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Criminal Town?(4)

 目を覚ますと窓の外が妙に騒がしかった。窓の外の騒がしさで僕は目を覚ましたのかもしれない。

 窓を開けて、ホテルから広場がある方に目をやってみる。


「わ!」


 昨日は閑散としていたはずのそこには、二十人前後の人間が大きな荷物を持ってあちこち行ったり来たりをくり返していた。中には木でできた棒のようなものや、穴を掘るドリルのようなものを持っている人までいた。

 きっと今日あるっていう話だった祭りの準備が行われているんだ。

 祭りっていっても小さな規模の、まるで誰かのお誕生日会みたいなちゃちなもののようだったけど、僕はその祭りの前の雰囲気が大好きだった。元々祭りには祈願や感謝、そして慰霊といった意味があるらしけど、これはどういう種類の祭りだろうか?

 僕は顔を洗うと朝食も食べずに(といっても時計を見るともう十一時だった)、ホテルを出てから広場に向かった。

 広場には男女合わせて十八人の大人たちがえっちらおっちらと動いていて、広場の隅には昨日会った短髪の少女が退屈そうに座ってそれを眺めていた。

 よく見ると昨日見た少女の父親らしき男も、広場の真ん中で祭りの準備に取り掛かっていた。

 この街に来たばかりの僕は祭りの準備に参加するのもためらわれて、なんとなく少女の隣に座って彼ら様子を眺めることにする。少女はちらりとこちらを見ただけで、何も言わずにまたすぐ正面を向いてしまった。

 しばらく何となしに祭りの準備を眺めていると、僕はその運動会の前日なんかによく見たような、ごく当たり前の光景に違和感を感じ始めた。それはまるで歯のすき間に、トウモロコシのかすでも引っかかったみたいな気持ち悪さだった。


「あなたは笑ったりするの?」


 唐突に隣の少女から発せられた言葉が、僕に違和感の正体を教えてくれた。

 広場の人間は誰一人としても笑ってはいなかった。それどころか、そこにはごく自然な会話すらも存在しなかった。

 祭りの準備をする大人たちはただ無表情に、飾り付けをしたり地面に新しい穴を開けたりしていた。彼らの表情を注意して見ていると、まるで誰かに強制的に働かされているようにも見えなくなかった。まるで王のためにピラミッドを造る奴隷たちのような。

 僕はとりあえず少女の問いかけに頷いておく。少女はそう、と言って更に続けた。


「私のお父さんはね、笑わないの」


 僕はその言葉に対して何て言葉を返せばいいのか分からずに、ただ少女のほうを向くことすらできず黙り込んでしまう。きっと何か言った方がいいし、年長者として何かふさわしい言葉を言うべきなのに。チクショウ。

 しばらくすると広場の真ん中に何本かの柱が立てられ始めた。あれは何に使う柱なんだろうか? 祭りっていうのは何のための祭りなんだろうか? そんなことを考えながら僕はじっとその光景を見続けて、お腹が空くと昼食を食べるためにホテルに戻った。

 昼食はまたもや相席だった。

 もっと広く改築すればいいのにさ、僕はそんな風に思いながら目の前に座る女性にちらと目をやった。

 おそらく二十五歳前後だろう。あひるみたいな口が可愛らしい細身の女性で、僕はどきりとする。


「あなた、この街に来たばかりでしょう? そうよね、だってこの街であなたのこと見たことないもの。来たばかりのあなたに一つだけ教えておいてあげる。もうすぐ祭りが始まるわ。祭りの開始の合図に花火が上がるから、祭りが始まったら部屋で朝まで布団を被ってじっとしてなさい。そして朝になったら電車に乗って次の街に行きなさい。今は私が何を言っているか分からないかもしれないけど、それが最終的にあなたのためなの」


 僕の視線に気づいた彼女はまくし立てるように言うと、またすぐに食事を始めた。僕は唖然として、しばらくスープを飲む彼女を眺め続けた。

 また祭りか……。僕はこの街の不自然さの秘密が、どうにもこれから始まる祭りにあるような気がしていた。なんとなくだけど。

 一方通行の経済活動に、この街の中心のはずの『C』地区じゃなくて僕らのいる『S』地区であるっていう祭り、そして笑わない労働者たち。

 僕はこの街のことをもっとよく知らなくちゃいけない。そしてここでこれから起こることに適切に対処しなくちゃいけない。

 そのために僕は一つの小さな決断をする。そのことについて考えるととても怖いけど、少し楽しみだって感じてる自分のことがちょっと不思議だった。ひょっとして昨日の一件で恐怖がマヒしているのかもしれない。

 腕時計の短針は2から3に向けて進んでいるところ。僕は『S』地区をホテルのわきを抜けて奥へ奥へと進んでいき、すぐに路地裏の人気のない場所を見付けることができた。ここはそもそも『O』地区と比べても人の少ない地区なんだ。

 僕は『S』地区と『C』地区とを区切る金網を見上げる。


「大丈夫、登れないことはないはずだ……」


 僕は『C』地区に忍び込むことにした。

 きっとこの街にも『ぬいぐるみの街』と同じように表立って言えないような仕掛けがあって、それを知ることこそが僕やシミズの安全に直結するんじゃないかと思った。その手がかりが『C』地区にあるような気がしたんだ。

 例えばはこうだ、今日の祭りは『C』地区の住人を『S』地区の住人がもてなすためのもので、祭りの準備をする『S』地区の人たちが全然楽しそうじゃなかったのもそのためだ。

『C』地区を偵察してそれを確かめることができるかは分からないけど、『C』地区でも『S』地区と同じように何らかの祭りの準備をしている可能性もある。何より『C』地区の中がどうなっているか、僕自身とても興味があった。

 好奇心は人を、特に子供を突き動かす。時にはネコや、子供を殺したりもするらしいけど。

 でもひょっとするとそれすら含めて全部が全部言い訳で、僕は『C』地区に忍び込みでもしないと心の奥に巣食った恐怖に押しつぶされてしまいそうだったのかもしれなかった。


 かしゃっ、がしゃっ、かしゃっ……。


 僕は金網を登りながら誰かやって来ないかと気が気じゃなかったけど、結局、誰にも気付かれることなくあっさりと金網の向こう側にたどり着くことができた。『S』地区にも『C』地区にも人の気配すらなかった。

 一番恐れていた、金網を降りる途中にハスイもしくはそれに準ずる犯罪者に見付かってリンチなんてこともなく、拍子抜けするほど簡単に僕は『C』地区に潜入した。

 当たり前だけど、『C』地区は『S』地区から金網越しに見たまんまだった。

 路地裏から廃屋を背にして一番大きな通りを覗いてみるけど、『S』地区と同じように荒れた道の両端には建物が立ち並ぶばかりだ。ただその建物の種類が地味な家か、ネオンの付いた派手で華やかな店かの違いだ。

 見つかる可能性があるのであまり顔を出せないけど、視界の中に人の姿は見当たらない。路地裏から覗けるいくつかの建物の窓からも注意して中を覗いてみるけど、


「誰もいない……」


 その埃っぽい空間は飲み屋のようで、部屋の中には木製のカウンターと大きな丸テーブル三つとそれぞれに椅子が四脚ずつあり、カウンターの奥にはお酒の入った安そうなビンが並んでいた。

 まだ昼間だからだろうか、部屋の中には犯罪者どころかネズミ一匹見当たらなかった。

 少し心拍数が上がっているだけで、不思議と緊張することもなかった。犯罪者の街に似つかわしくない、周囲の静けさのせいかもしれない。

 僕は見つからないよう注意しながら移動し、隣の建物の中も窓から覗いていく。そこにもやっぱり誰一人として犯罪者の姿は見えなかった。

 夜更かしをしたせいで、昼間はみんな眠ってるんだろうか? でも誰一人として姿が見えないってのはさすがに奇妙な感じがする。

 僕はしばらくほとんど隠れることもなく『C』地区の通りを歩いたり気になった店の中を覗いたりしてみたけど、そこに確かにいるはずの犯罪者たちをついに一人も見つけることはできなかった。

 僕は段々と『C』地区の誰かにというより、金網越しにいるであろう『S』地区の人間に見つからないかという心配が大きくなっていた。

 空っぽになった犯罪者たちの地区、そこはまるで世界から打ち捨てられた場所みたいだ。

 僕は最後にふと目についたお店のような建物を覗いて帰ることにした。

『Please Pleas Me』、裸の女性のボディラインをかたどったネオンが飾り付けられ、僕はその建物がどういう店なのかすぐにピンときた。

 店に入るとまず芳香剤の匂いが鼻についた。まるで何かの臭いを隠しているみたいに強烈な匂いで、すぐに頭痛がして気分が悪くなった。

 受付のような狭い空間に入ると奥にドアがあり、僕は手を伸ばした。


「ここは、子どもの来るような店じゃないよ」


 次の瞬間、そんなよく通る声が後方から聞こえて僕はその場で飛び上がった。

 心臓がフル稼動を始め、異常な程に血液が全身を駆けめぐる僕の体はゆっくりと声がした方を振り返った。


「あなたは……!」

「君は『O』地区に入れるべきだったかもしれないな」


 風俗店の入り口の扉に背中を預けたマエダは言った。

 真っ赤に充血した目は目つきが鋭く、彼が人殺しだということを思い出した僕は背中に氷を入れられたように背骨が冷えていくのを感じた。


「この地区の住人はどこに行ったんですか?」


 怖かったけど僕はそう尋ねるのを我慢できなかった。マエダの目がさらに少し細くなる。


「君も知っているだろう、これから『S』地区である祭りに招待したよ」

「『S』地区の祭りに?」それじゃあ僕の予想は当たっていたことになる。「ところで、こうやって『C』地区に忍び込んだ僕はどうなるんですか? まさか、殺したりするんじゃ……」

「まさか! 君はある意味でこの街の主役なんだ、殺したりするものか。さぁ、楽しい祭りの時間だよ。そろそろ元の『S』地区に戻りなさい」


 勝手に『C』地区に忍び込んだ僕に対して、奇妙なほど優しい口調だった。それだけ言い残してマエダは店を出て行った。それにしても主役って、いったい何のことだろうか?

 僕はそのままきっかり六十を数えて、彼が遠く離れた頃を見計らって外に出た。まだマエダを完全に信用することはできなかった。

 金網を乗り越えながら、僕は言いようのない不安を全身に感じていた。何かが起こる予感っていうのは、外れて欲しいと願うときほど当たってしまうものなんだ。

 金網を乗り越えた僕は、再び『S』地区へと降り立った。その瞬間、空高く花火が上がる音が聞こえた。


 パ、パ、パン、パドューン!!

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