凍てつく世界(3)
晶から世界の真実を告げられた聖は部屋に閉じこもってしまった。デヴォンジャー号はそんな彼の事情など知らぬままベルスター本国へと進路を取っている。
ウルシェは別段聖から締め出されたわけではなかったが、なんとなく部屋に入る事は躊躇われた。しかし思えば他に行くところもなく、ただ部屋の前で膝を抱えるしかなかった。
そんなウルシェの所に近づいてきたのはトトゥーリアであった。黒装束の少女は規則正しい足音を止め、腰に片手を当ててウルシェを見下す。
「ウルシェ・ザ・ホワイト……主が傷付きふさぎ込んでいる時に、あなたは何をしているの?」
「そんな事も見て分からないんですか? どうしようもないのでここで待っているんですよ」
「ふうん、そう。あなたみたいな使えないブライドと契約したマスターはさぞ苦労しているでしょうね。ブライドの役割はその誠心誠意全てを込めて主にお仕えする事……こんな時だからこそ、あなたはマスターを励まし、勇気付けなければならないというのに」
「だったら教えてくださいトトゥーリア。あなたならどうやって聖を励ましますか?」
ジト目のウルシェに口篭るトトゥーリア。腕を組み、気まずそうに目を逸らす。
「トトゥーリアは、私達ブライドを人間と勘違いしていませんか? 私達が話しているこの言葉も、主を慮るこの感情も、全てはプログラムされたものに過ぎません。私たちには自発的に何かを感じ、考え、行動するという事が出来ない。それがブライドの限界じゃないですか」
「プログラムされていないからといって何もしないというのは、それこそ怠慢ではなくて? 私は晶様の為ならどんな事でも出来る。例えプログラムされていない事だって……!」
胸に手を当て力強く語ってみるも、トトゥーリアも胸中は不安に苛まれていた。ウルシェにはそれがわかる。なぜならば二人は魂を分かたれた姉妹なのだから。
「私には聖にしてあげられる事なんてないんです。どんなに馬鹿のフリをしてみても、冗談で茶化してみても、私は所詮人形ですから」
「……ウルシェ・ザ・ホワイト。そんな調子で本当にご主人様を守れるのかしら? もっと気を強く持ちなさい。私達ブライドだけが、再生者を理解し支える事が出来るのよ」
「あなたはなんなんですか? いちいちちょっかい出しに来てみたり、こき下ろしたと思えば励ましてみたり……ツンデレですか? ツンデレなんですか?」
「ツン……? そのような言葉は私のデータベースには存在していないけれど……」
「どうやら同じブライドにも個体差があるようですね。まあ見ればわかりますけど」
鼻で笑いながら立ち上がるウルシェ。見詰め合う二人のブライド。この世界にたった七人だけ存在する事が許された姉妹。白と黒、それらはただ沈黙の中で見つめあう。
「不安……なんでしょう? トトゥーリアも。私たちには何もない。主に対する情も……地球を救う使命感すら……全ては偽りに過ぎないのだから」
腕を組んだままトトゥーリアは目を逸らした。重苦しい沈黙、それを破ったのは部屋から顔を出した聖であった。二人は慌てて手を取り合い、飛び退くように通路の壁際に並んだ。
「おっ? なんだお前ら、部屋の前で何やってんだ? つーか仲いいな」
まだ両手を繋いだままであった事に気付き、二人は全く同じ動作で互いを突き放し、両手を太股の辺りで拭い、別々の方向を向いて鼻を鳴らした。
「……恐ろしく仲がいいみたいだな。まるで双子の姉妹みたいだぜ」
「私はちょっとした野暮用のついでに寄っただけですから……失礼致します、聖様」
恭しく一礼し早足で立ち去るトトゥーリアを見送り、ウルシェは聖と向き合った。
「マスター、その……私……」
「おう。丁度良かった。お前を探しに行こうと思ってた所だったんだ」
笑顔で聖はウルシェの手を取り歩き出した。少女はただ主の背中を見つめて歩く。そこにかける言葉を必死に探した所で、気の利いたジョークの一つすら思い浮かばなかった。
聖がウルシェを連れ出したのは商業区の中心にある噴水広場であった。ベンチに腰掛けて待つウルシェに聖は串焼きを二つ、両手に持って歩み寄る。
「ほら、食えよ。それ食って元気出しな」
「え……? 元気……ですか?」
「おう。前から思ってたんだけどよ、お前時々すげー思い詰めた顔してるよな。今はそれをこじらせたみたいな顔してる。そんなんじゃ話もしづらいからな」
串焼きを渡し、それからウルシェの頭をくしゃくしゃに撫でる聖。自らも隣に腰を下ろし、足を組んで肉に食いつく。その横顔は全く持っていつも通りで、少女は混乱してしまう。
傷付いていたのは彼の方だ。思い悩み塞ぎこんでいたのは彼の方だ。自分なんかどうでもいい。彼の方がずっとずっと苦しかった筈だ。なのにどうしてだろう? 彼はまるで何もなかったように爽やかで、むしろ自分なんかを気遣っている――。
「このさ。ちょっと食うだけで腹いっぱいになるのも、再生者の特徴なのかね? 宇宙空間じゃ腹いっぱい食えないから、少ない食事で動けるように出来てんだろ?」
「……その通りです。輝光の力を使うと体力を消耗しますから、ライダーはそれでも食べるほうです。完全に適応したクローン人間なら、僅かな水だけで一ヶ月ほど過ごせるそうです」
「便利っちゃ便利だよな、この身体。寒いのにも暑いのにも強いし、怪我直ぐ治るし。でも死ぬ程ラーメンとか食いてえな。今の身体じゃ食いたくても食えないだろうけど」
少しだけ切なげに笑う。そうして一気に肉を頬張り、口元のタレを拭いながら言った。
「俺さ……色々考えてみたんだけど、さ。やっぱり俺にはこの船の人達が人間じゃないとは思えないんだよな。自分の事もそうだ。クローンでも再生者でも同じだと思う。確かに俺達は普通じゃないかもしれない。でもそう感じるのは俺が古代人だからで、今の連中にしてみれば本当に普通の事なんだ。だからきっと、再生者やブライドの存在も普通になる日が来る」
聖の横顔に一切の嘘偽りはなかった。彼も決して愚かではない。聞いただけの事情はきちんと理解して飲み込んでいる。だがその上で、迷わずに信じる事を選んだ。
「だからこれまでと何も変わんねーんだ。俺のやるべき事はルメニカを助ける事。ダチに借りを返す事だ。そこから先の事は決まってねーけど……だけど、それはその時考えればいい」
立ち上がり、そして振り返る。朗らかに笑う少年を少女は見上げた。
「なあウルシェ。これから俺達がどうするのかは、俺達二人で一緒に考えようぜ。俺とお前は一心同体、運命共同体だ。だからウルシェ。ブライドなんか――やめちまえよ」
想像を絶する言葉を真顔で告げられ、ウルシェは何も言い返せなかった。呆気にとられていたのだ。自分自身の存在意義はブライドである事しかないというのに、よりによって主がそれを捨てろという。そんな滅茶苦茶をされては返す言葉がないのも当然である。
「ブライドなんかやめて、一緒に普通の人間として生きようぜ。輝獣を滅ぼすとか世界を再生するとか、そんな事にお前らブライドが囚われる必要はねーんだ」
「それは……マスターは、私の事がいらない、という事ですか?」
俯いたまま呟くウルシェ。そうして潤ませた瞳で聖を見上げる。
「私にはそれしかないんです。私にはブライドであるという事以外何もないんです。なのにそれをやめろというのは、私に死ねと言っているのと同じです。お前なんかいらないからどっかいっちゃえって、そういってるのと同じなんですよ、マスター」
「それは違う。ウルシェ……なあウルシェ、こっちを見ろ。俺をちゃんと見ろ」
屈んで視線の高さを合わせ、聖はウルシェの両肩を強く掴んだ。息のかかるような距離。二人は真っ直ぐに見つめあう。
「俺はお前達ブライドだって人間だって言ってるんだ。何百年も前に死んだ連中が何だって? マスターが何だって? そんなもん関係ねーだろ! お前達だって一人の女の子なんだ。自由に生きていいんだ。好きな事しろよ! 美味いもん沢山食っていいんだ。お洒落していいんだ。恋だってしていいんだ。なあウルシェ、俺は……お前に自由に生きて欲しいんだよ」
「聖……どうして、出会って間もない私に、そこまで……?」
「正直に言うとさ。さっきの晶の話、すげー堪えたんだ。すげー、きつかった。そんですげー思ったんだ。ブライドは道具なんかじゃねぇって。俺達は人間だ、って」
手を離し立ち上がる聖。そうして彼は周囲を眺める。行き交う人々。広い宇宙。この世界の事なんてまだ殆ど何もわかっていないけれど。このままほうっておけば人類は滅んでしまう……確かにそうなのかもしれないけれど。
「だからって、人間の一生を他人が決めるなんてのは間違ってる。ウルシェが自分で考えて俺をマスターにして、世界を救ったり輝獣を滅ぼしたいってんならそれでいいよ。俺も幾らでも力になる。だけどさ、お前はそうじゃないだろ? 成り行きでこんなわけわかんねー奴をマスターにしちまった。それでその後も全部俺に捧げるって、そんなのは冗談じゃねー」
「では、世界が滅んでも良いというのですか? この世界に生きる人々の事は?」
「それは……それはそれで、なんとかする。ブライドの力は抜きでな」
「そんな風には出来ないから、誰もがブライドや再生者の力を欲するんですよ?」
「これまではそうだったかもしれない。だけど今は違う。これからのこの世界には俺がいる。俺がこの世界の人たちを変えていけばいい。俺が――本当の救世主になればいい」
力強く語る聖の姿。それはウルシェにはとても眩しく感じられた。
言っている事は滅茶苦茶だ。どう考えたって無理だ。理想を語って実現するのなら、誰だってそうしている。こんなのは馬鹿の言い分だ。わかっている。わかっているけれど――。
「どうして……そんな夢みたいな事、笑って聞かせるんですか……?」
胸の奥が、目の奥が熱い。声が震える。身体は明らかに異常な状態にあるというのに、何故か危機感はなかった。心地良い惑い……その最中で少女は目を瞑る。
「出来るわけないじゃないですか。マスターは……本当に……本当に、馬鹿ですね……」
「親にも教師にも晶にすらよく言われたよ。なんで馬鹿に育っちまったんだろうな?」
苦笑しながら頬を掻き、それから咳払いを一つ。少年はそっと手を差し伸べる。
「一緒に世界を変えちまおうぜ、ウルシェ。そんでもって、一緒に探そう。俺とお前が普通に生きていける道を。お前のやりたい事。俺のやるべき事。世界を救う方法をさ」
迷いながら、しかし確かに握り締めた大きな手。なぜだか今はその温もりを信じられる気がした。カラッポの少女の中に注ぎ込まれる暖かい気持ちをどのような言葉で受け止めるべきだろう? それは今のウルシェにはわからない。だから今はただ、彼を真っ直ぐに見つめ返して。
「――はい、マスター。あなたと一緒なら……どこまでも」
笑って少年の胸に身体を預ける。今までどうして気付かなかったのだろう? 触れてみれば、踏み込んでみればこんなにも暖かい。生きているという実感を得られる。もしかしたらこれが愛なんていうのかもしれない……そうウルシェが思っても、聖はその頭をわしわしと撫で回す。その仕草は恋人というよりは妹……いや、犬か何かを扱っているかのようだ。
「あの……マスター。幾ら童貞でもここはもうちょっとロマンチックに出来ないんですか?」
「人前で童貞とか言わないでくれます!? そういわれてもなあ……お前、やっぱり昴に似てるんだよ。そう思うとなんていうか……手の掛かる妹みたいに見えてな」
「昴……というのは、確か宇動晶とマスターの幼馴染で……」
「そう。お前らのオリジナルつーか……まあ、ベースになったらしいな」
その事だけは聖の中でもまだ整理のつかない事であった。ウルシェは一人の人間だ。昴ではない。それは頭ではわかっているのだが、ブライドと再生者に仕組まれた運命が二人の少女をだぶらせている。激しい後悔と無力感の中、救えなかった少女の存在は間違いなく聖の心の中に微かな闇となって残留していた。
「昴は……身体が弱くてな。俺なんかよりずっと真っ直ぐで正直な奴だったから、集団には馴染めなかった。だから俺と晶は約束したんだ。二人で昴を守っていこう、って」
聖には分かる。今の晶を突き動かしているものはその約束を守れなかった後悔、そして自分に対する怒りなのだと。同じ気持ちを聖も感じている。だがそれでもウルシェやエクセルシアを復讐の道具にするような事は出来そうにもなかった。
「きっと俺はあの日救えなかった昴の分まで、お前や誰かを救いたくて仕方ないんだ。皆に幸せになってもらいたくて仕方ないんだ。そうでなきゃ俺、何の為に生まれ変わったのかわからなくなっちまうからよ」
「マスター……。いいじゃないですか。今は何の為に生まれたのかわからなくても……一緒にそれを探していこうって、そう言ってくれたのはマスターじゃないですか」
苦笑を浮かべて頷く。そうして身体を伸ばし、すっきりとした表情で聖は言った。
「……よし! それじゃあウルシェ、ここは一つ特訓と行きますか!」
「えぇ……急に何を言い出しているんですか、このご主人は……」
「晶の方が明らかに俺より輝光機を使いこなしてただろ? これからベルスター帝国に乗り込むんだから、もっとエクセルシアの事を知らなきゃ話にならねーだろ。俺に戦い方を教えてくれよ、ウルシェ。一緒にあいつらやっつけて、ルメニカを救い出そうぜ!」
握り拳でにやりと笑う主人。少女は小さく溜息を吐いてそれに応じる。
「仕方ありませんね。マスターは私が居ないとまともにエクセルシアで戦う事も出来ないんですから。手取り足取り……教えてあげますよ」
聖はそんなウルシェを抱き抱え、その場でくるくると回ってはしゃいでいる。その様子を遠巻きに串焼きを食べながら晶とトトゥーリアが見つめていた。
「……峰岸聖は本当にブライドの力を使わずに世界を変えるつもりなのでしょうか?」
「ああ、本気だろうね。あいつはそういう奴だった」
「ブライドの本懐は……ブライドの幸福とは、主と共にある事だと、その……私は思います。自分自身の人生なんてどうでも良いのです。ただ私は、晶様と一緒に居られれば……」
顔を赤らめもじもじしながら晶を見るトトゥーリア。そして驚いた。彼と共に戦うようになってもう数年になるというのに――こんなに優しい顔をした晶を見るのは初めてだった。
「行くぞトトゥーリア。あいつが進むべき道を決めたのなら、僕も僕の進むべき道を行くだけだ。例えその結果、あいつを傷つける事になったとしてもな……」
立ち去る晶は一度も振り返らなかった。取り残されたトトゥーリアは振り返り、楽しげにはしゃいでいる二人の姿を見つめる。そうして親指の爪を噛みながら瞳をゆがめた。
「晶様に信頼される峰岸聖……そしてブライドでありながら主にあんなにも笑顔を向けられるホワイト……。なんて……なんて……っ」
なんて――羨ましい。
胸の内の渦巻くどす黒い感情。それが嫉妬という名前で呼ばれている事をトトゥーリアは知る由もない。腑に落ちない思いを抱えたまま、燃える様な眼差しで少女は踵を返した。
「どうだい、君の為に用意させた食事の味は? 口に合ったなら良かったんだけど」
ベルスター本国内の宮殿ではルメニカとアルヴァートの二人が向き合って食事をしていた。広々とした食堂を豪華絢爛な調度品の数々が彩り、それに負けぬほどの食事が長い長いテーブルの上に並ぶ。ドレス姿のルメニカはナプキンで口元を拭いながら兄に目を向けた。
「私がこの宮殿に居た時には食べた事もないようなご馳走でした。ですが……作りすぎではありませんか? こんなに作っては無駄になってしまいます……」
ルメニカ達クローン人間も再生者と同じく多量の食事を必要としない。テーブルを料理で埋め尽くすのも見た目は良いが、実際の所はただの無駄遣いである。
「ああ、ごめんよアルメニカ。君と久々の食事だったものだから、嬉しくてつい……。そうだ、あまった分は騎士達に振舞おう。それなら良いだろう? 皆きっと喜ぶよ」
兄は終始にこにこと笑顔で話しかけてくる。だが妹はこの状況をどのような態度で受け入れるべきなのか、まだ腹積もりを決めきれずにいた。それを明白にする為には、まだどうしても兄に問い質さねばならない事があった。
「……お兄様、お話があります」
「なんだい? どんな事でも遠慮なく訊いていいんだよ?」
「では……お言葉に甘えて遠慮なく。お兄様は仰いましたね。この国を手に入れたのは手段であって目的ではなかったと。ではお兄様の真の目的とは一体なんなのですか?」
「そんな物は決まっている。アルメニカ……君と共に暮らす事だよ」
「茶化さないで下さい!」
「茶化してなんていない。僕はアルメニカ、ただ君と一緒に居られればそれだけでよかったんだ。それ以上は何もいらない……そう思っていた。だけどね、父さんと母さんは僕らを離れ離れにしようとしたんだ。僕は言ったよ。それだけはやめてほしいって。だけど二人は僕の話なんか聞いちゃくれなかったんだ」
悲しげに、しかし笑顔のまま語るアルヴァート。ティーカップにミルクを注ぎ、スプーンでくるくるとかき混ぜながら、その水面をじっと見つめている。
「では……私と離れ離れになりたくないから、そんな理由で……お父様を……? この国を……壊したというのですか……?」
「僕にとっては大事な事だよ。アルメニカは……僕の事をそんなに好きじゃないかもしれないけれどね。僕は家族みんなが一緒に居られればそれでよかったんだ。僕は別に王様になんかなりたくなかった。だけど王様にならなきゃいけない。仕方なかったんだ。だって僕は、王様になるために作られた人間だったんだから」
王の笑顔は美しい。だがその瞳にはどこか狂気を孕んでいた。彼は王だ。生まれついての王なのだ。そのためにあらゆる素質をプログラムされた存在。彼にとって人生とは王になる事であり、それ以外の事柄には微塵も価値がなかった。
「剣の稽古もしたよ。学問も一番の成績だった。輝光機の操縦だって右に出る者はいない。僕は十分やった。王様を演じたんだ。正直に言うと退屈だったし、王になるなんて僕にとってはどうでもよかった。それを耐えられたのはアルメニカ、君が傍に居てくれたからだ。知っているかいアルメニカ? 王様っていうのはね、とっても孤独なんだよ」
カップを口につけて一息。そうして王は立ち上がった。
「どうして父さんと母さんは僕らを離れ離れにしようとしたのか、わかるかい?」
「……いいえ。検討もつきません。そんな事に一体どんな意味が……」
王子と姫は決して仲違いをしていたわけではなかった。むしろとても中の良い兄妹だと評判で、革命が起こるまでの間、二人はとても親しい間柄にあった。
確かにアルヴァートの妹に対する偏愛は度を越した部分がある。しかしルメニカとて兄に対して深い親愛の情は感じていた。二人はお互いに尊敬し合っていたし、これからもベルスター王国を引っ張って行く兄妹として誰もが期待を寄せていた。そんな二人をわざわざ親が引き離すというのは一体どういう理屈なのか。ルメニカには理解出来なかった。
「先王と妃は君に隠し事をしていたんだよ。全ての答えはそこにある。案内しよう、このベルスター宮殿の地下にある――アーク・リブラへとね」
「アーク……リブラ? まさか……古代文明の残した、遺跡……!?」
頷くアルヴァート。この宮殿の中にアークが眠っているなど、そんな話は一度も耳にした事がなかった。確かにこの地下を確かめた事もなかったが、そもそも地下に遺跡があるなんて発想自体がなかった。否――本当になかったのだろうか?
「……立ち入りを禁じられている離宮にある開かずの間。覚えているかい? 僕らは昔、二人であそこを探検したよね。その時君も見たはずだ」
片手を口元にやりながらルメニカは考える。思考の奥底に眠ってしまった記憶を掘り返してみるのだ。早鐘のように打ち続ける胸の行動を聞きながら、少女は苦痛に眉を潜めた。
「何……どうして、こんなに胸がざわつくの……? 頭が……痛い……」
「可愛そうなアルメニカ。やはり実際に足を運ばないと思い出せないか」
ゆっくりと歩み寄り手を差し伸べる王。姫は額に汗を浮かべながらその手を取る。
「本当はもっと落ち着いてからと思っていたのだけれどね。一緒に行こうか、アルメニカ。そこに君の知らなかった全ての真実がある」
「私の……真実……」
熱に浮かされたように朦朧としたまま反芻する。その様子に笑みを浮かべ、王は妹の手を取り食堂を後にした。その様子に溜息を一つ、黙って部屋の隅に立っていたミリアムが続く。
「呪われたベルスターの血族……そして、アーク・リブラの目覚めの時、か……」
これでよかったのか? そう考えている自分がいるのを誤魔化す事は出来ない。だが全ては主の望んだ事。王がそれを夢をみようというのだ。是非もない。
騎士も覚悟を決めて歩き出す。目指すは封印されし離宮の地下にあるアーク・リブラ。誰からも忘れられた、古代文明が残した遺産。そして兄妹の物語の始まりの場所である――。