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 こんな話を聞いたことがあるだろうか。


 小さな村の、小さな嘘。

 一人の少年が連日、いた嘘により、起こってしまった悲劇。

 その少年は、毎朝毎朝


「オオカミが来たぞぉぉー!」


 と嘘を吐き、村の住民を叩き起こして迷惑をかけていた。

 その少年は、オオカミ少年と呼ばれていた。

 もっと詳しく話せば長くなるのだが、今回はその必要はないからカットする。

 その少年は、村のみんなを起こすために……つまり、みんなのために嘘を吐いていた。

 ある日。

 その嘘が本当になった。

 本当にオオカミが村を襲いに来た。

 それにいち早く気がついた少年は、叫んだ。


「オオカミが来たぞぉぉー!」


 だが、村の住民はそれを信じず


「またいつもの嘘か」


 と相手にしなかったそう。

 少年はいつも以上に声を張り上げ、村の危機を伝えようとする。

 だが、その努力虚しく。

 村はオオカミによって、潰れたそう。

 生存者は少年のみ。

 オオカミは少年にこう言った。


「お前の嘘が、村の住民を殺した」


 少年はやがて、自殺したそうな。



 僕も、オオカミ少年だった。

 とある嘘から人を殺し、疎まれた。

 だが僕は、人を殺すことが出来ても、自分を殺すことなど出来なかったようで。

 今も、のうのうと生きている。

 人の死の上に、僕は立っている。

 僕はいつ、死ぬのだろう。

 そんなことを考えながら過ごす毎日。

 窓から差し込む日差しに顔をしかめながら、また一つ、嘘を吐く。


「見ろよ、空はこんなにも青い」


 途端に、快晴だった空に影がかかる。

 強くなった風に流されて来た雲が、陽の光を遮り、あっという間に曇天を作り上げた。

 それを見て、僕はため息を吐く。

 一分もすれば、空にはまた青が増える。


「僕は、嘘吐きだ」


 世界がそれを肯定する。

 僕はそれを否定したい。

 だけど。


「こればっかりは、嘘にならないか」


 世界には抗えない。


「また嘘吐いているの?」


 僕に話しかけてくる奴など、今や一人のみ。


「いいや、今吐いてたのは嘘じゃないよ」


 そう。

 世界に対して嘘は吐けない。

 まるで、神様が全てを監視しているかのように。


「あ、そ」


 僕は、自分の嘘にこれからもずっと、付き合い続けなければならないらしい。

 そんなのは、とっくの昔に気付いている。


「……帰ろう?」


 こいつも物好きだ。

 僕の嘘に付き合うのは、僕だけで良いのに。

 自分から面倒を請け負うなんて、Mなのかね。


「ほら、そろそろ暗くなってきたし」


 嘘だ。

 空はまだまだ青の面積が広く、暗くなるまでにあと二時間はあるだろう。

 小学校の卒業式。

 他のみんなは既に親や友達と一緒に帰宅済み。

 教室に残っていたのは、僕とこいつだけ。

 すでに卒業式を終え、二時間が経過しているが、まだ三時。

 空が暗くなるには、まだまだ早い。

 相変わらず、こいつは嘘が下手だ。

 僕の嘘には到底及ばない。

 だが、あえて言おう。


「僕も君も、嘘吐きだな」


 この時は、僕とこいつの『吐き合い』がこんなに早く終わりを迎えるとは思っていなかった。

 まだまだ、嘘を吐いて吐いて、そんな意味のわからない行為に花を咲かせるのだと思っていた。

 だが、終わってしまった。


 休みの間に、一緒に遊び出歩くほど仲が良いわけでもなかったそいつ。

 どうせ中学校生活が始まれば、嫌でも顔を付き合わすことになるのに、なぜ二度手間となるようなことができよう。

 だから、そのことを知ったのは、新生活が始まってからだ。



 入学式当日。

 いつもなら、僕の家のインターフォンを嫌がらせのように鳴らしまくる時間帯に、それがなかった。

 それだけなら、ただの気まぐれだろうとスルーすることは出来る。些か不自然さはあったが。……おっと?いつの間にあいつが僕の生活を支配していたのか。この不自然さはなかったことにしよう。そう、この不自然さは嘘なのだ。

 よろしい。

 さて、そんな感じもしなかった不自然さをダストシュートし、真新しい学ランに身を包み、自転車に跨り通学路に躍り出る。


 ……ああ、下手な嘘が飛び散らかってる。


 見え透いた嘘。

 奥に秘めることもなく堂々と晒された本心に気付くことなく、その嘘を真に受ける愚か者共。

 嘘に気付きながらも、己の保身のために気付かないフリをし、友情ごっこに勤しむ餓鬼共。

 どれも不愉快だ。

 今から、こんなのが超凝縮された場所──学校に行くのだから、僕も狂っている。

 まあ、狂っていて当然か。

 僕ほど、見え透いた嘘を吐く人間もいないだろうし。

 僕ほど、嘘を真に受ける愚か者もいないだろうし。

 僕ほど、己の保身に勤しむ餓鬼もいないだろうし。


「世の中は綺麗だなぁ」


 一人静かに嘘を吐き、自転車をこぐ足に力を込めた。


 自転車をこぎ二十分。狂学……じゃなくて、共学の中学校に辿り着く。

 ここまで来てもまだ、あいつの姿が見えない。

 体育館に足を運び、指示された席につく。

 あいつと僕の苗字は、「あ」で始まるため、隣り合うはず。

 ぞろぞろと人が集まってきて、ようやく僕の隣の席が埋まる。

 だが、それはあいつではなかった。

 最初は妙に思ったが、思えば、あいつと同じクラスだったか覚えていない。

 そうだ。違うクラスだったんだ。

 そう考えれば僕の隣が知らない奴だろうと不思議はない。

 そう思い直し、退屈な入学式の始まりを迎えた。


 長い。長すぎる。

 既に三十分は校長の話を聞かされている。

 眠みぃ。

 辺りをそれとなく見渡すと、船を漕いでる奴が何人か。教師に睨まれている。

 あー、やばい。僕も寝るぞこれ。

 そうして、意識が遠のきかけた時。


「これで祝辞といたします」


 よっしゃ終わった!

 そこから先はすいすい進行し、あっという間に入学式は終わった。


 教室で、一通りの連絡事項を聞き流し、さあ帰る、とまで至った。

 まだ、あいつを見ない。

 今日はなんと幸運な。

 あいつに会わない内に早く帰ろう。


 次の日、またあいつは家に来なかった。幸運がまだ続いているのか。

 その日もまた、一度も会わずに終わった。


 その次の日。また来なかった。


 そのまた次の日。来なかった。


 次の日。次の日、次の日も次の日も次の日も、あいつは来なかった。


 僕に一方的に付きまとっていたのはあいつだ。それを僕は鬱陶しく思っていたのだから、清々しい気分でなければならないはずなのに。

 僕の胸中は、もやっとしたままで。


 また次の日。

 僕は、何年も足を運んでいなかったあいつの家に行った。

 そうだ。最初に付きまとって来たのはあいつだ。そして僕は多大な迷惑をかけられた。

 その償いもせず、勝手に付きまとうのをやめるのは、非常に無責任ではないか。

 そう、それだけだ。それだけが、僕の胸の内に靄をかけているのだ。

 家に着いた。あいつの家に。

 呼び鈴を鳴らし、数分待つ。が、返事はない。

 あいつ、僕にここまでさせたくせにまだ待たせると言うのか。

 もう一度鳴らす。反応はない。

 もう一度、もう一度もう一度。

 呼び鈴に反応したのは、隣の家のおばさんだった。

「キミ、そこの家に何か用なの?」

「ああ、はい。担任にプリントを届けるように頼まれちゃって」

 嘘です。

「プリント……?それはおかしいね。そこの家の人、3月に引っ越してったよ?」

「…………え?」



 学校に向かう足を、さらにさらに加速させる。

 今更ながら、自転車を使えば良かったと思うがやはり今更である。

 学校に着いた。

 一年の教室を片っ端から開ける。

 出席簿を覗き、あいつの名前を探す。

 ない。ここもない。ここでもない。僕のクラス……はあり得ない。ここもない。ここも。ここも。ない。ない。ない。

 どこだ、いるだろ。探せ。

 あいつが引っ越した?嘘だろ。探せ。探し出せないなら、それは僕の目がいよいよ腐り始めたということだ。

 やがて予鈴がなる。そんな時間まで各教室間を走り回っていたため、冷ややかな視線を向けられるが関係ない。

「おい、早く席に着け」

 教師に咎められ、舌打ちをする。

 いないのかよ。おい。

「……先生、この学校に────って人はいますか?一緒に入学したはずなんですけど」

「……?いや、そんな名前は新入生の中にはなかったぞ。それに、お前の小学校からウチに入学してきたのはお前だけだ」

 僕だけ?

 そんな、嘘。

 そんな嘘、信じるかよ。

 見え透いてる。信じるのは馬鹿らしい。

 そんな白々しい嘘、信じない。


 あいつは言った。

 僕と同じ中学に入学すると。

 あいつは言った。

 僕と一緒にいると。

 あいつは言った。


 ────キミがオオカミなら、私はそれに寄り添うヒツジになろう。


 あいつは言った。


 ────オオカミとヒツジは、友達になれるんだ。知ってるだろう?


 言った。言ったんだ。

 あいつは嘘が下手だった。僕が、あいつの嘘に気付かないはずがない。

 それが嘘でないと、僕が言ったなら。

 それは嘘ではないんだ。

 だから、だから。


「……どこにいるんだよ、────ッ!!」



 僕は、あいつがいないと認めてしまってからの三年間の記憶が、ない。

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