なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
キミを愛することはない! ならば誰を愛するつもりなんですか?
夫は初夜の寝室で
「最初に言っておくことがある」
キタァァァァァァァァァァァ!
これはあの黄金パターンの開幕!
『キミを愛することはない!』宣言ですね!
大量生産型美形のくせに、それを言うとはいい度胸じゃないですか!
わたし知ってます。
この野郎が、屋敷に幼馴染の平民を住まわせているってことくらいね!
しかも病弱! まぁ詐病でしょうけど!
義両親(まぁそう呼ぶのも今夜で終わりでしょうが)から、ちゃんと関係を切っている。と聞いていたんですがね。
式より前に入籍で初夜とか、怪しすぎると思ってたんですが、ビンゴでした。
義両親は息子に既成事実を作らせて、こっちを逃がさないつもりだったんですね!
なんという悪!
まぁ、わたしも別にこの結婚になにか夢とかないので、たんまり慰謝料を貰って――
「君を愛することはな――」
いきなりドアが、ばーんと吹き飛びました。
「何事!?」
と、そちらの方を見ると。
なんと、わたしと歳の違わない地味な女がバールのようなものを持って、夫の両親と一緒に立っていました。
しかも、筋骨隆々としてたくましいです。ワイルドです。
「侯爵様。ほら、このスカタンやりそうになったでしょう?」
「全く……ローザの言うとおりになるとは、我が息子ながら情けない」
「これで貴方もあきらめがついたでしょう」
彼らの背後から雪崩れ込んで来た屈強な奉公人達が、夫に猿轡をかませ、両手両足を縛り上げます。
「むぎゅむぎゅぅ」
「え、ええと……これはどういうことなのでしょうか?」
義両親とローザという名前らしい逞しい女が視線を交わし合い、
逞しい女が溜息をつき。
いかにも面倒くさそうに。
「えっと……お嬢さんの実家は侯爵家だからとっくに調べてると思うのだけど……あたしが愛人って勘違いされてるだろう女」
「えええっ!?」
わたしは、逞しい女さんを、まじまじと見ました。
「……幼馴染で、その病弱なって……」
どこからどう見ても健康そうです。
腕はぶっといです。どこを探しても可憐とか病弱の欠片もありません。
「こいつ、いけね坊ちゃんがそうふかしてたらしいね。でも、あたしはピンピンしてっから……ったく、お嬢さんとの交流日をすっぽかす口実に使われてたと知った時には、呆れたね」
「あ、そういえば、結婚2か月前くらいからはちゃんと出てくるようになってきてました」
「ああ、こっちも気づいたんで。ウソつくやつぁ嫌いだ。いい加減にしろ、妻も大切にできねぇやつなんざ男としてウジ虫野郎だ、と突っぱねてやったんだ」
全面的に賛同です。
「そうでしたか……」
義両親は、ためいきをついて。
義父が、
「ローザは、うちに出入りしていた職人の孫でな。ちいさいころから素晴らしい腕だったんだが……両親がカスで」
「あたしの親父、酒のみでばくち打ち、しかも腕はからっきし。かあちゃんは、尻軽で淫乱。しかもふたりとも浪費家ときてた!」
義母が
「借金のカタに、この子を娼館に売り飛ばそうとしていたんで、我が家で引き取ったんです」
ぜんぜんちがうじゃないですか!
うちの侯爵家の諜報部なにやってんですか!
これは、平民をひきとった辺りで、『あーテンプレね』で調査をいい加減に締めましたね!
わたくしも同じような偏見があったのは認めざるをえませんが。
「んで、あたしは、侯爵夫妻様の伝手で別の職人に弟子入りさせてもらって、3年前から独り立ちして、工房もこのお屋敷の一角にとりあえずおかしてもらってたんだ」
「ええと……そのコレと愛しあっているのでは?」
拘束されている夫だけは首を縦に振り。
義両親と彼女と奉公人は首を横に振りました。
「なぜか坊ちゃん、勝手にそう思っちゃってよ。そりゃ侯爵夫妻様に感謝はあるけどさ。だからっていってその息子を好きになるとは限らんだろ」
「まぁそうですね……」
顔だって量産型美形ですもんね……。
義父が、
「なのに、なぜかムスコはすっかり勘違いして、ローザと自分が結婚できないのは、彼女が貴族じゃないからだと、養女にしてくれる先を探し始めたり」
うわ。無駄な行動力!
義母が
「わたしたちも口を酸っぱくして言ったし、ローザ本人もはっきり言ってくれていたのに……」
ローザさんが
「でもよぉ結婚させれば、流石に目が覚めるだろうと思ったし、この前、きっぱりウソつき野郎は嫌いだ、と言ってやったんで、ようやくまともになるかと思ったんだが」
義両親、ローザさん、奉公人が一斉に溜息をつきました。
「やれやれと思って安心してさ。あたしも、ようやく自分で食ってけるようになったんでこの屋敷を出たんだけどさ」
ちょっと諜報部! 仕事してなさすぎです!
自立心旺盛な職人さんじゃないですか!
義父が
「私も妻も、引き留めたかったんだが……息子がこうではなぁ、ローザにどんな迷惑をかけるか予想もつかないから引き留められなかった」
悪いのは、この量産型美形だけっぽいですね……。
「出たもののよぉ。どうも悪い予感がして。それに変な手紙も来てさ」
「変とは?」
「ええと、『両親には愛想がつきた! キミを追い出すなんて最低だ! ボクに任せてくれ! キミを堂々と迎え入れるつもりだ!』って感じの。背中がゾゾゾってしたぜ」
「あー、わたしも今、聞いただけでちょっとしました!」
「わかる!?」
「わかります!」
わたしとローザさんは、がっちりと手を握り合いました。
口調は乱暴だけど、イイ人じゃないですか!
義父が
「まさか、と思いたかったのだが……なんせ息子の勘違いに一番付き合わされていたローザが言うのだし、その変な手紙もあっては無視も出来ず……そちらの家にも無理を言って、入籍を先にしてもらったんだが」
あー。式の前にいきなり入籍と初夜があったのはそういうことだったんですね。
義母が
「貴方は楽観的すぎたのですよ。わたしはローザに言われた時、『それはありそう!』とピンと来ましたもの」
「まさか、いや、アレなら言いかねない……だがしかし! と外で、あのセリフを言わないか聞き耳を立てていたら……このバカ者は」
ローザさんが
「アレ言っちまったら、そのあとが面倒だからよぉ。扉をぶちやぶって止めたってわけ」
辛うじて未遂でした。
でも、わたしの慰謝料が!
「ええと……つまり、ローザさんは、彼に対して恋愛感情は……」
彼女はきっぱりと
「ねぇよ」
なぜか夫は真っ青になりました。
いやいや、話を聞いていれば判るでしょう。
というか随分前からはっきりと言われてたみたいですし。
あーこれはダメだわ。自分の都合のいい世界に住んでるタイプの人だわ。
こんなのが後継ぎの長男とは……この家もお気の毒に。
でも、今回のことをきっかけに、弟さんがいるはずだから、そっちにチェンジっていう可能性もでてきましたね。
一応、念のため、
「ですがローザさん。コレと結婚すれば、貴族になれるんですよ?」
「なりたかねぇし。あたし職人だもの。そっち方面の勉強なんてなーんにもしてねぇし」
「平民の方は誰でも、特に女性は、玉の輿を狙っているのでは……?」
「それ偏見」
「……そうだったんですね……勉強になりました」
「何度も坊ちゃんに同じこと言ったんだけどね。どう言っても『遠慮しないでくれ』とか、『ボクはこの理不尽を越えて見せる』とか、あーもう面倒くさかった!」
夫(だったもの)の目から涙がこぼれました。
「しかもよぉ。キミは職人なんかしている必要はない、ボクの隣で太陽みたいに笑ってりゃいいとか抜かすんだぜ!」
「うわ……よりによって『なんか』呼ばわりですか!」
それは、もうなんというか、最低ですね。
というか、そんな態度でどうやったら好かれると思ったのか……謎です。
「おお! わかってくれるんだお嬢さんは!」
「もちろんです! わたしだって帳簿付けとかパーティの席順表作りとかけなされたら、怒りますもん!」
「だよな! 誇りをもってやってる仕事バカにするヤツぁ、ろくでなしだよな!」
「全面的に賛成です!」
まだ夫が『なんで? なんで!?』という顔をしています。
この野郎、ローザさんのお仕事だけでなく、わたしが得意な裏方仕事もバカにしてるタイプですね!
アレですね。『女がやってる仕事は全部くだらない』とか思ってるタイプ!
今のまだ夫の表情は致命的だったようですね。
あー、義父は天を仰ぎ、義母はこめかみをひくつかせています。
これは弟さんにチェンジ確定かも。
「……なんかゴタゴタしてるけど、なにがあったの?」
義両親、ローザさん、奉公人さんたちの背後から、ひょい、と首を出したのは美少年でした。
時間が停止したかと思いました。
大事なことなので、もう一度言います。
美少年でした!
しかも10代半ば! まさに天使です!
銀を溶かしたような艶やかな髪。
肩口で柔らかく揺れてキラキラと光の粒をまき散らしています。
長い睫毛に縁取られた宝石のような碧い瞳は澄みきっていて。
こちらを見つめるまなざしは潤んだみたいな輝きを帯びてます。
鼻筋は細く通っていて、唇は淡い桜色。
少年らしいあどけなさを残しつつも、将来絶対に美形の極限に達すると確信できる、完璧なバランスの顔立ち。
しかも、すらっとしてて何一つ欠点のない……というか美点しかないお体!
不格好な部分がないのに、いざという時の瞬発力を秘めていそうな、体つき!
うわ。うわ。うわ。
アレが大量生産型美形だとしたら、この子は世界一の職人が丹精こめて作成した一品限り手作りレア美形!
好み!
好み過ぎます!
この天使、将来どうなっちゃうの?
傾国! まさに傾国の美!
生きててよかった……。
超絶美少年の視線が、わたしに!
「わ。すごい美人なお姉さま!」
わたしたちは見つめ合いました。
なんででしょうドキドキします。
死ぬかも!? 死んでもいい!?
わが生涯に一片の悔いなし!
いえ、だめです。この子の行く末がどうなるか見届けねば死ねない!
この子が、天使から美青年になって美中年に、いえ、ロマンスグレーの素敵な紳士になって、誰もが振り返るダンディな老紳士になるのを見届けるまで死ねない!
なぜか義両親は視線を交わしうなずきあい、
わたしを見て、
「貴女さえよければ、このすこぶる出来のよいリヒャルトの方とチェンジしても……まだ15なので少し待たせる事になってしまうのだが」
なんと! この天使が存在だけは知っていた弟様!
「わたくしも保証しますわ。この子が先に生まれていれば、そこで転がってるボンクラに継がせる気など一ミリも湧かなかったくらいの出来物ですのよ!」
「「問題ありません!」」
弟君とわたしは、ハモってしまいました!
そして、またも顔を見合わせて。
お互い真っ赤になってしまいましたよ!
「こっこれから。よっ。よろしくおねがいします」
うわぁ。声が裏返ってしまいました! 年上なのに恥ずかしすぎです!
「こっこちらこそ……す、少し待ってもらうけど、相応しい人になれるよう、が、がんばります!」
初々しすぎです!
尊と過ぎ!
義両親は満足そうに頷き。
ローザさんは、そのたくましい手で、ぽん、とリヒャルト君の肩を叩き、
「いい嫁さんがゲットできたな! よかったじゃん、リヒャルトぼっちゃん」
「えへへ……ローザお姉ちゃん……」
弟君が照れくさそうに笑うと、ローザさんはにやりと笑って、
「じゃあ腕によりをかけて結婚祝いの時計を作ってやるぜ! お前が毎日見るやつだから、特別に精度とデザインにこだわるぜ。宝石を散らしたやつがいいか? それともシンプルで機能的なやつ?」
「うわ、本当!? 嬉しい! お姉ちゃんの時計、ずっと欲しかったんだ!」
「かっかっか。かわいい弟分の結婚だからな気合い入れるぜ! ま、完成するまで少し待てよ。半年はかかるけど」
二人は普通に、本当の姉弟みたいに笑い合っています。
その光景を、床に転がされたままの夫(だったもの)だけが、青ざめた顔で見上げています。
口に猿轡を噛まされたまま、目が点。
あー、これはどうしようもないですね。自分の弟と自分の彼女(と思い込んでいただけ)が、仲が良かったことにすら気づいてなかったとは。
もしかしたら、ご両親がローザさんを実の娘のようにかわいがっていることすらわかっていなかったのかもしれませんね。
悲劇の恋人同士という酔っ払い設定が壊れてしまいますから。
「作ってる途中でも見に行っていい?」
「おう。今までだってそうしてたろ? 工房に遊びに来ちゃ時計の仕組みを聞いてきてたじゃねぇか」
弟君が嬉しそうに頷きます。
「うん! お姉ちゃんの工房、ずっと秘密基地みたいで楽しいんだもん。それに時計の仕組みって凄いし!」
「くー。うれしいこと言ってくれるぜ」
「わたしも見に行っていいですか?」
「もちろんだぜ! あ、そうだ」
そういうと、ローザさんはわたしの方を見て、
「どうせならお嬢ちゃんのもお揃いで作るぜ! なにか注文あるか?」
「え、いいんですか?」
「もちろんだ! リヒャルト坊ちゃんの奥方だからな!」
「是非にお願いします!」
義両親(長い付き合いになりそうです)も、わたしたち3人をニコニコと見守っています。
奉公人さんたちもです。
わたしも含めてみんなハッピーです……ん?
おや、ひとり忘れられている人がいるようですね。
「……で、わたしの元夫いやまだ夫はどうするんです?」
義両親があっさりと、
「廃嫡だな」「廃嫡ですね」
奉公人さんたちもうなずき、ローザさんまでうなずいています。
なぜか、まだ夫の顔が輝きました。
え。なんかこの人に都合のいい展開がどこかにあるんでしょうか……あっ!
いえ、いくらなんでもそれはキモすぎですが、この野郎なら勘違いしかねません!
わたしは、まだ夫に言ってやりました。
「廃嫡されて平民になったらローザさんと堂々と結婚できる。とか思ってるんですか?」
うわ。野郎がポッと頬を染めやがった!
キモすぎ!
ローザさんが苦笑いを浮かべ
「げぇっ……侯爵夫妻様に言われたとしても、それは流石に断りたいぜ」
義父はちょっとだけ傷ついた表情で、
「ろ、ローザ! 私が、そんなこと言うわけがないじゃないか!」
義母はきっぱりと
「そうですよ。みすみすローザを不幸にするわけがありません!」
夫……だったものの顔が絶望に歪みましたが、まぁ、みんながハッピーなんですから、些細なことですね!
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




