Criminal Town?(6)
祭りは終わった。
僕が何ひとつできないまま、それどころかそこから一歩も動けないままに……。
広場に磔にされた十三人の犯罪者は全員が死んでしまった。でも仕方なかった、僕には本当にどうすることもできなかったんだ。
僕は彼らを助けようとするべきだったんだろう、シミズがそうしようとしたみたいに。そうしなければきっと、僕は今日のことを思い出すたびに胸にヘドロが詰まったみたいなひどい気分になるはずだ。いや、それどころじゃ済まないかもしれない。
あの犯罪者たちは死んで当然の人間だった、その気持ちは今でも全く変わらない。それでも目の前で誰かが死のうとしていれば、僕は良心を持った人間として助けようとしなくちゃいけなかったんだ。
「シミズは別室で休んでいる。心配いらないさ」
マエダは言った。狭い部屋の中でこの男とこうして二人きりなんて、胸が詰まるような息苦しさを覚えずにはいられなかった。マエダの正体が分かった今になっても。
祭りが終わり、それぞれが放心したような、虚ろな表情を浮かべてホテルや家に戻り始めるなか、僕はマエダに声をかけられた。
「君に話したいことがある、一緒に来てくれないかい」
僕は彼の表情のあまりの穏やかさに驚いた。その顔に今まで浮かんでいた険しさは微塵もなく、僕はどういうわけか恐ろしくなって彼の顔をそれ以上見ていることができなかった。
とっさに視線を逸らした僕は、彼の背中について歩き出した。
マエダのシャツに飛んだ返り血をじっと眺めながら、たどり着いたのはホテル『Fun,Fun,Fun』の一室だった。
マエダの部屋なのだろうか、僕の部屋より一回りほど大きいその部屋には必要最低限の家具の他には何も置かれていなかった。
「正直なところ、君とシミズをこの地区に入れたことを後悔してる」
僕の回想をさえぎるように、続けてマエダの声がした。マエダは手に持っていた煙草を口へと運ぶと、気取った動作で天井に向けて濃い煙を吐き出した。
「僕は……何もできなかった。シミズさんのように立ち向かうことも、逃げ出すことも、もちろん彼らを、刺したりすることも」
「確かにそれはそうだ。でも君はシミズと同じで雰囲気に流されることなく、最後まで決して誰も傷つけはしなかった。傷つけなければ自分に危害が及ぶことも、十分に考えられただろうに。そして――案外これが重要なのだが――まだ子どもにも関わらず目を逸らさなかったね」
「……逸らせなかっただけです」
「人が人を傷付けるのにはね、意外と強い意志が必要なんだ。すでにそのたがが外れた犯罪者はそうでもないかもしれないが、私たちのようなごく一般的な生活をしてきた人間はね、人の痛みを想像してしまう。こうすれば痛いだろうなとか、こんなひどいことはされたくないだろうなという考えを振り切れない。だからこそ、一度人を傷つける決心をしたとしてもほんの些細なきっかけで崩れてしまう」
「つまり僕やシミズが些細なきっかけになるってこと?」
「あるいはその可能性があった。特にあのシミズの演説には肝が冷えた。彼は俺の楽園をぶち壊そうとしていた」
僕は彼の言葉の意味が一瞬分からなかった。シミズにとってはこの街が楽園なのだろうか? 僕にとってこの街は……ただ陰気臭くて恐ろしい、二度と近づきたくない場所だ。
僕の考えを読んだみたいに、マエダは続ける。
「この街は楽園さ、犯罪者を心から憎む俺たちにとってはな」
「この街はあなたが作ったの?」
「この街はな、何年も前に電車に乗って死に場所を探していた俺に、神様がくれたんだ。俺たちはこの街で犯罪者たちを殺すだけで、神様が多額の金と食料を融資してくれるんだ」
「この世界に神様なんかいないさ。いたら僕らはこんな場所にいないんだ」
僕が強い語気で言うとマエダはからからと笑った。心の底から愉快だとでもいうように。彼はもはや僕がはじめてこの街にやってきたときに見た男とは別人のようだった。
彼の指す神様がどんなものかは知らないけど、きっとろくなものじゃないだろう。そうさ、神様なんていないんだ。
「この街の本質を知ってしまった今、僕は一秒だってこの街にはいたくない。僕はシミズさんと一緒で、この街に納得することができないんだ。確かにあの犯罪者たちはひどい奴らだったよ、だからってあんなひどい殺し方……。それに正直なところ、僕にはこの地区のすべての人間が怖いんだ。だって彼らは誰も彼も人殺しなんだから!」
自然と荒くなっていく声を、僕は抑えることができなかった。
マエダは特に気分を悪くした様子もなく、淡々とした口調で答えた。
「勘違いしないでほしいんだが、私は君に私たちと同じ考えを持ってほしいわけじゃないんだ。ただ何というか……たまに君やシミズのように犯罪の被害を受け、こんな街に来てなお自分の信念を貫ける人に会うと、無性に話がしたくなる。シミズから話は聞いたかい? 彼は自分が逮捕した男の仲間に、妻と、娘と、可愛がっていた犬まで殺されてしまったそうだ。仕事中に家に立ち寄ったシミズはその現場を目撃し、逃げようとした男を射殺した。それから警察を辞めてここに……」
マエダはさらに続けて何かを言っていたけど、もう僕の耳には届かなかった。
シミズの妻と、娘と、犬が殺された、その言葉に僕は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けていた。
僕の頭の中に、遠くにいる娘や飼っていた犬の話をしていたシミズの顔が思い浮かんだ。広場に立ち、自分の前でもう誰も死んでほしくないと叫んでいたシミズの顔が……。
心から憎いはずの犯罪者をかばうようにして立ったときの彼の気持ちを想像して、僕は戸惑いを隠すことができなかった。
僕の様子を不審に思ったのか、マエダは僕の肩を軽く揺さぶった。
「大丈夫か?」
「は、はい……」僕はそう答えるのがやっとだった。
「君がこれ以上この街にいたくないのなら止めはしない。鍵は開けれないが、勝手に柵を乗り越えて出て行ってくれ。車掌に言えば電車のドアくらい開けてくれるだろう」
僕は頷き、そのまま振り返って立ち去ろうとした。
さっきから気分が悪く、尋常でない量の汗が額に浮かんでいた。今さらながらに物言わぬ死体になった犯罪者たちの姿が思い出されて、吐き気がこみ上げてきた。
それでもふと気になったことがあり、ドアの前で僕は振り返った。
「シミズさんに何もしないと約束してください」
「約束するよ、彼とは少し話をするだけだ」
僕は頷き、ここから少しでも早く離れようとドアノブに手をかけた。
その瞬間に、もうひとつ、この街についてどうしても分からないところがあることに思い至った。僕は顔だけを横に向けて、マエダに最後の質問をした。
「『S』地区は被害者の地区、『C』地区は犯罪者の地区、じゃあ試験の後に多くの人間が入っていった『O』地区っていうのはどんな地区なんですか?」
「Onlooker、犯罪者でも被害者でもない、傍観者のことさ。彼らの多くは『S』地区での祭りを見てこの街を出て行く。だがあの地区に住み続ける人間も、少ない人数じゃないんだ。彼らは何を考えてあの地区に残るんだろうね? たまに思うけど、この街で一番イカレてるのは……」
そこでこらえきれなくなり、僕は口を押さえたまま部屋の外に飛び出した。