第9話 是正勧告書
「……所長、本当にここを任されるんですか? 王都の連中が『墓場』と呼ぶ、あの鉱山街を」
リナが不安そうに、古びた地図を指差した。
王都から西へ三日。切り立った崖の合間に広がるザルツ鉱山街。そこは、宮廷の権力争いに敗れた者や、借金で首が回らなくなった者たちが流れ着く、文字通りの「行き止まり」だった。
和雄は、使い古した事務鞄をぎゅっと握りしめた。
「ええ。宰相閣下は、私がそこで失敗し、野垂れ死ぬのを期待しているのでしょう。……ですが、私にとっては願ってもない『現場』です」
一週間後。和雄とリナが辿り着いた鉱山街は、想像を絶する惨状だった。
埃にまみれた労働者たちは、生ける屍のように虚ろな目で地面を掘り続けている。管理しているのは、王家から採掘権を買い叩いた強欲な代官、バルト。
「ほう、王都から来た新任の『監督官』様か。見ての通り、ここは『やる気』のある奴しかおらん。休みたいなんて甘えたことを言う奴は、一人もいないぞ」
バルトが突き出した「就業名簿」を見て、和雄の眼鏡が鋭く光った。
名簿には、十歳に満たない子供たちの名前が並び、労働時間は「日の出から日の入りまで」とだけ記されている。
「バルトさん。……これは名簿ではありません。『死亡宣告書』の書きかけです」
和雄は、バルトの鼻先に一通の書類を叩きつけた。
「今この瞬間から、この鉱山に『三六協定(時間外労働の制限)』に類する特別規則を適用します。さらに、子供たちの就労を即刻禁止し、代わりに彼らを『運搬効率を上げるための教育』に回す。……リナさん、準備を」
「はい! 『法執行の結界』展開!」
リナが杖を振ると、和雄の持つ「是正勧告書」が黄金の光を放ち、鉱山の入り口を封鎖した。
「な、何をしやがる! 採掘を止める気か!」
「いいえ。『持続可能な採掘計画』への移行です」
和雄は、煤け、ボロボロになった労働者たちに向かって叫んだ。
「みなさん! 今日から、あなたがたは一人ではありません。私はこの国の法と、私の持つ知識にかけて、あなたがたの『命の値段』を正当な額に書き換えに来ました!」
どん底の鉱山街に、かつてないどよめきが走る。
それは、魔法でも剣でもない、「契約」と「尊厳」という名の希望が芽生えた瞬間だった。




