恋人なんかじゃない
「⋯⋯ただいま」
家庭科室で食事を終え帰宅する。家に帰っても、勿論誰もいない。それでも帰宅の挨拶は今でもしっかりと行っている。
一旦、制服も着替えずにベッドにうつ伏せに飛び込む。
「⋯⋯やっちゃった、かなぁ⋯⋯」
自室のベッドで枕に顔をうずめる。足は落ち着きもなくバタバタと動いてしまう。そんな奇行を行なっても、誰にも注意されないのが、今だけはありがたかった。
「⋯⋯映画、観に行くんだ、脇阪くんと」
言葉を反復すれば、それが夢じゃなく、現実に起こった事だという事が理解出来た。
「⋯⋯大したことじゃないよね」
脇阪くんの方は気にしていないように見えた。彼の反応を見ても、今回の事はきっと大した事ではないのだ。
琴音の妄想で、映画に行く事に過敏になっているだけだと、自分に言い聞かせる。
「準備しようかな」
そう、だから何も気にせずに、友達と行くような気持ちで準備をしよう。変に気合いを入れたら、脇阪くんにからかわれてしまうから。
だというのに、
「⋯⋯服、どれにしよう?」
クローゼットの扉を開けたまま、私は固まっていた。
別に、普通の格好をしていけば良いだけだ、と頭の中では分かっている。だけど⋯⋯
(よく考えたら、私、脇阪くんと制服かジャージでしか会った事ない⋯⋯!)
年頃だからか、中学の頃あたりからお互いに家に上がりこむ事はなくなった。だから、会うのは基本学校だけ。彼に私服を見せた事が、この四年程で一度もないのだ。流石に文化祭での着物姿はノーカウントだろう。
(⋯⋯普通の格好って、どんなの?)
考えれば考えるほど分からなくなってきた。スカート⋯⋯はなんだか気合が入りすぎてる気がする。というか、冬には向かないでしょ。でも、制服の時はスカートなんだし、そっちのが普通な気もしてきた。
ワンピース⋯⋯はなんだかあざとい気がする。いや、それはワンピースに失礼かな?
(⋯⋯なにやってるんだろ、私)
自分の奇行に頭が痛くなってきた。映画を観に行くのは週末だ。まだまだ時間もある。
ただ映画を観に行くだけ。
それも大げさに言えば、成り行きみたいなものだ。なのに。どうして服でこんなに悩んでるんだろう。
ハンガーにかかった服を一枚ずつ指でなぞる。
いつものTシャツにデニム。無難。間違いない。これでも全然構わないだろう。
なのに、
(⋯⋯遠出するんだし、もう少しだけお洒落したって、可笑しくないよね?)
言い訳をしながら、前に友達と一緒に買った。新品の服を手に取る。
『夏希は可愛いんだから、服でももっとお洒落しなきゃ!』
なんて言われて、秋に買った服。
『彼ピでも出来たら、この清楚服でイチコロよ!』
そんな事を言われながら、半ば無理矢理買わされた服。
(映画館は暗いし、どうせ服なんてあんまり見えないよね?)
そうやって、また言い訳を積み重ねる。どれだけの言い訳を重ねて、この服を、私は着ていくのだろうか?
(よし、とりあえず服は決まったし、もう寝よう)
無駄に服で悩んでいたせいで、随分と時間が経ってしまっていた。今日の所は、もう休むことにしよう。
そう思い立ち、制服から寝間着に着替え、束ねていた髪の毛を下ろす。
「⋯⋯あ、これ⋯⋯」
そうして付けていたヘアゴムを引き出しに入れる際に、昔彼からプレゼントされた、別のヘアゴムが目に入った。
文化祭の時話していた。脇阪くんには、「頑張る時には付けてる」と話していた。不思議と元気がもらえるヘアゴム。
「⋯⋯これは、つけなくても、良いよね?」
今回は、そこまでじゃない。そう言い聞かせて、引き出しを閉めた。
――だって、彼は恋人なんかじゃないんだから。




