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其の翼は誰が為に(3)

「マスター、輝獣は強力なジュリスの反応に引き寄せられます! なによりエクセルシアはオリジナルライド……彼らの天敵です!」

「それであいつらしょっちゅう俺に纏わりついてきてたのか……くそっ!」


 二丁のライフルを連射しながら飛び回る聖。輝獣一匹一匹の戦闘力は決して高くないが、こうも数が多くては倒しても倒してもきりがない。撃ちもらしの突撃を受け吹き飛びながらエクセルシアはマフラーを振るい、周囲の輝獣を薙ぎ払う。


「何より、輝獣に狙われているのは……マスター、あなたです!! 輝獣は自分達に対する切り札である再生者を狙っています! そして……きゃあっ!?」


 背後から攻撃を加えたのはこれまで見たことのないタイプの輝獣であった。鳥のような形状をした輝獣が翼からフォゾンの弾丸を連射しながら襲ってくる。


「俺達が狙われてるのはわかるが、殆どの敵がベルスターコロニーに向かってるぞ!?」

「恐らく、ベルスターで覚醒した別のブライドに引き寄せられているのでしょう。ブライドもまた、輝獣にとっては優先すべきターゲットですから……!」


 猛攻を凌ぐエクセルシア。そこへトレイズが銃撃しながら駆けつける。二人は背中合わせに銃を突き出し、くるくると回りながら周囲に砲撃を浴びせた。


「聖! このままじゃベルスターコロニーがやばい! あそこにはまだ大勢の非戦闘員がいるはずだ!! 皆殺しにされるぞっ!!」


 切羽詰ったトレイズの声に聖は瞳を見開く。脳裏を過ぎるのは遥か彼方に眠らせた記憶だ。地球に溢れかえる輝獣、そしてそれに蹂躙される人類……。阿鼻叫喚の地獄絵図。それがあのベルスターコロニーで再現されようとしている。歯を食いしばり、そして叫んだ。


「双子ちゃん、敵に通信繋げるか!? このエリアにいる敵味方、区別なく全部だ!」

「可能ですが……どうするつもりさ聖ちゃん!?」

「いいからコントロールをウルシェに渡してくれ!! 後はこっちで何とかする!!」


 言われるがままに通信を繋げるモリオン。そのままシトリンがウルシェへ解読した通信コードを転送する。ウルシェが頷いたのを確認し、聖は大きく息を吸い込んだ。


「――この辺にいる全ての敵味方に告げる! ベルスター艦隊!! お前ら自分達のコロニーが輝獣に襲われてるのに何やってんだよ!? 兵隊なんだろ!? 騎士なんだろ!? だったら今は俺達を倒す事より優先すべき事があんだろーがっ!!」


 刃を交えていたミリアムとガドウィン。二機は距離を離してエクセルシアに目を向ける。


「俺達はベルスターを滅ぼしたくて来たんじゃない! だから俺はこれからあんたらを守る! ベルスターコロニーを防衛する! だけど俺一人じゃどう考えても無理だ! だから――力を貸してくれ! 皆で力を合わせてコロニーを守るんだよ!」


 頷き合う聖とトレイズ。二人は輝獣に纏わり疲れているベルスター艦隊に急行し、取り付いている輝獣を薙ぎ払って行く。そのままジャッジメントを起動、光の矢を放ち暗闇に無数の白光を瞬かせた。


「なんだ……あの輝光機? 一体何をしているのだ……!?」

「お前には理解出来ないだろうな、ミリアム。彼は峰岸聖……我々デヴォンジャーファミリー期待の新人だ」


 舌打ちし反転するミリアム。その視線の先にはベルスターコロニーへ侵入を果たしたリージェントの姿があった。フォゾンクロスで輝獣を蹴散らし、ミリアムは鳥の後を追う。


「ミリアム隊長、我々はどうすれば……!? 隊長!!」

「うろたえている暇があったら陣形を組み直せ! ミリアムは既にこの戦場を放棄した! これから自分達が何をすべきかはお前たち自身で判断するんだ!」


 ヘリオトロープ隊の前に乗り出すガドウィン。ライフルで輝獣を処理しつつ腕を振るう。


「元近衛隊隊長、ガドウィン・グルッフェルだ! 臨時で指揮を執る!」

「ガドウィン隊長……? し、しかし我々は……」

「近衛の役割を履き違えるな! お前達は王の私兵ではない! コロニーの最終防衛部隊、それが近衛騎士だろう!?」


 顔を見合わせるヘリオトロープ達。しかし直ぐに息を吹き返したように隊を組みなおし、フォゾンクロスを使って輝獣の攻撃からコロニーの壁となった。


「指揮をお願いします、ガドウィン隊長!」

「……元をつけるのを忘れるな。右から敵を叩く! 三機ついてこい!!」


 ガドウィンに続いて近衛隊が機能を十全に発揮し始めると輝獣の攻撃は一気に落ち着き始めた。それに続き、多数の輝光機が聖と肩を並べて輝獣と戦い始める。今やベルスター艦隊は聖を中心に展開。コロニーの防衛作戦に従事していた。


「マスターはライダーより政治家の方が似合っているんじゃないですか?」

「こんなバカな政治家居たら俺は投票しねーけどな……」

「だが盛り返してるぜ? このまま一気に殲滅するぞ、聖!」


 エクセルシアとトリフェーン、二機は連携して輝獣を殲滅していく。しかしそこで再び宇宙に亀裂が走り、また大量の輝獣が噴出すようになだれ込んでくる。


「くそッ、キリがねえッ!」

「トリフェーンのエネルギーが切れちまう……弾も残り僅かだ。どうする……!?」

「ベルスター艦隊、損耗率三十パーセント! トリフェーン一号機残り戦闘可能時間四分! トリフェーン二号機、残り先頭可能時間五分! エクセルシア、マテリアライズ装甲減衰率四十五パーセント!」


 慌てた様子で叫ぶ双子。その声に耳を傾けながらルチリアは痛む頭を片手で押さえ、ゆっくりと立ち上がった。帽子を脱ぎ捨てるとそこに収められていた赤く長い髪がふわりと舞う。額の汗を拭い顔を上げた女は、ルメニカと同じ顔で、同じ声で、しかし凛々しく決断を下した。


「――ファミリー全員に告げます。これよりデヴォンジャー号は偽装モードを破棄。戦闘モードへ移行する。繰り返す! これより本艦は偽装モードを破棄! カリバーン・システム起動! 全余剰動力をカット! 輝光力を全て主機へ! 総員、第零時戦闘配備!」


 ルチリアの声に振り返る双子。艦長は笑顔で頷きを返す。


「……艦長より偽装解除命令が下りました! 全員、本気モードに移行! 勿体無いけど外装はパージしちゃって!! 第一、第二ブリッツアーム起動……お願いします!」


 艦内に鳴り響くアラート。船の彼方此方に隔壁が降り、激しい揺れが船全体を襲う。整備員達が慌しく走り回り、バルバロスは格納庫で激を飛ばす。


「野郎共、いよいよ俺達の機械いじりの成果を見せる時だ! 偽装装甲ひっぺがせ!」

「おやっさん、そんな事言われてもまだパージの準備が出来てねえよ!」

「バッキャロー、爆破でもなんでもしてフッ飛ばせばいいだろうが!」


 商業区にあった店全てにシャッターが下りる。整備班がパージの準備を進める中、ルチリアは艦長席を操作。そこにエクセルシアやリージェント、オリジナルライドと同じ規格の操縦装置を出現させる。涼手足を固定し、女は赤い瞳と髪を輝かせる。


「パージ準備完了まで予測時間十五分! お母さん、時間掛かりすぎるよ!?」

「構いません。ある程度取り払えれば私が振りほどきます。一分で終わらせなさい」


 目を丸くする双子。デヴォンジャー号がてんやわんやの騒ぎになっているのは聖達にも聞こえているのだが、聖には何が起きているのか検討もつかない。


「おい、デヴォンジャー号は何をバタバタやってるんだ?」

「奥の手を使う気になったみたいだな。あの船は元々艦長とガドウィンがベルスターから逃げてくる時に乗ってきた船なんだ。当時最新鋭の護国艦をかっさらってきてサルベージ艦に改造したのがデヴォンジャー号ってわけ。それがあんなダサい見た目な筈ないだろ?」

「……は? それってまさか……あの船、あれが本来の姿じゃないって事か?」


 デヴォンジャー号はサルベージ艦だ。全体を無数のジャンクパーツで覆い、回収作業に特化した作りになっている。だがそれは外側だけ。デヴォンジャー号という船の本来の姿は月の最新技術で作られた護国艦。ベルスターの守りの要であった。


 その本来の外見と偽装装甲の間には僅かな隙間が存在している。そこへ整備員達が爆薬を放り込んで行く。全ての爆弾設置が終了すると、ルチリアは本体にバリアを発生させる。

 この世界で宇宙艦は輝光機と同じ扱いを受ける。輝光機という大きな括りの中で船が存在しているのだ。それは輝光機と船を動かす理屈が全く同一であるという事を意味している。

 即ちこの船はルチリアというライダーが操る一つの輝光機。彼女は思うがままに五百メートルの巨体を操るライダー。女は愛機に漸く本来の姿を晒す事を許した。


「爆破準備完了! お母さん!」

「発破! 続けて全速前進……! 全員、何かに捕まっていなさい!」


 何も知らぬ者にはデヴォンジャー号が自爆したように見えただろう。爆炎に吹き飛ばされて爆ぜるジャンクの鎧。その内側から赤い光が瞬いた。それは美しい剣を思わせる巨大な戦艦。デヴォンジャー号はゆるくロールしながら加速し、自らが捨てた瓦礫を吹き飛ばしながら舞う。それはまるで蛹から孵った蝶のように美しく、光の翼を大きく広げる。


「で――っ!? なんじゃありゃあああっ!?」

「俺も本物を見るのは初めてだ……あれが、本当のデヴォンジャー号……!」


 急加速に船の中はしっちゃかめっちゃかになっていたが、もはやクルーはそんな事を気にかけていなかった。彼らはいつかこうしてこの船が自由に飛び立つ日を夢見て改造を続けてきたのだ。仮に一生懸命偽装した装甲が吹っ飛ぼうが、商業区の店がひっくり返ろうが、そんな事は些細な事。それよりも今は、飛び立った翼に歓声を上げるべきだ――。


「……前方より輝獣群接近! この船の桁外れの輝力反応に引かれてるんだ!」

「二人ともしっかり捕まっていなさい! 纏めて薙ぎ払います――ッ!!」


 左右に広げた翼から無数のビーム砲が迫り出す。巨体からは想像も出来ないような身軽さで空を舞い、デヴォンジャー号は輝獣の群れに砲撃を雨あられのように浴びせかける。

 次々に光が爆ぜ消滅していく輝獣達。だがそこへ小型輝獣を放出していた巨大な輝獣が顔を出した。全長はゆうに三千を超える母艦タイプ。それがやっと顔だけ出したという所へ目掛け、まっさかさまにデヴォンジャー号は突っ込んで行く。


「この船が剣の形をしているのは、伊達ではありませんよ」


 船の側面に折り畳まれていた遂になる腕が頭を上げた。三本指の大型クロー、通称ブリッツアーム。サルベージ屋が後からこの船に増設した、対艦格闘武器である。

 二本のブリッツアームを射出し母艦タイプの輝獣に突き刺すと、そのまま無数のアンカーで引き寄せながら突撃していく。引っ張り出された大型輝獣の脳天目掛け、船は文字通り剣のように突き刺さった。艦首に展開された超大型対艦ブレードが突き刺さり、更に内側からバリアを展開して吹き飛ばす。


「おいおいおいおいおい、滅茶苦茶だ出鱈目だあんなのどうかしてる!」

「……怖いよなあ、うちの艦長」


 この戦場に居た誰もが唖然としていたが、ルチリアは酷く落ち着いた様子であった。最初から何もかも覚悟なんてものは決まっていた。そう、もう何十年も前から……。


「峰岸聖! ここは我々で抑えます! あなたはコロニーへ向かい、ルメニカを確保してください! 最早一国の猶予もありません! リージェントのライダーにも、そしてベルスターの王にも渡してはならない! 彼女と我々の未来を――あなたに託します!」


 左右に射出したブリッツアームで轟沈した戦艦を掴み、回転して放り投げるデヴォンジャー号。最早何がどうなっているのか聖にはさっぱり理解出来なかったが、ルチリアの真っ直ぐな思いだけは確かに届いていた。


「だけどよ艦長、いくらその船がバケモンみたいにつえーからって、それだけじゃ……」


 そう聖が呟いたその時だ。聖達に迫っていた輝獣の群れに次々にミサイルが着弾した。振り返ればそこには見知らぬ戦闘艦とそこから出撃する輝光機隊の姿があった。


「デヴォンジャー号、聞こえるか。こちらバルトール傭兵隊、夜明けの樹、グラムヘイズ自由騎士団による混成艦隊だ。これよりお前達を援護する」


 現れた増援は次々に輝獣を撃破する。どれもが並外れた腕を持つ傭兵達。乗っている輝光機もフルカスタムされた新型ばかりである。わけがわからず呆けている間に聖の周囲を屈強な戦士達が取り囲み守りを固める。


「あ、あんたら誰だ……? 急に出てこられても何が何だかよ……」

「お前が峰岸聖か。再生者とブライドなんだってな。話は聞いてる。俺達はただクライアントからお前達に手を貸すように依頼されただけだ」

「一体どこの誰が傭兵なんか……うちの船にそんな金ねーぞ」

「金はあるところにはあるものさ。依頼人について明かす事はご法度でな。俺達からは何も言えんが、伝言を預かっている。何の手助けも出来ぬまま突き放すような真似をしてすまなかった。君を友と認め、信じよう。我らの大切な友人を頼む……との事だ」


 目を見開く聖。それが誰からのメッセージなのかは直ぐにわかった。これだけの腕利きの部隊を丸ごと雇って徒党を組ませる事が出来るような権力者。そんな知り合い、この世界で目覚めたばかりの聖にはたった一人しかいない。


「……今ので何か伝わったか?」

「ああ、バッチリな! 信じるぜ、あんた達を!」

「クライアントからは悪くない額を貰っている。死なない程度に仕事はさせてもらおう」


 傭兵団と近衛隊は卓越した技術力を持つライダー達だ。あっという間に状況を立て直し、輝獣を屠って行く。トレイズは聖の手を引いて後退、傭兵の船の一つに着陸する。


「こっちは俺達に任せてくれ。俺も補給が終わったら直ぐに出る」

「トレイズ……本当にお前達だけで大丈夫か?」


 エクセルシアの肩を叩くトリフェーン。そして思い切りその背中を突き飛ばした。


「宇宙のアウトローをなめんなよ! 俺達はこの世界で生き延びてきたんだ! 輝獣なんかに負けるかっつーの! それよりルメニカ、お前に託したからな!!」


 苦笑を浮かべ飛び立つエクセルシア。あっという間にベルスターコロニーへと姿を消したその白い光を目で追い、トレイズは優しく笑みを浮かべる。


「死ぬなよ……聖」


 ライフルをリロードし、船の上に立ったまま後ろを見ずに発砲。背後に迫っていた輝獣を撃ち殺し、赤いトリフェーンは瞳を輝かせる。


「悪いがこっちもマジでね。無理だろうが無茶だろうが、やらせてもらいますよ」




 赤のブライド、アルメニカ・ザ・レッド。彼女は長い間このアーク・リブラにて眠りについていた。ブライドは再生者に反応して目を覚ます。だがこのリブラに再生者はいなかった。

 花嫁は眠り続けた。そうしている間に悠久の時が流れ、彼女の身体からブライドの研究が進められた。しかしそれは彼女にはなんの関係もない事だ。夢にすら見る事のない、彼方の現実の出来事。それが彼女自身へと追いついたのは、今から六年ほど前の事であった。

 禁じられたこの聖地に足を踏み入れた少年がいた。再生者のクローンとして調整に調整を加えられた、王になるべくして生まれた王子。彼がここで花嫁を見つけた時それを自分の物にしたいという激しい欲求に駆られたのは決して不自然な事ではない。彼は再生者であり、ブライドを求めるのは当然の事である。その相手が自分の遺伝子の大元――母親同然の存在だったのも劣情を加速させる一員であった。少年は自分の花嫁と母親を同時に見つけたのである。どんな愛も知らずに育った彼がブライドに執心したのは当然の事であった。

 ブライドは再生者のDNAに反応して起動する。眠り姫を目覚めさせる手段が口付けであるというのは御伽噺ではよくある話だ。少年は姫を目覚めさせる為に口付けを交わした。だが姫は目覚めなかった。中途半端な再生者が齎したのは覚醒ではなく暴走であった。

 結果、赤のブライドはブライドとしての能力の殆どをロックされた状態のまま、全ての記憶を失ったまっさらの状態で目覚めてしまった。それも本来の人格ではなく、全く別の偽装人格として、である。それがルメニカという少女が誕生した瞬間であった。

 何も記憶していないルメニカをルチリアと先王は娘として育て守る事を決定する。アルヴァートはブライドを自分の所有物にしたいという激しい欲を隠したまま良き兄を演じた。全てはこの偽装人格の妹が消え去り、本当の意味でのブライドが目覚めるその時の為に。

 だが三年前、アルヴァートの企みは看破される事になる。父王に事を問い質された王子は全てを洗いざらい正直に語り、そして父を殺害した。アルヴァートにブライドを渡すまいとしたルチリアとガドウィンは彼女を連れベルスターから逃れる。こうして真実から切り離されたルメニカは自らが偽りの人格であるという事すら知らされぬまま育ってしまった。


「私……私は……なんなの? 何者なの? 人間じゃなくて、ブライドですらなくて……どちらでもない私……一体、何の為に……」

「……まだ偽装人格が残っているのか。すっかり精神崩壊したと思ったんだけどね。期待はずれ……だけどまあいいや。もう一度今度こそ本当にブライドを覚醒させる。そして僕は本当の再生者になるんだ。そうすればきっと何もかもに意味が生まれるんだよ、アルメニカ」


 笑いながら顔を近づけるアルヴァート。そのまま有無を言わさずルメニカの唇を奪った。少女は抵抗しなかった。全身を駆け巡る嫌悪感もこの絶望に比べれば些細な事だ。最早何もかもどうでもいい。この狂った男を跳ね除けた所で何が変わるというのか。


「うーん、やっぱりキスでは目覚めないか。だったらしょうがない」


 徐にドレスに手をかけ、びりびりと引き裂く。そこで漸く服を脱がされている事に気付いたルメニカが胸元を押さえるが、アルヴァートに逆らうだけの力はなかった。


「いやっ! 何をしているの、お兄様!?」

「僕はお前の兄なんかじゃないんだよ……お前は僕のママなんだから。それにお嫁さんなんだよ。お兄様なんていわれるのは本当は心外だったんだ……」

「やめ……やめてっ! いやっ、誰か! ガドウィン……お母さん……トレイズ……!!」


 目尻に涙を浮かべながらもがくルメニカ。アルヴァートは鼻歌交じりに笑いながらその服を引っぺがして行く。少女はただきつく目を瞑り、真っ白になる頭の中でその名を叫んだ。


「助けて……聖ーーーーっ!!」


 その時、アーク・リブラを激しい揺れが襲った。直後眠りの間の天井を突き破り輝光機が落ちてくる。瓦礫に囲まれながら降り立ったのはエクセルシア……ではなく、リージェントであった。コックピットから乗り出した晶は銃を取り出し眼鏡を光らせる。


「聖じゃなくて申し訳ないね」


 次の瞬間発砲。容赦なく放たれた弾丸が次々とアルヴァートに命中し、男は軽く踊った後水の中に倒れこんだ。突然の出来事にただわなわなと震えるルメニカ。晶は銃弾をリロードしながら息を吐いた。


「トトゥーリア、あれがブライドで間違いないな?」

「イエス、マスター。ですがまだ完全な覚醒は果たしていないようです。仮想人格による保護状態……スリープモードですね」

「覚醒がまだなら都合が良い。僕が契約さえしてしまえばあのブライドは僕の物だ。そうすれば幾らでも制御は可能……この事態も丸く収められるだろうさ」


 ゆっくりと迫ってくるリージェント。ベッドの上に倒れたままルメニカは目を瞑り唇を噛み締める。なぜ自分ばかりこんな目に遭うのだろう。誰も彼もが自分を道具としか考えていない。家族だなんて言って張り切った日々も全ては無意味だったのだ。あんなに自分を大事にしてくれたガドウィンも母も、親友のトレイズも一切信用できなくなっていた。

 ただ諦めにもにたどす黒い感情だけが少女の胸を支配していた。俯いたまま涙を流すルメニカ、そこにリージェントの大きな腕が伸びる。と、その時だ。


「リージェント……俗の分際で聖域を荒らすとは……貴様ぁああああ!!」


 剣を抜いたまま落下してくるミリアムのヘリオトロープ。晶はすかさず反転、腕に剣を構築してその一撃を防ぐ。二つの巨大なシルエットは薄暗がりの中水飛沫を巻き上げながら取っ組み合い、額と額をぶつけ合う。


「ミリアム・コールド……いい加減にしつこい女だな、お前も……」

「その機体は陛下の物である! 貴様のような下賎な盗人が我が物顔で乗り回す等!!」

「ふざけるな。オリジナルは再生者の物だ。思い上がるなよ、クローン風情が」

「貴様とて大昔にくたばった人間の模造品であろうがああああっ!!」


 激しく刃を打ち鳴らす二機。ルメニカは胸に手を当て苦笑していた。こんな状況でなぜ笑ってしまったのかは自分でもよくわからなかった。ただ一つだけ確かなのは、ミリアムが落ちてきた時――なんだまたかと、そう落胆した自分がいたという事だ。

 リージェントが現れた時、少女は確かに期待した。そんなご都合主義な事があってたまるかと内心思いながらも、あの少年がヒーロー宜しく登場する事を夢見たのだ。

 ミリアムが現れた時もそうだ。あの少年が今度こそ現れたと思った。なぜこんなにも今は彼に会いたいのか、その理由を考えてみる。答えは直ぐにわかった。

 彼だけが何も知らずに自分を仲間と呼んでくれた。何も知らないくせに何も出来ないくせに、何かを変えてやろうと息巻いていた。これまでの全てが信じられなくなった今でも、だからこそ彼を信じられる気がする。だってそうだろう? あのお気楽でお調子者の救世主は、ルメニカがそうあれと望んで捜し求めたものだ。彼女が誰よりも彼を信じていた。まだ夢物語に過ぎなかったその時から切実に願っていたのなら――全ては今更ではないか。


「ルメニカああああああっ!!」


 だから声が聞こえた時、遅いぞと思った。

 リージェントが空けた穴からエクセルシアが姿を見せた時、当然だと思った。

 けれど涙は止まらず、純白の光を纏った騎士の姿にルメニカは目を細めていた。


「マスター、なんだかよくわからない状況になってますが!」

「ルメニカを助けるぞ、ウルシェッ!!」


 睨み合う三機の輝光機。エクセルシアは光を放ち、その手の中に銃を握り締めた。

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