五
子穂は狭良の頬を再び撫でた。もう逃げなかった。
「巫女は…」と狭良は呟いた。「穢れたら最後、国神様の吐く業火にその身を焼かれる運命にあるとご存知ですか?」
子穂はなにも言わなかった。
「貴方は自分のせいで死ぬ女を見たことはないでしょう。お妃様が三人もみえるのに…私は慰み物、遊び女ですか?」
違う、と彼は言う。しかし、捨てられてはひとたまりもないのだ、こちらのことも考えてほしい。出会ったばかりの相手に癒せと命じるとは、頭がおかしいとしか思えなかった。王族の考え方は平民の自分には理解不能だ。三人の妃を侍らせ、妾もいる。その彼が自分に興味を持つなど考えられない。ただ単に珍しかっただけ。巫女という極めて異色な存在に興味を持っただけだ。私に興味を持ち、惹かれた訳ではないのだ。それが無性に悲しかった。
「添い寝してくれ。それくらい構わないだろう」と彼は懇願する。狭良は「いけません。私はこの場にいてはいけない」
と身をよじった。
逃げたかった。ここにいると否応なしに流されてしまう。相手を拒まなくなってしまう。巫女は国神様以外の男に惹かれてはいけないのだ。頭ではそれがわかっていても、心がそれを望まなくなる。自分さえ承知すれば、彼は成すことを成し終えるだろう。それこそ、巫女にとっての"穢れ"でしかない。愛し愛されることが穢れなのかと問われても、それが掟だった。穢れた巫女の末路を、狭良は何度も見てきた。あの断末魔と、涙。
心が縛られ始めていた。
危険だ。
離れなければ。
彼といればいつか
私と彼、双方に
国神の制裁が下るーー