Criminal Town?(2)
『Fun,Fun,Fun』なんていう変な名前のホテルのロビー。
ようやく落ち着くことができた僕は、自販機で買ったダイエットコカコーラを飲みながら、ホテルに着くまでに見たこの街の景色を思い返していた。
日の光に照らされた荒野を歩く僕の左右には、『S』の扉に入ってそう歩かないうちに古い家々が現れた。
二階建てで、くすんだ古い木を使って建てられた小さな家だ。扉が押し戸の家もあり(防犯対策はできているのだろうか?)、本当に西部劇に出てくる街をイメージして建てられたのかもしれない。
金網の向こうに見えてい隣の『C』地区には、見える限りそれこそ西部劇にでも登場しそうな酒場や風俗店や賭場のような場所もあって『S』地区とはかなり様子が違っていた。
電球が全て割られているものの、アルファベットの並ぶ派手な電光掲示板が並んでいたりと、『C』地区がかなり栄えているのに比べて、ここ『S』地区にはただ家が並ぶばかりだった。
辺りを注意深く見渡しながら歩いていると、『S』地区の中央にある、野球場がすっぽりと入ってしまうほどの広さの円形の広場にたどり着いた。その向こうに寂しく建っていたのが、ホテル『Fun,Fun,Fun』だ。
ぬいぐるみの街の『Pet Sounds』程じゃないにせよ、古くてお世辞にも立派とはいえないホテルだった。洋風ではあるものの、その無個性な姿はどこかの市営団地のようにすら見えた。元は白かったであろう壁は茶色くくすんでいる。
僕より先に『S』地区に入った人たちのほとんどがそのホテルへと入っていったようだ。残りの人はさらに街の奥まで行って先に街を散策しているんだろう。
娯楽も何もない、ただ無駄に広い広場がある他には古びた家が立ち並ぶだけの区画、それが僕が歩く『S』のアルファベットを持つ地区。
この街は本当に、Criminal(犯罪者)たちが住むための場所なんだ。ここでは僕らはよそ者、招かれざる客ってやつなんだ。反対側の『O』地区も、見る限りだいたいここと同じようなものだった。
広場を横切ってホテルへ歩いていると、金網の向こうの『C』地区からガラスが割れる音と一緒に「ガハハハハ」って感じのいくつかの笑い声が聞こえて、怖くなってホテルに駆け込んだ僕はすぐに一番安い部屋を二泊分取ると、心を落ち着かせるためにダイエットコカコーラを買ってロビーで飲んだのだった。
フェイドアウト。僕は回想を止めてコーラの残りを飲み干す。
そして立ち上がり、部屋に荷物を置くとベッドに腰掛けて『ライ麦畑でつかまえて』を読んだけど、どうにも落ち着かなくてもう一度外へ出てホテル前の広場へ向かった。
この街のことを少しでも知っておきたかった。ぬいぐるみの街でのこともあるし、どこかに裏があるんじゃないかと気を引き締めて通りを歩いた。幸いなことに、もう他の地区から犯罪者たちの声が聞こえることはなかった。
中央の広場までの短い道のりを歩く途中、誰ともすれ違わなかった。ここにやってきた人たちはきっともう部屋で休んでいることだろう。隣の『C』地区も同様で人通りは寂しかったが、反対側の『O』地区だけは妙に人の通りが多かった。『O』地区にいる人たちは、いったい僕らとどこが違うのだろうか?
不思議な造りをした犯罪者のための街……。
僕はそんな魔街の景色を無表情に眺めながら、自分の身の回りで起きたある犯罪について思い返していた。
浮気相手と共謀して自分の妻を殺そうとする、それが僕の身近で起きた『犯罪』の一つだった。
それは世間ではよくあることなのかもしれないし、珍しいことなのかもしれない。どちらにせよ、僕がこうして知らない世界を歩くことになった原因の一部がその犯罪にあるのは間違いなかった。
だからといって、僕は全ての犯罪者のことを心から憎むことが出来ずにいた。それはひょっとすると血の繋がりのせいかもしれない。犯罪者の子どもは、果たして心から犯罪者を憎むことができるんだろうか。大好きだった父親を、犯罪者として……。
広場についた僕は、その真ん中に一人の少女がいるのを見つける。
僕より四つか五つくらい年下の、男の子みたいに髪の短い女の子だ。熊のぬいぐるみを片手に抱いて、彼女には広すぎる広場に小さくしゃがみ込んでいた。
「そこで何してるの?」
少女の背中に声を掛けると、短髪の少女は振り向いた。色白で少し目じりの下がった、可愛らしい子だった。
「別に何も……。ただ明日だな、と思って」
「明日? 明日って?」
しゃがみ込んだ少女はぬいぐるみを抱いてない方の手で、荒野にぽっかりと開いた穴を弄っていた。
よく見るとそのペットボトルの蓋くらいの大きさのくぼみは、その辺りに等間隔にいくつか掘られていた。なんのスポーツをするにしても、この穴は邪魔にしかならないんじゃないだろうか。
「祭りがあるんだよ」
「祭り……? ここで祭りがあるの?」
僕の問いかけに少女は小さく頷いただけで、「もう行かなきゃ」と呟いて走っていってしまった。
少女の走っていった先には少女の父親らしき若い男が立っていて、僕はなんとなくぺこりと頭を下げた。同じようにぺこりと頭を下げた男は、少女と一緒にすぐに歩き去ってしまった。元からこの街の十人なのか、ホテル『Fun,Fun,Fun』は通り過ぎて行ってしまった。
僕はその後も適当に街をぶらつくけど、分かったのは、この地区には立ち並ぶ家々と、広場と、ホテル『Fun,Fun,Fun』以外には本当に何もないってこと。あとは『S』地区を端から端まで歩くのに、だいたい十五分ほどしかかからないってことだけ。なんてストイックで、寂しい区画だろう。
最初からこの地区に住んでいる『S』地区の住人は、何のためにここに住んでいるんだろうか、ここは犯罪者のための街なのに。
そもそも犯罪者のための街なら『Criminal(犯罪者)』の区画さえあれば『S』の地区も『O』の地区もいらないはずじゃないか。
納得のいく答えなんか見つかるはずもなくて、日差しを浴びすぎて気分の悪くなってきた僕はホテルに戻ってぬるいシャワーを浴びた。
勢いの足りないシャワーは、それでも僕の考えすぎて疲れた頭と歩き回ってくたびれた体を幾分スッキリとさせてくれるのだった。