにフラついてしまった。

しかし、すぐにキュレがしっかりと身体を支えてくれた。

「まったく、無茶するんだから……。コアードさんを探すんだったわよね?」

「そうだね。早く、しないと……」

「たぶん祠に居るんじゃないかな? 何か用事があるとか言ってたわ」

「……すぐに祠に向かおう」



▼△▼△▼



 あれ? あたし、どうなっちゃったんだっけ?

 たしか……水晶が壊れて……。


 封印が解けちゃったんだよね。それからスグラとちゃんとお話をした……。

 そのまま消えるつもりだったんだけど、スグラに手を掴まれて……。

「オル、そっち持て」

「うん」

 うーん、よく思い出せないな……。

 というか今、何か点…声、した? 聞き覚えがあるような無いような……。

「こいつ、こんなに軽かったんだな……」

「こうも軽いとさっきの話、本当なのか疑問」

「事実だ。こんなのが居るようだと、この祠自体も一回調査せんと」

 祠? ああ、そうそう。確かスグラが襲われてて、何だっけ?

「こんな化け物みたいな人形が居る事自体、まともじゃねぇしな」

 ああ、そうだ。キリングドールがスグラを殺そうとして、水晶割っちゃったんだよね。

そのおかげで私が水晶から外に現界しちゃって……。


 人形? 人形……。ああ、そうか。 あたしが人形に――。


「いくぞ、せーのっ……」


 どさっ――。


 あいたっ……。ちょっと痛いじゃないのっ! ……って声出てないな。

「見た目はだいぶ変わってはいるが、こいつがあの……スグラ達を襲った人形なのは間違

いない。どういう原理で動いているかは全くもって分からんが、壊す事も燃やす事も出来

ん。 魔術的な何かで動いている事は間違いないんだけどな……。

 ゴニアの奴に聞いてみても、何かは知らないと来たもんだ。俺らではもうどうしようも

ない代物だな……。

 せめてこんな時に、フラカの野郎が居てくれると良かったんだが……」

 ボスッ……ドシャッ……ジャッ……。

 何か身体の上に被せられてる? ちょっと重いんだけど。

「あのリリィとか言ったか、あいつがこの人形の事を知ってるようだったんだが、居なく

なったヤツの事を言ってもしょうがないんだがな……」


 いるよー。あたし、リリィだよー。って何で声出てないの?


「せめて、すぐに危険な状態になるのは避けたいんだよ」

「うん、だから埋めるんだね」

 ん? 今、埋めるって言った? そういえば何か土臭い……。

「ああ、いつ急に動き出すかも分からん。しばらくは祠には誰も近づけさせないようにせ

んとな」

 ボスッ……ジャリッ……ドスッ……。

 重い、重いって……あ、ちょっと光が見えてきたような……。


 ドシャッ。


 ああああ、一瞬で真っ暗に……。やっぱり、埋められてる?

 って、口に土が入った! ざりざりしてるっ!


「……むー……」


「ん? オル、……今何か言ったか?」

「何も。」

 どんどん二人の声が遠くなって行ってる。うーむ……この状況はあんまりよろしくない

な。身動きが取れないのは辛い。

 ただ、感覚は戻って来てるみたいだし……あたしが動けるようになれば、こんな土くら

い……。


 ってあれ? これ手足縛られてない? んんんんっ!! 全然外れそうに無いない。

 マズイ、これは非常にマズイ……。どうしよう、どうしたら……。


「スグラ……助けて……。一人は、もうイヤだよ……」


 真っ暗な世界で、今更たった一人で生きていける自信なんて無い。



▼△▼△▼



「コアードさん! オルさんも……」

「どうも」

「おおっ! スグラ! ……身体はもういいのか?」

「ええ、何とか。……それよりも、リリィを見ませんでしたか?」

「リリィ? ここには人形しか居なかったぜ」

「……その、……人形は?」

「たった今、――そこに埋めたところだが?」

 背後にコアードの親指で示された先には、コアードの身体よりさらに大きな岩が鎮座し

ている。

「わあああああ!! それが、リリィなんですよ!」

「はぁ?」

「リリィ! 今助ける!」

 まったくいう事を聞かない両腕を体を捻る事で振り回し、キュレの静止をほどき、石に

体当たりを掛ける。――が、まったくびくともしない。

「スグラ! お前何してんだっ!」

「……コアードさん、事情は私が後で説明します。ですから、あの岩どかしてしまっても

いいですか?」

「しかし、だな……」

「大丈夫です。あの人形はもう人を襲ったりしません。スグラが無力化しています。フラ

カが作ったあるアイテムを使ったらしいんです。

 でも、それきちんと管理しないと不安定なものだし、スグラしか扱えない物で……」


 もちろん大嘘だ。師匠が作ったアイテムなど使ってない。


 だが、スグラの能力を隠しながら、コアードとオルを納得させるにはフラカの名前を出

した方が、より正統性を増す事をキュレは知っている。

 その上、キュレ自体の信用度が高いのだからもちろん説得力も高い。

「……危険は無いんだな?」

「はい、大丈夫です。私を、信用してください」


 にっこりとキュレが微笑む、それが決定打となった。


「……分かったよ。おい、オル、この岩、どかすぞ」

「うん」

「私も手伝います」


 両腕が使えないスグラがオロオロするなか、コアード、オル、キュレの三人が岩を押し

どける。

 岩の真下にあたる場所を、二メートル近く三人掛かりで掘り進めると変化に気付く。


「……むー……」


「い! 今、声したよな?」

「はい、あ、何か見えてるわ……。あれは、指?」

 そう言うとすぐにキュレは人一人が余裕で入れる穴の中に飛び降りた。

「このまま掘っちゃうと、シャベルでリリィが怪我しちゃうかも……」

 あごに親指を当て、思考を巡らせるキュレだったが……。

「ちょっと痛いかもしれないけど、いい子だから我慢してね」

「……むー? んんっ!」

 縛られた手首を右腕で掴み、強引に引っこ抜こうとするキュレ。

「痛い! 痛いから! 痛いってば! いたたたたたっ!!!」

「もう少しなんだけど、なっ! ……あ、抜けた――。」

 土砂の中から泥まみれの人が引っこ抜かれた。勢い余って放り投げそうになるが、上手

くキュレの腕の中に納まる人形。

 その姿は悲惨なもので、頭には所々裂けた黒い袋が被され、首あたりを雑に藁の紐で縛

りあげられている。

 後ろ手の状態で手足も縛られている為、身動きなど取れそうも無かった。

 服などは着せられてもおらず全裸のまま、おまけに身体中は泥まみれという状態だ。

「……ちょっと待っててね」

 地上に戻ってきたキュレは手足の拘束と顔の袋を丁寧に取り除いた。

「ぷはっ! もうちょっとやさしくしてよっ!」

「リリィ! 良かった! ちゃんと出来たんだ! 消えてないよ!」

「あ、スグラ……」

 抱きしめようとしたが、腕が上がらないのを忘れていた。

「あはは、……ダメだなぁ……腕上がらないの忘れてた」

「……その腕、あたしを移す時に……」

「ごほん、ごほん! ほら、リリィ? あなた泥だらけじゃない! 身体洗って来ないと

ダメね、それに裸だし」

「あ、うん。でもあたしは平気だよ」

「だ め な の!」

「……はい」

 笑顔で威圧をするキュレに対し、言葉を引っ込めるリリィ。

「……どういう……事だ? 見た目が、……変わっている」

「そう、……だね」

 目の前の光景が何が起こっているのか理解が追いつかず、コアードとオルが二人して目

を白黒させている。

「コアードさん、裏の家に置いてある服、使ってもいいですか?」

「【祈祷の間】のか……。おう、使っても大丈夫だぞ。

一応今朝、用心の為と思って【祈祷の間】も危険が無いか確認しておいた。問題はない。

 それと聖殿祭のしきたりやらなんやらは、ここの祠の調査が完璧に終わるまでは一端中

止ということになった」

「分かりました。ありがとうございます。

 じゃあ、私が連れて行きますね。スグラも付き添いで、来て」

「分かったよ」

「……うん」

 ぶらんと垂れたスグラの右手の人差し指を少女の手が軽く摘まむ。不思議と痛みは感じ

ず、そのまま三人は歩き出した。

「おい、リリィ……」

 後ろからコアードに声を掛けられ三人同時に振り返る。

「その、何だ……すまん」

「……別にいいよ。普通、人間はそうすると思うから」

「ッ! ……――そう、か」

 言葉を返す事が出来なくなったコアードとオルを残し、今度こそ三人は【祈祷の間】へ

と移動した。



▼△▼△▼



「ちょっとキュレ、冷たいんだけど。泡が目に入って痛いんだけど……!」

「ちゃんと目、瞑ってなさい。冷たいのは、……我慢しなさいな」

「うー」

「はいはい、暴れないのは偉いわよ」

「この身体じゃ、……キュレには勝てそうもないし」

 祠の裏、【祈祷の間】に流れる小川のほとりに腰を掛ける二人。

「あら? そうなの?」

「……そもそも、あたしは……スグラの家族に、手を出す気がない」

「ふふふっ、最初から、そう言いなさいな」

「……もー! スグラはどこ行っちゃったのー!」

 頭をブンブンと振りまわし、今の感情を表すがキュレはまったく気にした様子もなく微

笑んだままだ。

「スグラお兄ちゃんはあなたの着れる服を探しに行ってるの。帰ってくるまでに綺麗にし

ておこうねー」

「……ものすごーく、……子供扱いしてない?」

「そんな事ないでちゅよー」

「してるじゃん!!」

「ふふふっ、だってリリィ、可愛いんだもの。これくらいは許してよ」

「可愛い? キュレって、感性が変なんじゃない?」

「そうかしら? シアンも同じ事言うと思うけどなぁ。もちろんスグラも。はいリリィ右

腕上げてー」

「可愛い? あたしが? ……変なの」

 水浴びをしながら身体の汚れを流していくリリィ、ただキュレが体の隅々まで洗い回し

ているだけだが、リリィは対した抵抗も見せずに受け入れていた。


「そういえば、さっきのあれってやっぱり魔法なの? 傷だらけで動かなかったスグラの

腕、みるみる治しちゃったし」


「魔法……みたいなもんだよ。あたしの能力でスグラの怪我してる所の細胞を活性化させ

て完治させたんだ」

「細胞の活性化、ねぇ……。治癒魔術みたいな物と思っていいのかな? そもそも治癒魔

術自体がレアな代物だからあまり想像がつかないわ。」

「あたしは、エネルギーと呼ばれる物なら何でも魔力に変えちゃう訳、もちろんその逆も

出来るんだよ。そういう訳だから、あたしの魔力をスグラの腕を治すエネルギーに変換し

た、って思ってくれたら分かるかな?」


 歩いてここに来る途中、スグラの腕に治療を施したリリィ。

 やったことは、お互いに向き合い両手を繋ぎ目を閉じるというもの。それを目の当たり

にしたキュレは驚きを隠せなかった。

 スグラの言葉を一〇〇パーセント信じている訳では無かったキュレは、この動いて喋る

人形がシアンを傷つけた事に警戒もしていた。だが、中身はこのリリィが倒してしまった

上、今この人形の中に存在するのはリリィという複雑な状況が少しずつ慣れていった。

 そして、何よりこのリリィという少女と話すうち、危険性が無い事を自覚していった。


「ふぅん、何となく分かったわ。リリィは優しいのね」

「そう? 初めて言われた」

「ふふふ」

「うん、やっぱキュレは変だと思うな」


「キュレ、こんなのしかなかったんだけど……。うわぁっ!!」

 リリィ用と思われる服を抱きしめながら走ってきたスグラが派手に転んだ。

「ん? 何してんの? スグラ」

「ちょ、前! 隠して! 前!」

「キュレ。スグラが何か変だよ? 顔赤い」

「あはは……スグラ、服そこに置いて、ここは私に任せていいから……まだ時間掛かると

思うし、コアードさんに今後の事を聞いて来なさい」

「う、うん。任せる」

 脱兎の如くその場から逃げ出すスグラの後ろ姿を二人が見送る。



▼△▼△▼



「スグラ……。あれは何だ?」

 【祈祷の間】から戻ってきたスグラに対し、出会い頭に質問を投げるコアード。

「よくは分からないです……。ただ、リリィ自体に敵意は無いと思います。」

「……そうか、そうだよな……」

「一つ言える事は、僕とクニルに襲いかかって来た人形からリリィは身を挺して守ってく

れたんです」

「……悪い奴じゃ、無いんだな」

「ええ、それは間違いないと思います」

「分かった。俺はもう、あいつを疑うのを止める」

「そう、ですか……」

 安堵の息が漏れた。

「……オルさんは?」

「僕は、コアードがいいなら、いい」

「はぁ……」

「……まぁ、元からこんな奴だ。気にするな」

「分かりました。それで……これからどうするとか、何か決まってたりするんですか?」

「決まっている事はこの祠の徹底調査くらいだな。今日起きた事は全て村長には伝えてい

る。ただし、村民にこの事実を知らせるにはまだ早い。

 この事を知っているのはスグラの家族、村長と俺とオル、そしてクニルだけだ」

「……ゴニアさんにはまだ何も知らせて無いんですか?」

「ゴニアには、断片的には伝えてある。だが後で俺が言っておくよ」

「お願いします」

「なるべく大事にはしたくないんだ。しばらくは苦労を掛けると思うがよろしく頼む」

「苦労、ですか? そう、守護者であるお前が村をうろつくのはあまりいいもんじゃない

からな」

「ああ、そういうことか」

 普段祠から離れないはずの守護者であるスグラが普通に村を出歩くのは、村の人にとっ

てみたらそこにスグラが居るだけで不審に思われる、という訳だ。

「クニルの事は任せておけ、ゴニアも居る。アイツが上手くやってくれるだろう。あと言

い辛いんだが……」

「何です?」

「出来ればスグラにはここの【祈祷の間】の家で生活して欲しいと思ってる。もちろんこ

この調査が終わるまでの間だけだ」

「何もなければ、そういう生活でしたからね。いいですよ、分かりました」

「すまん、恩にきる」

 普段では見たことの無いような硬い表情のコアードが頭を下げている。

「いえ、それくらいなら大丈夫です」

「よし、じゃあ俺はゴニアと村長を交えて今後の話を決めてくる。聖殿祭の過去の話なん

かも調べにゃならんが……その辺はお前達にも手伝って貰うかもしれんから、その時はよ

ろしく頼む」

「分かりました」

「オル、ここの俺が居ない間は、ここの警備は任せるぞ」

「うん」

 それだけを言い残し、コアードは足早に祠を後にした。

「大変だったね」

 珍しくオルの方から話掛けてきた。

「え、ええ、まだ混乱しています。結局何も出来ていないし……」

「そうだね。でも君はコアードにも、僕にも頼りにされている事を自覚していて欲しい」

「頼りに……ですか」

 無表情の青年からの思わぬ告白を受け、驚いてしまう。

「そう、混乱しているのは皆同じ。だけど君はこの事態の中心に居る、たぶん僕らが知り

えない事も無意識に見ていたり、感じていると思う。だから僕らに力を貸して欲しい」

「オルさん……」

「ダメかい?」

「いえ! 僕に出来る事なら」

「そう、よかった」

 青年の口元が少しだけ緩くなったように見えたのは微笑んでくれたからだろうか。そし

てすぐにいつもの無表情に戻る。

「これ、そこに落ちていた物だよ。君に預けておくよ」

「これって、人形が使っていた細剣……」

「そうらしいね、僕は実際に見た訳じゃないけど、コアードの大剣を受けても壊れなかっ

たらしいじゃないか。結構良い物かもしれない」

 自分が殺されかけた武器を手に取り、今朝の事が頭を巡る。

「今は危険では無いと思うけど、何があるか分からない。用心の為に」

「はい、ありがとうございます」


「おーい」


 振り返ると、手を振っているキュレとリリィが見えた。

 リリィは薄手の淡い白のワンピースを着ており、ほんの先ほどまで、全身泥だらけだっ

たようには思えなかった。

 黒味が強い赤い髪に灰色の瞳と、人形に入る前のリリィの姿とほぼ同じであったが、髪

の長さだけが少し短くなっているようだ。

「キュレに綺麗にしてもらったよー」

 何故か嬉しそうに一回転をするリリィ。

「……この子が、さっきの人形?」

 感情の乏しいオルがあからさまに複雑そうな表情をしている。

「やっぱり、女の子は綺麗にしておかないとね。ところで、今からどうするって話は出来

たの? コアードさんは居ないようだけれど」

「うん。大まかには決まってるよ。祠の調査が終わるまでは今回の事件は村民には内緒っ

て事と、調査が終わるまでは村の混乱を避ける為、僕がここで待機って事くらいかな。あ

と少し手を貸して欲しいとも言われた。」

「ふむ、なるほどね。ここの調査っていうのは、いつからなの?」

「その話はしてなかったな……。コアードさんは村長とゴニアさんを交えて話をするって

言ってたから遅くはないと思うんだけど」

「つまり、今決めてる感じなのね。あともう一つ、手伝って欲しい事って何か具体的に聞

いた?」

「……たしか、聖殿祭の過去の話? とか言ってたよ」

「どんな風に言い伝えられたとか、始まりはいつか、とかかしらね」

「もっと他にあるかもしれないけど、たぶんそんな所だと思うよ」

「だいたい分かったわ。今は何かする事がある訳じゃないみたいだし、一度家に帰ってシ

アンの様子を見てこようかな。それと……リリィはどうしたい?」


「あたしは……スグラと一緒に居ないとダメだから」


「へぇー……。分かったわ」

 キュレがニヤニヤとした表情をしながら、口を押えスグラに視線を向ける。

「リリィの事はスグラに任せるわね」

「りょーかい」

「それと、これ」

 今朝シアンが持って来ていたパンを渡す。

「今はこれで勘弁してね。後でバイト先から今日の夕飯持ってくるから、ちょっと待って

てね。」

「そういえば、今日はまだ、ご飯食べてなかったな……」

「それじゃ、また後で」

 手を振りながらその場を後にするキュレ。

「それじゃ、僕も門のところ見張る。だから君らは【祈祷の間】で休んでおくといい」

 そう言うとオルは返事を待たずに門へと歩いていってしまった。

 

「それじゃ、僕らは【祈祷の間】の家に行こうか。リリィはパン食べれる?」

「うん、ありがと」

 渡したパンをもしゃもしゃとリスのように頬張りながら【祈祷の間】へと向かう二人。

 歩いていく二人の影は長く伸び、家に到着するころには、夜になっていた。



▼△▼△▼



「うわっ!」

 それは日課である夜の鍛錬中に事件が起こる。

「おお、綺麗だね」

「ちょっと、……光が強すぎじゃない?」

「言ったでしょ? スグラの力の封印が解かれちゃってるって。今は慣れないかもしれ

ないけどやり方とかは同じなはずだから上手く使いこなさないとねー」

 スグラの手のひらには煌々と青白く輝く法玉が握られている。

 いつもと同じ手順で練石をしようとしたが、いつも首から下げていた水晶はもう無い。

左手は開いたまま、右手には小石を握りしめるという事で試しにやってみたのだが……。

「それに今は夜だから、ランプの変わりになっていいんじゃない? よく見えるよ」

 隣から呑気な感想が聞こえる。

「あのねぇ……」

「あ、扱いには注意してね。この法玉、純度が高めだから少しの衝撃で爆発しちゃうよ」

「いっ! うわっとっと……」

 手を滑らせ、落としそうになった所をリリィに拾われる。

「元がその辺の小石だからねー。……こんなもんでしょ。……あーん」

 手にした法石をそのまま口の中へ。

「ちょっ……何してんの!」

 茫然のその光景を眺めることしか出来なかった。

「んくっ……んはぁっ。何って、人間で言うところの食事だよ。言ったでしょ? 私は

スグラからしか、直接魔力が吸えないって」

 法玉を丸のみにしながら、何事も無かったように会話を続ける。

「今のが、リリィにとっての食事って事?」

「そうそう、あたしの動力源は魔力だからね。普通の食事からも魔力を絞り出す事が出来

ない訳ではないけど、少量だけなんだ。

 あと、普段はこの姿で居る時でも少し魔力が流れ出ちゃってる。補給しとかないとね」

「それじゃあ……」

「ん? スグラが近くに居る限り、消える事は無いよ。元の姿で現界しちゃってると、魔

力の消費も凄まじいんだ。

 だけど今みたいに何か器の中に入っている状態であれば、普通に動く分には少ししか消

費されない。

 こうやって簡単に補給も、垂れ流しのあたしの魔力も、スグラが全部吸ってるし。」

「いっ! ……そんな……」

「この人形に封印された時、スグラの力を封印していた水晶は壊れちゃったからスグラの

力は開放されてるみたいだけど、その他の契約は自体は水晶の時と同じ感じだよ。

 スグラは知らなかったかもしれないけど、水晶の中に居た時もあたしは魔力を放出して

いたんだ。その放出した魔力をスグラが吸い取って、それをまたあたしに返してくれてい

た。そんな感じで循環してたんだよ。」

「えぇと……混乱してきた。つまり?」


「魔力をあまり持っていない一般人から無意識に魔力吸っちゃう可能性のあるスグラだか

ら、その人達に迷惑かけたくなかったら、肌身離さずあたしを近くに置いてね。

 って感じかな?」


「ははは……、よく、分かったよ」

『あたしは、スグラと一緒に居ないとダメだから』

 さっきの言葉の意味をようやく理解した。己が消えない為、スグラ自身の力の暴走を防

ぐ為、二人は一緒に居る事で、今まで上手く生きて来れていたのだ。

 どちらかが欠ける事になれば、いずれは二人ともこの世から消えてしまうような、危う

さをずっと持ち合わせている事に気付きもしないまま、奇跡のバランスで今まで生き延び

てこれた。

 もちろん、スグラを生かす為にフラカが存分に力を奮ってくれたのは疑いようのない事

実であった。


「……――お守り……かぁ……」


 膝を抱えながら、空に浮かぶ月を眺める。

「どうしたの? どこか痛いところでもあるの?」

「いや……僕はいろんな人に、生かされていたんだなぁって……実感したところ」

「よく分かんない」

「……リリィにもありがとう。って言わないとダメだな。って事」

「……どう、いたしまして?」

 首を傾げながらも律儀に返事がくる事に苦笑しながら、練石を続けようと別の小石を右

手で拾い上げる。

「リリィは後、何個くらい法玉が必要?」

「んー、あと二個くらいかな」

「分かった。」

 もう一つ別の小石を左手で拾う。

「集中、集中……」

 両手で握りこんだ小石に魔力を流し込む。腕の中を力が流れるイメージを浮かべ今の己

の姿に重ねていく。


 カッ! っと白い光が両手の指の隙間から溢れ、周りを照らす。両手を開くと手のひら

には鈍色の石から光る法玉に変貌を遂げた物が二つ。

「よし。はい、リリィ。どうぞ」

 リリィに手渡すと、そのまま口に含み、綺麗に飲み込んでしまった。

「ふぅ、ありがとね」

 心なしか満足そうに見えるリリィの表情に、スグラも何故か安心していた。


「リリィ、知ってたら教えて欲しいんだけど、ここの祠って、何なの?」


 この場所について、改めて何も知らない事が露見した。スグラが勉強不足だった事もあ

るが、長年守護者を務めていたコアードでも、人形の存在は知らなかったのだ。

 伝承に伝えられている事以外に、別の理由でこの施設が建てられている可能性が強いと

思えた。

「んー、あたしが見た感じで言える事といえば……」

 少し考え込んだ後に言葉を続ける。


「人間からずっと魔力を吸い出して、貯め込み続ける【施設】……って言えばスグラは分

かり易いかな?」


「――魔力を、……貯める?」

 背筋が冷たくなるのを感じた。

「巫女さんがここの【施設】で魔力を吸い出される道具とされて、祭壇に近づく事で随時

魔力吸収して行く感じかな。大きな球体の【法珠】があったでしょ?

 あれは【施設】が巫女から吸う力を増幅させる装置だったの」

「……ぐっ。」

 奥歯を噛みしめる。村を守る伝統だと思っていたものが、村民を騙してそんな事をして

いただなんて……。

「その【法珠】にスグラが触っちゃったから、壊れちゃったんだね。そしてスグラを襲っ

たキリングドールは文字通りここの祠の『守護者』として、攻撃を仕掛けて来た。

 【法珠】を破壊したのはスグラだったから、狙われていたのはスグラだったんだよ。

 巫女さんは【施設】と契約をしていたから、が魔力が底を尽きそうになった時、キリン

グドールは巫女から直接、魔力を吸おうとしたんだ」

「あっ」

 人形がリリィに捕まれた時に突然クニルが倒れた光景が浮かんだ。

「ま、その契約もスグラの力で強引に切ったんだけど……」

「……クニルとこの祠との契約? は解けてるって事?」

「そういうこと。あの子は安全だよ」

「はぁっ、……良かった……」

 今は意識が戻っていないという話だけは聞いていた。もしかしたらこのまま目を覚まさ

ないのではないかと不安で一杯だったのだが、リリィの解説のおかげで、肩の荷が下りた

気がした。


「話、続けてもいいかな?」


 リリィが真っ直ぐな視線を向けて来た事に少しドキリとする。

「う、うん」

「大体の説明はさっき言った通りなんだけど、一つ疑問が残るんだよね。ここからはあた

しの推測も入っているんだけど……この祠にはまだ何か隠されていると思っていいよ」

 また、背筋が冷たくなるのを感じた。

「魔力を吸収する装置は破壊した。【宝珠】だね。

 ここの祠を守る『守護者』であるキリングドールも倒した。でもまだ、見つけてないも

のがあるよ」

「……それは……まさかっ」


「そう、魔力を貯める装置」


「いや、でもそれはあの人形の中に直接魔力が貯まっていたんじゃ……。」

「それだったら、あたしがエネルギーを吸ったくらいじゃ、止まらないと思うんだ。現に

巫女さんから魔力を吸おうとしていたし」

「あ……」

 確かにあの時、人形はクニルから魔力を吸っていた。そのせいでクニルが倒れてしまっ

たのだから間違いない。


「つまり、ここの祠には、まだその装置が残っている可能性が高い」


「そういう事に、なるのか……」

「そうだね。それに、魔力を貯める装置っていうのはとても貴重なんだ。欲しがる輩は世

の中に沢山居ると思っていい。そういう意味ではスグラの能力がいろんな人に知れ渡った

ら皆、いろんな人達が血眼でスグラを探すんじゃないかな?」

「怖い事、言わないでよ……」

「くすくす。話を少し戻すね。今、この祠はとても高価で価値のある物が眠っている可能

性がある。そして、それを守る者も居ない。しかもその祠が祭られている村民すらその事

を知らないっていう状態なんだけど……」

「それって……危なくない?」

「うん、今ここは控え目に考えて……とんでもなく危険な状態だよ。この事が賊何かに知

られたら、すぐにでも襲撃されるだろうね」

「くっ……! すぐにコアードさんに知らせないと」


「……あたしは、今すぐに、誰かに知らせる必要は無いと思うな」


 意外すぎる一言で、思考が一瞬止まる。

「……え?」

「逆に考えると、今この考えまで行き着ける人間がほぼ居ないんだよ。その事を誰かに喋

ってしまうと、そこから漏れる可能性があるんじゃない?」

「つまり、リリィは……どうしたいの?」


「ん? あたしはただ、存在するだけで危険な代物だっていうなら……誰かが気付く前に

持ち出すなり、壊すなりしちゃえばいいって思ってるよ」


 とんでもない事を言い出すリリィ。


「それは、発想がすごく強引で過激すぎるような気が……」

「見つけ出すのは難しくないと思うし、壊すだけならスグラは適任だし、大丈夫だよ。何

も問題ないって」

「って……待って、もしかして……リリィは今からそれを探そうって言ってる、の?」

「お、察しがいいね。さすがスグラだ。」

 期待に応えてくれて嬉しい! ……みたいな満面の笑みを向けられるが、まったく嬉し

くない。

「大丈夫だって。今だって周りに人は……。祠の表の入口の門の所に一人誰か居るね。こ

れは……あのおじさんかな?」


 すらすらと口から出てくる単語に唖然とするしかないスグラ。


「……そんな事まで分かるの?」

「あたしの力で、今の状態なら……そうだな、五〇〇メートルくらいなら生き物と魔力な

ら探知は出来るんじゃないかな。

 もちろん、限度はあるし、距離が遠くなれば精度は落ちちゃうと思うけど」

「別次元過ぎるよ……」

「大丈夫。スグラも十分その域にいるから、気にしないで」

 今の話を聞いて何が大丈夫だと言えるのだろう……。

「そもそも、何でリリィは、その装置を壊そうだなんて思ったのさ」


「んー。スグラやキュレに危険が及ぶ可能性があるのが嫌だから、かな」


 意外すぎる答えに目が点になる。


「あたしが思っているだけなんだけど、スグラもキュレも大切な人間になっちゃった。

 たぶん話した事はまだ無いけれど、シアンもフラカもそうなるんだと思ってる。

 ……水晶に封印されてた時にスグラを通して見れていた世界が今のあたしにとっての生

きている世界なんだよ。

それが壊されるかもしれないって思ったら、あたしは全力で抵抗してやる」


「リリィ――……」

 そんな事を考えているのなんて、想像すらしていなかった。目の前に居る少女が思って

いる事は、友達や家族と呼べるような人の無事を純粋に祈っているだけ、その思考こそが

ただ純粋な人間そのものじゃないか。

「そういう訳だから、スグラにも手伝って欲しい」

「……――いいよ。……探そう」

「ホント? 良かった!」

 見た目は幼い可愛らしい少女が両手を突き上げ、月明かりの下でくるくると笑顔で回っ

ている。そのはしゃぎ様だけは年相応にみえる。


「それで、リリィはそれがどこにあるか分かるの?」

「うーん。それが特別強い魔力を感じては居ないんだよね。魔力を外に発しないように何

かで守られているのかも」

「正確な場所は分からないか……」

「この【祈祷の間】のエリアから行ける所だとは思うな。ずっとお祭りって続いてたんで

しょ? もし回収するつもりでどこか入口があるんだったら、人目に付く場所は避けたい

と思うし」

「そういう事になるのかな。誰にも見つからなくて、人が入れるスペース……。あっ」

「どこか思いついた?」

「あの人形が出てきた、でかい球体の水晶、【宝珠】があった所……とか?」

「じゃあ、そこに行ってみよう!」

 こうして、夜の祠探索が始まる――。


 

 二人で、壁に水晶が埋め込まれていた所へ移動する。



 じゃりっ、じゃりっ――……。暗い石畳上で硝子のような破片を踏みしめながら奥へ。

 祠の壁に元々どでかい【宝珠】が埋まっていた位置にぽっかりと空いた大穴からその中

へ入ってみる。

中は月の光が届かず、真っ暗。灯りを持って来ていなかったので、取りに戻ろうとしたら

『これでいいでしょ?』とリリィの人差し指に明るい炎が灯った。

 そんな光に照らされる暗い壁や、足元に目を凝らすが一見変わった場所は無いように思

えてしまう。

「スグラ、ここ触って」

「へ? 別にいいけど……」


 ビシッ!!――。


「うわっ! リリィ、何させるんだよ!」

「いや、魔術的なプロテクトを解くのって結構大変なんだよ?」

「そういう事を言ってるんじゃないよ!」

 スグラが触れた壁には紋様のような物が浮かび上がり、霧散するように消え去った。

「何怒ってるの? ほら、ここ。押したら壁ごと回転しそうだよ」

「もういいよ……。――ってこんな仕掛けがあったのか」

 壁に手を当てゆっくりと押す、壁が完全に回転し終わると目の前には地下への階段。

「この下に行けって事なんだろうね」

「たぶん……」

 コツンッ――……コツンッ――……。

 二人分の足音が暗闇の中で反響する。

 完全に密閉されているため、光源はリリィの指先だけだ。先にリリィに降りてもらいな

がら足元を照らして貰っている。

「結構長いみたいだ、下の階が見えない」

「空気も少し、ひんやりしてきたような気がする……」

 少しずつ、空気が重くなるような感覚に襲われ、自然と口数も減る。

 終わりが見えず、無限に続くように感じたが、実際にはどれほどの時間が経ったのだろ

うか? そんな事を考えていると、階段が終わりを告げた。

 少し歩くと、目の前に他の場所とは違う灰色の壁が灯りに照らされる。

「行き止まり? かな」

「ということは、目的の物がここに? リリィから見て、何か分かる?」

「この壁、魔力を遮断する力があるみたい。うーん――……。後はこの壁で四方にに囲ま

れた空間があるみたいだね。その中、何があるかは見えない」

「うん、リリィの推測が正しければ、魔力を貯蔵する装置はこの中にありそうだね」

「そうだと思う。……あっ、椅子だ――」

「椅子?」

 祠の壁と同じ色で見落としがちだったが、祠の壁と同じ材質の石で造られた頑丈そうな

椅子がそこに存在した。

「もしかしたら、ここにキリングドールが座って待機していたのかもね」

 横目で見ながら、興味なさそうに呟くリリィ。

「スグラ、この灰色の壁、触ってみて。スグラなら、壊せる」

「うん――……。わかった」


 バシィッ!!――……。


 派手な破裂音を経て、壁の至る所に亀裂が入る。


「お、推測は当たってたみたい。この奥にこれまでで一番の強い魔力を感じるよ」

「……それ以外には、何も?」

 襲撃された人形の事を思い出す。

「いや――……。反応は特にない、かな」

「ほっ……よかった」

 安堵の溜息が漏れる。

「よいしょっと」

 パラパラと倒壊しかけていた壁にリリィが手を触れると、音も無く壁が崩れ落ちた。

 砂煙も上がらず瓦礫が音も無く勝手に地面に降りて行く。あっという間に目の前が開け

たのは、リリィの力によるものなのだろう。

「スグラ、あれって――」

 目の前に現れたのは模様の入った銀色の台座上に怪しく輝く赤い玉。

 その玉の中ではゆらゆらと紅いもやが蠢いているように見えた。

「これが魔力を貯め込む装置……」

「思ってたより小さいね、これは【輝石】の一種だね……」

 台座から林檎ほどの大きさの赤い玉をいきなりひょいと持ち上げるリリィ。

「ちょっ! リリィ…… いきなりはっ……! ――はぁ、何も起きないか」

 人形が起動して襲い掛かられる場面が一瞬脳裏をよぎったが、その心配は無用だったよ

うだ。

「ここの魔力を遮断する壁を壊した時点で、ガーディアンが居たら襲ってくるでしょ」

「……そう、だね」

 あっけらかんと言い放つリリィに、肩をすくめ脱力するしか出来なかった。

「それじゃ、地上に戻ろうか。あ、これスグラ触っちゃダメだよ」

「……何か危ないの?」

「うん、これは【輝石】と言って貯蔵の容量がそこら辺に落ちてる小石なんかと比べ物に

ならないほど沢山あるしこれ自身の魔力の純度が自体も高い代物なんだ。

 仮に起爆しちゃうと……この村ごと吹っ飛んじゃうくらいの魔力の量はありそうだよ」

「……――しっかり保管、よろしくお願いします」

「うん、壊すにしても……ここじゃちょっと危ないし」

「分かった……とりあえず、外へ出よう。

 ひとつ質問があるんだけど、いいかな?」

「ん? 何?」

「リリィはこの【輝石】を、どうするつもりなんだい?」

「願望としては全部取り込みたいんだけどね。さすがに丸呑みは身体的にキツそうだ」

「あはは、丸呑みかぁ……難しそうだね」

「だからと言ってサイズを小さく割ろうとすると……これ爆発しちゃうでしょ? 結構難

しい問題だなぁ」

「以外と処理が大変そうだね……」


 リリィにが人差し指の灯りで足元を照らしながら降りてきた階段へ向かう。


「見つけるのは意外と簡単だったね」

「危険な事が無くて良かったよ」

 目的を達成した事もあり、会話のトーンも明るい。

「そうなると、やっぱり処理が問題になりそうだね。その辺に捨てる事が出来ればよかっ

たんだけど……そういう訳にもいかないし」

「やっぱりスグラが吸っちゃうのが一番いいんだろうな……。あたしにとっても…」

「やっぱり、そうなんだ……」


 コツンッ――……コツンッ――……。


 密閉された空間に再び階段を昇る音が響く。


「外に出たら、少し開けたところで【輝石】をスグラの力で吸ってもらうかな」

「分かったよ。そろそろ外に出れそう?」

「もう階段終わるから、あと少し階段上ったら回転する壁の所だよ」

「ようやく地上に出れるんだね……」

 探索がようやく終わる事を確信出来たので足取りも軽くなる。


「……ん? ここの祠に誰か近付いて来てるね」

「……どういうこと?」


 空気が変わる。


「祠の入口に居る、あのおじさんの所に……誰か近づいているみたい」

「コアードさんのところに?」

「人間だね……魔術師……なのかな? 少し魔力は高めだと思う……。あたしは知らない

人だな…… ん? 何か様子が変」

「どうしたの?」

「法玉だと思うんだけど……魔力の高いアイテムを沢山懐に持ってるみたい」

「……何だって?」

「だから、法玉。爆破とかするつもりなのかな?」

「……爆弾として法玉を使うっていうのか……とにかくコアードさんの元へ向かおう!」

「うん」

 外に出たリリィの手にはしっかりと紅い【輝石】が握られていた。

 


▼△▼△▼



「こんばんは、コアードさん」

 薄暗い祠の門の近くで声を掛けられる。――その主には見覚えがあった。

「ゴニア……。何でここに」

 先ほどまで村長宅で今後の方針を話し合っていた相手が、何故か目の前にいる。ゴニア

がここに来るような事は話していなかったが……。

「いえ、元々この場所には用事がありましてね」

「そうか、さっきも話した通り……ここは今、あまり安全とは言えない状態だ。出来れば

立ち入って欲しくは無いんだがな」


「ふむ……やはり、そうなりますよね。分かりました」

「そうか、すまんな」

「いえいえ、構いませんよ」

 そう言うとゆっくり懐から小さなガラス瓶を取り出す。淀みない動きで蓋を開け、一気

に飲み干してしまうゴニア。

「……ゴニ、ア?」

 突然の行動に訳が分からず、コアードは名前を呼ぶことしか出来なかった。 


「あなたが……私の邪魔をするのなら、消えていてもらう事にします」


 ヒュッ――……。


 懐に忍ばせていたナイフを片手で掴み、そのまま投擲。


 ガンッ! ――。 

「ぐっ! ――ゴニア……てめぇ、何しやがる」

 体を翻して飛んできた刃物を躱すと、祠の壁にナイフが突き刺さる。

「おや、外しましたね。本能で避けたんでしょうか? やっぱりあなた、獣みたいです」

「答えになってねぇんだよ!」

 地面を蹴り、ゴニアに向かって突進するコアード。 

「野蛮ですねぇ……」

 ぶつかる直前に肩に手を置かれ、当てた腕を軸にひらりと空中に一回転しながら躱され

てしまう。

「ゴニア……」

「はぁ……、あんまり時間無いんですけどね……。

 まぁいいです。私はもうこの村に籍を置いておく必要もなくなりましたし……」

 コアードを冷たい視線で見据える。

「…………」

「そういう訳です。私の邪魔、するって言うなら大怪我くらいじゃ済みませんよ?」


「はいそうですか。……なんて言う訳ねぇだろ!」


 ガィン!


 ゴニアのナイフを大剣で受けるコアード。

「ふふ、甘いなぁ……」

 ジィィィィ!!! 異様な音を出しながらゴニアのナイフが大剣にめり込み、切り裂い

ていく。バターをナイフで抉るかのような滑らかさで、ゴニアのナイフがコアードの顔面

へ近付いてくる――。


「コアードさん!」

 スグラが叫びながら渾身の突進をゴニアに仕掛け、そのまま吹き飛ばす。

「ぐっ……チィッ!!」

 すぐに体勢を立て直し立ち上がるゴニア。

「邪魔ですね、スグラ君。君はいつも私の邪魔をする」

「ゴニアさん、貴方……何してるんですか……」

 細剣を構える。

 コアードの手にあった大剣はゴニアの手により、無残にも真っ二つに引き裂かれてしま

っていた。

「ふむ、二対一ですか。あんまり状況は芳しくないですねぇ……」

 距離を取るために大きく後方に跳ぶゴニア。


「でもまぁ、減らせば関係ないんですけど――」

 

 両手で懐からいくつかナイフを取り出し、そのまま投げつける。


 ヒュッ……ガンッ! 向かってきたナイフを細剣で叩き落とす。


「ぐぁっ!!」

「コアードさん!」

 後方からの悲鳴で振り返ると、コアードの右脚の脛にナイフが二本、深々と突き刺さっ

ていた。

「これで、一人は戦闘不能ですねぇ」

 ゴニアは心から楽しげにニヤニヤと笑いながら落ちているナイフを拾い上げる。

「なんで! こんな事するんですか!」


「なんで? それはですねぇ……」

 懐からもう一本ナイフを取り出し、後ろ手にナイフを構える。

「ここにある物を回収する事が私の仕事、だからですよ」

「……じゃあ、ここで巫女さまの魔力を吸い取っていた犯人って……」

「おお、鋭いですね。そうです、【私達】が魔力を【収穫】していたのですよ」

 ひどく歪んだ笑みを浮かべるゴニア。

「それって……」


「君達がいろいろやってくれたおかげで、【私達】の事前の計画とはだいぶ変わってしま

いましたけどね……。まぁ終わりよければ全て良しって、言うでしょう?」

「くっ、じゃあクニルは、妹のクニルの事はどうなんすか!?」

「クニルの事、ですか。あれは……――餌みたいなものですから」

「今……何て……」

 奥歯を噛みしめ、細剣を握る両手にも自然と力が入る。


「ああ、私には元々家族なんていませんし……。

 もちろん彼女は私の妹などではありません。【私達】が今回の為に用意した餌です。」


「なっ……餌……だとっ!」

「彼女の中の記憶では……私は兄ということになっていますよ。ここの【輝石】を回収す

る際にキリングドールと踊って貰おうとしてたんですけどね……。

 ところが……どこかの誰かが人形を破壊してくれたので彼女の役割、無くなってしまい

ましたねぇ。

 それに、もうこんな事態になってしまっていては、この村での【収穫】は諦めなければ

なりません。残念です」

「……お前――……」


「おやおや、スグラ君、そんなに怖い顔をしないでくださいな。こちらも計画通り行かな

くて落ち込んでいるんですから……」

 指で器用にナイフを挟みながら、手で目を覆う仕草をする。指の隙間から視線をスグラ

に向け口元が歪みニタニタとした笑みへと変わる。


「いいじゃないですかぁ……、元々どこぞの金持ちあたりに売られてしまう予定の可哀相

な子だったんです。私達の役に立てるだけで生きてる甲斐があったってもんですよ。

 それに彼女、可愛かったでしょう? いろいろ大変だったんですよ。ああなるまで調整

するのに苦労しました」

「……それ以上、喋るなぁぁぁぁ!!」

 

 ガァン!! 怒りに身を任せ剣を振り回すがナイフで受け止められる。


「……むっ?」

 一瞬でゴニアのニタニタ笑っていた表情が曇り、再び跳躍し距離をとる。

「スグラ君、あなた……今、何かしてますね……震動ナイフが通らないのは正直驚きまし

た。ふふふ……なんだぁ、少しは楽しめそうです……」

 腰のあたりへ手を伸ばし、片手で何かを取り出す。

「こんなの、いかがです?」

 胡桃のような形状の光る石を投げつけてくる。

ただ、飛距離が足りず、足元の地面に散らばるだけだった。


「では、お召し上がり下さい」


 カッ……――バァンッ!!

 胡桃のような石にさらにナイフを投げつけると石が激しい光を発し爆発した。

(爆、弾……法玉かっ!)

 気が付いた時にはもう遅く、爆発に巻き込まれ五メートルほど吹き飛ばされた。

 ゴニアに投げつけられ足元には二個法石が転がっていた。爆発する直前に咄嗟に法玉を

を掴み取り、一気に魔力を吸収、無力化する事に成功していた。


「あれ? 予想していたより火力が低いようですね、調整不足でしょうか。

 それとも……スグラ君、あなた……また何か、しました?」

 不敵な笑みを顔面に貼り付けながらじろりと睨みつけられる。

「――……」

 ドサッ……。遠くの方で何か倒れる音がした。

「まぁいいです。一人は退治、出来ましたし」

「コアードさん!」

 先ほどスグラと同じように攻撃され、身動きできないまま爆発をもろに受けてしまった

コアードが、黒い煙を上げながら膝をつき倒れる。

「この方は頑丈ですから、このくらいでは死にはしないでしょう。忌々しい」

「ぐっ……」

「私としては早く回収作業に入りたいのですよ……。

 なのでスグラ君、早くあなたもこの方と同じように倒れてくれません?」

 喋りながら、淀みない動きで無数のナイフを投擲するゴニア。

 その素早い攻撃に対し、スグラは逃げ回る事しか出来なかった。

 身体に当たる軌道のナイフは細剣で叩き落とし、それ以外については回避に専念すると

いう攻防が続く。

「やっぱりおかしいですねぇ、ナイフは超震動しているので、少しでも触れると抉り取れ

るハズなんですが……見事に叩き落とされてしまっている……。これだと時間ばかり掛か

ってしまっていけないなぁ」

 小さな小瓶を取り出し、また一気に飲み干すゴニア。

「はぁっ、はぁっ……」

 息が上がるスグラを睨みつけたまま、再び口元が歪む。

「投げてダメなら、やはり……直接、ですかね」

 

 ドンッ! 地面を蹴り、真っ直ぐスグラに向かって跳んでくるゴニア。彼の右腕にはし

っかりとナイフが握りしめられている。

 目線はスグラの胸を捉える。

 ゴニアの突進を止めるために振るった細剣の斬撃を軽々とかい潜り、スグラの心臓を貫

こうとゴニアの腕が真っ直ぐと突き出される。

(殺った!)その瞬間、ゴニアは勝利を確信した――……。

 カッ!


「あ?」


「リリィ!お願い!!」

 バァン!!! 目の前で何かが爆発する。

(法玉……!)

 心臓目がけて突き出したナイフの先には、細剣を持っていない方のスグラの手が横から

伸びていた。手のひらには胡桃型の青白く光り輝く法玉。

 ゴニアのナイフが法玉に綺麗に突き刺さり、そのまま爆発させた。

 至近距離での爆発をもろに食らい、全身を燃やされながら吹き飛んでいくゴニア。

 それに対し、スグラは割れた法玉を突き出したままの格好で立ち尽くしている。

「……どういう、事だ……!」

 ゴニアは顔面の右側を爆発で派手に焼かれ、右半身も酷い火傷を負っていた。

「どうして、貴様はァァ! ……無事なんだァァッ……!」

 同じような距離で爆発を受けたに関わらず、スグラはほぼ無傷である。


 普段からでは想像出来ない、獣のように感情むき出しのゴニアの問いかけに対し……。

「すいません。いろいろ事情があって」

「スグラ、そんなやつ、相手にしなくていいから」

「ぐぅっ!」

 うつ伏せで倒れているゴニアの背中にリリィが座り込み、どこから持ってきたのか縄で

ゴニアの両腕を縛り上げ、身体の自由を奪い取る。

「お前は……誰だ……っ! 離せぇ!! ……私の邪魔をするなぁ!!

 ……はっ……もしや、お前がその手に、持っているものは……【輝石】かっ!」

「これ、あなたが欲しがってた物なんでしょう?」

「返せ、返せぇっ!!!」

 じたばたと暴れるゴニルをさらに念入りに、無言で縛り上げる。


「リリィ! ちょっと来てくれ!」


 ゴニアが自由に動けない事を確認し、その場を後にするリリィ。スグラに駆けよると目

の前には足をナイフで貫かれ、身体中に酷い火傷を負いながら気を失っているコアードが

無残にも横たわってる。

「コアードさんのこの傷、治せないか?」

「うーん……あそうだ、スグラ。これ、少し吸えない?」

「【輝石】? ああそうか……」

「あたしがスグラに触れながらだったら、たぶんこの怪我、治せると思う」

「分かった。」

 左手に【輝石】右手はリリィの肩に。リリィは膝をついて座りコアードの身体に触れな

がら能力を行使する。

 スグラ、リリィ共に青白い光に包まれ、爆発により黒くなっていたコアードの肌の血色

が目に見えて良くなり、足の傷もみるみる塞がっていった。


「ふぅ、これでもう大丈夫だと思うよ」

「……よし、ありがとう。リリィ」

 笑顔を浮かべる二人。そこへ――。


 ヒュッ――カッ!!


 どこからか投げつけられたナイフが【輝石】に深々と突き刺さる。


「はははははっ!! お前等まとめて、死ね!!」


 後ろ手に縛られた状態で横たわり口から血を流しているゴニアが笑いながら殺意の籠っ

た視線をこちらに向けている。どうやら口でナイフを掴み、執念で投げつけたようだ。

 

「スグラ!」

「……うあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 左腕に力を込め、ナイフが突き刺さった【輝石】から精一杯魔力を吸おうとする。

 が――、爆発は止められない。

 指の隙間から光が溢れだし、周囲の温度が沸騰するように急激に上がり出す――。



 ゴゴゴゴゴ……ボッ……ボッ! ゴバァァァァァァァァアアアアアアアッ!!!!!



 凄まじい爆発音が鳴り響き、地震のように大地は揺れ、夜の闇の中で、一際明るく光り

ながら村全域から見えるほどの高さの火柱が立ち上がる。



――その高々と上がる炎の柱に祠全体が包まれ、燃やし尽くされる―― 





―――4―――



 あの爆発から一週間ほど日が流れ、ラフラの村も落ち着きを取り戻しつつあった。


 あの夜、轟音が響き渡り、外に出てみれば祠の方角に巨大な火柱が出現した。

 何人かが様子を見に行ったらしいが、見て来た者たちは声を揃え、


 『祠がなくなっている』と言っていたという。

 爆発の威力を物語るかのように地面が抉れ、ほとんどの場所がむき出しになっている。


 ただし、ほんの一部だけ抉られた地面が隆起しており、その頂上のみに祠の石畳と思わ

れる物が残っていた。

 その一か所だけ、その場所に祠があったと証明出来る唯一の物となっていた。


 文字通り、祠は跡形も残らず吹き飛ばされた。


 幸い、祠の周りの雑木林には引火などはしておらず、火事の心配はないという。

 また、巫女は奇跡的に怪我などはしておらず、村長の家で手当てを受けているとも伝え

られた。

 村の豊作を祈るシンボルが失われ村民は肩を落としたが、二日経って回復したクニルの

姿に村民ひとりひとりが勇気と活力を貰い、日常の賑やかさも戻りつつあった。

 爆発の原因については、村長、コアードを中心に調査を進める事が決定している。


「おい、オル。そっち持ってくれ」

「うん」

 祠近くの石畳の道。


 道に横たわっていた折れた木を二人で持ち上げ、【祠跡】へと運んでいく。

「せーのっ!」

 ドスン! と抉れた地面に木を放り込む。二人はこの行為を爆発後ずっと続けている。

 爆発の影響で祠周辺の木々が折れ、村から祠へと続く唯一の道が完全に塞がってしまっ

ていた。

 このままでは調査自体に支障出る為、木々を撤去しているという事なのだが、調査も何

も、祠自体が吹き飛んでしまって居る為、現地で調べる事は特に何か出来る訳もなく、唯

一出来る事と言えば村で保管されている古い文献を漁るくらいしか、現状は手を付けれな

い状況であった。

「ふぅ……」

「おつかれ、だいぶ減って来たね」

「ああ、この分だと後三日ってところだな」

 とは言え、木々が折れた悲惨なままの状況で放置する訳にもいかず、【祠跡】への道は

整備するべきだとコアード自身が思ったようで、オルを連れ連日撤去作業を続けている。


 道に横たわる大きな木に二人が腰掛ける。


「祠についての文献調査は、フラカさんとこの姉妹とクニルが手伝ってると聞いてる」

 オルが無表情で聞く。

「ああ、キュレとシアンが中心だな。村長も手助けはしているようだったが……別の仕事

に追われてあまり手伝えていないみたいだな。

 クニルは……ゴニアの店の切り盛りが精一杯だと忙しそうにしていたよ」

「……ゴニアさんの件、本人には?」

「……全部伝えてある。それでもあいつは『この村の為に何かしたい』って言ってくれた

んだよ。強い娘だ……」

 目を細め遠くを眺めるコアード。

「そう。それで……スグラ君達は……」

「あいつ等は……」

 言葉を飲み込むように一呼吸を置く、コアード。


「おーい」


 声がする方に二人して視線を送る。

 遠くの方で手を振りながら近づいてくる人物が二人。


「おお、スグラ。あの嬢ちゃんも……もう体はいいのか?」


「ええ、もう大丈夫です。ご心配お掛けしました。」

「おっす、おっちゃん。おっちゃんこそ、身体は大丈夫なの?」

「ああ、お前のおかげでピンピンしてる」



 あの爆発の瞬間、スグラが輝石の魔力を吸い付くし、爆発を避けようとしたが間に合わ

なかった。

 手に握り込んだままの輝石は確かにその場で爆発した。それは確かな事実だ。


 爆発に巻き込まれずに三人が生き残った。それはリリィの力によるものが大きい。


 【輝石】の爆発が発生した時、リリィはスグラの手からコアードが横たわる地面の範囲

の間だけ、リリィの能力で覆い尽くした。

 その上で、そこに受ける爆発の衝撃を全て能力で喰らい尽くしたのだ。


 その結果として、祠のほんの一部のみ爆発から耐えうる事が出来た。範囲外あった他の

物は全て、爆発により燃やし尽くされしまった。

 もちろん、スグラの能力によるところも大きく【輝石】の魔力を吸収していなかったら

村ごと吹き飛ぶ可能性もあった。

「お前らには……助けられてばっかりだな」

 頬を掻きながら、ばつが悪そうにするコアード。

「いいよ。『お互い様』ってやつでしょ?」

「そうです。僕に出来る事をしただけです」

「カッコ良く言ってるけど、スグラ……。その後すぐに倒れちゃったもんね。やっぱり鍛

えないとダメだよ。」

「う、そうします……」

 その場で笑いが起こる。

「えっと……村の人の様子はどうですか?」


 強引に話題を変えるために口から出た言葉だが、コアードの顔色を変えた。


「村民には真実は伝えていない。何せ……信じていた物に裏切られたんだからな。文献の

調査が終わっても、本当の事を伝えるのは危険だと、村長の判断だ」

「そう、ですか……」

 言葉に詰まる。

「それにな。クニルのヤツが、かなり力を貸してくれてな……」

「クニルが?」

「ああ……ゴニアに利用されていたことも、自分がどこの誰かなんてのも全部ほっといて

『何か私に出来ることは無いですか?』と来たもんだ。村のためを思って率先して村民に

声かけをしているよ。

 加護なんか無くても、みんなで協力すれば生きていけるってな」

「強いですね……凄いや」

「だな、あいつは凄ぇやつになるぜ」

「……ゴニアさんは……」

「…………」

 あの爆発を引き起こした張本人。ただしゴニアは自身で引き起こした爆発をまともに受

け影も形も残さず消えてしまった。

 おそらくは生きてはいないのだろう……。

「奴は姿を消して、行方不明になった。とクニルにも伝えてある」

「そう、ですか……」

 それ以上の言葉が見当たらず、視線を下げてしまう。


 パチン! と突然大きな音が響く。


 顔を上げるとコアードが両頬に気合いの張り手を入れていた。手のひらの痕が赤く顔面

に残っているが、その顔は清々しく笑っている。

「俺らもクニルに負けないように、ふんばらないとな!」

「うん」

 相変わらず冷めた返事のオルだが、助力は十分にしてくれるだろう。

「ああ、そうだ。……差し入れ渡しに来たんでした」

「おお、サンキュな」

 二人分の軽食と飲み物をコアードに渡す。

「さて……、僕もリリィもそろそろ戻ります」

「おう、ありがとな!」

「また」

「ばいばーい」

 軽い返事を交わし【祠跡】を後にした。



 二人並んで村長の家へ向かう帰り道。



「頼まれた、お仕事が終わったね」

「そうだね。仕事というよりお使いに近いけど……。

 早いところ戻って、村長の家でキュレ達のお手伝いをしないと」


「ねぇ、スグラ」


「ん?」

「すっごく今更なんだけど、なんであの時、あたしを助けようと思ったの?」

「あの時? ああ、それは――……」

 キリングドールと呼ばれる人形がいきなり現れ、命まで狙われるピンチに陥った。

 そのピンチを救ってくれたのがリリィ。もちろん僕にとっては命の恩人だ。


 恩人だから助けたかったのか? 見た目が小さな少女だったから助けたかったのか?


 ……たぶんそのどちらも違うと思う。


「リリィが目の前から消えてしまうのが嫌だったんだと、思う」

「へ? それだけ?」

「うん、たぶん……それだけ」

「……ふふ、はははっ……あはははははっ!!」

 リリィが立ち止まり、腹を抱えて笑い始めてしまった。

「そんなに笑うなよ……。僕、そんなに変な事言ったかな?」

「くふぅ……ふはっ! ダメだっ! 我慢出来ない……あはははっ!」

「リリィ? ……笑いすぎだって……」

「はぁっ……だって、スグラがあまりにも――……」

「あまりにも?」


「――出会った頃と変わって無かったからさー……。あー、笑った」

 どういう仕組みか分からないが、人形のはずのリリィがまるで人間のように涙を流しな

がら楽しげに笑っている。

 

「リリィ――……」


 その様子を見ていたら、前へ進んでいた足が自然に止まってしまった。

「君は最初からそうだよね。たぶん覚えて無いと思うけど……

 あたしとスグラが最初に会った時、スグラは死にかけていたんだ。それなのに君は助け

を請うことはせずに、あろうことかあたしの心配をしてくれたんだよ? 自分の命よりも

他人の心配をするとか、自己犠牲が過ぎると思うんだけどなぁ……ってね」

「あっ――……」

 知っている。スグラはその事をいつも夢で見ていた。

 何度も何度も同じ事を繰り返す夢の中で、いつも目の前で起きる、別の自分の話。

「その時のあたしは、研究所から逃げ出すのが精いっぱいでその後の事なんか微塵も考え

てなくて……、当然行く当てなんかも無くて……、魔力を使い切ってて……、もう疲れち

ゃっててさー……て誰にも知られず……野垂れ死ぬ、はずだったんだよ」

「…………」

 夢の中でのリリィの姿が浮かぶ、深緑色の外套をすっぽり被ったあの姿――。

 その時のリリィの心情を今初めて知った。

「なのに君と出会っちゃった。あたしが生きる事に諦めて死のうとしても、君はいつもそ

の事を絶対に許してくれないよね。

 あたしが死ぬのを二度も止めたんだよ? 毎回毎回……、気合入れて……、覚悟したの

に、……もう台無しだよ」

 くすくすと笑いながら楽しそうに話すリリィは、見た目の歳と相応の本物の少女のよう

に見える。その小さな姿からは想像も出来ないほどの事を経験して、これまでも生きてき

たのだろう。見た目とは裏腹にどこか達観した雰囲気をいつも感じていた。

「それは、悪い事をしたの、かな……」

「ホント困っちゃうよねぇ……だから、あたしは――ひとつ決めたんだ。」

 くるりと回転した後、スグラの正面に来る。少し屈みながら上目使いになるリリィ。


「スグラが死にたいとか、死にそうになったら、あたしが全力で止める。それまであたし

は生きる事を諦めないし。スグラも死なせない。いいね?」

「……ははは、分かったよ」


 一方的に告げられた誓いにも似た契約だった。


「だから、スグラにはもっと強くなって貰わないとあたしも困っちゃうんだ。

……鍛錬もしっかりしないとね」

「そこは、お手柔らかに頼みたいな……」

 リリィが向き直り二人が横に並ぶ。そのまま一緒に歩き出す。



▼△▼△▼



「んー! ……今日もあんまり進展は見られなかったわねぇ……」

 キュレが大きく伸びをする。言葉通りあまり状況はよろしくないようだ。

「こんなもんだろ。すぐに気付けるようだったら、もっと前に分かってたはずだしな」

 明らかに疲れの色が見えるシアンがいつにも増して低いトーンで続ける。

「でも、もっと頑張らないと……不安の種は残したくない、です!」

 語気は強めだが、クニルの顔にも疲労が窺える。

「…………」

「…………」

「…………」

 一同が顔を見合わせ一斉に溜息をつく。

「少し……休憩しましょうか。お茶でも入れてくるわね」

「あ! 私も手伝います!」

「いいから、いいから」

 キュレがその場を後にし、残されるシアンとクニル。

「…………」

「…………」

 気まずい……。お互いが初対面な訳でもないが、別に仲がいい訳でもない。

 少しの間、沈黙が流れる。

「……あー、その、なんだ……」

 重い空気に負け、シアンがぼそぼそと無理矢理話題を振ろうとしてる。

「クニルの兄ちゃんってゴニアなんだろ? どんな兄ちゃん、だったんだ?」

 (あれ、私何言ってんだ……これ地雷なんじゃ?)

 言ってしまった後に、背中や首筋に冷や汗をかきながら、それを悟られないように無表

情を貫く。

「私の印象、ですか……ゴニアは……正直記憶が曖昧なんですよね……意外と笑ってる印

象が強い気もしますね……。

 逆にシアンさんはゴニアにどんな印象を持ってたんですか?」

「うーん。ゴニアは……頭のいい人だと思っていたよ。話しながらも常に別の事を一緒に

考えてそうな雰囲気で、本心はいつもどこか置いてあって……何を考えているか分からな

いっていう印象だったかな」

 特に嘘を吐く訳でもなく思っていた事をそのまま伝える。

「本心……ですか」

 空気がまた少し重くなる……。

「あーあー……どんな奴だったにせよ、だ。ゴニアの店っていうのはラフラ村に無くては

ならない店であることには変わりないんだよ。

 そして、店主が居なくなった……これはラフラの村としても、だいぶヤバイ状況になっ

ている。そこにあんた……クニルがその店を継ごうって言ってるんだ。……私個人として

もあんたを応援したいと思ってるよ」

「あ、あはは、ありがとう、ございます。なんだか照れちゃいますね」

 顔を真っ赤にしながら目を伏せてしまった。

(よし、何とか暗い話題から抜け出せた……頑張った!私)

 一方シアンは表情にこそ見せないものの、心臓バクバクである。バレないようにクニル

との会話に臨んでいる。

「やっぱり、素敵ですね」

「んぁ?」

 不意を突かれた為、妙な返事をしてしまったが、クニルは別に気付いていないらしい。

「やっぱりスグラ君のお姉さんだなーって思いました」

「そ、そうかな?」

「いやー、スグラ君カッコイイですよね。普段は少し頼りないですけど、いざっていう時

は身を挺して守ってくれるし……」

「ああ、あいつは昔からそういうやつだよ」

「小さい時のスグラ君かぁ、見たかったなぁ……」

「スグラの小さいときは可愛かったなぁ……」

「いいなぁ……」

 シアンは小さい時のスグラを思い出しながら、クニルは想像上のスグラの小さい時を妄

想しながらお互いに緩んだ表情をしていた。


「はっ! ……時にシアンさん」

「え? 何?」

 いきなり現実に引き戻されて慌ててしまう。


「スグラ君って今、好きな人とか居るんです、かね?」

「し、ししし、知らないよ! そんなの!」

 あまりの驚きに椅子から転げ落ちそうになるシアンだったが、それはほっといてクニル

が続ける。

「いや、スグラ君ってモテると思うんですよ。見た目は可愛いですし、何か抜けてるとこ

ろとか……助けてあげたくなっちゃうじゃないですか!」

 ぐっ! っと拳を握りしめどこか遠くを見るクニル。

「スグラが……モテる、だと……!」

 シアンはシアンで頭を抱えてしまっている。

「この村には年頃の女の人もほぼ居ないですし……今、彼に好きな人が居ないなら……私

にもチャンスがあるかなぁー……って、思って……ですね……」

「あ?」

 照れているクニルに対し、シアンの顔つきが一気に険しいものに変わる。

「あれ? シアンさん? どうかされたんですか?」

「いや! その、別に……何も。――なんだよ……やっぱりかよ……」

「ん? よく聞こえませんけど……」

「あー! あー! なんでもねぇよ……」

「んー?」

 唇の下に人差し指を当てたまま首を傾げてしまうクニルに対し、シアンは頭を掻きむし

りながらテーブルに突っ伏してしまう。


「はい。お待たせー」


 と、そこにお茶を用意してきたキュレが部屋に戻ってきた。

「ん? シアンどうしたの?」

「……何でもないよ」

「ふぅん……」

 不敵な笑みを浮かべるキュレ。

「クニルさん」

「はい?」

「私達家族は、皆フラカに拾われて家族になったんです」

「は、はい」

「だから皆、血は繋がってないんですよー」

「え? ……そうなんですか?」

「はい、――な の で……別に私や……シアンがスグラと将来結婚したとしても、何の

問題もないんですよー」


「ブーーーッ!!!」


 キュレに入れてもらったお茶を豪快に吹き出すシアン。

「ゲホッ! エホッ! ……はあぁっ? キュレ、お前……何言って……」

「私も、もちろんシアンもスグラの事……だーい好きなんです。なので私達お互いライバ

ル同士ですねー……ふふふ」


「あはははは……」

「…………」


 乾いた笑いしか出てこないクニルと、口の端からお茶を垂らしながら思考停止したまま

絶句しているシアン。

 そして心の底からその場を楽しんで笑っているキュレと、三者三様の姿があった。


「あ、シアン。テーブル拭いておいてね」

「……――へーい……」


 そんな微妙な空気の中。ガチャリと部屋のドアが開く。

「ただいま」

「届けてきたよー」

 祠跡から戻ってきた二人が顔を出した。

「ん? シアン。何かこぼしたの?」

「たいしたことじゃ、ねぇよ……」

「おかえりなさい。今ちょうど休憩中だったの。スグラもリリィもお茶飲むでしょ?」

「うん、ありがとう」


 さっきの話題を思い出したのかシアンの顔が少し赤くなる、それを掻き消そうと力を込

めテーブルを一心不乱に拭いている。

 一方、クニルの方はというと、リリィの顔をじぃっと食い入るように見つめだす。


「……――リリィちゃん……私と、どこかで会った事、ない?」


 クニルとリリィ以外の三人が同時にぎょっとする。

 リリィの存在をきちんと説明する場合、正直に話せばスグラの能力について事細かに説

明しなければならない。

 その上リリィが今入っている人形自体が、スグラやクニルを殺そうとした存在である。

 コアードにはフラカの道具を使って……という別の理由と実際にその事を本人が目の当

たりにしていたので、割と強引に納得してもらっているが……クニルにそれが通じるとも

思えない。

 その事を知っている人以外……他の村の人、村長にも『フラカが新しく連れてきた子』

という設定でいこうと、なし崩し的にスグラ達の中で決まったのだ。

 当然、クニルにもそう説明してあるが、スグラの水晶からリリィが現れた現場でクニル

は一度リリィを見ていた。


「んー、あたし、よく分かんない」


(ナイスだ! リリィ!)

 三人が同じ事を思い、スグラに至っては、クニルに見えないように小さくガッツポーズ

すらしていた。

「そっか、……うーん。私の勘違いかな……」

「そ、そういえば、何か新しく分かった事とかある?」

 早くリリィから話題を逸らそうと、スグラが問いかける。

「んー。特に無いわね。残念ながら……」

「豊作を願って行う祭り……聖殿祭自体も、この村の歴史的にはそんなに古くないようだ

った……ただ、巫女を毎年選んでずっと祠に――……ってのはここ四、五年の話だな」

「へぇ、結構新しいんだね」

「ゴニアさんがここの村に来たのが大体八年前くらいって話だから……ゴニアさんが言っ

ていたっていう【私達】って存在が気になるところよね」

「さすがにそんな資料は残っていないと思うけどな」

「うーん……」


「ねぇ、……あたしの考え、聞いてくれる?」


 リリィが身を乗り出してテーブルに手をつく。全員の視線がリリィに集まるのを確認し

たところでリリィが話始める。

「ちょっと強引に考えるとっていう推論なんだけど……。

 元々、豊作を願うお祭りというのは昔から風習として存在していた。そしてあの祠の装

置もずっとこの場所にあった。……ここまではいい?」

 全員が頷く。

「それであの祠の装置が、ゴニアがいう【私達】という存在に知られてしまう。

 そして、装置の使い方を知った【私達】がもっと効率よく装置を使い、巨大な力を得よ

うと考えた……。

 ただ、あの装置自体が大き過ぎて、持ち去る事がほぼ不可能。祠自体に埋め込まれてい

た物だしね……」

 お茶を一口含み、飲み込むリリィ

「そこで……どうにか上手く力を得る事が出来ないか……と考えた時に、祭りの信仰性を

利用する事が一番簡単だと思ったんじゃないかな?

 効率よく魔力を吸い上げる為に【巫女】という存在を作り出し……というか元々この村

にあったのかもしれない【巫女】という存在の設定を自分達のいいように捻じ曲げた可能

性もあるんだけど……。

 ともかくあの装置の近くに軟禁のような形で設置しておく、面倒事が起きないように村

人との接触は極力避ける。……とか……。そんな感じなんだけど……」


「――――」


 その場の空気が止まる。それぞれがさまざまな表情をしていると。


「す……」

「す?」

「すごいよ! リリィちゃん。話が繋がっちゃった!」

 最初に反応したのはクニルだった。かっくんかっくんとリリィの肩をゆする。

「しーかーいーがーまーわーるーのー」

「あ、ごめんっ……興奮しちゃって」

 リリィの知識量が凄まじい事は、なんとなくスグラは分かってはいた。祠の装置を見つ

けた時も状況証拠だけで独自の推論を立てた結果、予想通りに輝石を見つける事が出来た

のもそのおかげだと思っている。


「その線が、堅いのかしらね……」

 顎に手をあて渋い顔をしているキュレに対し、シアンはいつもの仏頂面で言葉を返す。

「どうだろうな……フラカも案外それ目的でここに住んだ? なんてのも考えられるね」

 険しい顔の姉二人もいろいろと思考を巡らせているようだ。

「ああでも、そういう事なら――」

 思い浮かんだ事を素直に告げる。

「ここの村は、そういう輩に襲われるという事はもう無くなったって事でいいんじゃない

のかな? 目的だった輝石も無くなった訳だし……」


「はぁ……そういう事になるのかな……確かに、ここら辺が落としどころなのかもしれな

いね……。キュレはどう思う?」

「私は、そうね……やっぱり、ここにある資料だけではその推測が限界だと思う。

 あとは……仮に一つあるとしたら……、ゴニアが輝石回収任務に失敗した事に気付いて

この村に確認しに来る可能性がある事くらい……。

 そして多分その時は、確実にゴニアの店に向かうでしょうね」

「それって……!」

 勢い余ってテーブルに手を叩きつけてしまう。

「それって……、ゴニアさんの店に居る限り……危険な目に遭う可能性が高いって事だよ

ね……?」

 現在ゴニアの店で切り盛りをしているクニルに危険が及ぶという事。

「そういう事になるわ。しかもゴニアさんが【私達】と言ってた連中がいつ襲撃してくる

のか、検討がつかないっていう……やっかいなおまけ付きで」

「…………」

 クニルの表情が曇る。

 自分が力になれると思っていた事が、目の前で危険と警告されている。

 それは、やっと手にした生きる目標を、いきなり力づくで取り上げられる事に近いのか

もしれないと思うと残酷すぎると思えた。


「ここであたし等が、やれることは二つあるよ」


 リリィがクニルに視線を向ける。

「ひとつは【私達】と呼んでいる連中の接触を十分に準備をしながら待ち、迎え撃って撃

退する方法。……この方法、あたしはお勧めしないな……。

 そしてもう一つは……ゴニアの店を一回畳んじゃう方法だね」


「店を……畳む? そんなことしたら、リアンの街との交易が……」

「そう、交易が無くなっちゃうのがダメなんでしょう? だったら新しい店を作っちゃえ

ばいいんだよ。それこそ、クニル一人だけではなくて村の皆で」


「最初から始めるっていう、事?」

「最初からって訳では無いよ。ゴニアの店には交易の為の連絡先のリストなんかが沢山置

いてあると思うんだ。それを元にして新しく始めるって感じかな」

「なるほど……そういう手もあるのね……それだったらゴニアさんの店で商売を続けるよ

りも少しは安全かもしれない。ゴニアさんの妹としてでは無く、まったく関係ない他人と

して……うん、いいかも」

「一回繋がりを完全に切っちゃう、か。……考えたな」


「うん、そして多分だけど……そのリストの中に【私達】の連絡先が入っている可能性が

高い。

 輝石の製造や回収までに長い期間を掛けて計画している連中だ。すぐに殴り込みみたい

な短絡的な思考でない事は確かだと思う。

 店の連絡先リストに載っている客先に


【ゴニアが消息不明になった事】

【赤の他人が改めて店を運営する事】


 を伝えてみて、あっちの反応を見るっていうのはどうかな?」


「リリィちゃん、それは……どうしてなの?」

 食い入るような視線をリリィに向けながら質問を返すクニル。

「取引の内容について返してくるようなら大丈夫。まともなところだよ。

 『ゴニアから何か預かっていなか?』とか、もしくは……

 『ウチの名前を聞いたら、こう答えろなど言付けを貰ってないか?』なんて

言い出す奴が居たら、そいつ等はすごく怪しい」

「なる、ほど……」

 深くうなずくクニルに対し、リリィは話を続ける。

「それと、今のゴニアのお店で仕事を続けるのは止めた方がいいと思う。

 空き家として残して置いて、別の店舗で商売をするべきだよ。」

「……ゴニアが家に【輝石】本体とまでは行かずとも、それにつながるヒントが隠れてる

可能性があるから……ってわけね。

 そういうのを狙って、強盗に見せかけて襲われる可能性があるわ」

 リリィの話に対し、キュレが補足を加えて説明を続ける。

「そういう事。あたしの考えはこんなところだよ。

 ああ、あと最後に……今、この話の中で……一番大事な事」

 指を目の前に一本だけ立て、全員の視線をそこに集める。


「【私達】に対して、あたし等はどうしたいのか? だね。

 『この村で平和に暮らしたいだけ、危ない目に合うのはごめんだ!』っていうのならさ

っき言った方法を取って、知らぬ存ぜぬで通せば、何事もなく終わると思うよ。

 大量の魔力を含む【輝石】を集めるような連中だ。武器商人なのか、どこかの国の軍事

目的なのか……いずれにせよ、まともなはずが無い連中だね」


 そこまで言い切ると、視線をクニルに向ける。

 他の三人もクニルがどう答えるかを見守っていた。 


「わ、私は……臆病かもしれないけど、この村で平和に暮らせればそれでいいと思う。私

にはもう、どこにも行く当てなんか無いし……

 わがままかもしれないけど、私はこのラフラという居場所を失いたく、ない……」

 両手を胸の前で組み祈るように――。恐怖に震えながら涙声で語る。


「臆病なんかじゃないです。クニルは強い人だって皆知ってます」


 スグラが明るい声で続ける。


「今後の方針は決まったっぽいね。さっそく村長とコアードさん達を交えて新しいお店の

話を進めよう!」

 クニルの涙が頬を伝ったまま顔をあげる。

 反応が意外だったのかキョトンとした顔で周りを見渡す。

 その場に居たリリィ以外の全員がクニルの様子見ており、誰もが微笑んでいた。

「皆さんは……その……反対、しないん、ですか?」

 言葉に詰まりながらの問いかけにも、各々は頷くだけだった。

「私達にはクニルさんの邪魔をする理由がないの。それにクニルさんをわざわざ危険に晒

してまで【私達】の調査なんて……やる事でもないと思うわ」

「キュレの意見に完全同意。言ったろ? 私はあんたを応援したいって」

「シアンさん、キュレさん……ありがとう」

 涙を浮かべながら手で顔を覆ってしまう。

「さぁ、そういう事なら皆を集めないとね。僕はコアードさん達を呼びに行ってくるよ。

キュレ達は村長の方をお願いしてもいい?」

「わかったわ」

「それじゃ、行ってくるね。行こ、リリィ」

「うん、皆またあとでねー」

 手を大袈裟にブンブンと振りながら【祠跡】へと二人が向かって行った。

「んじゃ、うち等も行きますか」

「そうね。クニルさん。申し訳ないんだけど、お茶の準備を……」

「そんなん、帰ってきてからやればいいじゃねぇか……。ったく……ほら、行くぞ」

「もう……それじゃ、クニルさん。ちょっと待っててね」

 クニルを残し、二人も部屋を出て行ってしまった。

 一人その部屋に残されてしまったクニル。


「はぁっ……ぐずっ……よしっ」


 涙を落ち着かせ、気合を入れる為に両頬を手のひらでパン! と叩く。

「いったぁぁ……」

 先ほどとは違う涙を浮かべながら、笑顔を取り戻そうと努力する。


「ここでいつまでも泣いていたら、応援するって言ってくれた皆に笑われちゃう……。

 もっと、しっかりしないと……」



 その頃の村長の家の前。



「なぁ……?」

「フラカが……ラフラに来た目的は、これだったのかもしれないわね」

「ん? キュレもやっぱりそう思ってたか……」

「だとしたら【私達】の尻尾を掴んでおくのも、フラカにとっても良いかも……」

「相手がどのくらいの規模かも全然分からないんだけどな……」

「あら、その辺はフラカが帰ってきたら聞いちゃえばいい事でしょ」

「あいつ、いつ帰ってくるか分からないからなぁ……」

「それまで気長に待つことが出来ればいいんだけど……」

「ともかく、当面の目標は【私達】の調査、かな。それと……この村の人を巻き込まない

方法を考えないと……」

「そういうことね、【フラカファミリー】だけでなんとかしたいわ」

「……なぁキュレ? その……【フラカファミリー】って何だ?」

「あら、カッコ良くない? 私は好きだけど……」

「お前……その辺、変わってるよな……」

「そう? あんまりお気に召さないようね……」

「別に何でもいいよ……」

「そんなんじゃダメ! そうねぇ……【クラン】なんてのはどう?」

「……ギルドみたいなもんか?」

「まぁそんなところかしら」

 村の中央の広場に向かいながら二人は会話を続ける。


「ギルドで思い出したけど、今度、街に降りたらギルドに顔出しとこう、今回の件、フラ

カに伝言を残して置いた方がよさそうだ。

 まぁ小さいギルドだけど、どこの街でも連絡は取れるからな、金降ろす時に絶対立ち寄

るところだし、そのうち捕まるだろ。」

「今度、ギルドの名前も変えてもらうよう、に相談してみようかしら……」

「やめとけ、やめとけ。フラカの名前で持ってるギルドなんだ。名前なんで変えちまった

ら、その知名度も捨てちまう事になる」

「あら、やっぱりダメ? ……残念だわ……」

「はぁ……ホント、いつも楽しそうで羨ましいよ」

「そう? ふふふ、ありがとう」

「…………」(褒めてねぇっつうの……!)


 村の広場に出た辺りで、キュレの足がぱたりと止まる。


「あ、そういえば……」

「な、なんだよ……」


「村長ってどこに居るのか、シアン知ってる?」

「え? キュレが知ってるんじゃないの?」


「…………」

「…………」


 お互いに言葉を失い、見つめ合ったまま苦笑いをしてしまった。そこに――。


「あれ? 二人とも、村長呼びに行ったんじゃないの?」

「さぼりー?」


 先に家を出たはずのスグラとリリィに出くわした。

「いや、そういう訳じゃないんだけどね……」

「村長がどこに行ったか、ど忘れちまってさ……」


「あ、そうなんだ。村長ならゴニアさんの店に用事があるって言ってたよ」

「おお、そうだった、そうだった……スグラありがとな」

「さすがスグラだわ、ありがとね」

「はいはい、いってらっしゃい」


今度こそ二手に分かれ、それぞれの目的の人物を呼びに行った。



▼△▼△▼



「そういう訳なら、力を貸すぞい。コアード」

「ん? どうした?」

「中央の通り沿いに一つ空き家があっただろう? そこにクニルを案内してあげなさい」

「ああ、お安い御用だ。少し痛んでるかもしれねぇな……修理の下見がてら行ってくるか

な……

 ほら、クニル! オルも行くぞ!」

「あ、はい!」

「うん」

 先ほど皆で話あった内容を簡潔に村長とコアード達に伝えた。

 クニルを安全が第一という話を重点的に伝えた事もあってか、すぐに許可は下り、その

ままの流れでその店舗に行く事になり、三人が出て行ってしまった。

 しばらくは用心の為、クニルに護衛として、コアード、オルのどちらかが常に付いて行

動するという話でまとまった。

 そして余り組の【クラン】(キュレの意見は絶対である)はゴニアの店に残っていた連

絡先への連絡と相手側の反応を見るという役回りを請け負う事となった。

 さっそく手分けして作業に入ったのだが、ゴニアの店の取引先は五つにも満たず、隣街

であるリアンの商店や商館がいくつかあるだけ。

「さて、わしは仕事に戻るぞい。何かあったらコアードを頼ってくれい」

「…………」

 部屋を出て行く村長を無言で見送る。

「あのお爺ちゃん、サボリ?」

「……元も子もない事言うなよ……」

 誰もが少しは思っていたが、あえて言わなかった事をリリィが的確な一言で示す。

「頑張られちゃったほうが、めんどくさい気もするけどな……」

「村長の事はもう置いといていいから、これからの事を話すわよ」

 テーブルの上に五枚の封書を並べる。

「郵便を使って届けるのも考えたんだけど、いちいち相手に考える時間を与えるのもシャ

クだと思ったので、手渡しで届けに行こうと思うの、時間も掛かっちゃうしね」

「……え?」


「だから、直接この封書を持って行くのよ」


 村長の署名入りの封書をひらひらと目の前で遊ばせるキュレ。

「……それって、すごく危険じゃないの?」

「その商店や商館に居る人の目もあるから、いきなり襲われたりする事はないはずよ」

「これは私等全員で……」

「シアン! 違うでしょ」

「……え? ああ、もうめんどくせぇな……【クラン】全員で一緒に行くのか?」

「そうね。でもぞろぞろと一緒に行くのも、あまり効率的では無いと思うから三手に別れ

ようと思ってるわ」

「つまり、私、キュレ、スグラとリリィって組み合わせだな」

「そういうこと、特に私とシアンは一人で行った方が相手も油断すると思うのよね」

「うち等は年頃のか弱い女の子だしな」

「…………」


 無心――。 


 スグラは心を空っぽにする事を全力で貫き、何も表情に出さないように努める。

(ここで余計な事を言ったら、僕が血を見るだけだ! 耐えろ!)

 

「あたしはー?」

「リリィは一人で歩いていると逆に心配される年頃に見えるから、スグラの付き添いね」

「そうなんだ……。分かったー」

「ついでにギルドにも寄って行こう。フラカへの伝言も残しときたいしな」

「それで、いつから行くの?」

「そんなん、今からだよ。思い立ったら吉日っていうだろ」

「そうね、早いに越した事はないと思うわ」

 こういう時の行動力は姉達は図抜けている。

「あ、ちょっとバイト先にも言っとかないとな。休みの事も伝えとかないとだし。

 キュレは言っておかなくていいのか?」

「私は昨日相談してて、一週間くらいシフト空けてもらってるから大丈夫よ」

「……対応が早いな……」

「出来る女は違うのよ……ふふふ」

 自信満々に胸を張るキュレに対し、シアンは呆れにも似た視線を向けるだけ。

 

「……今からリアンに行くとなると……街までは歩いて半日って所だから、あっち着くこ

ろには夕方になっちゃうね。

 実際には明日の朝か、昼くらいから調査開始って感じになりそうな感じ?」

「ずるずる長く続ける気はさらさら無し。早めに終わらせたいわね」

「はは、確かに。それじゃあ家に戻りますか」

「私はバイト先寄ってから村長から馬車借りとく。キュレ、私の着替えの用意よろしく」

「わかったわ、私も少しバイト先に寄ってから帰るわね」


 リリィと二人で家に戻り、それぞれの着替えを用意した。


 ちなみに、リリィの衣服についてはシアンやキュレのお下がりをそのまま使っている。

 リリィ自体はシアンのお下がりの方が気に入っている風なのだが。

 ……その理由が『動きやすいから』であった。

 キュレはリリィをいたく気に入っており、過去の自分のフリフリの服を着せては喜んで

いた。そしてリリィは居心地が悪そうにしている事が多い……。

 

「こんなもんかな?」

 旅行用の荷物をカバンにまとめる。

「あたしは何もしなくていいよね?」

「んー……キュレに相談してくれた方が……僕としては助かる、かな」

「なんだよー。スグラのけち」

「ははは、お力になれず、申し訳ない……」

 苦笑を浮かべながら、その場を回避する。

(僕が用意したら、後でキュレとシアンに何か言われそうだし……)

 

「リリィ、これなんかどう?」

「キュレはふりふりしてるの好きだよね。あたしはあんまり好きじゃないけど」

 隣の部屋からキュレとリリィの声が聞こえる。

「そんな事言わないでよー。可愛いのに……」

「あたしは可愛いよりも、動きやすい恰好の方が好き」

「……ふふふ……シアンも昔、同じような事言ってたわね」

「あ、そうなんだ」

「それじゃ、あんまり時間も無いし、シアンのお下がりから出しておくわね」

「はーい」

 リリィの洋服問題はどうやら解決を迎えたようだ。


「おーい、馬車借りて来たぞー」


 玄関からシアンの声が響く。


 二頭の馬が引く、大きな車輪の付いた簡易的な屋根なしの荷台馬車。

 それぞれが荷物を持って馬車の荷台へ詰め込んでいく。

「おお……馬だ」

「そりゃ、馬車だからね……」

 謎の感動を受けたらしく、少しはしゃいでいるリリィ。

「御者はスグラだな。疲れたら途中で交代してやるよ」

「へーい」

「あ……あたし、スグラの隣座るー」

「はいはい」


 遠足へ向かうかのような和やかな雰囲気で全員が馬車に乗り込む。

 その馬車でゆっくりとラフラの村を後にした。



▼△▼△▼



 カッポカッポ、カッポカッポ……


 整理された石畳の公道を馬の蹄の音が響く。

「あたし、馬車に乗るのなんて初めてだよー」

「ああ、だからそんなに楽しそうなんだ」

 

 御者台にはスグラとリリィ、荷台にはキュレとシアンが乗り込んでいた。

 馬車に乗るのが初めてというリリィは手綱を握るスグラが馬を操る度に、毎回歓声を上

げている。

 それに対し、荷台の二人は本を読んだりぼーっと風景を眺め、それぞれのんびりしてい

る様子である。

「スグラは馬を操る事が出来るんだね」

「あはは、昔から僕の役回りなんだ、結構楽しんでやってるところもあるよ」

「へぇ楽しいんだ」

「まぁそれなりだね」

「ねぇねぇ、リアンの街ってどんなところ?」

「そうだなぁ……ラフラの村に比べたら一〇倍近く大きいんじゃないかな? 商人も冒険

者も沢山いるし、にぎやかな街だよ。」

「へぇ、スグラはその街に結構行ってるの?」

「僕は全然だね……、たぶん半年ぶりくらい? あまり用事もないんだよ。

 キュレやシアンは月一くらいで行ってるみたいだよ」

「そうなんだ。ラフラに無いものがリアンにはあるんだね」

「そういう事なのかな」

 昼前の時間帯をのどかにゆっくり進んで行く。

「ラフラでは扱って無いものも売ってたりするのかな? ……例えば、法玉とか」

「今回行く商店や商館には置いてあるかもね……今まであんまり興味なかったから、具体

的にはよく分からないのが本音なんだけど」

「……スグラはそれを自前で作れちゃうからね」

「でも、法玉はについてあまり詳しくないんだ。リリィが居るから今、現時点では何とか

なってるけど……」

「お、自覚はしてるんだね。関心関心」

「ははは……」

 貶されながら褒められているような微妙な言い回し。

「まぁ、あたしが知ってる事はスグラに教える事が出来るし、ゆっくり覚えていこう」

「そう言ってくれると助かるなぁ……」


 その後も御者台では二人が和やかに喋り、荷台の二人は各々の日差し避け用にの麦わら

帽子を被り眠りこけていた。


 途中、何度か馬に水や飼葉を与えたりしながらの休憩。

 いつ準備したのか、キュレのお手製のお弁当を途中で皆で食べる。どうやらバイト先で

作って貰っていたらしい。

 休憩後もまたリアンへの石畳の公道をひたすら進む。

 寝るのに飽きたのか、シアンが御者台に座り、たばこをふかしながら馬を操っていた。

「シアンー。たばこって美味しいの?」

「んぁ? たばこなー、美味しい時もあるぞ」

「そうなんだ」

「でも、お前はダメ! 見た目的に完全アウトだからな」

「子供の姿で吸ったらダメって事?」

「そういう事、大きくなれねぇぞ」

「そっか、吸っても大きくならないって不思議だね」

「……煙だしな、吐き出すし……」

 なんとも噛みあってるようで、噛みあわない会話が御者台では繰り広げられている。

 リリィとシアンは会話の波長が合うらしく、割と意味の無いような事をダラダラと喋っ

ている事が多いように思う。

 そういう会話もリリィは嫌いではないらしく、意外と世話好きなシアンの性格も気に入

っているようだった。

 御者をしていない時はは特にやる事もないので、荷台に移り二人の姉と同じように、日

差し避けの帽子を被り浅い眠りにつく。

 天気は晴れており、時々涼しい風も吹く。過ごしやすい陽気の中で真っ直ぐ続く石畳の

道を馬車が進んで行く。


「お、見えて来たな」

「へー。おっきぃねー」


 大きな壁に囲まれたリアンの街へ着いたのは、日が傾き始めてからの事だった。


 リアンの街は街全体が高い壁に囲まれている。四方に大きな門があり、そこから街へと

入る事が出来る仕組みだ。

 大きな門の扉は有事の時には堅く閉ざされるが、普段は開け放たれており、誰でも街へ

入る事が可能である。

 シュリング王国の管轄の街であるリアンは他の主要都市との中間地点に位置しているた

め、交易も盛んに行われている事もあり同じ規模の街に比べ、商店が多い。


 大きく開かれた門を通り、街の大通りを馬車が歩く。ラフラの村とか比べものにならな

いほど多くのさまざまな人が通りを闊歩している。

「それじゃ、お願いね」

「そっちも頼む」

 馬車を降り、それぞれが別行動を開始する。

 スグラとリリィはキュレと一緒に今晩泊まる宿屋に行き、泊まる手続きを……。

 その間にシアンは馬車を引き近くの協会へ向かっていった。

 馬と荷台を預かってもらえるように交渉しに行くのだという。



 宿屋へと向かう途中。

「想像していたよりも、全然大きいね。いろんな人が歩いてる」

「リリィはこういう街に来たことないの?」

「……うーん―― あんまり覚えて、ないかな?」

「こーらぁ、遊びに来たんじゃないんだからね」

「へーい」

 先頭を歩くキュレに、後ろから二人でついていく形で街を歩く。


「ああ、でも……これが終わったらリリィの為に服を買ってあげるのもいいかも……」

「キュレ? 遊びに来たんじゃないんだよ?」

 リリィからツッコミが入る。

「はーい。ふふふ」

 嬉しそうに答えるキュレ。

 そうこうしている内に今日宿泊する宿屋へ着く、フラカのギルドの御用達の店舗らしく

フランクな感じで手続きもあっさり終わった。

 抱えていた荷物を部屋に置くと、部屋の窓からシアンがこちらに向かって歩いているの

が見えたので手を振っていると、シアンも気付いて手を振りかえしてくれた。

 馬車は教会がきちんと預かってくれたそうだ。

 無事に両方の手続きが何事も無く終わり、その足で全員でギルドへ向かう。


「いらっしゃいませ。御用件はなんでしょうか?」

 ギルドへ入ると、受付のらしき女性が迎え入れてくれた。

 決まった制服があるらしく、働く人々は同じような格好をしている。

 

 このギルドと呼んでいる場所は、登録されているギルドに対し、銀行や貸金庫、冒険者

に対してのクエストの斡旋、傭兵の募集などなど……さまざまな事を行っている。

 フラカのギルドは小規模なため、預けられる金額や物は上限が少ないが、ギルドの規模

が大きい所は、小国家ほどの金額が動かせると噂が立つほどの巨大な組織である。

 規模が大きいところになるとギルドホールと呼ばれる、ギルドメンバーが自由に扱える

場所を各拠点に持っていたりもするのだが、あいにくフラカのギルドはそのような施設は

持っていない。

 連絡手段や、ギルドメンバーの動向などを知る事が出来る為、小さなギルドに所属して

いる人々にとっても重宝されている場所だ。 


「どうも、【ギルドフラカ】だ。さっそくなんだけど、ギルドマスターに連絡したいこと

があってね……――」

 ギルドの受付の女性と軽く挨拶を交わし、フラカの為に用意した封書を預けておく。

「……ギルドの名前そのまんまなんだね……」

 微妙な顔つきでリリィが呟く。

「あははは……師匠は分かり易いのがいいって、理由だけで決めたらしいけどね」

「確かに、忘れる事は無いと思うな」

「…………」

 何故か恥かしくなってしまった。

 

「ちなみに一番最近フラカがギルドの施設を利用したのはどのくらい前かな?」

「そうですねー……フラカ様は三日前にアグスタの街からギルドの保有しているお金を引

き落としされています」

「アグスタか……また遠いところに行ってるんだな……」

 ここから馬を使って丸々半月は掛かる距離の都市の名前が出てきた。

 アグスタは教会のお膝元の街で、信仰心がとても強い事でも有名である。

「それじゃあ頼んだよ」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」

 受付の女性が深々と礼をしている。

 フラカへの伝言を済ませ、そのまま宿屋へ向かう帰り道。

「ん……! きょうの仕事は終わりかなー」

 あくびをしながら伸びをするシアン。ラフラからリアンの道中、それなりに寝ていたよ

うな気もするが、まだ眠いらしい。

「ちょっと早いけど、食事が出来るところを探しましょうか」

「お、いいね。この辺りだったら……あそこに見える【スパイク】って店がお勧めだ」

 店先の看板に大きな兜を付けた牛の絵が象徴的であった。

「手頃だし、私もいいと思うわ」

「んじゃ、そこで決まりだね」


 ガラッ――


「いらっしゃいませぇぇぇぇッ!!」

 店に入ると厳つい声でお出迎えをされた。店員が全て男性しかおらず、しかも全員筋骨

隆々といういかにも変わったお店である。

「うわぁ……おっちゃんみたいな人が沢山いる……」

「確かに、むさくるしいな。味は保証するよ」

 ひどい言われようである――。


 商品自体も丸焼きだの、踊り食いだの豪快なものが多いが、味は確かに美味しかった。

 酒も提供している店なので、料理と合わせてグイグイ飲んでいるシアンがいい感じに酔

っ払っている。


「おおお!!!」

 

 歓声があがる、店自慢の牛の解体ショーが始まったらしい。


 店員(何故か上半身裸)が両手に剣を構え、凄まじい速度で牛を切り刻んで行く。

 刻んで飛ばした肉を周りに待機している店員(何故か上半身裸)が次々とキャッチした

後、タイミングを合わせて一気に空中に放り投げてしまった。

 舞台の真ん中に立つ店員(何故か上半身裸)の真上を通り過ぎる時に――。


「ハッ!!!」

 

 短い掛け声と共に両腕を突き上げると、手のひらから炎が発生した。


「おお、魔術だ……」


 炎を通り越した肉はそのまま向かいの店員が持つ皿にキャッチされたと思ったら、綺麗

に配膳までされている。


「ハィィィ!!!」

「おおおおおおおおお!!」


 店員が一斉に掛け声をあげ、ショーは終わったようだった。店の客の多くも店員のよう

に筋骨隆々の方々が多いが彼らも大満足している。

「こういうのがあるから、人気なのかもね」

 キュレが冷静に呟く。完成した料理を口に運ぶと味はやはり絶品だった。


「スグラ! 今度あたし、あれやってみたい!」

 キラキラした瞳でスグラを真っ直ぐと見つめるリリィ。

「……危ないから、止めとこうか」

「えー……」

「あっはっはっは!! いいぞ! もっとやれ!」

 机をバンバンと叩きながらシアンが店員を煽っていた。完全なる酔っ払いである。


 その後は酔っ払ってハメを外し店員に絡みだした挙句、大声で歌って騒ぎ出したシアン

に対し、キュレが重い一撃を食らわせシアンの意識を刈り取ったところで強制的に黙らせ

る事に成功した。

 その様子を見ていた店員も、心なしかキュレの前では静かになっていた。


 すっかり夜になってしまったリアンの街。


 寝たままのシアンをスグラが背負って宿屋まで運んでいく。

「楽しかったねー。牛の解体? あれは是非習得したい……」

「やめなさい」

 リリィの頭にチョップをかますキュレ。

「あいたっ……ちぇー」

「……うー、スグラー……水ー」

「はいはい、もうちょっとで宿屋だから我慢してよ……」

 起きているのか寝ているのか分からないシアンがうめき声を上げている。

「まぁ明日になれば、シアンの事だから、ちゃんとしてるわよ」

「……そうだといいけどね」

「……最近は皆、気を張っていたもの。特にスグラはずーっとでしょ? シアンも心配し

ていたんじゃないかな?」

「そんなに無理してるように見えた?」

「ちょっとね、頑張り過ぎかなぁとは思ってたわ」

「僕が頑張らないと出来ない事があったからね」

「あはは、立派な事言うようになったじゃない。……そういう空気をシアンが感じていた

から、今日の夕食を楽しくしようとして、はしゃぎ過ぎちゃったのかもね。

 シアンも可愛いところあるんだから……」

「気を遣われてたのかもなぁ……」



 街灯に照らされた夜の街を三人が並んで歩く。



▼△▼△▼



「さて、そろそろ行くわよ。準備はいいわね」

「へーい」

「おー」

「…………」


 昨日はあの後、宿屋に戻った。

 シアンをキュレに任せ、自室へと戻り、法玉を三つほど作る。

 最近は練石を行ったあとも特に疲労感などなく、スムーズに作れるようになって来てい

るように思う。

 作り出した法玉をリリィに渡し、その日はすぐに寝てしまった。

 朝になり、全員が顔を合わせると、シアンの人相がいつもより凶悪だった。

 どうやら二日酔いのようだ。


「シーアーンー。大丈夫ですかー?」

「わっ! ……頭に響くから、大きい声だすなよ……」

「自業自得でしょ? ふふふ」

 キュレが楽しそうにシアンで遊んでいる。

「封書は持ったわよね? シアンがこんな感じだから、私が二軒回るわ。

スグラ達も一軒お願いね」

「分かったよ」

「…………」

 リリィがシアンをじぃっと見つめる。

「ん? なんだよ……」

 その視線にシアンが気付いた。

「頭痛いの?」

「おう、お前も将来こんなんになっちゃダメだぞ。ダメな見本だ」

 最近気づいたのだが、シアンの対応はリリィには少し優しい気がする。

「ちょっと頭かして」

「ん?」

 シアンに屈んでもらうと、頭に手を置くリリィ。そのまま目を閉じて一〇秒ほど止まっ

ていると……。

「ん? あれっ?」

 シアンの様子が少し変わる。

「こんなもんで、どうかな?」

「…………」

「わっ」

 無言でシアンがリリィを抱き上げる。そのまま高く持ち上げくるっと一回転した後、リ

リィを着地させる。

「リリィ、ありがとな。頭痛いの、どっかいっちゃったわ」

「そう、よかった」

 シアンが見た事も無いような明るい笑顔をリリィに向けていた。

 それに対して、リリィはいつもと変わらない感じである。

「ふふふ、これでもう大丈夫ね。それじゃ、また後で」

 キュレは商館のある方へと歩き出していった。

「リリィ、僕らもいくよ」

「はーい、じゃあね。シアン」

「おう、気をつけろよ」

 手を大きく振りながらその場を離れていくリリィとシアン。

「……本当の姉妹みたいだね」

「ん? スグラ、何か言った?」

「なんでもないよ」

 そんなやり取りを続けながら、目的の商館を目指す。


 

 一〇分後、商館前――。



「ねぇ? リリィ、これってどういう状況だと思う?」

「そうだねぇ、控え目に言って、怪獣にでも襲われたんじゃないかな……」

「…………」

「…………」

 目の前の事実があまりにも衝撃的で茫然と立ち尽くす二人。

 

 封書を渡そうと思っていた商館【ヒルラ商会】という名前だったか……。

 

 目の前には二階建てと思わしき外装だけが残り、四方全てに大穴が空いた状態のボロボ

ロの建物と言うのも、はばかられる物が佇んでいた。

 目の前にそびえたつ建物の下から上へと目線を移すと天上にも大穴が空いており、一階

の床を突き抜け抉れた地面が野ざらしの状態になっていた。

 

「ここ、本当に目的の商館なの?」

「もらった地図で確かめたけど、やっぱり合ってるよ……」

「壊滅だね、ここまで木端微塵だと、何か探すのも無理そう……」

「ともかく……今出来る事を考えよう……」


 という事で。


「すいませーん。ちょっとお伺いしてもいいですか?」

「なんですか?」

「ここの建物の【ヒルラ商会】さんについて、何かご存じありませんか?」

 街行く人に聞き込みをやってみた。

「さぁ? 何してるところかは知りません。ごめんなさいね」

「あ……ありがとうございましたー」


 スグラの方は不発だった。


「ねーねーおじさん」

「あ? なんだぁ? 嬢ちゃん」

「あそこの建物って、昔からああなってたの?」

「あ? ああ、あれは魔神の仕業だよ」

「魔神?」

「そうそう、あそこに店構えてたヤツ等がどうも何か企んでたらしくてな。

 魔神がそのもくろみ事ぶっ潰しちまったって話だ。おっかねぇ話だよ……まったく」

「魔神……それっていつくらいの話なの?」

「ちょうど今から一週間前くらいじゃないか? 見てたやつの話だと、でっかい隕石なん

かを降らせてたらしいぜ。文字通り建物ごとぶっ壊したみたいだな」

「なるほどねー。おじさんありがとう」

「いいってことよ。嬢ちゃんも気を付けて帰れよ」

 

 リリィは通りすがりのおじさんに聞いた話を、スグラに伝えた。

 

「…………」

「凄い人もいたんだねー。魔神さんだってさ」

「……ねぇ? リリィ、その話、本当なんだよね?」

「他の人にも聞いたら同じような事聞いたから、間違いないんじゃないかな?」

「なるほど……」

「……どうしたの?」


「それたぶん、師匠の事だわ――」

「へ……?」

 リリィの目が点になる。

「とにかく、ここに居てもどうしようもない。キュレやシアンと合流しよう」

「あ、ちょっと……」


 リリィの手を強引に取り、姉達に会う為に走り出した。



▼△▼△▼



「…………」

「…………」

 街の人の話をそのまま伝えると、二人共同じように沈黙してしまった。

「フラカね」

「フラカだな」

 そしてスグラとまったく同じ反応をする。

「そうかー……一足遅かったのか。フラカがぶっ潰しちゃったんだな」

「ちなみに二人の別の所の商人はどうだったの?」

「ん? 普通のところだった。今後ともよろしくお願いしますねって言われたぞ」

「私の所もそんな感じだったわ。『ここで働いてみませんか?』とは言われたけど……」

「……何したら初見でスカウトされるんだよ……」

「とにかく、この件はフラカがかたを付けたんだ。これ以上のやり用はないよな」

「無駄足……とまでは言わないけど、まぁしょうがないわね」

 二人共何故かがっくりと肩を落とす。

「フラカってスグラの師匠だよね? やっぱすごいんだね」

「……いろんな意味で凄いよね……」

 楽しそうに笑いながらフラカの話をするリリィ。

「キュレもシアンも何故かがっかりしてるけど……ラフラの村に関してはもう心配事は無

くなったって事だから、喜ばしいことじゃ、ないの?」

「あ……そうか」

 結局どこの誰がこの事件を引き起こしたかは不明だが、今後ラフラの村、さらにはクニ

ルの店が襲われることはもうなくなったのだ。

「目的達成だね」

「はぁ……そういうことにしとくか」

「残念ね、久々に暴れられるいい機会だと思ったのに」

 キュレが何か物騒な事を言っていたような気がするが、聞こえなかった振りをする。

「それじゃ、ラフラ村に帰りますか」

「ああ、帰る前にもう一度だけギルドに寄って行ってみましょう。フラカから返事が来て

るかもしれない……」

 二人の姉の残念そうな背中を見ながら、とぼとぼとギルドへと向かって行った。



 ギルド内受付前――。



「フラカ様から伝言をお預かりしています」

「お! フラカにしては珍しく早いな」

「こちらになります」

 受付の女性から茶色い封書を預かる。

「またのご利用をお待ちしております」

 深々と頭を垂れる受付の女性に会釈をしながら全員の前で封書を開けた。

「結構長い事、書いてあるぞ」

「読み上げるわね」



――おっす、皆元気してるか? 俺は元気だ。

 そんな事は別にどうでもいい。祠の事件の件聞いたぞ。いろいろ大変だったな。

 だが皆無事だったのなら俺はそれでいいと思っている。

 それで、だ。今回の事件を起こした張本人、ゴニアが【私達】と呼んでいた存在なんだ

が、やつらは通称【ボイニクス】と呼ばれる存在だ。お前等が考えていた通り俺が追って

る連中でもある。

 やつらの目的は半永久的な混沌、つまりは世界中がずっと戦争を続けている事を目指す

っていうとんでもない事を企んでいる。

 ラフラに祭られていた【輝石】のように世界中には使い方を誤るととんでもない災厄の

原因になる力が数多く埋まっている。

 それを一点にあつめて、さらなる混沌を企んでいるようだ。

 俺はやつらの行動を妨害するために、今も世界中を飛び回っている。

 先にそれらを集めて無力化したりするのも俺の仕事だ。

 今回の【輝石】の騒動でお前たちを危険な目に合わせた事を非常に心苦しく思う。


 本当にすまない。


 だが、困難を自らの力だけで解決してくれた、お前たちの成長を嬉しくも思っている。

 今回の件でラフラに潜んでいたゴニアは【ボイニクス】の団員だ。

 クニルって嬢ちゃんを使って【輝石】を略奪しようとしていた。お前等の推測通りだ。

 俺ひとりの力では騒ぎを大きくする可能性があった。だからラフラの祠には手を付けれ

ずにいたんだ。ただ、ヤツ等の好きにさせる気もなかったから、祠の【宝珠】に少し細工

しといた。あれで魔力を吸われても、【巫女】の寿命が減ったりする事は無いようにな。

 ただ、結果としてあれは破壊され、村の祭りそのものも無くなった。

 本当は早くこうしておくべきだったのかもしれない……。

 

 今お前等はリアンの街にいるんだよな? 【ボイニクス】がラフラにちょっかい出すの

を防ぐために……。

 それな、ちょうど一週間前くらいに、俺がやっといたわ。どうだ、すげぇだろ!

 そんな訳だから、もうラフラにちょっかい出すやつはいねぇ、あの村は安全だ。


 俺が今回近くに居てやれれば、ここまでの大事にはなってなかったかもしれない。

 だが、今回の事件はもう解決した。お前等のおかげだ。

 いつの日か家族であり、弟子であるお前達の力を俺が借りる日がくるかもしれない。

 その時が来たら、存分に力を揮ってくれ。期待してるぞ。



「相変わらず偉そうな感じね。珍しく感謝の言葉なんて書いてあるわ」

 ニコニコと嬉しそうに笑うキュレ。手元を見るとまだ何枚か紙があるようだった。

「キュレ? まだ、続きあるんじゃない?」

「あ、ホントだ」



――追伸。


 キュレへ。

 いつも世話になってる、お前が家に居てくれるおかげで俺は何も心配はしていない。

 ただ、お前が居てくれるから俺は無茶が出来ている事も自覚している。

 何でもかんでも完璧にこなす必要はないぞ。

 あまり片肘を張り過ぎずに、周りの人を頼っても誰も怒りはしない。

 お前が疲れた時は周りを見てみろ、誰でも全力でお前を癒してくれるよ。

 俺の家族の中で一番しっかりしているお前が、信頼している家族だ。なめるなよ?

 そんな訳だから、あまりシアンとスグラをいじめてやるな。

 しっかり頼むぞ。お姉ちゃん。



「…………」

 読みながらどんどん顔が真っ赤になって行くキュレ。

 こんな姿を見るのは今まで一緒に住んでいて初めてだったかもしれない。

 途中で文章を読むのが辛くなったのか、途中からはシアンにバトンタッチしてシアンが

読みあげていった。

 最後まで読み終えると、真っ赤になった顔を両手で覆い、こくこくと頷いていた。


「……フラカってすげぇな」

 シアンが何か悟ったような声を上げる。


「あ、まだ続きがあるみたいだよ」

「お、どんなだ?」



 シアンへ。

 いつも世話になってる。まぁ心配も掛けているな。お前は俺の家族の中で一番バランス

感覚がよく一番の家族想いだと感じている。しっかりしているキュレの支えとなっていて

くれてるし、スグラにとってはお姉さんだ。お前がよくスグラと鍛錬をしてくれているの

に俺は感謝しているよ。あいつを守るために、あいつ自身を強くするためにお前がひと肌

脱いでくれているんだよな。

 お前には魔術のセンスがある、【アカデミー】に入れば一級の魔術師になれるのは間違

いないだろう。ただ、俺はその事を強制しない。なぜなら、【アカデミー】に入るという

事は家族と離ればなれになってしまうからな。人一倍家族想いのお前がそれを選択すると

は思えない。

 だがもう大丈夫だ。スグラはお前のおかげで十分強くなった。

 お前と俺の家族を守れるくらいにな。

 お前は姉でもあるが、妹でもあるんだ、もう少し我がまま言ってもいいんだぞ?

 がんばれよ。シアン。



「…………」

 キュレとまったく同じ状態になり、途中で読めなくなったシアン。

 先ほどと同じ流れで、スグラが文章を読み始め、最後まで読み終えると、顔を真っ赤に

して両手で覆っている人が増えた。そしてまたキュレと同様に無言で頷いている。


「……師匠、なんでそれを家に居る時に出来ないんですか……」

 酔っ払ってキュレに絡んでいるフラカを思い出していた。


「ねぇねぇ、まだあるみたいだよ」

「この流れから行くと、次は僕なんだろうなぁ」

 少し嫌な予感がした。


 スグラへ。

 おう、お疲れスグラ。今回の件ではお前が一番頑張ったみたいだな。守護者に選ばれた

っていうのを聞いた時も驚いたが、ちゃんと巫女さんを最後まで守ったそうじゃないか。

 男として当然の事をやったまでだが、良くやったな! と言葉を送っておくよ。

 さて、お前の能力の封印の事だが、伝言を読んだ感じだと完全に解けたみたいだな。

 お前の能力は自分の身も削って行う行為だ。非常に危険だ下手をすると命の危険を伴う

事が多いと思う。

 封印に使っていた水晶はお前と俺が出会った時にお前が大事そうに握りこんでいたもの

だ。一族の形見のような物を結果的に破壊してしまった。 申し訳ない。

 それでだ、壊れた時は俺が直してやると言っていた約束を覚えているか?

 ……それとも、もう必要はないのかもしれないな。

 水晶の封印が解けた事でリリィという少女が現れたらしいな。

 そいつの存在は俺もうすうす感じていた。

 今は【輝石】のガーディアンであった人形の中にそいつの魂を移したって?

 その話を聞いた時は俺は本当に驚いたぞ。お前は俺にも出来ない事を初めてでやっての

けたんだ!

 俺にはその能力は無いが、その研究をしている魔術学者を知っている。

 今は人形とそいつとの同調が安定しているかもしれないが、いつそれが不安定になるか

は誰にも分からない。そうなった時に対処出来るように、お前は自分の能力の知識を早急

に吸収する必要がある。

 お前の能力の件とそのキリングドールの件、一度俺にも見せてみろ。

 だが面倒な事に俺は今から三ヶ月ほどここから動く事が出来ない……。

 という訳でお前は今すぐにシュリングの王都まで来い。――そいつを連れてな。

 成長したお前の姿を見る事を楽しみにしてるぞ。


「…………」

 頭を貫かれるような衝撃を受けた。

 僕の能力とリリィの力の事をここまで考えてくれている他人なんて、フラカを除いては

いないだろう。

 奇跡的に安定している状態が今のまま続く保証もない。

 その通りだと思う、今こうしてリリィと一緒に居られる事は当たり前なんかじゃない。


「あれ?」

「スグラ、どうしたの?」

 床に転がってしまっている姉二人は放っておいて封書をよく見てみる。

「まだ、一枚ある……」

「……誰宛て?」

「あっ、それじゃあ読むね」


 リリィへ。

 初めましてリリィ。俺がフラカだ。お前と繋がっているスグラの師匠で親父だぞ。

 すごいんだぞ!!有名人だぞ!!

 ……まぁ冗談は置いといて、スグラを救ってくれてありがとう。

 本当に感謝している。

 俺の思慮不足で俺の家族が死んでしまうところだった。

 それを助けてくれたのがリリィ、お前だ。

 感謝してもしきれない。

 そんなお前が、いつ人形との同調が切れてもおかしくないという状態であるという事が

分かっている。俺はお前に直接会って礼が言えないまま、お前が消えてしまうのが心の底

から嫌だ。

 なので、お前もスグラと一緒に俺の所へ来い。

 安定な状態が続くのはいつまでかは分からない。だからなるべく急いでな。



「おおおおおおおおおお……」

「ど、……どうしたの?」

「生まれて初めて、人から手紙貰った……」

「感動するところ、そこ?!」

「……それに、ありがとうって書いてある……」

 

 フラカから寄せられた長い封書には様々な事が書いてあった。

 普段言えない事を伝えたかったのか、素直な想いと受け取れる想いの詰まった文章が家

族全員分。……そのせいで二人の姉は撃沈してしまったのだが……。

 

 このままここに居てはギルドを利用する人々の邪魔になるので、床に転がっている姉二

人を引きずりながら外へ出る。宿屋へと向かう帰り道しばらく引きずっていたが、ようや

く精神的なショックから立ち直りつつあった二人が自分の足で歩き出した。


 すかさずフラカが書いた内容を伝える。


「シュリング王都って、ここからどのくらいの距離だっけ?」

「ひと月以上はかかる距離だけど……ってスグラあなたまさかっ!」


「うん、僕……師匠に会いに行ってみようと思う」


「いや、一度ラフラの村に戻ってからでも……」

「リリィの身体がいつ不安定になるか分からないんだよ?」

「あっ……そ、そうね……」

「ねぇ、リリィはどうしたい?」


「ん? 聞くまでもないでしょ? あたしは生きる事を諦めたくない」


「……ってさ」

「……分かった、行って来いスグラ」

「ちょっとシアン!」

 突然の事に狼狽えてしまうキュレ。

「ほら、キュレもちゃんと送り出してやれよ。リリィが消えるかもしれねぇんだぞ」

「……うん、分かったわ……」


 宿屋へ向かい、それぞれの荷物をとる。

 シアンが教会から馬車と引き取って来たらしく、馬を引いていた。


 リアンの街の壁まで歩いていく。

 馬車にのっているキュレとシアン、徒歩で着いていくスグラとリリィ。


 門の外で一度馬車が止まる。


「よし、ここでお別れだ」

「スグラ、何かあったらすぐギルドへ行くのよ」

「うん、大丈夫」

「リリィ気を付けてな。スグラの事も頼んだぞ」

「任しといて!」

 胸を張りドンっと叩くリリィ。

「それじゃ、クニルやコアードさん、オルさんにもよろしく!」

「またな! 用が済んだらすぐ帰ってこいよ!」

「またねー!」

「身体には気を付けるのよー!」

 馬車が見えなくなるまで二人はずっと手を振っていた。


「さて、いきなりとんでもない事になっちゃったね」

「そう? あたしはちょっと楽しみだなー」

「頼りにしてるよ」

「うん!」


 二人は踵を返すと、街の中へと進んで行った――。



▼△▼△▼



 一日経過して――


「えええええええええええええええ!!」

「クニル、うるさい」

「そんな……スグラ、帰ってこないんですか?」

「そうなのよ」

「ど、どのくらい?」

「シュリングの王都へ行くって事は……最短で往復二ヶ月? 用事も合わせると……少な

く見積もって三ヶ月以上は確定的かもねー」

「さ、三ヶ月って……ど、どうして二人は止めなかったんですか!」

「スグラとリリィが行きたいって言ってるんだもの。姉である私が止める理由が無いわ」

「で、でも……」

「王都にはフラカも居るしな、フラカに会うのが目的なんだし……大丈夫だろ」

「二人共……何でそんなに冷めてるんですか?」

「そう? 普通じゃない?」

「そうだよ。こんな事で狼狽えてられるかってんだ。スグラに笑われちまうぞ」


「…………」

 ムッとしながらも何も答えず……。

一呼吸置いた後。


「……心配じゃ、無いんですか?」

「…………」

「……そんなもん……」

「心配に決まってるでしょう?!」

「当たり前の事、聞いてんじゃねぇよ!」

 何故か怒られるクニル。

「……ふふ、なんか安心しました」

「はぁ……」

「スグラ居ないとつまんないなー」



その頃のスグラ達はというと――


「へっぐしゅん!!」

「うわっ! びっくりしたぁ……でっかいくしゃみだね」

「誰かが僕の事噂してる? のかな」

「どうせシアンとかキュレあたりでしょ。クニルかもしれないね」

「あはは、そうかもね……」


 リアンの街を離れ、シュリングの王都へと向かう途中。一番近い街であるリンケを目指してい

るところだった。ラフラの村とは違い、草木があまり高くない砂漠のような道をひたすら二人が

歩いている。


「次の街へはどれぐらい?」

「あと半日って所かなー」

「よし、頑張っていこう」

「張り切り過ぎて倒れちゃダメだよー」


 次の街を目指し石畳を歩く二人の人影。

 奇妙な運命と少しの奇跡で生き延びる事が出来た二人の話は、これからも続く。


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