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 高校二年、春。


 既に桜の花は散り、生い茂る緑の葉が、五月の始まりを告げる。

 この葉が散る頃には、僕の命も……なんちゃって。

 窓際最後尾というなんとも立地条件が最高な位置に座り、クラスを見渡す。

 皆、二年目の高校生活の始まりに、意気揚々とテンションアゲアゲのバッチグーなテンションで騒ぎ立てる。テンションを二回も使うほどテンション高いクラスである。

 さて、一つ嘘をいてみよう。


「このクラスは、とても仲良しです」


 この一言をキッカケに、クラスの雰囲気が、音で言うワントーンほど落ちる。

 ついさっきまで仲良くはしゃいでいた女子の集団は、途端にそわそわし始め、あちらこちらをキョロキョロする。

 男子の集団は、軽い小競り合いがどんどん険悪な雰囲気になっていく。

 はい、これでさっきの「このクラスは、とても仲良しです」という僕の一言が『嘘』になった。

 新年度になっても、僕の嘘は絶好調に舌好調。

 本当、嫌になる。


 人は普通、嘘を吐こうとして、嘘を吐く。

 だが、僕の場合は少々違う。

 言葉が、嘘になる。

 僕が口にした『真実』は、ヘソを曲げたかのようにそっぽに隠れ、『虚実』を世界に現す。

 さっきの場合。

 僕が口にした、クラスの仲が良い、という真実。

 それを僕が口にしたことにより、それは嘘になった。

 もう一つ例を挙げよう。

 この世界は平和だ、と言ったとする。

 すると、それはたちまち嘘となり、この世界は平和ではなくなる。

 簡単に言うとこんな感じ。

 効力や持続時間はその時その時によって違う。

 小規模の嘘は、それなりに長く続き、世界規模の嘘は、続いて一分といったところ。


 なぜ僕が、こんな能力を持っているかと言うと……まあ、わからない。

 カミサマの気紛れかもね。

 神様の存在なんて、これっぼっちも信じちゃいないが。

 いっそのこと、この能力自体を『嘘』にしてしまいたい。

「あー……怠い」

 その言葉が嘘になることはなく、僕の体は気怠さを演出し続けた。



「おーっす」

 道場破りにでも来たのか。

「待て、その返しは斜め上を突っ切ってったぞ」

 あ、そう。僕の知ったこっちゃない。

 一年の頃からやけに僕に付きまとって来るこいつ。

 クラスは違うのだが、一度話しかけられてから今日に至るまで、放課後、わざわざ僕のところまで来て一方的に喋り倒して行く。

 今日もまた懲りずに、話しかけて来た。

「冷たいなぁお前。友達いんの?」

「ああ、いるとも」

「嘘吐けよ」

 あっさり嘘を流す。

「あー、こほん。俺の名前は我妻あがつま藍巫らんぶ。我妻ぁ、藍巫である」

 何言ってんのお前。

 唐突に自主的自己満足自己紹介始めるとか怖い。

「いやぁ……なんでだろう」

 よし、病院調べにちょっとPC室行くか。ついでにお前の頭から外れたネジの代わりを探しに行こう。

 やったら暑い五月日和。私服での登校が許されているとは言え、薄着なわけでもないから暑い。

 PC室なら、PC冷却のためにクーラーが効いているから涼める。一石二鳥だ。よし、すぐ行こう。

「な、なぁ。ただ涼みに行くんだよな?病院なんて、本気で調べるわけないよな?」

 僕の言葉を信じるのか?

 そんなもの決まっている。

 ……涼みに行くのが、嘘さ。

「ひでえよ、お前ひでえよ!俺は平気だっつの!?」

 それこそ嘘だろ。

 もうエイプリルフールなんて相当前に終わってるぞ?

「お前、それブーメランだぞ」

 ナンノコトヤラー。

 僕は返って来るブーメランを、片手でしっしっと払い「なにそれどうやってんの!?」手首の関節ブラブラさせてんの。

 払ったブーメランは捨ててしまおう。とりあえず我妻の空っぽな脳内へ。

 ダストシュゥゥゥゥッ!!

「っでぇ!? なにしやがるよ!?」

 お前の脳天に手刀かましただけだが。

「それがなにしてるって言ってんの!」

 日本語変になってきてるぞー?んー?ついに舌までイカれちゃったカナァー?

「まるで舌以外もイカれてるみたいな言い方すんなよ!」

 ついに舌以外がイカれちゃったカナァー?

「舌以外全てがイカれた!?」

 お前、イカイカうるさいよ。足十本もないんだけど。

「超特大ブーメランだぁぁああ!!」

 相変わらずいつも愉快な奴である。反対に僕は不快な奴である。

 正反対に位置する人間だからこそ、反発することなく過ごせているのかもしれない。磁石のS極とN極みたいな。

 そんなのは認めたくないから、やっぱりさっきのは嘘で。はい。

 で、なんか僕に用か?

「いや、特にないんだが。ただ暇そうにしていた君に話しかけただけ……いやいやちょっと待てよたち去ろうとするな止まれ!」

 用がないなら話しかけるな、の意で僕は去ろうとしたのだが、上手く伝わらなかったのだろうか?

「相変わらずお前はよぉ……はぁ」

 それはそれは深ぁい溜め息を吐いておられるが、その理由がとてもとても浅ぁく見えるのは気のせいか。気のせいじゃないな。

「いや気のせいだわそれ」

 なん……だと……⁉

「その程度で驚くな!ってか、話脱線させてんの君じゃん!?」

 脱線するほど道が定まった話などしていなかった気がするんだが。

「気のせい」

 そこまで主張するなら仕方ない。気のせいと思うことにしよう。

 あくまで、表向きは。

「表も裏もそういうことにしとけ!……ふぅ、君と話してると疲れるわ。おっと、それなら話しかけるな、って言葉は受け取らないぜ?疲れはするけど、同時に、楽しくもあるからな。話しかける理由はそれで充分。だろ?」

 全然共感出来ない。

「あ、そう……。……と、まあ、本題に入ろうか」

 え、本題なんてあったの。

「あるんだなぁ、これが。……どう?どう?騙された気分はどうだ??」

 何をどう騙されたんだろうか、僕は。

 まあいい、面白いなら聞こうじゃないか。

 面白くないなら帰れ。

「きっびしー……んじゃま、本題を、っと」


 職員室前廊下。

 そこに張られた窓ガラスが、一枚残らずバットで叩き割られていた。

 廊下に飛び散ったガラスの破片から、外から割られたことがわかる。

 素手で割るのは難しい程度の強度を誇るガラス。それらが全て割られた。何かしらの道具を使ったと見るべきだろう。

 計画的なモノか、衝動的なモノか。

 いずれにせよ、これは大きな問題。事件である。

 学校という小さな小さな社会では、これだけで大きな問題となるのだ。

 その事件は校内に瞬く間に広がり、知らない人など最早いない。

 学校側は公にはしていないが、ブルーシートで覆われたガラスを見れば、火を見るよりも明らかだ。


「で、それがどうした」

 それについてはもちろん僕だって知っている。

「その犯人が、誰かって話だよ」

 犯人、ねえ?

「生徒の間で有名な噂さ。やったのは……新聞部の部長じゃないかって」

 なぜ?

「さあな。俺も噂程度しか知らん。だけど、最近新聞部部長の挙動がおかしい、って」

 そんな噂が流れているんだ。当たり前ではないだろうか。

 人間という生き物は、いつもいつでもどんな時も、己の内に潜む知的欲求……好奇心に突き動かされ、行動している。

 興味ない、と言う人間もいるが、それはただ抑えているだけであり、全く無いわけではない。

 その好奇心による人間の行動は、無自覚に他人を傷付ける。

 真実とは違う虚実を、真実と見間違える人間の行動。

 一度植え付けられた思い込みは、そう簡単に引き剥がせるモノではないのだ。

 今回の噂も、そういった類いのモノではないのか?

「そこら辺は確かめてみないとなぁ……俺の理解の範疇にはございません、っと」

 使えねえ。

「うぉい!? 面白い情報を提供してやっただけでもありがたいと思え!?」

 クソの役にも立たない情報提供なんぞ、暇潰しにもならん。けえれけえれ。

「んだよ、けえれって……帰れ、か」

 さて、と。

 与えられた情報はつまらなかった。

 が。

 ──自分で謎解きするという、愉しみは得られた。

 かもしれない。



 手首の関節をブラブラさせるだけでは追い払えなかったので、膝の関節をブラブラさせて追い払った、つまり蹴飛ばして追い払った我妻による下らない噂提供くらいしか、事件に関する情報はない。

 ・職員室前廊下の窓が、一つ残らず鈍器で割られていた

 ・その犯人が、新聞部部長かもしれない

 あー、すっくね。情報すっくね。

 情報屋を気取るくらいならもうちょっとマシなヒントを提供出来ないモノかね、ワトソン君。いや、もしかしたらワトソンの方が優秀だぞ。

 今度からワトソン(以下)君って呼んでやろう。

「んぁ、図書室」

 変なことを考えていたせいで通り過ぎるところだった。危ない危ない。

 大学や高専なんかでは、図書室は別館に、図書館という一つの建物として存在していると言うが、我が県立校にはもちろんそんな金など無く、本校者四階、一つしかない階段を昇って、四階の反対側突き当たりに位置する図書室。

 ここを通り過ぎたらどうなっていたか。壁に激突していたことだろう。

 本当、危ない危ない。

 ガラガラー、っと引き戸を開け、図書室なんだから静かにしろよ、図書室の一部のくせに、というツッコミを引き戸に入れつつ入室完了。

 僕がここに来た目的を探す。

 ソレは、ソコにいた。

 ……いや、どこだよ。描写がねえぞ。

 改めて。

 ソレは、図書室に設置された新聞コーナーにいた。

 いた、という表現から、ソレが生物であることがわかる。

 ソレは、コーナーに置かれた椅子に座り、新聞をガサゴソ音を立て読んでいる。その目は血走り、何か悪い虫に取り憑かれたかのようだった。ん?この場合は悪い霊?

 ソレが、僕の存在に気付き、血走った目をこちらに向ける。

 やぁ、どうも。

「…………」

 僕が、良識のある声量で挨拶をするも、ソレは警戒したまんまでロクに反応もしない。僕を睨む目に力を込めている。あれ、これ反応してるわ。

 それっきり声を発さないでいると、ソレの目はまた、新聞へと向いた。

 さて、飽きられちゃったし、僕も何か読んでみようか。

 ハードカバー……は、軽く読むのには適さないな。また今度の機会で。

 となると、やはり文庫か。

 ど、れ、に、し、よ、う、か、な?

 手に取ったのは。

「それハードカバーじゃ!?」

『はてしない物語』という、それはそれは分厚い本である。

 あ、ハードカバーです。

「今さっき、明らかにハードカバーに向けた手を止めて文庫本に手を伸ばしてましたよね!? 何でそれが最終的にそんなド厚いハードカバーに落ち着くんです!? 狙ってるんです!? ウケ、狙ってるんです!?」

 先ほどまで新聞に顔を落としていたため、かなり目が怖い。そんな目で睨まないで!

「うるせえですよ!? 目が怖いのは新聞に顔を落としていたからです!」

 だからそう言ってるじゃないの。

 ようやく落ち着きを取り戻したソレに、僕は一言。

「はい、ゆっくり深呼吸ー」

「やかましいですの!!」

 全然落ち着いてなかろうが。変な口調まで出ちゃってるよ。まるで某金髪残念ツンデレツインテロールな新聞部元部長みたい。

 目の前にいる少女は、どう見ても黒髪だが。

 手入れされていないのが一目でわかる、ボサボサなセミロングの黒髪を振り回し怒鳴り散らすソレ。

 …………猫?

「誰が猫だぎゃ!」

 あ、もう壊れてるわこれ。

 さっきから、カウンターに座る図書委員であろう女子生徒の視線が痛い。放課後ということもあって、人は全くいないが……まあ、図書室では静かに、というのは当然のマナーである。

 図書委員の視線に気付き、こほん、と咳払いをし、一度腰を降ろすソレ。

 やっと話せる状態になりましたかね。

 僕も同様に腰を降ろした。



「……それで、私に何か用で?どうせ、興味本位で聞きに来ただけでしょう?アレのこと」

 アレ、とは?

「とぼける気で?……アレはアレ。窓ガラスの事ですが。今まで私を訪ねて来た者全員、それについてでした」

 へえ。随分苦労したようで。

「……で?そんな事言いに来たわけでもないんだろうし、さっさと聞きたい事言っちゃって下さいよ。あなたの望む回答、してあげますから」

 その言い方に少し引っかかった。

 あなたの望む回答、とは。

「あなたが、満足するような回答」

 もうわかっているとは思うが、僕の対面に座るボサボサなセミロングの黒髪少女は、件の新聞部部長である。

 新聞部には、三年生は居らず、彼女とあと一人の後輩だけしかいない。

 この学校の文化部は、部の設立には五人の部員が必要だが、部の存続については明確な人数を示していない。つまり、部の設立時に五人いれば、あとは何人になろうが部は生き続けることができる。だから、新聞部も二人だけで活動することができる。

 だが、二人だけでは満足する記事などできようもなかった。

 半分ほど、活動していないも同然の新聞部。その部長は、本来、部の活動時間である放課後には、こうして図書室の新聞コーナーで食い入るように新聞を見つめている。

 その事をたまたま知っていた僕は、今回の事件の事を聞こうとここに来た。

 僕と同じ事をする奴は何人もいたようで、その度彼女は辟易としていたのだろう。

 ま、僕には知ったこっちゃないが。

「それじゃ、一つ。……窓ガラスを割ったのは、キミ?」

 それに対する彼女の回答は。

「ええ、そうですけど」

 という、あっさりしたモノだった。

 そのあっさり加減に、僕は思わず吹き出してしまった。

「なに笑ってるんです?そんなにおかしいです?私があっさり肯定した事が」

「ああ、おかしいね。とってもおかしい」

 なるほど、あなたが満足する回答、ってのは、そういう事か。

 ああ、やっぱり。そうなんだ。

 そう相手に思わせる回答。

 今まで彼女を訪ねた者は皆、窓ガラスを割った事について聞きに来たのだろう。

 その度に彼女は肯定し続けた。

 はい、私がやりました。と。

 犯人に自白させるという満足感、征服感、優越感を与える事で、それ以上の言及を逃れて来たというわけか。

「でも、さ」

 それは、単なるその場凌ぎでしかない。

 その事に気付いているはず。

 だからこそ。

「その場凌ぎでも何でも、とにかく隠したい事がある。ってことの裏付け、完了っと」

 僕の言葉を聞き、彼女は押し黙る。


 僕は本質的に、嘘を見破ることができる。

 真実を虚実に変えてしまう、変な能力の副作用かもしれないし、幼い頃のトラウマが原因かもしれない。

 そんな僕を前にして、そんな言葉を吐くなんて。

 おかしくて堪らない。

「僕は、そんな回答じゃ満足しないよ」

「……じゃあ、どんな事を知りたいんです」

「その先だ」

 僕が求めているのは、その先。

 必死になって隠している、それだ。

「…………」

 当たり障りない回答を考えているのか、はたまた、今まで通りに行かない僕を前にして動揺しているのか。

 彼女の口はなかなか開かず、沈黙が図書室を支配する。

 空気を読んだのか、いつの間にか図書委員であろう女子生徒の姿はカウンターから消えていて、通常の教室二つ分ほどの広い図書室には、僕と彼女のみ。

「…………あなたは、信頼できる人です?」

 やがて口を開いた彼女は、そんなことを尋ねてきた。

 信頼?何を持って信頼とするのか。その定義が示されないと答えられ──

「いいから」

 …………。

 そう。

「僕が、信頼できる人だったら?」

 そう問い返し、彼女が答える前に、自身で答える。

「恐らく君は、何も話さなかっただろうね。だから、こう答えよう」


「僕は、信頼できる人です」


「……は?普通、今の場面は、信頼できる人ではない、と答えるのが普通じゃ……?」

 やー、あっはっは。

「なんだかもう、わけのわかんない人です……無駄なことに頭を使った気がするです」

 他人のことを理解しようとする行為は、果てしなく無駄だね。そんなことに頭を使うくらいなら、自分を理解することに使った方がはるかに有意義だ。

「んで、話してくれる気になった?」

「あなたがわけのわかんない、得体の知れない生き物だということはわかりました。まあ、良いでしょう。得体の知れない生き物のことです。どうせ、口を滑らすだけの友達もいないんでしょう?」

 ご明察。百点をあげよう。

「嬉しくないです。どうせ、満点は万点なのです」

 ピンポーン。正解。

「そろそろ本題、良いかな?」

「……私は、窓ガラスなんか割ってないです」


 割られた窓ガラスが教員に発見された日の前日の深夜。私のもとに電話がかかってきた。

「どうしよう、窓ガラス、割っちゃった」

 掠れ掠れにそう言う声の主は、相当緊張しているのか、マトモに喋れていなかった。

 どうやら夜中の学校に、とある理由から侵入し、目的を終えて帰ろうとした時。

 転がっていたサッカーボールを、誤って蹴飛ばしてしまい、そのボールが職員室前の廊下に張られた窓ガラスを割ってしまったらしい。

 この学校の警備システムはボロく、全く作動しない事が幸いし、警察には連絡は行かなかったが、翌日になればすぐにバレる。

 とりあえずボールを回収し、どうしようと焦った声の主は、何を思ったか、他の窓ガラスもバットで割り始めた。

 全ての窓ガラスが割られていれば、わざと割ったと思われるから。

 そうすれば、非力で度胸のない印象の声の主が疑われることがなくなると考えたと言う。

 だが、よくよく考えて、自分のしでかしたことはとんでもないことだったと気付き、慌てて頼りになる人に電話をかけた。

 その相手が、私だったというわけだ。


「そして、どうにかしてくれと頼まれた私が、綺麗な綺麗な自己犠牲により、その子を助けたというわけです」

 なるほど。

「嘘」

「…………え?」

「嘘でしょ、それ」

「嘘なんかじゃ……」

「いいや、嘘だね。──その、声の主の言ってる事が」

 僕は立ち上がり、見下ろす形で新聞部部長に告げる。


「キミ、騙されてるよ?」



 図書室の引き戸を開け、そこにいた人物に驚いた。

「あれ、いたんだ」

 図書委員。

「いちゃ悪い?元々あたしはここの主なの」

 ああそうだね。邪魔をしたのは僕の方だ。

「それじゃ」

 僕の横を通り抜けようとしたその前を、手で塞ぐ。

 ちょっと待ってよ。キミに聞きたい事があるんだ。

「……なに?」

 いや、ちょっと、ね。

 僕は、嘘吐きが感覚でわかるんだけど。


「キミからは、嘘吐きの匂いがする」



 深夜。

 誰もいない教室に。

 あたしはいる。

 あの時も、ここで、あたしは──


「やあ、こんばんは。こんな時間にこんなところにいるなんて、危なくない?」


 そんな巫山戯た事を宣うそいつとは、今日の昼、図書室で初めて顔を合わせた。

 あたしはこいつに呼ばれ、今日この時間、ここに来た。

 この男。とてもとても気味が悪い。

「あんたが呼んだんでしょ」

「あはは、そうでした」

 何を考えているのかわからない。何も考えていないのかもしれない。

「にしても、よくこんな時間に抜け出せてこれたね?」

「……別に。慣れてるだけだけど」

「ふぅん」

 さっさと本題に入れよ……愚図。

「それじゃ本題」

 あたしの心を読んだかのようなタイミングで発されたその言葉に、あたしは心なし肩を震わせる。

「キミ、犯人知ってるよね?」

「……何の?」

「窓ガラスを割った犯人」

 …………。

「…………」

 沈黙が教室を支配する。この世で最も支配力の強いのは沈黙なのではないか、と最近思い始めている。

「……あれ、違った?知らない?」

 しばらくして、自信なさげにそんなことを言ったそいつ。

 あたしは言葉を一文字ずつ咀嚼し、飲み込み。

「…………はぁ?」

 と、なんとも間抜けな声を出してしまった。

「んー、違ったか……やっぱり現実はミステリーみたく上手くはいかないなぁ……」

 何言ってんだこいつ。

 まさか、二次元と三次元をごっちゃにしてるんじゃなかろうか。

「いや、さ?こういった事件じゃ、限られた登場人物の中に必ず犯人がいるわけじゃん?んで、登場人物といったら、僕、我妻、新聞部部長、そして、図書委員のキミ」

 ご指名を受けました、図書委員ですが。

「我妻の親友というポジションは、中々犯人にはならない。新聞部部長はいかにも怪しい空気を出しているけれど、あからさますぎる。となると、まあ、最後の登場人物であるキミが、犯人、または、犯人についての情報を持っているんじゃないか、と」

 …………ああ、わかった。理解した把握した。


 こいつ、真性マジモンのアホだ。

 推理どころか妄想ですらない。登場人物だなんだと。まるでミステリーの読者か。あたしはミステリーの登場人物か。

 あたしはあたし。あたしの人生の主人公。勝手に物語の登場人物にされても困るっつの。

 頭おかしい。自分が世界の中心ですか。

 そういうのは本当大嫌いだ。自己中心的で、自己満足的で、周りのことを考えない。

 常に周りを意識してきたあたしにとって、害でしかない。

 バカらし、帰ろ。

「あ、ちょ」

 後ろから声が聞こえるが知ったことか。

 あたしは、真っ暗な教室を後にした。



「キミからは、嘘吐きの匂いがする」


「今夜、……深夜ね。深夜に、空き教室に来てくれない?」

 そう言って、僕は彼女を解放した。

 根拠はないが、彼女からは嘘吐きの匂いがした。

 自分を偽り、周囲を欺いているかのような空気。

 はたしてそれは図星だったようで、僕の嘘吐き発言に、彼女は動揺を隠せていなかった。

 それを確認し、深夜に学校に来るように言ってみた。

 僕の言葉の真意を探るために、必ず来るだろう。そして彼女は実際に来て、僕と対峙した。

 本来なら僕はそこで、彼女にカマをかけるつもりだったのだが……

「上手くいかんねぇ……。僕の方が先に折れちゃったよ」

 沈黙に耐えきれず、思わず巫山戯た事を言ってしまった。我ながらバカだと思う。

 さて、これでフリダシに戻ってしまった。いや、僕がしっちゃかめっちゃか掻き回してしまったので、ある意味マイナスと言える。

 ……ま、いっか。


「全部嘘にしちゃえば」



 翌日。

 あたしが学校に着くのはいつも、授業が始まる数分前だ。

 HRホームルームはいつも省略されるので、この時間に来ても問題はない。

 それくらい遅い時間に来るので、いつもは人が少ない下駄箱なのだが。

 今日は、人で溢れかえっている。

 何故だろうか?

 何にせよ、少し騒がしすぎる。うるさいなぁ。

 その騒ぎの元はなんだろうか?

 人集りの中心に視線を向けると、どうやら一枚の貼り紙が原因らしい。


『 二年三組 ○○ ○○ 上記の生徒を、一週間の停学とする 』


 はぁ……。停学くらいで何をそこまで騒ぐのか……?

「なぁ、本当にこいつが犯人だったのか?俺、こいつ知ってるけど、こんなことするような奴だとは思えねえんだけど」

「さあな?」

「確かに嘘吐きだけどさぁ、なんつーか、目立つ事しなさそうだよなー」

「ストレスでも溜まってたんじゃねーの」

 そんな会話が聞こえて来て、少し引っ掛かりを覚える。

 ……犯人?


「窓ガラスを割った犯人が、こいつだったなんてなぁ」


 ……………………は?



 僕は、嘘吐きである。

 そんな嘘吐きは、暇潰しの余興として、謎解きを案じた。

 だがそれは失敗し、なんだかめんどくさいことになった。

 じゃあめんどくさい。全部『嘘』にしちまおう。

 流石に、事件自体は『嘘』にできないから。

 それに、僕も責任を取らなきゃならないから。

 丁度いい。僕を犯人にしてしまえ。

 というわけで、『嘘』を一つ。


『僕は、窓ガラスを割っていません』


 世界は僕の言葉の受信を拒否し、耳鼻科に行った方が良いくらいの難聴を発揮し、僕の言葉を『真実』から『虚実』にしてしまう。


『僕は、窓ガラスを割っていません』


『僕は、窓ガラスを割っ────』


『僕は、窓ガラスを割った』


 どんなに辻褄が合わなくとも、世界がそう受け取ってしまった。

 今は、これが『真実』だ。


 こうして、僕が窓ガラスを割った犯人として停学を食らい、事件は幕を閉じた。

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