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風をよぶ君  作者: 東雲 滉那
二人の皇子
13/24

「子珞…、狭良になにかあったか?」


 子穂は子珞に尋ねた。父がこういう時は決まって、母がいつもと違った時だ。しかし、子珞には母がいつもと違っているのかわからなかった。


「いえ…」

「そうか…それならいいが…」


 子穂の顔が幾らか陰る。なにかが違う…狭良は何かを隠している。自分にも息子にも。子穂は下唇を噛んだ。もう少し彼女の側にいればよかった。覇気がなく、以前より痩せていた…。そして仄かに香った御霧香(おんきりこう)…。あれほどきつい香を焚きしめているということは、狭良の体に異変が起こっている。


「父上、思い出しました。母上は食事の後、なにか飲んでいらっしゃいます。今までは飲んでいなかったのに!」


 子珞の言葉に子穂は歩みを止めた。


「なにを飲んでいるかわかるか?」


 子珞が悔しそうに顔を歪める。


「いえ…ですが、ニオイなら…。母上がそれをお飲みになった後は決まって紅花の香りがします」


 子穂は愕然とした。

 紅花…毒消しとなるその花はすり潰してから乾かして、茶にして飲めば、体内にある毒を八割ほど消すことができる。


「わかった…。いいか、子珞。私は明日宮に帰る。私が次にここに来るまで、狭良を守ってくれ」

「はい」


 恐らく、狭良の体には毒が回っている。遅効性の毒で、毒性の強いものだろう。

 歩きながら話していると、いつの間にか武器庫に着いた。子穂は手に持っていたランプに火を灯すと、奥へと進んでいった。今、子珞が使っている木刀は軽すぎる。真剣の重さの少しにも満たない。剣の重さは人の重さだと言われる。あのような軽い木刀では、人の重さをわかることはできない。彼は小さいながらも剣士なのだから。


「ここらへんか…」


 子穂は丁度いい具合の重さの木刀を見つけると、子珞を呼んだ。


「子珞、あったぞ」

「はいっ!」

 

 彼は嬉しそうに駆けてくる。子穂はそれを手渡した。


「重いか」


 その問いに、子珞は真剣な顔をして返事する。


「…重いです」


 子穂は微かに苦笑を漏らした。「そうだろうな…」


「ですが、大丈夫です。持てます」


 一所懸命に弁解する息子の頑張りに、子穂は可愛いな、と感じる。そして子穂は子珞の頭をくしゃりと撫でた。


「素振りは毎日百はすること。無理して回数を多くすると肩を壊す。七になったら三百、十二になったら五百…こうやって増やしていけばいい。柔軟は毎日しろよ。身体をやわらかくしておくことが大切だ。軽業師のように身を軽くしておけば、怪我をしなくなるし、自分の命が守れる。地道な努力が実を結ぶんだ」

 子珞は静かに聞いている。


「わかったな」

「はい!」


 それと…、と子穂は続けた。


「義を貫け」

「義…」

「あぁ。今は理解できないかもしれない。だが、最も正しい道を進め。悪を赦すな。いいか」

「はい」


 この言葉は子珞の胸にずっと残ることになる。

 嫌な予感がした。以前、子春が言った通りのことが起こったら?狭良がいなくなってしまったら?


「子珞、昼にできなかった剣の稽古をつけてやる」

「はい!ありがとうございます!」


 子穂は自分用に重たい木刀を選ぶ。「行くぞ」


 子珞はパタパタと走ってついてくる。

 外に出ると、空が白み始めていた。子穂はランプの灯を消すと、木刀を振った。


  ━━ヒュン


 木が手に吸いつく。それもそうだ。今まで自分が使っていた木刀なのだ。自分と母がずっと暮らしていた場所だ━━母が死ぬまで。

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