第2話 安全配慮義務
「……ですから、これは『ギルドの掟』ではなく、明白な
安全配慮義務違反です」
和雄は、薄暗い冒険者ギルドの一角で、目の前の巨漢に向かって淡々と告げた。
相手は、この街のギルドを仕切る、熊のような風貌の男・バルガスだ。その手には、血のついた折れた剣と、一袋の薄汚れた銅貨が握られている。
「何がアンゼンだ? 冒険者が魔物に食われるのは自己責任だろうが。死んだ若造の家族には、見舞金としてこれだけ渡してやる。文句はあるまい」
和雄は、手元の帳簿を指先で叩いた。そこには、命を落とした少年兵の「雇用形態」が曖昧なまま、過酷な依頼が連続して割り振られた記録が残っていた。
「いいえ。彼はあなたの指揮命令下にあった。しかも、この三日間で睡眠時間はわずか四時間。判断力が鈍るのは当然です。これは事故ではなく、『人災』です」
和雄の背後では、亡くなった少年の姉だという少女・リナが、震える肩を抱いて立っている。彼女は魔法使いの卵だが、魔力が枯渇してもなお、ギルドからポーションの代金という名目で多額の「借金」を背負わされていた。
「おい、変な格好の男。お前、さっきから何を言っている? 法だの義務だの、そんなものはこの剣の前では無価値だ」
バルガスが凄み、和雄の鼻先に鈍く光る剣先を突きつける。
和雄の心臓は、壊れた時計のように激しく脈打っていた。足も震えている。だが、彼がこれまで見てきた、過労で命を断った若者や、不当な解雇に泣き寝入りした事務員の顔が、彼を支えていた。
「剣で人は殺せますが、『正理』は殺せません。……リナさん、あなたの詠唱で、この帳簿の内容を広場に『映写』することは可能ですか?」
リナが目を見開く。「えっ、はい……小さな魔法ですが、それくらいなら」
「結構。バルガスさん、街の人々はどう思うでしょうか。あなたが若者を使い潰し、その遺族に渡すべき補償金を自分の懐に入れているという、この数字の並びを見て」
和雄は、胸ポケットから万年筆を取り出した。それは、この世界では見たこともないほど洗練された「武器」に見えた。
「私は勇者ではありません。ただの社労士です。しかし、理不尽を書類で殴ることに関しては、少々……年季が入っている」
和雄の眼鏡が、魔法の灯火を反射して白く光った。




