第8話 最近の若者は根性がない!?
「本橋殿、陛下がお呼びです。……心してかかられよ」
ゼノスの案内で和雄が足を踏み入れたのは、重厚な静寂に包まれた王宮の謁見の間だった。
玉座に座るのは、老獪な眼差しを持つ国王エドワード。その傍らには、代々「伝統と血統」を重んじてきた保守派の重鎮、宰相モーリスが不快そうに口を歪めて立っていた。
「……社労士、といったか。貴殿が騎士団の練度を上げたという話は聞いている。だが、モーリス宰相はこう仰せだ。『休息などという甘えは、民を怠惰にし、王国の根幹を揺るがす毒である』とな」
和雄は、磨き上げられた大理石の床に視線を落とした。現代の日本でも耳にタコができるほど聞いた台詞だ。「昔はもっと働いた」「最近の若い者は根性がない」。
「恐れながら、陛下。そして宰相閣下」
和雄は顔を上げ、懐から一束の羊皮紙を取り出した。それは、この数ヶ月で彼が調査した『王国全土の離職率と未払い賃金の推定統計』だった。
「国民を限界まで絞り出すのは、果実を収穫するために木を切り倒すようなものです。現在、この国の農村では働き盛りの若者が次々と倒れ、あるいは過酷な徴用を逃れて隣国へ流出しています。これが続けば、十年後、この国に剣を振るう者も、畑を耕す者もいなくなります」
「黙れ、無礼者! 民は王のために尽くすのが誉れ。それを『権利』だの『補償』だのと……! 貴様の言う『労働法』とやらは、王権への反逆ではないのか!」
モーリス宰相の怒声が響く。だが、和雄は静かに、しかし冷徹に付け加えた。
「反逆ではありません。『王国の資産維持』です。陛下、私が提案したいのは、ただの休みではありません。『週休一日制』と、一定の年齢以下の者への『夜間就労制限』。これを法制化すれば、三年以内に王国の生産性は一五パーセント向上し、税収は安定します。数字は嘘をつきません」
和雄が差し出したのは、精緻なグラフが描かれた報告書。この世界には存在しない「統計学」という魔法に、エドワード王の目が鋭く光った。
「……面白い。モーリス、この男に一度『特区』を与えてみよう。王都の西にある、生産性の低い鉱山街だ。そこでお前の『理』を証明してみせよ。もし失敗すれば……」
「その時は、私の首を差し出しましょう。……ただし、成功した暁には、王国全土に『最低賃金』の概念を導入していただきます」
和雄の不退転の決意に、謁見の間が静まり返る。
中年の社労士は、今や一介の事務屋から、王国の運命を左右する「制度の設計者」へと変貌しようとしていた。




