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Criminal Town?(1)

 そのホームはまるで砂漠の真ん中にある刑務所みたいだった。

 錆びた鉄を簡単に組んで金網を敷いただけの簡素で味気ない駅、その左右にはずっと金網が続いていて(それは立入禁止の場所なんかで目にする、網の目になったごく一般的な金網だ)、ここから見える限りずっと先に伸びていた。この街はきっと、本当に金網におおわれているんだろう。

 電車の窓から覗いていると、少し前からぽつりぽつりと金網の向こうに家が見えるようになっていた。

 木を少し加工して組んだだけの簡単な造りの家プレハブ小屋のような家が並んでいて、未だ舗装がされず砂っぽい通りはどこも閑散としていた。電灯すら建ってはいない。寂しくて、少し危ない雰囲気の街。僕のその街に対する印象は、とりあえずはそれだけだった。


「この電車は当駅に二日間停留し、明後日の九時に出発いたします。この街では当電車の他にもいくつかの電車が停留しますので、くれぐれもお乗り間違えないようにお願いいたします」


 電車のドアが開いて僕はホームに下りる。

 分厚い金網の通路は歩く度にガシガシと音がして、十数人が立てるその音はちょっとした圧迫感を僕に感じさせた。金網の底には黄色い砂っぽい地面が見えていて、そこまでの高さはないものの僕の足取りは自然と慎重なものになる。


「ここを出たらまず駅前の広場に全員を集めて、街についての簡単な説明と簡単な試験をさせて頂きます」


 僕の赤い切符を見てから、「簡単な」を強調するように言った駅員さんには片腕が無かった。僕は自然と足早になって、そのちょっと強面の駅員から離れてしまう。

 その街に対する不安からだろう、僕と同じような反応をしてる人は結構いるみたいだった。それどころか、電車から降りない人も数人いるようだった。

 それもきっと仕方ないことなんだろう。なんたってこの街は、『犯罪者の街』なんだから。


「犯罪者の街~、犯罪者の街~」


 まだ電車が動いていた数分前、そう告げるしゃがれ声のアナウンスに、電車内が一瞬ざわっとなったのを思い出す。

 犯罪者の街という言葉から想像できるのは、殺人鬼や強姦魔といった人たちがそこら中に歩いていて、常に僕らのような弱者が虐げられるような街だった。きっと僕と同じように、ほとんどの乗客がそんな街で降りたくはなかっただろう。

 でも僕らは寝なくちゃいけないし、食べなくちゃいけない。それには電車っていうのは不便すぎた。電車の中には手洗いしかないんだ。それに、いくら犯罪者の街だからといって年中犯罪が起こってる訳ないだろうし、それなりの安全対策はしてくれるだろう。たぶん。

 僕はリュックを背負いなおして、キョロキョロと辺りを見渡しながらホームから外に出る。渇いた風が砂を吹き上げるその街は、なんとも奇妙な場所だった。

 そこは金網に囲まれた街の中でも、一種、隔離された場所のようだった。

 金網による囲いの中の、囲い。

 駅前のその空間はだいたい半径十五メートル四方を金網に囲まれていて、その最奥には二メートル間隔くらいで三つの扉が取り付けられていた。

 金網の扉にはそれぞれ、『C』、『S』、『O』というアルファベットが描かれていた。アルファベットは赤い色つきのスプレーで描かれ、まるで高架下で見かける下手糞な落書きのようだった。

『C』、『S』、『O』、それぞれの扉。ひょっとするとこの街はその扉によって三つの区画に区切られ、どの扉に入るかによってたどり着く先が違うんじゃないだろうか。それぞれの単語が、何を意味するかは分からないけれど……。

 金網の扉の先は三箇所とも似たような、西部劇にでも出てくるような寂れた町並みが続いていた。

 それにしても、どこを見ても金網、金網、金網……。この街は犯罪者の街なんかじゃなくて金網の街なんじゃないかって思えてくる。

 でも、もしこの金網が犯罪者を閉じ込めておくために作られているのなら、全然意味なんてないだろう。だってこの金網、高さはせいぜい四五メートルくらいで、運動が得意じゃない僕にだって二、三分もあれば乗り越えられそうなんだ。

 街を囲う大きな金網の中の、小さい金網に囲まれた奇妙な空間。つまり今僕が立っている場所には何もなかった。そこにはただ何人もの人が何をするでもなく立っているだけ。

 僕もその後方に並んでじっと待つことにする。これからあるであろう、駅員の言っていた簡単な説明と、簡単な試験を。


 ガシャガシャガッシャーン。


 しばらく待っていると聞こえたそんな音に、最終的にそこに集まってきた四十人前後の人間が、一斉に駅のホームの方を振り返った。

 それは駅のホームへと通じる道が、金網の扉によって閉ざされた音だった。金網の向こうでは右腕のない駅員が金網に鍵を掛けているようだった。僕らは街にやってきて早々、この狭い金網の中に閉じ込められてしまったのだった。


「おい、早く出してくれ!」

「いつまで待たせるんだ馬鹿野郎ッ」

「誰か、誰かいないのか……!?」


 駅員が奥へ引っ込んでいってしまい、それを機にあちこちから罵声が飛び交うようになる。それも仕方ないかもしれない。一番初めにここに入った人なんかは、もう四十分近くここでよく分からない何かを待っているんだ。


「うるせぇぞお前ら!!」


 その声はそれ程大きいものではなかったけど、不思議と僕のお腹の辺りにじんじんと響いた。

『C』の扉を開けて出てきた男の声に、辺りはしんとなり、誰もがそちらに注目していた。


「俺はこの街の町長のマエダという。駅員から聞いている通り、これからこの街の説明と試験を行う」


 その声が終わるか終わらないかのタイミングで、辺りがにわかにざわつき始めた。それはどこか不穏な気配を孕んだざわつきで、僕はざわつきの理由を探ろうと前にいた人の頭と頭のすき間から背を伸ばして声の主に視線を向けた。


「あ……」その顔を見た瞬間、僕の口からそんな吐息のような声が漏れた。


 今から確か二年前のことだ。〇〇県で高校生2人を含む男女5人が、次々と刃物で切りつけられ全員が死亡するという事件が起きた。

 血にまみれた凄惨な現場に警察官が到着すると、刃物を持った男が被害者たちの携帯電話を粉々に割っているところで、警察官は男を殺人事件の現行犯として逮捕した。

 被害者同士にほとんど繋がりはなく、当初は町中を行き交う人間を適当に狙った無差別殺人事件かと思われた。しかし調べを進めるうちに、殺された二人の高校生は、数ヶ月前から行方不明になっていた殺人事件を起こした容疑者の息子の同級生だということが分かった。

 容疑者の息子がどこへ行き、どうして彼らが殺されなければならなかったのか、口をつぐんだ容疑者の他には誰も語れる者はいなかった。

 情報が残っていた可能性のある被害者の携帯電話も揃って粉々になり、もう何の役には立たなかった。

 やがて事件は忘れられていき、容疑者の死刑が確定したと聞いたのは今年に入ってからだったはずだ。

 犯人の名前は前田弘。以前はどこぞの証券会社に勤めていただけあってサラリーマンっぽく、本当にどこにでもいそうな、ただスポーツ刈りの似合っていない中年男だ。

 金網に囲まれた広場の前に立っている男は、確かにニュースで何度も見たマエダヒロシ本人に間違いなかった。でもどうして? 彼は刑務所に入っているはずじゃ……!?


「ここは犯罪者の街だ。だがこの街にいる全員が犯罪者という訳じゃない」


 唐突に、マエダは語り始める。

 ざわつきは少しずつ静まっていき、やがて聞こえるのはマエダのよく響く声だけになる。彼の表情からは自信がみなぎるようで、それはテレビで見たマエダの写真から受けていた印象と大きく違って僕は大いに戸惑った。


「だが、この街では犯罪者こそが偉く、尊いことをここで宣言しておく。犯罪者にはいい女と、浴びるほどの酒と、自由を与えることを約束しよう。もちろん警察もここに手を出すことはない。ここは警察の力の及ばない場所なのだ。だが、犯罪者でない者も心配することはない。この街は三つの地区に分かれていて、犯罪者が住む地区とそうでない者が住む地区は金網で隔てられ、お互いに行き来できないようになっているからだ。犯罪に縁の無いものはここで静かに二日間を過ごし、出て行けばいい。それではこれより試験を行い、どの地区に入れるかをこちらで判断する」


 そこでマエダは一息つき、一番前にいた男を指差して言う。


「まずそこのお前、前に出ろ」

「あ、俺かい?」


 それは恐怖の強盗殺人犯ハスイタツヤだった。

 ハスイは前に出て、にやにやとした笑みを浮かべて一分ほどマエダと話したかと思うと、『C』の扉へと入っていった。すでに鍵は開けられているらしい。

 僕は何があっても『C』の扉にだけは入らないと決意する。

 次に若い女性が呼ばれて前に出て、真剣な表情でマエダと話をしていた。

 いったい何を話しているんだろうか? 結局、彼女は『O』の扉を開いて中に入っていった。

 次々に試験が終わり、そこに集った人たちは『S』や『O』、そして『C』の扉から街へと入っていく。『O』の扉から中に入る人が一番多くて、『S』と『C』に入る人間は少なかった。『S』と『C』に入っていった人間は合わせて十人もいないだろう。

 僕の順番は一番最後だった。不安と緊張で心臓をバクバクとさせながら(その不安のほとんどはハスイと同じ地区に入れられないかだった)、マエダの前まで進んでいく。

 マエダは僕を品定めするように眺めると、質問を始めた。


「お前は犯罪を犯したことがあるか?」


 僕はしばらく逡巡したけど、マエダの射すくめるような視線に萎縮して正直に「あります」と答えた。


「それはどんな?」

「駅で放置されていた自転車を盗んだりとか、一度だけ煙草を吸ってみたり……」

「もういい、そんなのはこの街では犯罪に入らん。じゃあこれが最後の質問だ。お前は犯罪をどう思う?」


 急にそんな質問をされて僕は言葉に詰まってしまう。マエダの言う犯罪ってのは、きっと僕がしたようなちゃちな犯罪じゃなくて、ハスイがしたような人の人生をめちゃくちゃに狂わせるようなもののことを言うんだろう。

 僕は久々に父親の顔を思い出しながら、答える。


「犯罪者は、知るべきだと思う。その犯罪に関わって不幸になった人のことを」

「そう、か……。お前は『S』か『O』の扉だ、好きな扉から中に入れ」


 僕は小さく頭を下げて、先ほどシミズが入っていくのを見ていた『S』の扉から街の中に入った。彼と一緒の地区ならば、いろいろと心強いだろう。

 五人の人間を殺したはずのマエダからは、不思議と恐怖を感じなかった。彼は本当にどこにでもいそうなただのおじさんだった。

 僕が『S』地区に入ると、金網の向こうのマエダは『S』と『O』の扉に鍵を掛け、最後に『C』の扉に入るとそこにも内側から鍵を掛けていた。

 思うに、そこはきっと、Criminal(犯罪者)の区画なんだろう。他は知らないけど。ってかなんだよ『S』とか『O』って。カッコつけてないで日本語で書けばいいのにさ!

 僕は『S』地区を街の奥に向かって歩き出した。

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