十
侍女の一人の言葉に狭良は頷いた。「そうだったわ。入宮のお祝いにどなたかから頂いたのだけれど、化粧が好きでないから、どうぞ心置きなく使って頂戴」
そう皆から言われては、逆に断るほうが失礼だと…そう思ったのか、嬉しそうに「ありがとうございます。喜んで使わせて頂きます」と答え、袂にそれを仕舞った。内心、いい拾い物をしたと思った。この白粉は、自分が壱ノ妃に命じられて交換した。謂わば高級品なのだ。下級貴族の金では買えない代物だった。
━━━━彼女の悲鳴を聞いたのは、その夜の事だった。
ガタガタと音がして、悲鳴を聞きつけた侍女たちが事が起こった場所に駆けつける。遅れて、狭良や波蘭も駆けつけてきた。
そこは、侍女部屋からすぐ外に出るとある廊下だった。彼女はうつ伏せに倒れていた。手には小さな手鏡がある。
誰も駆け寄ろうとはしない。苦悶の呻きはもう聞こえなかった。誰もが最悪の状況を想像した。血はない。
「私が見る。」波蘭は侍女たちを押しのけて、倒れた人の胸に腕を通し、仰向きにさせた。その瞬間、誰もが息を呑んだ。
美しかったその顔は見るも無惨に爛れていた。肉の腐った臭いがして、皆が顔を顰める中、偶然通った羽虫のみが美しいとでも言っているように、その顔に止まった。
「皆は部屋に戻りなさい」静かな、だが有無を言わさぬ声が響いた。狭良の指示に従い、誰も何も言わずに帰る。吐きたい者はその場で吐瀉した。
息はなかった。
「白粉だ」と波蘭は言った。




