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風をよぶ君  作者: 東雲 滉那
二人の皇子
14/24

 子珞の瞳がスゥ…と細められる。この様を自分は知っている。幼少の頃、子穂自身もそうであったのだから。"これ"をしなくなったのはいつだったろう。やっているうちは無意識だが、やらなくなるとわかるのだ。何かが外れていたということに。…確か、10歳かそれくらいでそのことに気がついた。相手に打ち込む時に目を細めるこの仕草を続けている間は、この幼い少年は国でも類を見ない剣士になる。子穂でも気が抜けなかった。

 幾度も木刀が交わる。その度に鈍い音が響いた。


「……っあ゛」


 妙な掛け声と共に、子珞は打ち込んでくる。重い…。

 しかし子穂は何も言わず、息も乱さずして、子珞の刀を凪払い、彼の喉元に木刀の切っ先を突きつける。


「…ぅ、参りました」


 子珞は悔しそうな顔をする。


「…大人気ないですよ」

「…何を言うか」


 思わず笑みが浮かんだ。

 ふたりでクスクスと笑い合う。



「父上…大きくなったら、父上のようなお人になれるでしょうか…」


 何気なく呟いた息子のその言葉に、子穂は笑うのを止めた。無言のうちに、先へと促せば彼は口を開く。


「いつまで経っても強くはなれないし、背も高くならないし、…それに、…もしも母上が……」

「狭良がいなくなったら、守る者がいなくなる……と」


 子珞は頷いた。子穂は幼子の頭をくしゃりと撫でた。この子は母親の命数が幾ばくもないことを本能で感じている。子穂にも同じ経験があるため、その感覚がわかるのだ。龍王の血を継いだ子を産み落とした母親は短命である。子穂の母も、子春の母も若くして亡くなった。妾妃、貴妃に関わらず、それはどの世も同じである。その事実を知ったのは子珞が産まれた後。そのことを知るのは王である者、王になる者…のみ。

「お前が守る者は母以外にもあるさ。…子珞。父が守っているのは何だと思う」


 子珞は暫く考えた。(つぶ)らな瞳が子穂の目を見る。心の奥を覗かれている…そのような感じを受けた。


「父上が守るべきものは…国。母上や僕よりも真っ先に優先しなければならない。それが皇太子である父上の御役目。…僕は…」


 それきり押し黙った。微かな吐息が震える。


 僕は…僕は…今…父上の胸の内を覗いた?

 何故自分にそのようなことができるのだ。父上は僕を見ている。驚いてはいない。皆、このようなことができるのですか。父上も兄上も陛下も。僕だけできる…そんな訳ないと言ってほしい。

 自分が暗い所に沈んでいくのがわかる。何も聞こえない。何も見えない。自分の五感が反応しない。


 その様子を子穂は見ていた。恐らく、この子は自分とは違う何かが…宿っている。

 龍王の息子に尋常でない力があるのは、神がその身に宿っているからだ。なんの神が宿っているのかは即位式でわかる為、子穂は自分の体に宿る神が誰なのか知らない。

 だが、この子は今…。この異様な空気は何だ。(まと)わりつく様な闇色の気…。



 ど…くん


 心臓の音がやけに煩い。子珞は闇の中で眉を(ひそ)めた。


(はぁ…)


 少しばかり息を吐けば、だるさは幾ばくか解消される。


 それで、僕は何だってこんなことになっているのだ。そう…そうだ、僕が父上の胸の内を覗くことができたのはなぜだ、と考えていたのだ。


 頭が冷めていくと、周りの気配を敏感に察知できるようになる。自分を見ている何かの存在も感じとれた。


「誰だ!?」


 返事はないが、子珞は顔を上げ、その何かを睨みつけた。

 ふっ…と気が揺らいだ。


『捕って食うわけではない』

「誰だ、と訊いているんだ」


 しばらくの間、沈黙がその空間を支配する。


『栢香神[はくきょうしん]…人にはそう呼ばれている』


 栢香神!

 子珞は生唾を飲み込んだ。背中に冷や汗が伝う。


 栢香神といえば綾幸十二神[りょうこうじゅうにしん]の壱ノ神で、国神に次ぐ存在だ。その性は闇ーー。国神の性である光と相反する。闇の夜を支配し、人の心を視る。人間達に畏れられ、死をも司る。


「栢香神が僕に何の用ですか」

 僕は死なないけれども…。生憎そんな予定はない。


 ポゥ…と何処からか光の粒が集まり、形を成す。そして、人型の…神が目の前にいた。


 彼は美しかった。漆黒の黒髪が光の粒に照らされ、美しく輝いてみえる。小麦色の肌が柔らかく感じられた。彼はゆっくりと目を開けた。その瞳は子穂や子珞の赤い瞳よりも濃い…紅。


ど…くん


 動悸が一気に速くなる。なにかが子珞の足に絡みつき、その場から動けない。


『あぁ…そうであったな』と栢香神は一人納得した。『即位の儀で…か。すっかり忘れていた』

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