第6話 自分ができるから、部下もできるはず
「……失礼します。ここが、その……『労基署』という場所でしょうか」
臨時庁舎となった元ギルドの分室に、鎧の擦れる音とともに現れたのは、真っ青な顔をした若き騎士だった。名はカイル。王都防衛を担う精鋭騎士団の一員だという。
「いかにも。私が署長代理の本橋です。……顔色が悪いようですが、まずは座ってください」
和雄は、魔法で淹れた野草茶を差し出した。カイルの手は小刻みに震えている。
「実は、騎士団の体制に限界が……。魔王軍の残党狩りという名目で、ここ三ヶ月、不眠不休の遠征が続いています。倒れた仲間は『名誉の戦死』として片付けられ、残った者には倍のノルマが課される。……昨日も、私の親友が馬上で意識を失い、崖から……」
和雄は、卓上の水晶玉(この世界の録音機だ)を起動させた。
「……なるほど。軍務という特殊性はありますが、これは明らかな安全配慮義務の欠如、および指揮命令系統の暴走ですね。団長はどなたですか?」
「『鉄血の聖騎士』と呼ばれる、グスタフ卿です。彼は『騎士の魂は鋼、眠りは怠惰なり』と豪語し、自らも寝ずに戦うことを強いています……」
和雄の眉間に、深い皺が刻まれた。最も厄介なパターンだ。「自分ができるから、部下もできるはずだ」と思い込んでいる、体育会系ブラック上司。
「分かりました。カイルさん。これは『軍規』の問題ではなく、『持続可能な防衛体制』の問題として対処しましょう。リナさん、悪いですが、騎士団の過去一年分の『遠征計画書』と『ポーション消費記録』を至急取り寄せてください」
「はい、所長! でも、聖騎士様に逆らって大丈夫なんですか……?」
和雄は、老眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。
「いいですか、リナさん。折れた剣は打ち直せますが、壊れた心と身体はそう簡単には戻りません。国家防衛の要である騎士団が、内側から自滅するなど、最大の安全保障リスクです。……さあ、聖騎士殿に『是正勧告書』を届けに行きましょうか」
翌日。和雄は、光り輝く白銀の鎧に身を包んだグスタフ卿の前に立っていた。
周囲には、抜き身の剣を構えた騎士たちが並ぶ。一触即発の空気。
「貴様か。我が団の士気を削ぐ、不届きな文官というのは」
グスタフが威圧感とともに一歩踏み出す。だが、和雄は動じない。彼は、膨大な計算結果が記された羊皮紙を、無造作に広げた。
「グスタフ卿。あなたの『精神論』を否定はしません。しかし、この『騎士団員の平均心拍数とポーション依存度の相関図』を見てください。あなたの部下たちは今、魔王軍ではなく、『慢性的な過労』という不可視の魔物に食い殺されようとしています」
和雄の声が、冷たい練練武場に響き渡った。




