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風をよぶ君  作者: 東雲 滉那
二人の皇子
16/24

 鳥のさえずりが耳に優しい。

 子珞は周りを見渡した。父の姿はない。


「おはよう」窓を開けていた波蘭が彼に言った。「殿下は今朝お帰りになったわよ」


「…うん。母上は?」


「狭良は今、部屋で裁縫しているわよ。子珞の剣を入れる袋を作っているのだって」


 彼はそれを聞いた途端に顔を輝かせると、急いで着替えをし、顔を洗った。そして塩壺に指を浸した後、歯を磨く。


「母上は朝ご飯は召し上がったの?」

「ついさっき」


 子珞は頬を膨らませると「残念」と呟いた。


「狭良なら、子珞を呼んでいたよ」その言葉を聞き、彼は嬉しそうに母の部屋へ駆け出していく。


「あ!まてこら、ご飯!」

 子珞は足を止めずに波蘭に言った。「また後で食べる!」

 波蘭はそれを聞いて、ため息を吐きながらも嬉しそうに顔をほころばせた。


「母上!」子珞は上がった息を整えながら、狭良の部屋に入った。「子珞です」


 母は椅子に座ったまま儚げに微笑む。最近多くなった。以前は波蘭のように屈託なく笑われる方だったのに。


「子珞、いいところに来たわね。子穂から預かり物があるのよ」


 狭良は指で持っていた細い針を針山に刺すと、手招きした。子珞は彼女の方へ歩いていき、狭良の前で膝を折った。そうした彼の頭を優しげに撫でる。子珞は狭良の膝に頭を埋めた。


「父上が僕に、ですか」


 胸を高鳴らせながら、子珞は怖ず怖ずと訊いた。


「少しそこにいてね」


 狭良は立ち上がると、自分の寝台に置かれているそれを持って彼の下へ戻る。


「長刀ですか」


 それは黒い刀だった。闇色…すべてが染まるようなその色は、栢香神のようであった。子珞の腕にはだいぶ重かったが、持てないわけではない。彼はその刀を抜いた。狭良が息を飲んだ。子珞がそちらを見ると、彼女は深刻な顔をする。


「子珞の憑き神は…」


 今度は子珞が驚く番だった。「母上、何故それを…」


 狭良は何も言わない。彼も押し黙り、母の言葉を待つ。


「子珞、その刀を持って庭に出なさい」


まさか、村の神が自分の息子の憑き神だったなんて。違う、自分の息子だから、憑き神が栢香神様なのか。


 狭良は体が興奮で高鳴ったのを認めた。


 この話は誰にもしていない。…いや、神官長と陛下はご存知か。


 狭良は栢胤島(はくつぎじま)という小さな孤島の出身である。栢胤島はその名の通り、栢香神のお膝元であった。彼が初めて支配下に置いた島として知られている。そのため栢香神信仰が非常に強く、栢胤島で生まれた子供は幼い頃より、神の使徒として神殿で育てられる。小さな島ではあったが、列島であるため、血が濃くなることはなかった。遠い遠い親戚であるには違いなかったが。子供達は神殿で、「神鎮めの舞」という踊りを教えられ、古代文字も読めるよう指導される。神鎮めの舞は、祭や歌垣などや祭祀などで舞われる。栢香神ならびに国神含む他の神々に捧げられる舞のことだ。


 子供達の中には時折、見目麗しく、覚えの良い子が生まれることがある。その子供は「栢香神の御子(みこ)」と呼ばれ、特に重宝された。その子らは、神鎮めの舞とは別に「神降ろし」という舞を教えられる。神鎮めの舞が二人舞であるのとは違い、神降ろしは一人舞である。神事で、神に降臨してほしいと懇願する舞だ。もし神がそれに応じれば、栢香神の御子や使徒のみその姿を見ることができる。


 狭良が栢胤島の神殿に住まう御子から、大神殿の巫女になったのは必然だった。大神殿の巫女は10年に一度、各地の神殿から集められる。大神殿の巫女は主に十から十八の生娘で、二十五には大神殿から出され、適当な相手に嫁がされる。栢胤島も例外ではなく、いつも一人大神殿の巫女となっていた。


 その日、狭良は泉で(みそぎ)をしていた。それを見かけてのが、大神殿の神官長である。濡れた薄衣を身に纏った姿は御子の名に相応しかった。


 当時、栢香神の御子は狭良の他にもう一人いた。香月(かづき)という少年である。栢胤島の神殿の神官たちは香月がいることをいいことに狭良の大神殿行きを承認した。

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