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其の翼は誰が為に(1)

 ブーケ・カサブランカで戦闘準備を終えたデヴォンジャー号は足早にベルスター本国へと移動していた。もう間もなくベルスターの支配海域に入る。そうなれば当然防衛戦力に発見される事になり、戦闘へと発展するだろう。

 軍事国家を相手にたった一隻の船で、サルベージ屋風情が乗り込もうというのだ。誰だって少し考えればわかる。それは尋常ならざる無謀なのだと。

 船の中を緊張感が包み込んでいた。ムードは決して明るいとは言えない。むしろこれから全員死んでしまうかもしれない、そんな覚悟を決めているような重苦しさがあった。そんな時、艦橋へと顔を出した聖がルチリアへと近づいて行く。


「艦長! ちょっとクルーの皆に伝えたい事があるんだけど、放送貸してくんね?」

「艦内放送ですか? 構いませんが……モリオン、シトリン」


 ひょっこりと顔を出す双子。その内の黒い方が小さなマイクを聖へと差し出した。聖は容赦なく二人の間に降り立ち、マイクを受け取り笑顔で頷く。


「ありがとな。この話、お前らにも聞いてもらいたいんだ。こういう話はどちらかというと晶の方が得意だったんだが……生徒会だったしな、あいつ」


 苦笑を浮かべ、それから合図をする。モリオンは頷いて放送機器のスイッチを入れた。


「うおっほん……! デヴォンジャーファミリーのみんな、聞いてくれ! 俺の名前は峰岸聖……伝説に謳われた再生者の一人だ。昔の事はあんまりよく覚えてねーが、どうやら俺の使命って奴は輝獣を滅ぼす事、それから人類を再興する事にあるらしい。んで、どうやら皆は俺の事をバケモノか何かだと思ってるみたいなんだが――実は、その通りなんだ!」


 朗らかに語る聖に両サイドの双子が飛び退く。その様子を横目に眺め、少年は続ける。


「どうやら俺は他の皆よりずっと頑丈で、しかも殺しても死なないくらい傷の治りが速いらしい。輝光機を動かすには輝光適正ってのが必要なんだろ? 俺はそれがぶっちぎりでハンパねー。つまりそんだけ人間離れしてるって事だ。理屈じゃなくオリジナルを操って敵をぶち殺せる、過去の人類が残した殺戮兵器だ。そんなのと一緒だったんだから、クルーの皆も本当は不安だったよな。俺みたいなの拾っちまったせいで……余計な心配かけちまって悪かった」


 放送は誰もが耳を傾けていた。機械いじりをしながら振り返るトレイズも。部屋で身支度をしながら顔を上げたガドウィンも。リージェントのコックピットで調整を行なう晶とトトゥーリアも。少年の真っ直ぐな声に意識を向けている。


「俺が余計な事しなければルメニカも飛び出さなかったかもしれない。俺はみんなに沢山助けられてるのに、結局今の所迷惑かけちまってるだけだ。それでも皆は変わらず俺に親切にしてくれた。仲間扱いしてくれた。何にもわからないまま目覚めたこの世界で、不安ナリにやってこられたのは皆のお陰だ。だから本当に感謝してる! ここまで俺を連れてきてくれてありがとう! こっから先は俺一人でやる……って言いたいところなんだが、多分それは無理くさいんだ。俺、皆が思ってるほど救世主してないんだよな。だから……」


 ぎゅっとマイクを握り締め、少年はそれでも笑顔で語りかける。


「――皆の力を貸して欲しい! 俺はルメニカを助けたい! あいつは俺の命の恩人なんだ! あいつがそうしてくれたように、俺もあいつを助けに行きたい! 皆の家族を取り戻したい! だから、その為に力を貸して欲しい。そんでもってよ……全員で帰ってこようぜ! 皆でルメニカを迎えてやろう! あいつだって折角助けられても誰か死んでたらショックだろ? 女は泣かせたくねー! かっこつけてー! だから皆、俺に力を貸してくれ!」


 言いたい事は言い切った。小さく息を吐いてマイクを降ろす。下手な演説だ。演説の形すら成していないかもしれない。それでも伝えたい事は言葉にしなければ誰にも届かない。響くかどうかなんて関係ない。とにかく意志は、誰かに伝えて初めて意味を成すのだから。


「騒がせて悪かったな。この船は俺がきっと守るから、双子ちゃんも応援してくれよな!」


 ウインクしながらマイクを投げ返す聖。それを受け取り、双子は顔を見合わせる。


「あの……聖さん……あのね、あのねー……あたしたち、聖ちゃんの事良く知らなかったのに……勝手に怖がったりしてね? ごめんなさい……私達、誤解してました……」


 立ち去ろうとする聖の背中に語りかける二人。胸に手をあて、同時に顔を上げる。


「ルメニカを連れて戻るの……信じてます。だから聖ちゃんも気をつけてね! ちゃーんとここに帰ってこられるように、あたし達がんばるから……本当に、お気をつけて」

「おうっ! あんがとな、双子ちゃん!」


 無邪気に笑って親指を立てる。そうして聖はルチリアの隣を通り抜ける。


「ルメニカは……あんたの娘は必ず取り返す。だから俺を信じてくれ」

「ええ、信じましょう。今ならば藁にでも縋れる思いです。あなたが藁の騎士なのか、或いは再生を司る伝説の騎士なのか……私も楽しみに見極めさせて貰いますよ」


 艦橋を出て行く聖。それを見送りルチリアはマイクを手に取る。


「これよりデヴォンジャー号はベルスター帝国に強行突破を試みます。目的地はベルスター本国にある宮殿。敵の迎撃は苛烈を極める事が予測されます。しかし……我々には伝説の再生者がついています。臆す事も怯える事も必要はありません。敵に対する遠慮も不要です。我々は所詮海賊……ならば、正々堂々と姫を奪いに行きましょう。総員、第一種戦闘配備!」


 放送を聴きながら通路を歩く聖。そこへ待っていたウルシェが合流する。二人は肩を並べ、顔を見合わせ笑い合い、そして少しだけ歩みを早めた。


「マスター、あんな演説で我々への不安を払えると本気で思ってるんですか?」

「おう。何もしないよりゃましだ。わかって欲しい時は叫ぼうぜ。誰かに伝えたい時は一生懸命になろう。そうしなきゃ、本当になんにも始まらねーからな」

「……聖の言う通りだ。誰かに思いを伝えるという事は、まず伝える意志から始まる」

「ちゃんと伝えなかったのは俺達クルーの方だ。聖には悪い事しちまったな」


 そこへガドウィンとトレイズが走ってくる。聖に追いつくと力強く頷き、それから足並みを揃えてぞろぞろと歩いて行く。


「峰岸聖。俺は正直な所、お前を危険視していた。だが今はお前の言葉を信じよう。理屈や冷徹さだけでは何も変える事は出来ない……俺もその事は嫌と言う程知っているからな」

「なんだかんだでルメニカを助けたいって気持ちは俺達も一緒だよ。あいつが居ないと船が静か過ぎていけないや。はた迷惑な奴だよなあ。居ればうるさいし、居なくても寂しいしさ」

「ありがとな、二人とも。二人だけでもそう言ってくれてありがてーよ」

「……二人? お前は何もわかっていないようだな。周りをよく見てみろ」


 商業区に差し掛かった時だ。ガドウィンの言葉と共に聖に降り注いだのは割れんばかりの歓声であった。誰もが応援の言葉を、期待の言葉を叫んでいる。あちらこちらから伸びてきた観衆の腕が聖の背中を叩き、もみくちゃにされながら歩いて行く。


「お前もすっかり有名人だな。まー、サルベージ屋なんて基本アウトローの集団だからね。理屈よりノリで動く人種だわな」

「……良かったですね、マスター。馬鹿な人ばっかりで」


 優しく微笑みながらウルシェが言う。聖は切なげに頷いて、それから決意を固めるように前を向き直した。過去の事は過去の事。今の事は今の事だ。未来がまだ決まっていないというのなら、今出来る事をするしかない。今を全力で生き抜いてこそ、最善の明日を得られるのだ。

 観衆が作ったアーチを抜け、一行は格納庫へ入った。そこで整備員達にまたばしばしと背中を叩かれまくり、よろよろしながら辿り着いた先で晶が待っている。


「お前の気持ちは聞かせてもらったよ。僕が何か言った所で、考えは変わらないんだろうな」

「晶の言ってる事、俺にも良くわかる。だけど俺は過去に囚われて生きるのは御免だ。何も救えなかった無力な自分を責めたりしない。だったら俺はこれからもっと多くの人を助けようと思う。この世界で生きる。仲間達と……ファミリーと一緒に」


 肩を竦める晶。それから溜息混じりに背中を向け。


「……僕も手を貸そう。リージェントの力が加われば、突破の可能性は僅かにでも上がる」

「晶……やっぱりお前はいいやつだな!」

「勘違いするな。道中が同じだというだけで僕達は既に袂を別っている。目的が異なるのであれば敵同士にも成り得る。お前はそう言う選択を下したんだ」

「それは覚悟の上さ。とりあえずでもお前が一緒に飛んでくれるなら心強い! 俺とお前が組んで勝てなかった事は……前世で一回しかないからな」

「……あれはノーカウントだろ? 隕石とバケモノ相手に何が出来たっていうんだよ」

「だったら負けなしって事で……行こうぜ、相棒!」


 拳と拳を突き合わせる二人の少年。恐らくこれから彼らの道は別々の方向へと進んで行くだろう。その流れを押し留める事は誰にも出来ない。運命は既にカードをまぜたのだ。

 だがそれでもこの一瞬だけ、二人は時を超えた友情で結ばれていた。明日の事は明日の彼らが考えるだろう。だから今だけは、少年は少年のままで。お互いを信じる気持ちを信じたい。


「……マスター、そろそろ」


 不機嫌そうに聖を睨みながら呟くトトゥーリア。そこへ整備長バルバロスが歩み寄る。


「トレイズ、ガドウィン! てめえらの機体は万全に調整をしておいたからな! カサブランカで買った新型装備も扱えるようにしてあるからよ! 金掛けた分はきっちり働けよ!」

「ジイちゃん……それが死地に向かう孫に言うセリフ?」

「けっ、ライダーなんて自分勝手な連中の事なんぞ知るか! とっとと行って来い! そんでよう、聖……おめえのエクセルシアも可能な限りの修理と改造をしておいた。大昔の輝光機をいじるのは楽しかったぜ」


 老人はニカっと笑い、それから聖の肩を強く叩いた。


「ライダーって連中は整備の人間の事なんぞ考えもしねぇ。まったく勝手なもんで、無理な注文ばっかりつけるくせに、ボロボロにして戻ってきやがる。だがまあ、それを修理すんのが俺らの役目だ。お前さんはお前さんに出来る事、お前さんのやるべき事をやってこい」

「……ありがとな、ジイさん。だけど俺のエクセルシア勝手にいじってぶっ壊すなよ?」

「バッキャロー! こちとら輝光機イジって五十年だぞ!? オリジナルだろうがなんだろうがばっちりじゃわい! お前さんこそ、エクセルシアを派手にぶっ壊すんじゃねえぞ!」


 尻を蹴飛ばされながら苦笑する聖。そうして自然と前に飛び出た少年は振り返り、並んだ仲間達の顔を見渡す。そうして一息つき、当たり前のように言うのであった。


「んじゃ――そろそろ行きますか!」




 封印されていた離宮から地下へ通じるエレベーターへ乗り込み、ルメニカはアーク・リブラへと足を踏み入れていた。嘗ての人類が作り上げた宇宙を漂流する遺跡。そのルーツは放棄されたコロニーとも宇宙船とも、はたまた研究所とも言われているが、真偽は定かではない。

 薄暗いなりにも通路には光が灯っている。反響する足音に耳を傾けながら進むルメニカ。やがてアルヴァートが案内したのは、大きく開けた部屋であった。そこはエクセルシアが眠っていた格納庫と全く同じつくりをしていた。


「これ……アーク・サジタリウスと同じ……?」

「サジタリウスへ行ったのかい? そうか……ではミリアムから報告のあった未確認の輝光機というのは、本当にオリジナルライドだったというわけか。素晴らしい……ここ以外に未だオリジナルライドを宿しているアークが存在していたとは」

「ここ以外にもって……それでは、ここにもオリジナルタイプが?」

「ああ。僕らはリージェントと呼んでいた。だがあろうことかこの聖地へ侵入した賊に持ち去られてしまってね。随分とそれを探していたんだよ。ブーケ・ラナンキュラスでの騒動には僕も心を痛めている。だけど君にも理解出来るだろう? オリジナルの希少性は」


 ミリアムに囚われる直前、ルメニカも目撃している。エクセルシアと組み合っていた黒いオリジナルタイプ……あれがリージェントと見て間違いないだろう。この瞬間ルメニカは大まかにラナンキュラスで起きた出来事の成り立ちを理解した。


「ここにオリジナルがあったというのなら、まさかここにもブライドが……?」

「感がいいね。その通りさ。このリブラにも確かにブライドが眠っていた」

「では賊は再生者で、ブライドとオリジナルを両方奪って……。しかしお兄様、どうしてここに……ベルスターの地下にアークが眠っていたのでしょう?」

「僕らベルスターの一族は、このブライドとオリジナルを守る為の墓守みたいなものだったのさ。いつか相応しい再生者が目覚めるまでのね。僕らベルスター一族はアークの守護者。アークは輝獣に狙われやすい。それで護衛を組織化して行くうちに、いつの間にか国家として成り立つようになってしまったんだろう。本当の意味でアークを守るという目的意識を持っていたのは初めの頃のベルスターだけで、段々と王族はなぜ自分達がベルスターという国を守っているのか、その意味さえも忘れてしまったんだ」


 そしてこの離宮は封印された。地下のアークの存在は代々の王だけが知り、次世代の王にひっそりとその事実を伝える。国民の誰もが真実を知らぬまま、平穏な毎日が続いてきた。


「僕らの命はただブライドを守る為だけにあった。けれどただそうやってなんの生産性もない人生を過ごしていたわけじゃない。ベルスター一族はブライドを研究し、そして自分達の力でブライドに相応しい再生者を作ろうという結論に至った。この先にはその一つの答えがある」


 ごくりと生唾を飲み込んだ。兄の話を聞けば聞くほど、ルメニカの胸にはいいようのない焦燥感が溢れてくる。ここから先に進んでは行けない……本能の絶叫が足を地べたに縫い付ける。それでも兄は容赦なく妹の手を引き、奥へ奥へ……暗闇へと歩みを進めてしまう。


「お兄様、待って! 嫌……ここから先に行きたくない!!」

「それはだめだよアルメニカ。君は既に知ってしまったんだ。ベルスター一族が延々と連ねてきた罪の歴史、その片鱗をね。ならば知らなければならない。自分達の血の罪を」


 ルメニカは高い輝光適正を持つ物の、所詮は少女に過ぎない。自分より一回り大きな男の力に逆らえる筈もなかった。ずるずると引かれるルメニカ、そこで唐突に背後から音が鳴った。


「……何だ? ……何? わかった、直ぐに向かう。陛下、お楽しみの所申し訳御座いません。警備部隊より連絡があり、今しがた領海内に賊の侵入を確認したと……」

「母さん達かな? まったく、本当に僕とアルメニカを一緒にしたくないんだろうね。たった一隻で乗り込んでくるなんて無謀にも程がある。だけどまあ、一応家族の情は残っているからね……。ミリアム、対応はお前に任せるよ。丁重にお出迎えしろ」

「は……。生かして捕らえますか?」

「いいや、そういう事じゃないよ。苦しまないように楽に殺してやれと言っているんだ。いつまでも生き長らえることこそ彼女の罪であり罰なんだ。もう解き放ってやるといい」


 兄の言葉に耳を疑った。だが直ぐに理解する。彼は本気だ。そもそもそうやって平然と肉親を潰すだけの殺意を抱いていなかったのなら、この国はこんな風に変わっていなかった。


「お止め下さいお兄様!! 相手はお母様なんですよ!?」

「ああ……それがどうしたっていうんだい? あんな女、母親でもなんでもないよ。僕にとって本当の意味での母親は……彼女じゃないんだからね」

「それは……どういう……?」


 アルヴァートは無表情にどこかを見つめていた。意思のない、まるで能面のような横顔。背筋をぞくりと振るわせるルメニカを無視し、王は命じる。


「僕は命令を下したぞミリアム。敵をこの宮殿に近づけるな」

「……はっ!」


 敬礼と共に走り去るミリアム。ルメニカは必死で抵抗を試みるが、強引に手を引く兄に逆らえず奥へと進んで行く。


「お兄様、待って! あの船には私の家族が乗っているんです! お兄様!!」

「いいから僕の言う通りにするんだ、アルメニカ。それが君の為なんだよ」

「どうして!? 私をここに連れてきてなんだっていうの!? 私にはお兄様のお考えにナっている事が理解出来ません! どうして当たり前の家族ではいけなかったのですか!?」


 叫び終え、肩で息をするルメニカ。そこへ王はゆっくりと振り返った。表情のない顔。人形の顔。一切の熱を取り払った凍えるような眼差しで、王は姫を見つめていた。

 最早少女の中に燻っていた恐怖は確信へと変わっていた。喚き、もがき、何とか逃れようとしてみるが男はびくともしない。そのままずるずると、ずるずると、最早人間扱いをされず、物のように……人形のように少女は闇へと引き摺られていった。

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