四
数日後。
停学が解け、また学校への道に足を踏み入れる。
まだ五月半ばだと言うのに、我らが太陽様は延々と炎々に燃え続ける。萌え続けた場合は太陽様が二次元の女神様化されたのだろう。既に誰かがやってそうですね。
教室に着くなり、僕は顔を大いにしかめた。
なぜ?
いやいや、自分の席に煩いのがいたらそりゃあ、ね?
しかも今日は二人追加。ナニコレ。
「……おおっ、停学解けたのか!良かった良かった!」
停学期間知ってんだから、当然狙って来たんだよなぁ、我妻さん?ん?
「い、いや、偶然グーゼン。偶然以外の何物でもない。今日たまたまこの教室を覗いてみたら、なんかキミの机に来訪者がいたから、こう、声をかけてみたってわけだ!」
その無駄なコミュニケーション能力、どこで手に入れてんの?
「キミと話してりゃ、嫌でも身につくっての。キミと話すと経験値がっぽがっぽよ」
僕は手頃な経験値稼ぎのモンスターか。なるほど。
奥義・瓦割流星!!
「いっでぇぇええ!? ちょ、人の脳天に手刀を超力強く『ドグシャァァッ!!』って擬音がつきそうな技名で叩き入れるとか頭大丈夫かぁ!?」
お前のおかげで壊れたみてーだわ。修繕費五万請求しておk?
「数字がリアルすぎるわ!やらん、やらんからな!……なんでそこで舌打ちする!」
なんだこいつ、うるせえな。我妻は放っとこう。
……んで。
「なんであんたらがいるんすかねぇ……」
「あんたが停学だってこと忘れてて、ここ数日何も動けなかったのよ」
「それで、今日停学が解けるって聞いて、来ちゃったんです」
図書委員さんと新聞部部長さん。
僕の机に寄りかかり、踏ん反り返ってるのが図書委員さん。
メモ帳片手に目を鋭く光らせてるのが新聞部部長さん。
ねえ、おたくら暇なの?
「まあ、暇と言えば暇?」
「私も、貴方が犯人になっちゃってからは誰にも問い詰められたりしなかったので、暇と言えば、暇です」
……ならなんで、その貴重な暇を、僕の机に集まるだなんて不毛な時間に潰す?
二人は顔を見合わせ、同時に言った。
「「嫌がらせ?」」
「よろしい、戦争だ」
こいつらに一度痛い目を見せる必要がある。
「な、なぁ、この人たち誰なのさ?」
あぁ?なに、僕が来る前に話してたんじゃねーのん?
「いや、俺がここ覗いてすぐ、キミが来たから」
ああ……説明めんどくせ。
お二人さん、この馬鹿に自己紹介かっこ簡潔版オナシャス。
二人は、姿勢を正し、目の前にいる見知らぬ我妻に対し、必要以上の情報を与えないような自己紹介を始めた。
「二年の図書委員です」
「新聞部部長です」
…………。
…………え?
「終わり?」
僕と同じことを思ったのか、我妻がクエスチョンマークを頭の上にポンっと浮かべる。
いくらなんでも……ねえ?
もちっと言い方あるんやない?
「だってめんどいし」
「なんかこの人胡散臭いんです」
「胡散臭っ!?」
どう考えてもこの単純馬鹿に胡散臭さなぞなさそうな気もするんだが……ま、我妻だし放っとこう。
我妻だし。
「てめえオモテ出ろや」
胸倉を掴まれる。誰に?我妻に。
……お前、意外と力あるんだな!!
「悪いなぁ、こちとらそれなりに鍛えてるもんで!」
っつかそんなことより……と、僕から手を離し、図書委員さんと新聞部部長さんの方に振り返る。
「この人達との関係性は?何なわけ?」
問い詰めるような口調に、僕は少し意外に思う。
我妻が珍しく、怒ってる?
「何、と聞かれても……謎解きごっこの仲間、かな?」
「謎解き……あぁ、窓ガラスの。あれ、キミが犯人になって終わっただろう?それともアレはやっぱり嘘で、真犯人がいるってこと?」
我妻は、真犯人、のところでジロリと新聞部部長さんを見たが、僕が彼女じゃないと言うと渋々ながらに引き下がった。
「で、この子が犯人でなくて、キミも犯人でなくて、なら誰が犯人なのさ?」
それを考えるための仲間さ。
わかってることを整理するとな、なんとなくだが犯人像が見えてくるんだよ。
言葉が窓ガラスを割った、という部分は上手く隠し、それとなく先日話し合ったことを教える。
すなわち、言葉にそれほどの『想い』を詰める人物の存在を。
「はぁ……つまり、犯人はとんでもなく窓ガラスが割りたかった奴ってこと?」
その限りではないけどね。
怪言が自由意志を持って、勝手にその想いの丈を暴力に変えたのかも知れないし。
いやはや、無知は辛きよのう。
と、それまで僕と我妻の会話を黙って聞いていた図書委員さんが口火を切った。
「とりあえず、会わせたい人がいるんだけど──」
ん?
なぜそこで口ごもる……ああ、我妻か。
「悪い我妻。席、外してくれないか?」
「……ん、まあ、キミが言うなら気にしないけど」
そう言って素直に引き下がる我妻って実は凄え素直なんじゃなかろうか。どうでもいいや。
図書委員さんが会わせたいという人に会いに行くのは、放課後ということで話がまとまった。
特別棟カウンセリング室。
文字通り、校舎とは別の建物に存在するカウンセリング用の部屋だ。
校舎の陰に隠れるように建つ特別棟は、辺りに散らばる落ち葉のせいかより一層不気味に見える。
その二階。カウンセリング室の前に僕、図書委員さん、新聞部部長さんがいた。
図書委員さんが言うには、この部屋に例の会わせたい人がいると。
「普段は滅多に校舎の方に顔を出さないけど、入学式では挨拶してたから知ってたりするんじゃない?」
入学式となると、去年の話か。覚えてるわけなかろうもん。
さして興味のないイベント。憶えていると言えば去年の担任と今の担任と我妻の顔くらいだ。最後憶える必要なかったな。
んで、その人はどんな人なの?
「……前に話した、怪言について詳しいことを知ってる人よ」
──ほぅ。
それは興味深いな。
実は僕は、それなりにその怪奇現象を楽しんでいる。
なぜこの世にそんなものが生まれたのか。
僕の言葉を嘘にしてしまう力と何か関係があるのか。
考えるたびに脳が良い具合に刺激され、頭の体操になる。
なにより、そのような世界の謎というのは誰であろうとテンション上がるってもんだろう。
それについて詳しいとなれば、僕が食いつかないわけがない。
なるほど、図ったな。
「んなわけないでしょ……まだ説明し切れてないことの補足をしてもらうのよ。なんで怪言が割ったとわかったのか、とか」
どうでもいいよ、理由は。
そんな人と僕をわざわざ引き合わせてくれることに感謝するよ。
図書委員さんは溜め息をつきながら建て付けの悪い引き戸をガタガタと鳴らしながら引く。どうでもいいけどこの学校のドア建て付け悪すぎでしょ。
──開けた先には、ひたすらに闇が広がっていた。
閉め切られたカーテンから僅かばかりに漏れ出す陽光。元々校舎の陰に位置する特別棟。その光ですらまるで届かない。
うっすらと、何かがそこにあるという気配しか感じず、気味が悪いったらありゃしない。
さすがにこれは僕も、引く。
「──やぁ、キミタチかい?私に話を聞きたいと言うのは」
カウンセリング室と言うからどことなく予想していた、二十代女性の声。
やけに物々しい、落ち着いた雰囲気を醸し出し、研究者か博士をイメージさせる。もしくは幽霊。
「先生、カーテン閉めるなら電気くらいつけてください。なんにも見えませんよ」
いつものことなのか。この真っ暗闇は。
多分、図書委員さんのその注意は僕たちのためだろう。新聞部部長さんなんかビビって震えてるし。
「明るいのが苦手でね。待っててくれ、今点けるよ」
真っ暗な部屋の中でゴソゴソと動く音が聞こえる。良いね、純真な男子の妄想が捗る。
だがそんな展開は当たり前のようになく、やがて物音が消えたかと思うと部屋は青白い光に照らされ、ようやくその姿が浮き彫りになった。
乱雑に散らばる書類の束。
申し訳程度に置かれている食器セットと茶菓子。
まるでもてなす気のないその様に、僕は思わず苦笑してしまう。
「悪い悪い。驚かせちゃったかな。さて……本来なら聞きにきたキミタチから名乗るべきだと言ってやるところなのだが。驚かせた詫びだ。私から名乗ろう」
伸ばしっぱなしの前髪を邪魔だとでも言うように払い、その青白い肌を露わにする。
不健康そうな見た目とは裏腹に、その声には妙な貫禄があった。しっかりと芯の通った声。
「私は業良未反。見ての通りカウンセラーをしているよ」
どこが見ての通りなのだろうか。
不健康そうな肌にボサボサに伸ばされた髪。しかもおあつらえ向きなその白衣。闇医者か何かかよ。
「さ、私は名乗ったぞ」
言外にお前らも名乗れと言う。
その言葉にいち早く反応し、新聞部部長が名乗る。
「わた、私は、白髪葱……陽辻です」
へえ、そんな名前だったのか。そういえば初めて聞いた。
それまで新聞部部長と呼んでいたためか、知らないことに対してなんの違和感も感じなかった。
業良先生?が、次はお前だとでも言うように僕を見る。
……あまり自分の名前を言うのは、好きじゃないなぁ。
そんな僕の葛藤(笑)など露知らず、不思議そうな顔で僕を見る新聞部部長──白髪葱さん。
はぁ、まあ良いか。
「あー……僕は二年の一般生徒、神漆巫凰。以後お見知り置き……やっぱお見知り置きしなくて良いです」
僕の名前なんて即効で忘れてくれ。マジで。
滅多に恥ずかしがることなんてない僕だけど、さすがにこの名前はね……苗字は仕方ないにしても、仰々しい漢字が使われたこんな珍しい名前。つけた親が見てみたい。もう見ることはないけれど。
「神漆……?ふぅん。どこかで聞いたことがあるね。そして残念。もう憶えてしまったよ」
やっぱ忘れろなんて無理か。こんだけインパクトあればな。
それにしても、聞いたことがある、ね。これだけ珍しい苗字だ。あるいは当然かも知れない。白髪葱って苗字も珍しいとは思うけど。
さて、自己紹介は済んだ。本題に入ろうじゃないか。
「待ってください」
と、そこで新聞……白髪葱さんが口を挟んだ。もうこれ新聞部部長さんって呼び方の方が慣れちゃってるな。
「まだ自己紹介してない人がいるんですよ」
はぁ。
あぁ、図書委員さんか。
別に良くないか?業良先生は知ってるだろうし、白髪葱さん本人も、取材したと言うだけあって当然既知だろう。知らないのは僕くらいだ。そして僕は、別に名前を知らなくても困らないのだが。
「ふふ、まあいい、してやったらどうだい?」
業良先生が面白そうにその様子を見守る。これ絶対遊んでるわ。
「はぁ……?する意味がない気が……」
あまり乗り気ではない図書委員さんが、カタチだけ見れば僕のためにわざわざ自己紹介をする。物は言いようだ。
「……木津音去」
ねこ。ねこ、ね。随分可愛らしい名前だこと。僕のためにありがとさん。
さて、今度こそ本題に入ろうか。今日は怪言について聞きに来たんだったな。
ん?いや、ちょっと違うか。図書委員の……ねこ、そう、ねこさんが、会わせたい人がいると言うから来たんだった。その人が怪言に詳しいからって。
「人が来るなんていつぶりだろうねぇ……ああ、木津くん以外での話だよ」
カウンセリング室なのにカウンセリングのために訪れる生徒が居ないのか。それは良いことなのだろうか……というよりも、この部屋の存在を知らないだけの気がする。
二年目になる僕ですら知らなかったし。
新聞部部長として、断片的にその存在だけは知っていたらしい白髪葱さんですら、訪れるのは初めてだったっぽいし。さっきの反応だと。
どう見たって足場のないカウンセリング室に、無理やり空間を作ってそこにパイプ椅子を並べていく業良先生。どうやらそこに座れということらしい。
しかし、暗いな。
部屋に入った際に扉を閉めてしまったため、カーテンが光を遮る部屋の光源は何やら青白い光を放つ水晶?らしきもののみだ。お互いの顔が少々不気味に浮かび上がる。
「さて、大体は把握しているよ。職員室前の窓ガラスが割られた件。その真犯人とやらを知りたいと」
まあ、概ね間違ってはいない。
だが問題は、真犯〝人〟などいるのか、ということ。
「それに関しては木津くんから話はあったんだろう?──割ったのは人じゃあない。言葉の妖怪さ。キミタチはそれを信じたと言うが……そこら辺は?」
ああ、信じるとも。どんな非日常、非現実も。
何せ、僕自身がそんなあり得ない力を持っているんだから。
白髪葱さんも頷いている。
「なら良い。さて、では順を追って話そうか──」
そう言って業良先生は、長い長い話を始めた──……




