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凍てつく世界(2)

「これより本艦はブーケ・カサブランカを経由し、ラグランジュ4へ進路を取ります。装備の補充が完了し次第、ルメニカの救出作戦を決行。各員の奮闘に期待します」


 ブーケ・ラナンキュラスを発つデヴォンジャー号。艦橋で放送を流した後、椅子に腰掛けるルチリアのところへ双子の少女が近づいてくる。


「母さん……本当にベルスターへ戻るんですか? 今のベルスターはすっごく強くなってるって聞いたよ? 皆不安に思ってるんじゃないかなぁ?」


 交互に口を開くモリオンとシトリン。ルチリアは二人に手を伸ばし、その頬を撫でた。


「だとしても、家族を見捨てる事は出来ません。ルメニカは私達デヴォンジャーファミリーにとって大事な一員でしょう?」

「それは、そうですけど……そうなんだけどさぁー……」


 顔を見合わせる二人。ルチリアは困ったように笑い、それから静かに目を閉じた。


「決してモリオンやシトリン、そして他のクルーの事を考えていないわけではありません。ですがルメニカをアルヴァートに奪われる事だけは、絶対に避けなければならない。それは誰も幸福になる事の出来ない、誤った道なのだから」

「母さん……そうは言うけど、やっぱり本当の娘と息子の事が心配なんでしょ!?」


 俯くモリオン。その横でシトリンは涙目で両手を振るっている。


「何言ってるのシトリン、そんな事……だってだって、モリオンだってそう思ってるでしょ!? ち、違うよ、僕はそんな事……」


 慌てる二人をルチリアは立ち上がって抱き締めた。そこでようやく双子は自分達が見当違いの杞憂に悩んでいたという事を理解する。


「私にとってこの船のクルー全員が大切な家族です。そこに上下はありません。モリオンが大変な時も、シトリンが辛い時も、私は必ず助けに行きます。私だけではありませんよ。この船のクルーのみんなが同じ様にするでしょう」

「わかってます……ごめんなさい……おかあさーん!」


 二人の娘をあやしながら微笑むルチリア。だがその胸中には複雑な物があった。二人の嫉妬はある意味妥当な物であり、ルチリアには確かにルメニカに対する特別な情があった。

 それは間違いなく母娘の情だ。だがモリオンやシトリンが思っているような形とは少しだけ異なっている。その違和感に彼女らが気付く為には、もう少し大人になる必要があった。


「二人には期待しています。一緒にルメニカを取り戻し、この船に日常を取り戻しましょう」

「はい……だけどお母さん、本当に信用出来るのかな? あの聖って再生者。再生者ってさ……本当にあたし達の味方になってくれるのかな……? だって、再生者は……」

「峰岸聖は違うと、そう信じたいのです。彼はきっとこの世界の輪に囚われない存在なのだと。彼こそ、我々を雁字搦めにするこの因果を打ち砕く者なのだと……」

「……って、艦長は言ってるけどさ。ガドウィンはどう思ってるんだ? 聖のこと」


 開かれたままの艦橋へ続く扉。その手前にガドウィンとトレイズが身を隠していた。壁に背を預けて向き合う二人。ガドウィンは腕を組んだまま俯いている。


「再生者は人間を滅ぼす怪物……そんな噂話を信じているのか?」

「俺は信じてないよ。いや、信じたくないっていうのが本音かな……。聖と実際に話して、一緒に戦って……思ったんだ。こいつは俺達と別に変わらない、ただの人間だって」


 ルメニカが再生者の噂を信じ、アーク・サジタリウスに回収に向かうと言い出した時、トレイズは猛反対した。仮に再生者が伝説の通りの存在ならば、それを目覚めさせるという事が何を意味するのか、考えれば答えは反対の二文字しか浮かばなかったのだ。


「でもあいつはそんなバケモノじゃなかった。それを喜ぶべきなのか、落胆すべきなのか……ルメニカはやきもきしてたみたいだけど。俺は少なくとも、これでよかったと思ってるよ」

「優しいのだな、お前は」

「……違うかな。多分臆病なだけなんだ。誰かを信じられなくなったら、この宇宙で生きる事は辛すぎるよ。独りぼっちで闇の中なんて、俺にはきっと耐えられないんだ」


 そう言ってから少年は肩を竦め、そしてガドウィンに背を向ける。


「なあガドウィン。あんたや艦長がルメニカの事を想ってるのは知ってる。俺は元々サルベージ屋だから、あんたらがベルスターで宮殿暮らししていた頃の事は良く知らない。だけどルメニカは立派な一人の人間だよ。情報を遮断して自分達にとって都合の良い風に世界を信じさせるなんて、そんなのは大人のエゴになるんじゃないかな?」

「……俺達がルメニカに隠し事をしていると?」

「何と無く、そんな気がするってだけ。報告は後にしよう。俺もトリフェーンの整備で忙しいしね。あいつが俺の機体で出撃しちゃったから、あいつのを調整し直さないと」


 立ち去るトレイズを見送りながらガドウィンは先の会議の事を思い返していた。

 ルチリア・O・ベルスターが率いるこのデヴォンジャーファミリーは、ベルスターの革命騒動から逃れてきた王族と縁のあったサルベージ屋が彼女らを匿う為に組織したものであり、王妃であったルチリアとその娘であるルメニカ、そして近衛騎士であったガドウィン、そして元々サルベージ屋を仕切っていた整備長のバルバロスが中心となって運営してきた。

 だがそれ故にこの船のクルーの多くは元々ベルスターとは何の関係もなかった者が多い。三年の月日の間に同じ様に複雑な事情で逃れてきた者達が作った集まりは、いつの間にか本物のファミリーを形成していたのだ。だからこそ、安易にベルスターの問題に首を突っ込む事は出来なかったし、そのせいでこの船を危険に晒す事もしてはならなかったのだが。


「それでもあなたは行くと言うのか。罪と秘密を抱え込んだままで……」




 格納庫に並んだエクセルシアとリージェント。その足元に聖と晶が並んでいる。ベルスター帝国との因縁話を聞いた後、二人は漸く腰を据えて話をする時間を与えられた。それはどちらかというとデヴォンジャー号のクルーが欲した物であり、聖と晶という異物を排除したかったのだといえばそれまでだが、少なくとも二人にとっては貴重な時間であった。


「それで、晶はどうしてベルスターに追われていたんだ? 何か理由があるんだろ?」

「ああ。尤も、その理由についてあのルチリアという艦長は気付いていただろうがな」


 そう言って晶はリージェントを指差す。


「こいつがその理由だ。オリジナルジュリスライド、タイプ・リージェント……。こいつは元々ベルスターコロニーの中にあった物だ。そいつを俺は潜入し、強奪した。以来奴らと俺は追いかけっこを楽しむ関係になったわけだ」

「盗んだのか!? つーか、リージェントがベルスターにあったって……?」

「オリジナルの全てが未だアークに眠っているわけではない。むしろ多くのオリジナルは人の手に渡っていると考えるべきだろう。リージェントもその一つだ。ベルスターの王族はこいつを切り札として隠し持っていたが……そもそもオリジナルは再生者にしか動かす事が出来ない。奴らが持っていたところで無用の長物……それどころか悪用されていたかもしれないな」


 ゆっくりと聖と目を合わせる晶。そして静かに告げる。


「お前が思っている程、俺達再生者はこの世界に受け入れられてはいない。この船のクルーの多くが、お前に恐怖を抱いたまま日常を過ごしている筈だ」

「さっきからチョイチョイそんな事言ってるけどよ、そもそも再生者って何よ?」

「俺達、過去の時代から時を超えて蘇った者達の事だ。聖、お前は自分がこの未来に来る前の記憶をどれくらい覚えている?」

「そりゃあ……殆ど何も……」

「やはりか。ではあの時代の地球に何が起きたのかも何も知らないんだな?」


 険しい表情の晶に思わずたじろぐ。それでも晶は淡々と事実を告げる。


「僕達はな……死んだんだ。あの時代の地球で、輝獣に殺されてな」

「はっ? 死んだも何も、俺達は今ここにいるじゃねーか?」

「僕達がなぜ再生者と呼ばれていると思う? それはな、一度死んだ人間を蘇らせているからだ。いや、厳密には違う。僕たちは嘗て峰岸聖と宇動晶という二人の人間だった。だがその二人は死んだ。死んだ二人をベースに人工的に作られた人間。人造人間。それが再生者なんだ」


 晶の言葉を受け入れられず立ち尽くす聖。何故か笑えてきて、首を横に振る。


「冗談はよしてくれ。俺はちゃんと自分の記憶を持ってるぞ?」

「それは……どうかな。誰がお前を本当のお前だと認識出来る? あの頃のお前を知っている人間はもうこの世界のどこにもいないというのに」

「お前がいる! 晶、お前は知ってるだろ!? 俺は峰岸聖そのものだってわかるはずだ!」

「残念ながら、僕にはわからない。ただ僕達の中に残っている微かな記憶が……僕達のオリジナルとなった存在の残滓がそう伝えてくれるだけだ。僕自身がお前を聖だと認識しているわけじゃない。ただ、本能に……作られた遺伝子にそういわれているだけなんだ」


 愕然とする聖。その目の前で晶はナイフを取り出し、突然自らの掌を切り裂いた。流れる血に慌てる聖、だがそれもすぐに絶望へと変わる。

 晶の掌から流れていた血は直ぐに止まった。代わりに傷口をかさぶたのように覆ったのは赤い結晶だ。結晶……ジュリス。輝石。そう呼ばれるものと同じ何かがそこにあった。やがてその結晶も砕けて散れば、傷は跡形もなく完治している。


「僕らは人間じゃない。再生者は特別な力を宿して作られた人造人間だ」

「マジ……なのか? じゃあ、俺達は……俺は……何者……なんだ……?」


 わなわなと震える両手。その掌を切り裂いてみたい衝動に駆られる。だがそうする事がとても恐ろしくもあった。自分は人間ではない、その現実を突きつけられる予感がしたから。


「だが安心しろ。この世界で本当の意味での人間は最早存在していない」

「はっ? どういう事だよ? 人間なんかいっぱいいるじゃねえか!?」

「違う。彼らは人間ではない。彼らは皆、滅んだ人類の残滓……即ちクローン人間なんだ」


 地球から人類を死滅させたのは、決して輝獣による直接的な被害だけではなかった。ジュリス、そしてそこから生じるフォゾンというエネルギーは人体に対して有害であり、フォゾンを浴びた人間は身体中の細胞を壊死させ、ぐずぐずと崩れるようにして死んで行った。

 輝獣による侵略と、彼らがばらまくフォゾンによる環境汚染。それが人類を加速度的に滅亡させていった。僅かに宇宙に逃れた人類もその多くが光中毒と呼ばれる病に犯され、人類はその種を生き長らえさせる為に、どうしてもフォゾンに適応する必要があった。


「そこで生まれたのが再生者だ。再生者はフォゾンに対して絶大な適応能力を持つ。輝光機はそんな再生者がいつか輝獣を皆殺しにするようにと過去の人類が祈りを込めて作り上げた兵器だ。だがその数は少なく、殆どの再生者と輝光機が未完成のまま放置されるか、輝獣によって破壊されるという末路を辿った。人類は一度完全に滅亡したんだよ」

「じゃあ、今この世界に居る連中は……?」

「どこかで完成した再生者か、生き延びた人類をベースに作り上げたクローンだ。だがその技術は完璧な物ではなく、再生者と比べると何段も劣化したものだった。故にクローン体はその多くが身体に何かしらの異常を持ち、極端に寿命が短かったり身体障害を抱えているのが常識だ。彼らは生まれた時から何らかの爆弾を抱えている。そして唐突に命を落とす」


 嫌な汗が全身から溢れてくる。聖はこれまでこの世界の人間を過去の人間と何も変わらないと考えていた。確かに髪の色や目の色、肌の色がおかしいとは思っていたが、そんなものアニメやマンガではお約束の事だ。少年少女がロボットに乗っているのだってそう。大人の中に子供が当たり前に混じっているのもそう。だがこれは紛れもなく現実であり、全ての事柄には理由があった。あの大人達の内の何人が本当に大人で、あの子供達の内の何人が本当に子供なのだろうか。それを考えると全てが足元から崩れてしまいそうだった。


「彼らクローン体は遺伝子操作によりフォゾンにある程度適応する身体を手に入れた。だがよりフォゾンへの適応を強めれば強めるだけ人間から離れてしまう。特に輝光機を操るような人間は輝光適正を高めた分、最早人間とは呼べない事になっているはずだ。異常に強靭な肉体、当たり前のように身体のどこかに障害があり、寿命も……」

「――やめろ! もう沢山だ! そんな……そんな話……もう……っ!」


 肩で息をしながら腕を振るう聖。だが晶はそこに詰め寄り、悲しげに声をかける。


「だが彼らの最大の欠陥は他にある。それこそ人類が滅亡してしまった理由なんだよ、聖」

「これ以上……何があるってんだよ……」

「彼らは自らの身体をフォゾンに適応させた代わりに、生殖機能を失ってしまったんだ。つまり、当たり前にセックスをして子供を作るという事が出来ない。男も女もな。だからこの世界に真の意味での家族、血縁は存在しない。親と言えば自分の遺伝子提供元を指す。だがその元となる遺伝子も繰り返されるクローニングで劣化を続けて行く。やがてクローン体すら作れなくなる。そうなった時人類は完全に滅亡するんだ」

「なんだよ……それ……。なんなんだよ……! なんなんだよォッ!!」


 聖の叫びが無人の格納庫に響く。少年は涙を拭い、晶へ掴みかかった。


「じゃあもう、人類は終わりって事か!? もう何にも希望は残されていなくて! この世界の連中はただ死ぬのを待つだけだっていうのか!? そんなの……そんなのあんまりだろ!」

「いいや、希望は残されている。僕達再生者とセブンブライドがそうだ」

「ゼブン……ブライド……?」


 何度か聞いた言葉だ。だがその意味を聖は理解していなかった。晶は聖を落ち着かせるように肩を叩き、それから二人を見ていた白と黒の花嫁へ視線を移した。


「ブライドとは、過去の人類が英知を結集して作り上げた遺伝子情報の集積体であるといわれている。彼女らの中にはありとあらゆる植物の、動物の、そして地球環境のデータが保存されている。その中には勿論人類のデータもあるだろう。いつかあの地球を取り戻した時に星を再現する為のノアの箱舟。そして彼女らはより強力な再生者を作る母体でもある」


 再生者とは、過去の人類の遺産である輝光機を操る為の存在。その至上目的は輝獣の殲滅である。そしてブライドとは再生者と対になり、その戦いを支える為の存在。その至上目的は再生者と共に戦う事、そして――彼らの子を宿し、より強い再生者を作る事にある。


「当時の世界に残されたありったけの力で作り上げた七体のヒトガタ。それがセブンブライド。彼女らブライドと再生者だけが、セックスにより子孫を残す事が出来る。そういう風に作られているんだ。つまり再生者の仕事とは、戦って戦って輝獣を殺しまくり、ブライドと子供を作って戦力を拡大する事にある」

「なんだそりゃ。じゃあ俺達は戦う機械で、ウルシェ達は子供を産む機械だとでも……?」

「――あなた様の仰る通りです。峰岸聖様」


 黒い装束を纏った少女が歩み寄り淑やかに礼をする。呆然としたままの聖に少女は微笑み。


「自己紹介が遅れました。私はセブンブライドナンバー6、タイプ・トトゥーリアと申します。トトゥーリア・ザ・ブラック……晶様にお仕えするブライドです。私の使命は輝獣を全て滅ぼす事……そして、マスターとの間に次世代の子を設ける事にあります」


 にたりとゆがむ口元。愛くるしく美しい少女なのに、そこから聖は恐怖と悪寒しか感じる事が出来なかった。これは少女だなんて生易しいものではない。紛れもなく人類が作り上げた兵器。自分達を滅ぼした敵を呪い、運命を呪い、再生を祈って作り上げた悲痛な叫びそのものだ。

 突然に告げられた絶望的事実の数々に聖は圧倒されていた。トトゥーリアは主の傍に寄り添い、うっとりとした様子で擦り寄っている。晶はまるでそれに何の感情も抱かない冷めた瞳のまま、真っ直ぐに聖を見つめていた。


「聖。お前と僕は……親友、だったよな?」

「……当たり前、だろ?」

「だから、お前だけはこの手にかけたくないんだ。だからお願いだ。僕と一緒に戦って欲しい。僕と一緒に――この世界を本当の意味での人類の手に取り戻し、そして再生を果たす為に」


 聖が直ぐに頷かなかったのは動揺していたからではない。逆だ。晶の微妙な表情の変化から、彼が何か自分に後ろめたい事実を隠していると悟ったからである。


「お前の言う本当の人類っていうのは、俺達再生者の事なんだろ。だったら……今いる人類はどうなる? クローン人間達は?」

「……彼らの多くは再生者やオリジナルライドを恐れ、封印している。場合によっては亡き者としようとしてくるだろう。少なくとも僕はお前より先に目覚めてこの数年、そんな連中と戦ってきた。この世界の連中は現状維持しか頭にない愚者ばかりだ。僕達を敵視し、変革を拒絶する者達とは……戦うしかない」

「……もう一つ聞かせてくれ。お前が意図的にさっき話の中で隠した事だ。晶、俺とお前が再生者になったのなら……昴は? あいつはどうなった?」


 鋭い聖の問いかけに晶は言葉を詰まらせた。それが全ての答えであった。


「俺は馬鹿だけどな、幾らなんでもこのブライドって連中を見ればわかる。こいつらは昴に似ている……見た目だけじゃない、本能でわかるんだ。俺達が再生者っていうバケモノになっちまったなら……昴は? あいつはどうなったんだ?」


 答えようとしない晶に詰め寄り胸倉を掴み上げる。その沈黙はどうしても自分が知りたくなかった事実を告げている気がして、感情を昂ぶらせずにはいられなかった。


「なあ言ってくれよ晶。昴は……昴だけは人間らしく死ぬ事が出来たんだって。あいつだけはこんなわけのわからない運命に巻き込まれて翻弄されたりしなかったんだ、って!!」

「昴は……お前も……もう、わかってるんだろう? 昴は……僕らと同じ、再生者に、なった」


 ただ、その形は少しだけ違った。昴をベースに作られた再生者は一人ではなかった。


「七体作られたセブンブライド……その全てが昴であり、最早昴ではないものだ」


 そう告げられた瞬間、聖の頭の中で過去の記憶がはじけた。

 幼い頃からいつでも三人一緒だった。当たり前に大人になって、当たり前に生きて行くと信じていた。ずっとずっと幸せな日常が続く……そう信じていたのに。

 思い出したのだ。空から隕石が落ちてきて、街が吹き飛んで。そこから出現した怪物が人間を食い殺していった。世界はどんどん終わって行った。そしてその隕石の直ぐ傍に居た三人も巻き込まれ、虹色の光を浴びてしまった。


「嘘だ……こんなの……」


 いつもの学校の帰り道。楽しい談笑の時間。そこへ激震が走った。

 隕石だと思ったのは巨大な結晶だった。そこから光が溢れ、三人を飲み込み……。


「嘘だ……嘘だ……っ!!」


 聖と晶の身体を分解していく。そして昴の身体を光の帯が捕らえ、結晶の中へ吸い込んで。


「嘘だああああっ!! 俺は……俺達は……っ!! 昴っ!! くそおおおっ!!」


 絶望に身を捩り絶叫しながら死んだ。理不尽な現実になんの抵抗も出来なかった。ただの高校生だったのだ。何か出来るはずがなかった。それでも身体がぐしゃぐしゃにされて息絶えるその最後の瞬間まで、聖は絶望と憎しみで光を睨みつけていた。

 涙を流しながら崩れ落ちる聖。その身体を晶が抱きとめる。ようやく再会を果たした三人は、最早三人ですらなかった。全ての想いは砕かれ、願いは踏みにじられ、彼らはただただ虚しさだけが作り上げる舞台装置の上に立たされていた。


「昴……守れなかった……! 俺達は昴を、守れなかったんだ……!」

「……そうだ。だけど僕達はここにいる。僕はね、本当は人類の再生なんてどうでもいいんだ。こんな身体になってしまったとしても、まだ僕らがここにいて昴がこの宇宙の何処かにいるのなら……探し出す。そして今度こそ守る。他の誰の手にも渡したりしない。昴は……僕が守る。全てのブライドを、この手に収めてやる。聖、僕は……この世界の、救世主になる」


 抱き合う二人の少年。その様子をウルシェは悲しげに見つめていた。冗談で茶化したりしても現実は何も変わらない。なにより今は晶のほうが自分よりずっと聖を慰められる。

 ただ見ている事しか出来ない胸に軋るこの感情が何を意味するのか、ウルシェには理解出来なかった。彼女らに本来感情など存在していない。ただ作られた意識、本能。彼女らはただ無条件に主を愛し、そして共に戦うだけなのだから……。

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