そんなの俺には関係ない(2)
ブーケ内の様相は、デヴォンジャー号の商業区を何倍にも巨大化させたような物だ。複数の船舶を横つなぎにしているせいで尋常ではなく入り組んでおり、聖一人だったならあっという間に迷子になっていただろう。大勢の人々にもみくちゃにされながら三人は歩く。
「うはー、すげえなー! 感動するわー! 人間いっぱいいるじゃんマジで!」
「しかし、交通整理が全くなっていませんね。その辺を輝光機が歩いているのはどうにかならないんでしょうか……」
「それは私も思うけど、踏まれる方が悪いっていうのが一般論なのよね」
ウルシェの言葉に冷や汗を流すルメニカ。まさにその時、作業用の輝光機がコンテナを担いで歩いていたのだが、左肩を店先の看板にぶつけてしまったのが見えた。当然店主が飛び出してきてライダーと怒鳴りあいになり、最終的には殴りあいに発展した。しかし往来の人々はまるで気にする気配もなく、それどころかやいのやいのと騒ぎながら見物を始める始末だ。
「なんつーか、未来の世界にしちゃー原始的だな」
「あなたの居た世界に争いやいざこざはなかったの?」
「勿論あったさ。だけど道端で殴りあったりするのは良くない事っていうのが常識だった。俺も何度かやらかしたが大抵誰かに仲裁されるし、そういう奴は周りに避けられた」
「へえ。正しい秩序が定着した世界だったのね。それともあなたの暮らしていた町が特別治安のいい場所だったのかしら。どちらにせよ素晴らしい事だわ」
少しだけ寂しげに微笑むルメニカ。そこで聖は初めて自分の暮らしていた世界の事を考えた。
法律が整い、社会に守られる子供であった自分。自由と言う言葉が随分と魅力的に感じられた物だが、何もかもから自由であるという事は保護される事を放棄するという事でもある。
「親父やお袋、先生達……口うるせえと思ってたけど、俺達の為を思ってたんだな……」
本人曰くシケた面であったのもそこまで。直ぐに笑顔に戻り、ルメニカにつれられてあちこちを見て回った。幸い元々ルメニカは買い物をする予定だったので、聖とウルシェはそれに付き添う形になった。購入品の多くは輝光機の部品や武装だったので、停泊しているハンガーの名前だけ告げて金を払って行くだけで、周った店の数にしては手荷物は少なかった。
「トリフェーンの装備も自分の給料でそろえてるのか?」
「そうね。トリフェーンはこの辺の市場じゃなかなか手に入らないくらいの高級機だから、パーツを探すだけでも一苦労なのよね」
伝票を受け取って大きく身体を伸ばすルメニカ。それから思い出したように振り返った。
「ここなら服なんかも安く買えるわよ。馴染みの古着屋があるから案内しましょうか? 聖はともかく、ウルシェは女の子なんだから色々買いたいでしょうし」
「えー、服なんかに金掛けてる余裕ねーよ。俺ら給料前借してる状態なんだぜ?」
「ウルシェの分くらいは出すわよ……あんたの分は出さないから、そんな嬉しそうな顔しない」
目をキラキラさせている聖を押し退けて歩き出すルメニカ。ウルシェはあろうことか自らの主に失笑を浮かべ、ルメニカと一緒に去って行った。
「ちぇー、女共はつるみやがってよー。だけどまあ……それもいいかね」
唇を尖らせながら呟く聖。ウルシェは何百年も前の幼馴染に良く似ている。彼女は色々と事情があり、自分達の他に友達の居ない少女だった。彼女に良く似たウルシェが他の誰かに優しくされているのを見ると、なんだかそれだけで少しだけ救われたような気分になれた。
「マスター、おいていきますよ。なんという愚図。一人で何を爽やかな顔してるんですか?」
「お前は本当に口がわりーな……今行くよ、行く行く!」
未来の服のセンスはどうなのかというと、現代の物とは結構違っていた。そもそも生地の殆どはリサイクルに適した人工素材になっており、どれも若干光沢を持っている。無重力空間で活動する事が常識であるからかスカートの類はほぼ絶滅状態であり、あったとしても下にスパッツやショートパンツのような、見せても良い物が防御壁を展開していた。なぜそんな事ばかりここで説明しているかと言うと、聖がそんな事ばかり執拗に確認しているからである。
「この世界からパンチラは消えたのかあああ!! うおおおおおっ!!」
「パンチ……? 殴られたいの? よくわからないけど、殴られたいのよね?」
「マスターがご要望とあらば、スパッツを脱ぐ事も吝かではありませんが」
「自分からパンツ見せてくる女はただの変態じゃねえか! 俺はそういう事じゃなくてこう……見えるかな? 見えないかな? 見えちゃったー! いやーん……みたいなのがいいの!」
必死の形相で詰め寄る聖。その顔面にルメニカの拳が綺麗に減り込んだ。
さくっと服を購入した三人。ウルシェに関してはアーク・サジタリウスで目覚めた時から着ていた謎の白いライダースーツしかなかったので、ようやくまともな格好に着替えられた所だ。
「まめに洗濯も出来ないから、替えの服は沢山あったほうがいいわよ」
「どうやらそうですね。しかし中々着替えない女子がいいという殿方もいるそうですが」
「いや……お前の服はなんか……串焼きの匂いがするからよ……」
「だがそれがいいと……!? なんという変態……お肉萌えですか……!?」
「よくねーっつってんだよ人の話聞いてくれます!?」
荷物を持たされた聖がウルシェに叫びながら歩いていた時だ。ラナンキュラス号の中心部である巨大立体交差点にてルメニカが足を止めた。
「あれ……キラ? おーい、キラー!」
声をあげ手を振るルメニカ。するとその視線の先を歩いていた一人の少女が足を止めた。左右には強面の男が二人付き添っており、少女はその二人を制して近づいてくる。
あらゆる文化が入り混じるこのブーケの中でも少女の格好は異質であった。だがそれは聖にとっては馴染みのある格好……つまり和装であった。
「ルメニカか。久しいな……デヴォンジャー号が入港したというのは聞いていた。後で挨拶にでもと思っていたのだ、丁度良かった」
「若、あまりお時間が……」
「良い。どうせブーケの支配人に対するおべんちゃらの為の会談である。それよりは旧友との再会の方がよほど価値のある事だ。君もそう思うだろう? ルメニカ」
「あなたは相変わらずね、キラ。でも変わりないようでよかったわ。あれから……」
と、そこで唐突に二人の間に割り込んだ聖がキラの顔を覗き込む。そうして着物に手を伸ばした瞬間である。左右に立っていた男が銃を取り出し、聖の顔面に突きつけた。
「聖、ちょっと何してるの!? ごめんなさい、こいつちょっと頭がおかしくて……そう、記憶喪失なのよ! それで輝光機の操縦以外さっぱり何もわかってないの!」
「記憶喪失と……? それは難儀であったな。止せ、ルメニカのご友人に無礼だぞ」
「しかし、若様……!」
「私が止せと言っているのだ。貴様らはもう引き上げろ。護衛ならルメニカが居れば十分だ」
ぎろりと視線だけで大男を制する少女。二人の男はたじろぎ、頭を下げて走り去った。
「本当にごめんなさいね……あの二人には悪い事しちゃった」
「若だの姫だのと言って付き纏ってな、鬱陶しくて適わん……良い薬だ。それより君は記憶喪失だと言っていたが……」
「ああ。俺、峰岸聖っつーだ。いきなり女の服に触るのが悪い事だとは思ってたが、あんなに怒られるとは思わなかったんだ。悪かったよ……ただ、ちょっと懐かしくてな」
「ほう? 懐かしい……というと?」
「この服、俺の国のものなんだ。あの時代ですら絶滅しそうだったってのに今も残ってるって事は、ちゃんとそういう伝統を守ろうとした人たちの努力が実を結んでるんだなって思ってさ」
懐から扇子を取り出し目を細めるキラ。そうして口元を緩める。
「君の話は若干筋が通らない部分もあるが、実に的を射ている。これは人が人らしさ足る部分をかなぐり捨てなかったという誇りの結晶である。君は良い目の付け所をしているな」
「……なんであなた達がちょっと打ち解けてるのか私にはわからないけど……紹介するわ。聖、彼女はこのブーケ・ラナンキュラスの総支配人、キラよ。ラナンキュラスファミリーのボスで、この界隈じゃ知らない人はいないくらいの大物。私たちも昔から世話になってるわ」
「ご紹介に預かったキラだ。デヴォンジャー号には色々と助けられている事もある……全てはお互い様だ。我々は相互支援と秩序の中に生きている。ただそれだけの事である」
キラの外見年齢は十代後半くらいなのだが、立場相当とも言うべき自信と威圧感に満ち溢れている。しかし聖は全く臆する事無く笑顔で握手を求めた。
「ふはは、私に握手を求める奴は久しぶりだ。面白い奴だな、君は」
「聖……握手は対等な立場の人間がするものなの。キラと握手なんて百年速いわよ」
「え? 俺の時代じゃ結構気楽にやってたんだけどな」
といいつつ、何だかんだでキラは握手に応じた。満足そうに何度か頷き、口元を扇子で隠しながら流し目を送る。
「ゆっくりと話をしたいのは山々なのだが、総支配人と言うのは中々に忙しくてな。この先徒歩十五分ほどの所にホテルがある。そこまで送ってくれると助かるのだが」
「ええ。護衛を追っ払っちゃったんだもの、勿論付き添うわ」
「すまぬな。友を相手にたった十五分しか時間を作れぬ私の無様さを許してくれ」
こうして三人……と、黙りっぱなしのウルシェを含め四人は移動を開始した。
ラナンキュラス号にはデヴォンジャー号のように母艦で訪れる者だけでなく、連絡船や個人用の小型船でやってくる者も多い。そんな者達の為に中央市街地オフィス手前はホテル街になっており、豪華絢爛な建造物が軒を並べていた。
「ところで聖。君は記憶喪失だと言ったな? 具体的にどのような記憶喪失なのだ?」
「ん? ああ、記憶喪失っつーか、俺は古代……」
「えーっと! そいつなんか色々妄想と現実がごっちゃになっちゃってる危ない人みたいだから、あんまり根掘り葉掘り聞かないであげてくれるかしら!?」
「なんと、残念な子であったか……これは無礼を働いたな。許してほしい」
肩を落としながら反笑いで首を横に振る聖。もう残念扱いされるのも女のこの冷めた視線に晒されるのも、とっくに慣れてしまった。
「その事はあんまり言い触らさないでくれる? 場合によっては身の危険に繋がるわよ」
「そうならそうと先に言ってくれよ……また変態だと思われちまったじゃねえか……」
こそこそと耳打ちする二人。その間にキラはウルシェに近づいていた。
「君はなんという名前なのだ?」
「え? ウルシェです。ウルシェ・ザ・ホワイト……セブンブライドシリーズのナンバー3、ウルシェ・ザ・ホワイトです」
ルメニカと聖、両方が固まった。続いてキラが足を止め、ウルシェがきょとんと振り返る。
「セブンブライド……だと? まさか……実在したのか……?」
「そういやセブンブライドってなんなんだ? 俺も前から気になってたんだけどよ」
「なんであんたまで!? セブンブライドっていうのは、だからそのー……」
うろたえるルメニカ。キラは真剣な表情で振り返り聖を見つめる。
「ブライドがここにいるというのなら、まさか君は……再生者、なのか……?」
話についていけず首を傾げる聖。そうしてキラがルメニカに問い質そうと口を開いた瞬間であった。突如キラの持っていた端末が鳴り出し、少女は眉を潜めてそれを耳に当てた。
「……なんだ? ベルスターの軍用艦? ここはラナンキュラスの中立地帯だと……そうか。直ぐに私も向かう。迎えを寄越せ、どうせ近くに隠れてついてきているのだろう?」
端末を懐に収め振り返るキラ。ルメニカは怪訝な様子で詰め寄る。
「今ベルスターの軍用艦って言ったわよね? 何があったの?」
「悪いが説明している場合ではないようだ。ルメニカ、デヴォンジャー号に戻れ。ブライドと再生者を連れてな」
キラが片手をあげると、黒塗りの車が物凄い勢いで近づいてくる。甲高いブレーキ音を鳴らして停車した車に飛び乗ると窓だけを開けて顔を出した。
「すまないルメニカ。だが君はベルスターの事になると感情的になりすぎる。今は落ち着いて行動したまえ。君は自分が何者なのか、熟考した上で動かねばならない立場だ」
唇を噛み締め視線を逸らすルメニカ。キラはそのまま聖に告げる。
「聖、出会ったばかりの君に頼める義理でもないのだが……我が友を頼んだぞ」
「あいよ。若様も気をつけてな!」
驚いた後、笑顔を浮かべる。そうしてキラは運転手に指示を出し、猛然と走り去っていった。
「なんだかよくわからんが引き返すぞ、ルメニカ……おい、ルメニカ?」
肩を掴む聖。その手を振り払い、ルメニカは走り出した。
「おいっ、ルメニカ!? いきなりどうしたんだよ!?」
「とにかく追いかけましょう。方向的にはデヴォンジャー号に向かっているようですし」
ウルシェの提案に頷く聖。二人はルメニカを追いかけ、人混みの中を走り出した。
「こちら輸送艦パールシックス! 救援求む! こちら輸送船パールシックス! ベルスター帝国の軍用艦の攻撃を受けている! ブーケ・ラナンキュラス、救援求む!」
「こちらブーケ・ラナンキュラス! 戦闘状態にある船舶の入港は認められない! パールシックスは今すぐ回頭されたし! 繰り返す! 貴艦の入港は認められない!」
「そんな事言わずに助けてくれ! 俺達は何もしてない! あいつらが急に攻撃してきたんだ! このままじゃ殺される……助けてくれ! 乗客だって乗ってるんだ!」
管制官が舌打ちしつつ眉を潜めた時、護衛を引き連れたキラが管制室に飛び込んでくる。無重力空間の中管制官の隣に移動するとモニターを覗き込んだ。
見ればそこには五隻の軍用艦に追跡されている輸送艦の姿があった。輸送艦はパールカンパニーの一般的な輸送艦で、最低限の自衛武装しか搭載していない旅客機だ。それに対し追跡するのはベルスター帝国最新鋭の駆逐艦が五隻。まず逃げ切るも勝ち目もない状態だった。
「なぜベルスターが民間の輸送艦を追撃する? 何が起こっている?」
「わかりません。パール社からは何の事前通告もなされていませんし、今回も輸送品と移動客を連れてきただけだと言っています」
「ベルスター側には戦闘停止勧告を送ったのか?」
「はい。しかしこちらの通信に一切応答しません……っと、馬鹿な……ベルスター艦隊、輝光機の出撃を確認! 見覚えのないタイプです!!」
「新型機……こんな所で……! パールシックス、聞こえるか!? このままでは中立地帯で戦闘になる恐れがある! ベルスターに追われる理由に本当に心当たりはないか!?」
「本当に何もわからないんだ、あいつらいきなりこっちの武装を潰してきて……このままじゃ殺される! 頼むから助けてくれ!」
無線機を握り締め歯軋りするキラ。助けてやりたいのは山々であったが、そうは出来ない理由が多すぎる。そうこう考えている間に輝光機隊が発砲。輸送艦で爆発が起きた。
「うわああああっ!? 奴ら本当に落とすつもりか!? 頼む! せめて乗客の受け入れだけでも……! 乗員乗客三十六名、全員死ぬ事になるぞ!?」
「若様、いかがなさいますか?」
「………………受け入れは……出来ない。中立地帯にまでそのまま接近するようであれば……本来のルール通り、輸送艦を撃ち落せ……」
通信機を手放し目を伏せるキラ。管制官は無言で頷き、既に待機済みの守備隊へ伝える。
「ブーケの中立地帯における戦闘はいかなる理由を以っても武力排除とする。予定通り輸送艦がエリアに侵入し次第狙撃、撃沈せよ」
「おいルメニカ、待てって! どこ向かってんだよ!」
街中を走っていた三人。ふとルメニカが足を止めたがそれは聖の呼びかけに応じたからではない。街頭モニターに映し出されている外の映像に目が留まったからだ。
そこにはブーケに接近する輸送艦とそれを追撃するベルスターの輝光機部隊の様子が映し出されている。市街地には注意を勧告するアラートが鳴り響き、照明が緊急事態を照らす赤色へと変化した。ようやく追いついた聖は共にモニターを見上げる。
「何が起きてるんだ?」
「中立地帯にベルスターの軍用艦……理由はわからないけど、こんな所で戦闘するなんて!」
「中立地帯って戦闘しちゃいけないんだよな? あいつらそれを知らないのか?」
「知ってる上で攻撃してるのよ! ベルスター帝国は……近年軍事力を拡大し周辺国へ侵略を仕掛けている国よ。何が狙いか知らないけど、中立地帯なんか知ったこっちゃない……!」
「おい、あの輸送艦このままだと落とされるぞ!? こんなに大勢見てるのにどうして誰も助けにいかないんだ!?」
「言ったでしょ? ベルスター帝国は強大な軍事国家よ。下手に手出しをして因縁でもつけられたら取り返しのつかない事になる。だから誰も手出し出来ないのよ」
キラとて助けたいという気持ちはある。だが見殺しにするしかないのだ。ここで安易に救助に向かえばベルスターの矛先がブーケ・ラナンキュラスに向けられるかもしれない。そうなればすっかり安心して中立地帯で無防備を晒しているどれだけの船が犠牲になるかわからない。ブーケは重要な交易拠点。因縁をつけて支配出来るというのならベルスターは喜んでそうするだろう。
「自分では助けてあげたくても、責任者としては……そういう風には出来ないのよ」
そう、自分一人の力ではどうにもならない事はあまりにも多い。今のルメニカにはあの中に飛び込んでベルスターの戦力を撃破するだけの力はない。出て行った所でブーケ全体に迷惑をかけた上、デヴォンジャーファミリーも道連れにしてしまうだけだ。
「気持ちだけじゃどうにもならないのよ。力がなければ、どんな理想だって……」
「…………ああそうかい。だったら俺が行く。俺があいつらを助けてくる」
背を向けて歩き出す聖。ルメニカは慌ててその手を掴む。
「聞いてなかったの!? そんな事をすればデヴォンジャーファミリーにも迷惑がかかるの! 今ベルスターに追い掛け回されるのは絶対に避けなきゃいけないんだから!」
「わかってるよ。だからルメニカは船に隠れててくれ。俺が一人で行く。それなら何の問題もないだろ?」
目を丸くするルメニカ。そっと聖の手を放した。
「俺とエクセルシアはまだ殆ど誰にも知られていない無名の輝光機だ。少し口裏を合わせればお前達に迷惑はかからねー。そのまま俺はどっかに逃げおおせる……それでいいだろ?」
「あなた……どうして? どうして見ず知らずの人間の為に……?」
「この世界じゃ助け合わなきゃ生きていけないって教えてくれたのはお前達だろ。それに正直、中立とかブーケとかなんちゃら帝国とか言われても俺にはよくわかんねー。そんなの俺には関係ねえ。人助けするのにそんなに小難しい理由が必要かよ?」
聖の言っている事はただの馬鹿の綺麗事だ。それはわかる。だから幾らでも理詰めで押し込めるはずなのに。ルメニカの口は閉ざされたまま動こうとしなかった。
心のどこかで誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。理屈ではなく感情で動く聖はどうしようもなく自由だ。そのどうしようもない自由さに、それこそどうしようもなく憧れた。
「あんたみたいに……そんな風に考えられたら、誰も悩んだりしないわよ……」
「だろーな。でも俺にはこういう生き方しかできねー。もしお前が本当は何かを変えたいと願っているのなら……精々祈ってくれ。お前の分まであいつらは俺がぶちのめしてやるからよ」
白い歯を店笑う聖。そうして荷物をルメニカに押し付け走り出した。
「行くぞウルシェ! エクセルシアで出撃だ!」
「マスター、俺一人で行くって言ってませんでしたっけ?」
「俺一人じゃエクセルシア動かせませんって! すいませんでしたって!」
やいのやいの言いながら走り去る二人。取り残されたルメニカは身体を抱くように腕を組み、雑踏の中に囲まれたまま、己の本当の願いについて思案していた……。