十一
爛れた皮膚の側に薄い白膜が残っていた。「恐らく、サンカランカの根を百鬼草で煎じたものね。無臭だけど、触れた箇所は爛れるという劇薬…」狭良は、遺体に掌を合せた。「死ぬものではないから、ショック死でしょうね…この子、美しい子だったから…」
「今晩、埋める」合掌した後、波蘭は遺体を担ぎ上げて言う。
「待って。元の顔に戻して、実家に送り返します。私の責任ですから」
死後硬直の前なら、故郷から持ってきた秘薬で、顔が元に戻る。しかし、波蘭は首を横に振った。
「この子は貴族の出だが、家は一代前に取り潰された。このままここに埋めてやったほうがいい。…それよりも、大丈夫なのか?ここ最近よく狙われている気がするが…」
「大丈夫…大丈夫でなくなったら、波蘭に助けを求めるから、心配しないで」
大丈夫でなくなった時は最期の直前だと狭良はわかっていた。自分は毒薬全てに詳しいわけではない。薬全般を知っているが、毒薬はその一部なのだ。薬師ではないのだから。
「この子が守ってくれるから大丈夫よ」
子穂は、腹の子に着せる産着を縫っている狭良を愛おしく見つめた。真っ直ぐな赤い髪は指を絡めてもすぐに解ける。特に香料を使っているわけでもないのに、彼女からは心地よい匂いがした。
「狭良…」と彼は狭良の耳に囁きかけた。「何故、お前はそんなに良い匂いがするのだろうな」
狭良は苦笑いを浮かべた。「良い匂いって…他のお妃様方のように香料は使っていないわよ」初めて華宮に来たときは、その禍々しく歪められた花の香りに思わず顔を顰めそうになったものだ。自国で作られた香よりも、外国の、特に大陸で作られた香油は高級ではあったが匂いがきつい。民は香を好むが、自国で作られたものしか使用しなかったし、それでさえ祭りの時にしか使用されない…彼らにとっては一級品だった。神殿にいた狭良は、その清貧たる生活に慣れてしまい、あまり香を好まなかった。とはいえ、薬を作ることもあったので、練り香を作ることはできた。香りは確かに強くないが、優しい香りがする。それを子穂に作ってやることは度々あった。常に緊縛した政に携わっている彼に一時の安らぎを与えたいと思って始めたのだが、本人はとても気に入っていた。
「お前がいない人生なんてもう考えられない」子穂は狭良の持っていた針を針山に突き刺すと、机の上に作りかけの産着を置いて、裁縫用具の入った桐箱の蓋を閉じた。そして、狭良の首の後ろに手を差し入れ、頬にもう片方の手を添えて、口付けた。
「私があなたより早く死んでも、この子を残していくから大丈夫」
子穂の瞳が不安で揺れた。「その子も何処かに行ってしまったら?俺はまた一人だ」
「大丈夫。この子は神様が守ってくれる。一時、あなたの手を離れてもきっと繋がっているわ。あなたを一人ぼっちになんてさせない。いつか誰かを残していってくれると思うの」
子穂は無言で、今度は深く口付けた。
淋しがりやだと思う。母がなくなり、守ってくれるのは父だけだった。それだけに信頼出来る人が欲しいと思っている。自分を残して死んでいくのはもう嫌なのだと。
「子はたくさん欲しい。女がいいな…そうしたら…」
無用な争いには巻き込まれない。呟かれた内容に愛を感じた。だが、腹の子は恐らく男児だ。
「男の子だったら、きっとあなたにそっくりよ。白子だといいんだけど」
だが、二人ともわかっていた。恐らく、この子は神が憑く。神憑きが国を統べることはお互い知っていた。子穂は神憑きだ。狭良は故郷で知った。
子穂に次ぐ皇位継承権を持つ、子穂の第一皇子は神憑きではなかった。あの時引っかかったのはこれだったのだ。




