映画を観るだけのお話
親子から受けた爆弾発言から少し経ち。私達は映画館へと辿り着いていた。
「映画館って、久しぶりに来た気がする」
「奇遇だな、俺も暫く来てなかった」
映画館特有のポップコーンの匂いと、人のざわめき、そしてスクリーンの予告音。
「なんか⋯⋯凄い人だね」
駅から近くの映画館のロビーは、以前来た時とは違い、想像以上に人で溢れていた。
中央のチケット売り場には、長い列が出来ている。
「人気作が公開されたばっかだからな」
巨大なポスターの前では、写真を撮る人の姿もある。
どうやら別の話題作目当ての人が多いらしい。だけど、別作品であっても並ばなければならない事には変わりないだろう。
列の最後尾を探そうとして、一歩踏み出したところで。
「並ばなくていいぞ」
「え?」
振り向くと、脇阪くんが予約用の端末に番号を入力している。
「もう取ってある」
「……取ってあるって」
「ネット予約。昨日のうちに」
便利な世の中だよなぁ、なんて呟きながら私にチケットを渡す。
ちゃんと、隣同士で二席分。中央よりだけど、通路に近い席取りだった。
「もしかして、前田さんは当日に席の場所で一喜一憂したいタイプだったか?」
いや、そんな変な趣味はないけれど⋯⋯
「準備良いな、って思っただけ」
「どうせ混むと思ったからな」
誇る様子もなく、当たり前みたいな顔でそう語る。
「……ありがとう」
「別に、一人分も二人分も一緒だろ」
けれど、その“当たり前”の中に、私の分が含まれていることが、やけにくすぐったかった。
「真ん中よりの位置だね」
「安牌だろ?でも、何かあった時用に通路には近い場所にしてる」
「何かって?」
「基本はトイレじゃないか?あとは非常事態でも逃げ出しやすい」
なるほど、場所一つとっても色々考えて取ってくれているみたいだ。
「こういうの、慣れてるの?」
あまりに慣れているように見えたので、変な事を聞いてしまった。
「いや?なんでそんな事聞くんだ?」
「その……手際が良いから」
他の人と、行ってたりするんだろうか、と気になった。脇阪くんが別の人と、映画館に行っている姿なんて簡単に想像出来る。
「これぐらい、調べれば出てくるだろ」
⋯⋯その返答じゃ何も分からない。なんだか、モヤモヤする。
「それに、お前と来るんだから、失敗したくなかっただけだよ」
そうさらりっと言って、先に歩き出す。その言葉を聞いて私は数秒、その場から動けなかった。
(……なにそれ)
成り行きのような形で来た映画館なのに、私と一緒だからと、準備をしてくれたのだろうか?そう考えると、少しモヤが晴れた気がした。
「脇阪くん、言い方考えた方が良いと思うよ?」
「言い方?ググれカス、とでも言って欲しいのか?」
「それは別の意味で言い方が駄目だと思う」
まぁ、彼が誰と来ていたとしても、それは今の私には関係のない話だ。そう思い込む事にした。
「まだ上映までに時間あるな、どうする?物販でも見とくか?」
「そうだね、それも良いかもしれないけど⋯⋯」
時間があるといっても、始まるまであと二十分程度だ、物販を見ていたら、飲食物は買えないと思う。
「私は映画観るだけでいいかな、脇阪くんは?何か見ていく?」
「俺もあんまり物を集めるとかはないな、どうせ埃被るのが目に見えてる」
お互いにあまり収集癖はないようなので、物販は後回しでも良さそうだ。なら飲み物だけ買えば良いと、飲食物の販売コーナーを見る。
『ポップコーン買うのよ!お互いに手を伸ばして触れ合うのよ!』
琴音の言葉が脳内に侵略してきた。
『一緒に映画観るんだったらさー、ポップコーン取ろうとして、手と手が当たっちゃうやつ。ベタだけど良いよねぇ』
以前他の友達も、こんな話で上がっていた覚えもある。何故このタイミングで、そんな事を思い出してしまうんだろう?
(……)
思い出してから、少しだけ頬が熱くなる。
(べ、別に下心とかないし)
あくまでも、映画を観に来ただけだけど、人によっては映画を観る時には必須な要素だったりするらしいし、確認するくらい、良いよね?
「……脇阪くん、ポップコーン買う?」
なるべく何でもない風を装って、聞いてみる。
「俺?」
脇阪くんは少し考えてから、首を横に振った。
「俺はいらないかな。映画見ながら食べるの、あんまり好きじゃないんだよ」
イベントフラグが折れた音がした。⋯⋯いや、別に何も期待してなかったけどね?
「……そっか」
ベタな展開も何もない、という事実に安堵したのか分からないけど、私は不思議と大きく息を吐いた。
「いや、そっちが食べたいなら、買ってもいいぞ?」
その一言で、今度は別の引っかかりが生まれる。
(それって……なんか)
食いしん坊みたいじゃない?
「……いい」
「そうか?」
「うん」
短い問答。理由は言わない。⋯⋯後で買わなかった事をちょっと後悔した。
結局、飲み物だけ買って、入場する事にする。脇阪くんは「相変わらず高いな⋯⋯」なんて愚痴をこぼしながら買っていた。
映画館の中は暗く、音が大きい。並んで座る。肘掛け一つ分の距離。
(……近いような、遠いような)
映画は面白かった。漫画で予習したおかげで話も分かりやすい。作画も音楽も良かったんだと思う。
でも。
ポップコーンを取ろうとして、手が当たることもない。
飲み物を共有することもない。暗闇で視線が合うこともない。
ただ、二人で、同じスクリーンを見ている。
(……何も起こらない)
暗闇の中、少しだけ彼の横顔を見てみる。映画に見入っているようで、私の方には目もくれない。
それが、少しだけ寂しくて、でも、少しだけ安心した。
ここでは、何も起こらなかったけど、何も変わらなかった。
(……じゃあ、もし何か起こっていたら?)
そんな考えが一瞬だけよぎって、すぐに振り払う。
どこにいたって変わらない彼との時間。だからこそ、私は考えない。
――これは、デートなんかじゃない。ただ、一緒に映画を観ているだけ。
そういう事に、しておく。




