いつもと違う一日
待ち合わせの五分前。私は駅の中央口へと歩いていた。地元とは違う都会の駅前は、観光客によってごった返していた。
誰かに見られると面倒だ、という脇阪くんの意見から、集合場所は到着駅に決めたんだけど⋯⋯
(これ⋯⋯見つけられるかな?)
ガヤガヤとした喧騒の中で、彼を見つけられるか心配にはなる。
吐いた息が白く広がる。思ったより冷えるな、とマフラーを少し上げたところで、
「はーい、じゃあ撮りますよー」
聞き馴染みのある声が、近くで聞こえる。振り向くと、何故かカメラ片手に誰かの写真を撮っている脇阪くんがいた。
「⋯⋯はい、撮れましたよ。一応確認しといてください」
「ありがとうございます。わざわざ声かけてくださって」
「いえ、どうせ人待ってて暇だったんで」
相手は観光客だろうか?普段見せないようなにこやかな笑顔での対応が見ていて少し面白い。
「助かりました。ほら、お兄ちゃんにお礼して?」
「ありがとー!」
「どういたしまして。今日の事、ちゃんと覚えといてくれよ?」
手を振る子どもに手を振り返している脇阪くんの後ろに立ってみる。少しだけ見える横顔が、いつもより緩んで見えた。
「子供、好きなんだ?」
「⋯⋯いたんだったら、声かけろよ」
話しかけてみると、いつもの仏頂面に戻ってしまった。私も写真でも撮っておくべきだったかな?
「何してたの?」
「別に、子供の写真撮ってたみたいだから、家族写真撮ってやっただけだよ」
⋯⋯わざわざ、自分から声をかけてだろうか?彼がそういう事までするのは案外意外だった。
「家のアルバム見るとさ、全員が映ってる家族写真ってあんまりないんだよなぁ」
それは、そうだろう。私の家とは事情が違うけれど、脇阪くんの家にも基本的に父親がいない。
「思い出は、あった方が良いだろ」
だからこそ、こうやって周りに優しく出来るのは、彼の魅力なんだろうな。
「優しいね、脇阪くんは」
「だろ?今回の事については自信ある⋯⋯」
そう言いながら振り向いたと思ったら、私を見て固まった。
(⋯⋯私服の、脇阪くんだ)
かく言う私も、少し固まってしまった。自分の服ばかり考えていたが、彼の私服を見るのも四年ぶりという事になるのだ。
ロングコートの下に、グレーのハイネック。下は黒のスラックスを履いていて、着慣れている感じが出ている。実際、お洒落に頓着がないと聞いているし、普段着なんだろう。
(似合ってるなぁ)
だけど、そのラフな格好でも充分なインパクトがあった。私の事を、可愛いとか、美人だと言うけれど、脇阪くんだって顔は整っているほうなのだ。
「⋯⋯どうしたの?」
先に硬直が解けた私のほうから声をかけてみる。⋯⋯こういう時って、私も彼の事を褒めた方が良いんだろうか?いやでも、脇阪くんは多分普段通りだし、褒めるのは違う気もする。
「いや、なんでもない。髪、いつもと括り方違うんだな」
その言葉に、心臓が跳ねる。
「さ、サイドテールにしてみた。どうかな?」
朝起きて、いつもよりも時間をかけて纏めた髪。ただ、いつもと違う髪形に気づいてくれただけで、こんなに嬉しいのは何故なんだろう。
「何したって似合うのはズルいとは思う」
「言い方」
今、二人でここにいる事に、私は浮かれているんだろうか?
「すみませんね偏屈な褒め方しか出来なくて。⋯⋯写真撮っとくか?」
顔を反らしながら、脇阪くんがそう提案する。普段と違う状況に、彼も緊張してくれてるのかな?
提案の内容は、いつもの私なら、恥ずかしくて、「そこまでは⋯⋯」と言って断るような提案。
「そう、だね。うん、記念に撮ってもらおうかな
?」
だけど、今なら少しだけ、踏み出す事が出来た。
そうやって勇気を出したのに、
「え?脇阪くん映らないの?」
「なんでツーショットで映らなきゃならないんだよ。別々で良いだろ?」
脇阪くんはいつも通りの平常運転だった。⋯⋯これって、私が空回ってるんだろうか。
「あの⋯⋯」
そんなやり取りをしていた時、さっき脇阪くんが写真を撮っていた親子に話しかけられた。
「良ければ、お写真撮りましょうか?」
親子は私達のやり取りを見ていたのか、写真を撮ってくれるという。
「いや、別に俺達は⋯⋯」
脇阪くんが断ろうとするけれど、こういう時のご好意はちゃんと受け取るべきだと思うな。
「良いんですか?じゃあお言葉に甘えて」
母親の方に携帯を渡し、彼の隣に立って笑顔を作ってみる。ほんの少し、いつもより距離を詰めて。
「お前、そんなコミュ力あったんだな」
「脇阪くんが言ったんでしょ?思い出はちゃんと残しとくものだって」
帰ったら、ちゃんと現像してみる事にしよう。
「いらないだろ、俺との写真なんて」
「脇阪くんがそんな事言ってたなって、思い出すために必要だよ」
いつの日か、こんな事もあったんだって、思い出して笑えるように。
「ありがとうございます。わざわざ写真を撮っていただいて」
何枚かの写真を撮って貰ったあと、写真を撮ってくれた母親にお礼を言う。
「こちらこそお連れさんにお世話になったので、どちらから来られたんです?」
「そんなに遠くではないんですけど、映画を観に来たんです」
「そうなんですね、私達は東京から来たんですよ」
他愛の無い話だけれど、知らない人と、あまり知らない土地で話している事が不思議な感覚だった。脇阪くんが作ったきっかけがなかったら、一生ない経験だったかもしれない。
「じゃあ予定もあるでしょうし、これで」
そう言って、親子と分かれる。ブンブンと手を振り回す子供を見ると、不思議と笑顔になった。良い出会いだったと、素直に思ったんだ。
「それじゃあ、彼氏さんと仲良くね、こんな良い人中々いないですよ」
⋯⋯最後の爆弾発言さえなければ。
「⋯⋯ち、違うけどね!?」
よく考えてみると、勘違いされるような事しかしてない気もするけど!違うから!
「そんな声張らなくても分かってるよ。⋯⋯じゃあ行くか?」
そう言って、落ち着き払ったように見せている彼の頬も、少し赤くなっていたように見えた。⋯⋯それを指摘する勇気は、さすがになかったけれど。




