そんなの俺には関係ない(3)
パールシックスを追撃するベルスター帝国の輝光機部隊。その中でも先頭に立ち輸送艦に攻撃を仕掛けている機体があった。フォゾンライフルの出力を絞り、致命傷を与えないように何度も輸送艦を狙撃し続けている。結果、全ての武装と推進装備を破壊され、輸送艦は手足をもがれたように身動きもとれず宇宙を彷徨っていた。
「ミリアム隊長、これ以上の攻撃は輸送艦の撃墜に繋がります!」
「だから何だと言うのだ」
「我々に与えられた指令はあくまでも目標の確保です。万が一破壊してしまうような事があれば、ここまでの探索が全て無意味に……」
ミリアムの機体は動きを止め振り返る。そうして進言してきた部下の機体に銃を突きつけた。
「こ、侯爵……何を!?」
「だから何だと言っている。この私、ミリアム・コールドに向かって……貴様、私が輸送機を撃墜してしまうと、そのような無様な失態を晒すとでも考えているのか?」
「い、いえ……決してそのような事は……うわっ!?」
ライフルの光が部下の機体の肩に命中。そのまま続けて二発、胸と足に光が爆ぜた。
「見ろ。私の腕は的確である。生殺与奪も自由自在だ。わかったらそこで黙って見ていろ」
瞳を輝かせ振り返る輝光機。再び輸送艦へと照準を定めたその時である。
側面から突然白いフォゾン光がミリアムへと飛来した。ミリアムはその一撃を余裕を持って回避し、ゆっくりと首を動かした。
「待て待てぇーい! 弱い者いじめはやめろー! いじめ、かっこ悪い!」
「マスター、その口上……かっこ悪いです」
白い光の尾を引きながら滑り込むように輸送艦との間に割り込むエクセルシア。ミリアムは眉間に皺を寄せ、見覚えのない機体の姿をデータベースと照合する。
「データのない輝光機……月の新型……という事もなさそうだが」
「おいお前ら! 何帝国の何様だか知らねーが、ここは中立地帯だ! みんながルールを守って利用する良い子専用の場所なんだよ! ドンパチは辞めてとっとと失せな!」
「我々ベルスター帝国を知らんのか。ガキが……貴様のような子供に構っている暇はない。失せろ……でなければ殺す」
ライフルを向けるミリアム。聖は負けじと拳銃を構えた。
「……聞こえなかったのか小僧。私は見逃してやると言ったのだぞ?」
「見逃してもらうほど俺は弱くないんでね。面倒くせえ。もうお前ら全員泣かして帰すわ」
目を細め引き金を引くミリアム。ライフルの一撃を聖は片腕で弾き、背後に漂っている輸送艦に掌を向けた。そこから白い光が爆ぜ、後押しされるように輸送艦は移動を開始する。
「ヘリオトロープのビームを弾いた……? その輝光機……まさかな」
「侯爵、援護致します!」
首を傾げるミリアムの背後から同型機、ヘリオトロープが三機前に出る。三方向から接近しつつライフルを放つが、エクセルシアは平然と回避、すかさず反撃を加えてくる。
「速い……なんだあの動きは……!?」
「ザコはすっこんでな! でないと――怪我するぜ!」
ハンドガンを連射するエクセルシア。しかしヘリオトロープは直撃にも関わらず戦闘不能には陥らなかった。両肩に埋め込まれた円形の結晶が光を放出、周囲に霧のバリアを構築する。
「マスター、敵はビームを減衰させる防御装置を積んでいます。より高出力な攻撃か、近接攻撃でなければ有効打は与えられません」
「拳銃以外に武器はねえのか!?」
「あります。ハンドガンをリ・マテリアライズ……右手、フォゾンライフル、出ます」
上に掲げたハンドガンが分解され霧となり、再び渦を巻いて収束する。そこに現れたのは大型のライフル。完成したばかりのグリップを握り締め、ヘリオトロープへ引き金を引いた。
白い光の矢が防御装置、フォゾンクロスを貫いて直撃する。撃墜には至らなかったがダメージを与える事は可能。それを認識し、聖は敵機へ接近していく。
「マスター、近すぎます。有効レンジより踏み込みすぎです」
「俺に狙撃なんか無理だ! 近づいてガンガン撃ちまくるしかねぇ!」
連射しつつ接近、敵の一機に掴みかかるとその頭に銃口を捻じ込んで引き金を引く。
「バリアだか何だか知らねーが、要するに懐に入っちまえばいいんだろ!?」
ライフルで頭部を破壊。すかさず蹴りを放ち、漂う敵機に引き金を引く。破壊するのは手足だけ。コックピットがあると思われる胸部には攻撃を加えなかった。
「人間が乗ってるんなら、命は惜しいだろうからな……俺も人殺しは御免だし」
戦闘域から離脱する敵機を見送った直後、真上から銃弾が降り注ぐ。様子を見ていたミリアムが攻撃に参加してきたのだ。素早く残りの二機に指示を出し、三機で囲うように展開する。
「その機体……アーティファクトの類と見た。であるならば、陛下もお喜びになられるだろう。一兎を追い、二兎すらも得たのであれば、それは即ち私の評価へと繋がる……!」
三角形を描くように布陣し、距離を保ったまま周囲を巡りつつの銃撃。回避しきれない攻撃を腕で受け止めるが、エクセルシアの装甲でも新型のフォゾンライフルは痛手であった。
「なんだこいつら、さっきまでと動きが……!?」
「囲まれています! マスター、まずは離脱を!」
「ふふふ、無様に踊れ……! 各機、距離を保ったまま攻撃。囲いから鳥を漏らすな!」
エクセルシアは加速して飛び立つが、ヘリオトロープ三機は見事に食らいついてくる。単純な出力だけならエクセルシアにも劣っていない新型機、それを訓練されたライダーが乗りこなしているのだ。無機質に突撃を繰り返すだけの輝獣とはわけが違う。
「くそっ、近づくのも逃げるのも無理か……!? まずいな……!」
「このままでは装甲が持ちません……! マスター、もっとエクセルシアを感じてあげてください! エクセルシアとの共鳴率を高めなければ、本来の力を引き出す事は出来ない!」
「はあ!? 共鳴ってなんだ!? エクセルシアを感じろって、んなこと言われてもよ……!」
「あのバカ一体何やってんだ!? 相手は最新鋭機で、しかもあの赤と黒のカラーリング……ベルスターの近衛隊だぞ! エリート相手に無勢じゃどうにもならないだろ!」
エクセルシアとベルスターの輝光機隊、その戦闘の様子はデヴォンジャー号にも中継されていた。格納庫で作業中だったトレイズは端末の映像を眺めながらやきもきしていた。
「このままでは拙いな……最悪、エクセルシアを鹵獲される可能性もある」
「そんな事になったらあいつらますます増長するじゃないか……どうするんだよ聖!」
共にモニターを覗き込むトレイズとガドウィン。そこへ荷物を抱えたルメニカが戻ってくる。無重力の中を突っ込んで来るルメニカをガドウィンが受け止め、トレイズが荷物を拾った。
「外、どうなってる!?」
「エクセルシアと交戦しているのは近衛騎士団だ。あの機体、ミリアムが乗っている筈」
「よりによってミリアム・コールド……!? 無理よ、戦闘経験が違いすぎる! このままじゃ聖……捕まって、あいつらに……っ!!」
唇を噛み締め振り返るルメニカ。その腕をガドウィンが掴んだ。
「待てルメニカ、どうするつもりだ?」
「決まってるでしょ! 聖を助けに行くのよ!」
「駄目だ。今出て行けば全てが台無しになってしまう。これまで何年も潜伏してきたのは何の為だ? 奴らの目をやり過ごし、再起の機会を待つ為ではなかったのか?」
振りほどこうとする力を弱め、悲しげな目でガドウィンを睨む。今はあらゆる意味で男が正しい。少女のやろうとしている事は短絡的な一時の感情に身を任せた愚行に過ぎない。
「冷静になれ、ルメニカ。これはお前一人の問題ではない。デヴォンジャーファミリー全体の問題なのだ。今は堪えて機を待つんだ。聖を救うにはそれしかない」
「わかってる……わかってるわ。ガドウィンの言ってる事は正しい。いつでもそうよ。あなたの言う通りにしていれば間違いはない。誰にも迷惑はかからない……そんなの私だってわかってる! でも……ねえガドウィン、私達、いつまでそうやって我慢していればいいの!?」
悲痛な声に男は口を紡いだ。トレイズも割って入る事が出来ない。ルメニカは二人を見た後周囲に視線を向けた。そこには話を聞いている沢山のクルーの姿があった。
「私達は最期の希望だって、皆がそう言って送り出してくれた。あの人たちは今どうしていると思う? ねえ、私達はあと何人見殺しにして、どれだけの誇りを捨てればいいの? いつになったらその時はやってくるの!? 私達、ただ逃げただけじゃない! 何もかも捨てて逃げただけじゃない! いつまで逃げていればいいの!? 教えてよガドウィン!」
涙を湛えたルメニカの姿にガドウィンは眉を潜めた。本当は皆わかっているのだ。その時なんて都合のいいものは永遠に訪れないのだと。このままきっと、何も変わらないまま……ただ生き残る為だけの時間が流れ、ただどうしようもなくなってしまう、諦められるその時を待っているだけなのだと。
絶望にも似た沈黙だけがそこにあった。ルメニカは涙を拭い跳躍する。思慮に囚われていたガドウィンは一瞬反応が遅れ、振り払う動きに対応する事が出来なかった。
「待て、ルメニカ!!」
「私は行くわ! 何かを変える……この凍った世界を切り開く何かを見つける為に!」
「バカ! 今お前が出て行ってどうなるっていうんだ!? 何も変わらないだろ!!」
「何もしなければもっと何も変わらないわ! それに、昔のままの私じゃない……ミリアムを倒してしまえば、お兄様だってきっと考え直してくださるわ!」
トレイズの制止を聞かずトリフェーンに乗り込むルメニカ。トレイズは頭を抱え項垂れる。
「何であいつはいっつも人の話を聞かないんだ……聖が来てから持病が悪化したのか?」
「いや……元々彼女はそういう人間だった。今日までよく耐えてきたと言うべきだろう」
「なんだよガドウィン、あいつの行動を肯定するのか?」
「いいや。だが、なるべくしてなった……ただそう思っただけの事だ。トレイズ、俺達のトリフェーンはどうなっている?」
「見てわかんない? 整備中だよ……だからあいつ、整備が済んでる俺のトリフェーンで出撃しやがった。狙撃仕様なのにハンガーから突撃銃と剣拾ってね」
口元に手をやり険しい表情を浮かべるガドウィン。トレイズはその背中を叩いて移動する。
「とにかく艦長に指示を仰ごう! 俺達にどうこうできる状況じゃないよ!」
頷いて続くガドウィン。慌しくトリフェーンが飛び立つと、整備員達はその光が遠ざかって行くのを見送った。そこへ送れて整備長であるバルバロスが飛び込んでくる。
「誰だ、勝手に出撃したバカは!? トレイズか!?」
「いえ、それが……姫様みたいで……」
「あのトリフェーンはまだ整備終わってねぇぞ!? あんな中途半端な機体じゃどうにもならねえ! 姫様が危ねえ! おい、俺達も作業用の輝光機で出るぞ!」
「武器積んでないんだから無理だって! おい、おやっさん止めろ! また死にに行くぞ!」
筋骨隆々な整備員に取り囲まれ身動きが取れないバルバロス。腕をしっちゃかめっちゃかに振り回し、そのへんの部下を殴り飛ばしながら喚き散らすのであった。
「くっ、装甲のマテリアライズが……維持……出来ないっ」
苦しげにウルシェが呻いた直後、エクセルシアを取り巻く光の鎧は蒸発するように消え去ってしまった。そこへライフルが着弾し、爆発と共にこれまでとは比べ物にならない衝撃が走る。
「きゃあああっ!?」
「っつう……! 鎧が剥がされたのか……!? ウルシェ、大丈夫か!?」
「だい……じょうぶ、です……。なんとか……装甲を、リ・マテリアライズ……します」
「お前どうしてそんなに苦しそうなんだ? 怪我してるんじゃないだろうな?」
背後のサブシートに腰掛けたウルシェは前のめりになり肩で息をしていた。振り返る聖に笑顔を作り、少女はきつく目を瞑る。
「マテリアライズの維持と構築には、高い集中力を要します……。フォゾンを形作るのは意志の力……だから、それを破壊される事は、私の意思を傷つけられるという事……」
「意志って……い、痛むのか!?」
「痛くはありませんが……クラクラしますね。それと、ハアハアします……少し、えっちです」
「冗談言ってる場合じゃねえだろ!? なんでもっと早く言わなかったんだ!?」
「マスターの為に戦い、共に生きる……私にはそれしか……存在する意味、ないから……」
穏やかに微笑むウルシェ。聖はその姿を一瞥し前を向いた。少年が覚悟を決めると同時、エクセルシアの瞳にも火が灯る。三方向から繰り出されるライフル、その光を予測し、反応し、寸でのところで身をかわす。その動きは先ほどまでとは段違いにスムーズだ。
「要するに当たらなきゃお前も苦しまずに済むんだろ! だったら全部避けてやるよ!」
「マスター……。あと少しだけ……二十秒だけ時間を下さい。装甲を作りなおします」
「流れが変わった……? だが……不可解な鎧を剥いだ今こそが好機!」
腰から下げていた剣を抜き加速するミリアム。刀身を高速で振動させ対象を切断するソニックブレード。勢いよく距離を詰め、その一撃を振り下ろした時だ。
「ミリアム・コールド……!」
鞘を握り締め飛来するトリフェーンの姿があった。刃を抜き去り鞘を投げつけると、そのままミリアムのヘリオトロープへと斬りかかった。互いのソニックブレードが交わり青白い火花を散らす。そのまま体当たり気味にミリアムを突き放し、ルメニカは刃を構え直した。
「聖、ウルシェ! 喜び勇んで飛び出した結果がこれ!?」
「ルメニカか!? お前、こんな所に出てきていいのかよ!?」
「オープンチャンネルで喋るな馬鹿! ああもう、これで逃げられなくなっちゃったじゃない」
溜息を漏らすウルシェ。その声に機敏に反応したのがミリアムだ。
「ルメニカだと……? そのトリフェーン……まさか、貴様なのか!?」
「そうよ、ミリアム・コールド! 私はもう逃げも隠れもしないわ。この首が欲しければ奪いに来なさい! 正々堂々、剣で相手をしてあげるわ!」
睨み合う二機。置いてきぼりを食らった聖は呆然としているが、その間にウルシェが装甲の再構築を完了する。聖とルメニカは肩を並べ敵の攻撃に備えた。
「聖、援護するわ。相手のフォーメーションを崩してあなたが一対一にさえ持ち込めば勝ち目は十分ある。エクセルシアの強さは本物よ。自信を持ちなさい」
「あ、ああ……だけどルメニカ、いいのか? これじゃお前まで……」
「今更余計な事言わなくていいの。思い切って行動したらなんだかすっきりしたわ。自分に言い訳して、納得の行かない事に耐えるなんてもう沢山。私は私らしく生きる……ずっと前からそうしたかったのよ。だから、これはいい切欠だったってだけ!」
ルメニカの笑顔に頷く聖。鼻の頭を指で擦り、前を見据える。
「わかった。これ以上言うのは野暮だな。話はこれが終わってからだ。行くぜ相棒!」
「いつからあなたの相棒になったのよ……?」
やる気十分で待ち構える二人。それに対しミリアムは熟考を重ねていた。ルメニカという少女はそれだけの価値がある。どのように動かすかで状況を一変させるだけの価値が。
「ミリアム様、いかがいたしましょう……?」
「……あれが本物であると言う確証はない。故に攻撃を仕掛ける」
「し、しかし……閣下は必ず生きて捕らえよと……!」
「それも奴らの策略の内かも知れぬ。我らに加減をさせる為の方便であったとすれば、ただ下策に絡められただけとなろう。それでは近衛の何傷をつける事であろう」
口元を緩め、ミリアムは笑う。楽しげに目を細めながら。
「あのトリフェーンは私が相手をしよう。貴様らはあの白角を押さえておけ。では行くぞ……貴様が本当にルメニカであるのならば、それなりの腕を私に見せてみろ……!」
中立地帯手前で戦闘を続ける聖達。その様子を中立地帯の守備隊が見守っている。彼らはあくまで中立地帯に侵入する外敵を排除する為の部隊である。故にここから戦闘に手出しをする事はない。そうなればブーケ・ラナンキュラス全体がベルスターとの抗争に巻き込まれる可能性があるからだ。
「何故だ、ルメニカ……何故あえてベルスターの前に飛び出してしまったんだ」
管制室から状況を追っていたキラが力なく呟いた。だが光明がないわけではない。エクセルシア……それはどう考えても従来の輝光機とは異質な存在だ。
「あれのライダーが再生者であり、ブライドの一つを連れているのだとしたら辻褄は合う。ルメニカ、それが君の答えだというのか……?」
今やブーケに滞在する全ての者が固唾を呑んで成り行きを見守っていた。そしてもう一組。中立地帯から遠ざかるように漂流する輸送艦の貨物室でもそれを見ている者達がいた。
「……間違いないのか? トトゥーリア」
「イエス、マスター。間違いありません。あの機体はエクセルシア……オリジナルジュリスライドの一機。即ちライダーは再生者であり、ブライドを搭載しています」
落ち着いた少年の声に掠れたような少女の声が応える。暗闇に閉ざされた貨物室、そこには無数の大型コンテナが搬入されていた。そのどれも食料品や雑貨のラベルが貼られているのだが、一つだけ中身が入れ替えられたコンテナが混入されていた。
「マスターとは異なり、あのライダーは素人です。まるで輝光機の性能を生かせていません」
「……目覚めたばかりという可能性もある。隠れているのは止めだ。こちらから打って出るぞ。オリジナルは一機だけあればいい。ブライドを奪い、エクセルシアを破壊する」
「承知いたしました。マスター……全てはその御心のままに……」
コンテナの内部、赤い光が瞬いた。次の瞬間コンテナの上部を突き破ったのは巨大な腕であった。貨物室での騒ぎに、ようやくベルスターから逃れられた艦長は顔色を一変させる。
「今度はなんだ!? 何が起きている!?」
アラートの鳴り響く貨物室の映像を確認してみると、そこにはコンテナを突き破り外に乗り出そうとしている何かの姿があった。機械の塊……だがそれがなんなのか一見しただけでは理解出来ない。恐らくは輝光機なのだが、コンテナは輝光機をまるごと一機収められるほどの大きさはなかった。しかもコンテナから出てきたのは一体どういう形状なのか、折り畳んでいた翼を広げたそれは腕の生えた鳥のようにも見える。異常な柔軟性で狭い空間に身体を押し込めていたそれは強引にハッチを抉じ開け、貨物室から飛び出して行った。
「ああっ、くそ、荷物が全部ぶっ飛んじまう! なんだってんだ、今日はーっ!」
涙を流しながら絶叫する艦長。黒い物体は高速で飛び立ち、聖達の戦場を目指した。
激しく刃を打ち鳴らすミリアムとルメニカ。ソニックブレードが衝突する度に派手に火花が散り、フォゾンの霧が舞い散る。二人の腕は互角……だが性能には大きな隔たりがあった。
ヘリオトロープは月で作られた最新鋭の輝光機だ。その性能はトリフェーンの流れを汲んでおり、言わばトリフェーンの次世代機という事になる。肩のフォゾンクロスの有無だけでなく、基本性能も大きく強化されている以上、ルメニカは必然的に苦戦を強いられる事になった。
「トリフェーンがベルスターで最強を名乗れた時代はもう終わったのだよ、姫。今やこのヘリオトロープこそ、陛下を守る新たな懐刀である」
「輝光機の性能だけが勝敗を分けると思わない事ね!」
「そんな事はわかっている。だがなルメニカ……輝光機の性能、ライダーの腕、友軍機の有無、戦場を形作る数多の素養が私に勝利を囁いているのだ。貴様に勝ち目はないぞ?」
両手で剣を繰り出すトリフェーンに対し、ヘリオトロープは片腕で剣を振るって簡単にいなしている。あまりにもパワーが違いすぎるのだ。
「どうした、もっと私を楽しませろ! この苛立ちを少しは快楽に変えてみせろ!」
鍔迫り合いから突き飛ばされるルメニカ。ミリアムは薄く笑みを浮かべそれを見下している。
「やっぱりあいつだけ動きが段違いだ……ルメニカ一人じゃ勝てねー!」
「雑魚を片付けるしかありません。マスター、アヴローラを使って下さい!」
「アヴローラ!?」
「エクセルシアの首から伸びているマフラーです。意識すれば自在に操れる筈です」
二機のヘリオトロープへ接近する聖。ライフルによる迎撃をかわし、回転しながら加速する。そうして首から棚引く光のマフラーを伸ばし、ヘリオトロープの一体に絡みつかせた。
「なんだこれ!? こうやって使うのか!?」
首を引いて強引に敵を引き寄せる。両手に拳銃を作り、銃口を押し付けて零距離射撃を叩き込んだ。すかさずアヴローラを振るい、剣のように使って首を刎ね飛ばす。
「グッジョブです、マスター!」
「相手を切り裂けるっていうんなら、防ぐ事だって――ッ!」
側面からライフル射撃を行なってくる残りの敵機。エクセルシアはマフラーを掴み、それでライフルの光を薙ぎ払った。すかさず伸ばしたマフラーを投げ縄のように手で回し、敵機へ投擲する。鋭利な先端が敵機の腕を切断。そこへ聖は飛び込んで行く。
正面から蹴り飛ばし、吹っ飛んだ所をマフラーで掴む。手繰り寄せ再び拳で殴りつけると、破壊された機体からライダーが脱出するのが見えた。見届け反転、ルメニカの援護へ向かう。
「もうやられたのか……ちっ、近衛の面汚し共め……!」
「ルメニカーッ!!」
銃を消し、ライフルに再構築。連射しながら距離を詰めるとライフルの銃身で殴りかかった。
「無茶苦茶をする!」
至近距離で首を回し、アヴローラで斬撃を放つ。これを背後に移動してかわしたミリアムがライフルで反撃を試みようとしたその時である。側面から飛来した黒いフォゾン弾がエクセルシアに直撃、爆発を生んだ。
「ぐあああっ!? なっ、なんだ!?」
振り返るエクセルシア。その視線の先から黒い機体が飛んでくる。翼を広げ飛翔する姿はまるで鳥のようだ。鳥は再びフォゾン弾を放ち、聖はこれをライフルの銃身で受ける。
「速い……尋常ではない加速……」
一瞬で二機は擦れ違った。そして鳥はUターンすると聖の頭上でゆっくりとその身体を本来の姿へと戻して行く。そう――変形したのである。
翼を持つ輝光機は一瞬で人型へと形を変え、その身体に黒い光の鎧を纏った。赤く輝く瞳を発光させ、ゆっくりとエクセルシアの前に近づいてくる。
「なんだこいつ……!? エクセルシアが勝手に反応してやがる!」
「これは……オリジナルタイプ? 識別コード……リー……ジェント?」
瞳を明滅させ反応を示す二つのオリジナルタイプ。リージェントと名付けられた黒い機体は手首から光の剣を構築し、真っ直ぐにエクセルシアへと突撃するのであった。