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がたん、ごとん。(2)

 目を覚ます。

 まだトンネルの中なのだろう、外の景色は暗く、何も見えなかった。窓ガラスには自分の眠たそうな顔が映るだけだ。

 ふと視界の隅の人影に気づいてそちらを向くと、同じ車両に乗っていた若い女性客が僕の隣の席に座っていて僕は驚く。

 僕が目を覚ましたと分かると、彼女は車内をキョロキョロと見回してから言った。


「わりと普通の電車だと思わない?」


 まだイマイチ意識のはっきりしない僕が黙っていると、彼女はふぅ、と神経質そうに口から吐き出してから言った。


「誰も乗ったことのない電車なんて聞いていたから、どんな物が出てくるかと思ったのに……拍子抜けしちゃった。私の名前はチエよ、あなたは?」

「……森川勇雄です」

「モリカワくんね。あなたもこんな電車に乗っているくらいだから、きっとまともじゃないんでしょうね。彼らと同じように」


 チエはそう言って、他の乗客たちの方にちらりと目をやった。彼らはまだ気持ち良さそうに眠り続けていた。

 まともじゃない、僕はその言葉にムッとするけど、よく考えたら僕は自分自身がまともかなんてよく知らなかった。ひょっとすると彼女の言うとおり、僕はまともじゃないのかもしれない。僕はあいまいに頷いておく。


「じゃあ、あなたもまともじゃないの?」


 僕が聞き返すと、チエは少し上を向いて考える素振りを見せた。二十代の半ばくらいだと思うけど、崩れた化粧は彼女の整った顔を少し老けて見せていた。


「あるいはそうかもね。好きで好きで結婚しようとしていた男にお金を持ち逃げされたあげく、性欲のカタマリみたいな筋肉ムキムキの馬鹿共の中に置き去りにされて、頭のタガが外れちゃったのかもね。そうじゃなきゃこんな薄い紙切れなんか、一生頼ったりしないわよ」


 チエはそう言うと赤い切符をシャツの胸ポケットから取り出してひらひらと振ってみせた。


「モリカワくんはどうして……、いや、聞かないでおくわ。どうせろくな話は聞けないんだし。あら……?」


 その瞬間、目がくらむような光が窓から入り込み、すぐに車両内は暖かい光で満たされた。僕は慌てて窓から差す光を手でさえぎって目を守る。


「ようやくトンネルを抜けたのね。あなた、今何時か分かる? 時計忘れてきちゃったのよね」

「七時半だよ」


 僕は腕時計を見てからそっけなく答える。そして光に慣れてきた目で外の景色を眺めてみる。

 それは見たことないんだけど、本当にどこにでもありそうな景色だった。

 トンネルに入った頃のように木ばかりの景色ではないけど、田舎であることには変わりないようで、少し離れた所には幅の細い川が流れ、川に沿って舗装されていない細道が見えた。道の左右は背の高い草が茂っている。

 民家はなく、まだまだ人が住んでいるような気配はしないけど、もうすぐ家も見えてくるかもしれない、僕はなんとなくそう思った。

 簡単に言うと、そこは家がないだけの、田舎の風景っていうことだ。


「なんだか普通だ」僕はつい口に出す。

「当たり前じゃない、電車でちょっと移動したってだけで。別にワープしたとかタイムトンネルをくぐったとかした訳じゃないんだから。それともあなた、トンネルを抜けたら妖精たちの住む世界でした、とかを想像してたの?」


 チエはそう言うとふふっ、と小さく笑った。

 その少し疲れた笑顔から僕は同級生にはない大人の魅力ってものを感じてしまい、言おうとしていた「自分だって変な電車を想像してたくせに」って言葉を飲み込んでしまった。


「チエは、この電車がどこに行くか知ってるの?」

「チエさん」

「え?」

「チエさんだって。目上の人を呼び捨てにするなって、モリカワくんはお父さんに習わなかったのかな?」

「うるさいな」

「ああ反抗期なんだ、カッコ悪い。子どもってほんと羨ましいわよね、何かっていうと親が世話焼いてくれるし」


 僕はよっぽど彼女を殴りつけてやろうかと思ったけど、大人な僕は持ちかけていた好意を電車の窓から捨てるだけにしておいた。

 誰にだって誰かに当たりたい時はあるって、十三歳の僕だって知ってるんだ。どうもさっきから、彼女はどこか不自然にはしゃいでいるような印象もあるし。

 でも僕に当たられるのは迷惑だから、僕は目を閉じてやり過ごすことにする。僕は二度寝をするので話しかけないでくださいねー。


「ねぇ、ちょっと」


 それでもチエは迷惑なことに僕に話しかけようとする。無視無視。


「ちょっと、あれ見てよ」


 今度は僕の腕を掴んで揺すりながら言うので、僕は仕方なく、なるべく迷惑そうな顔を作って目を開けた。

 僕はすぐに窓から見える、『それ』の存在に気が付いた。


「あれ、何ですか?」その言葉は、自然と僕の口からこぼれていた。

「私が知るわけないじゃない。でも、あれ……」


 僕たちは言葉を失っていた。その大きさに、というか、『それ』が放つ圧倒的な存在感(というか違和感)に。

 一九〇一年、アメリカ合衆国イリノイ州に、後にあるキャラクターを生み出して世界的に有名になる男が誕生した。

 彼は七歳の頃には自分の描いた小さなスケッチを近所の人たちに売り、十九歳で初めてアニメ作品を手がけ、二七歳になるとネズミを模したキャラクターを生み出してアニメーションの興行的な先駆者となった。

 現在もそのキャラクターは大勢の人に親しまれ、千葉県にはそのキャラクターが歩き回るテーマパークも作られている。僕も小さい頃に一度だけ家族で行ったことがあった。

 どうしてそんなキャラクターの巨大なオブジェ(それ以外の表現が思い付かない)が木々の間にそびえ立っているのか、僕にはどうしても理解が出来なかった。

 ここは千葉県から三百キロは軽く離れているはずだし、そもそもそのテーマパークにさえあんな悪趣味なものは無かった。

 そのオブジェの大きさといったら、写真でしか見たことのない太陽の塔と同じくらいはあろうかという馬鹿デカさだ。

 木々の間にそんなものがぽつんとその存在感を主張しながらそびえ立っているというのは、ただ異様で、どこまでも気味が悪かった。


「気持ち悪い、あの貼りついたような笑顔がなんとも……」


 チエも同じような感想を持ったみたいで、不安そうな表情で呟いた。

 同じ車両に乗る乗客たちもいつの間にか目を覚ましていたみたいで、それぞれ窓に顔を近づけてその奇妙なオブジェを怪訝な表情で眺めていた。


 ……ポーン。ポーン。


 そんな緊迫した時に、間の抜けた、木琴を鳴らしたみたいな音が車両内に響いたものだから、僕は驚いて肩をびくりと震わせてしまった。


「当電車はまもなく最初の停車駅に到着いたします。お降りのお客様は忘れ物などなさらぬよう~」


 そして聞こえてきたそんなしゃがれ声に、僕とチエは顔を見合わせる。


「駅に着くみたいだね、最初の停車駅って言ってた?」

「どこだろう? 最初の停車駅ってことは、終点って訳じゃないんだ。これから先も、いくつか駅があるのかな……」


 そう言った僕の顔には、きっと不安が貼りついていたはずだ。自分の全く知らない世界に対する、漠然とした不安。


 がたん、ごとん。


 電車は少しずつスピードを落としていった。

 ふと外を見ると、そこにはもう何軒かの家が建っていた。

 どの家もレンガが使われてちょっと洋風で、どこか古臭くくすんでいたけど、意外と普通だな。僕はまたそんな風に思って窓の外を見つめるのだった。

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