私の、少しの挑戦
「今やってる映画、こんな感じだけど。この中ならどれだ?」
そう言いながら脇阪くんが携帯を取り出し、検索した映画の内容を私に見せる。⋯⋯私と行くなら、どんなものが良いか、考えてくれている。
「うーん⋯⋯あ、このドラマなら観たことかあるかな?」
平然を装いながら、上映中の映画を確認する。この状況がなんともこそばゆい。
「残念、それは俺が観た事ないな」
「じゃあこっちのは?」
「俺と前田さんの二人で行くならって話だろ?恋愛映画観てどうするよ」
提案した映画を、脇阪くんがばっさりと却下していく。⋯⋯私とは恋愛映画は観れないのか。
「否定してばっかりじゃなくて、脇阪くんも考えてよ」
「そうだなぁ⋯⋯じゃあこれとかは?」
画面をスクロールさせながら、脇阪くんも共通の映画を探していく。彼の目に止まったのは、少年漫画の映画だった。
「このアニメ、俺映画だけは観てるんだよな。案外面白く観れるぞ?」
内容は詳しくは分からないけれど、それでも面白く観れるらしい。でも、私も同じ感じで観れるかは分からないな。
「そうだね、候補には挙がるかな。⋯⋯あ、これ⋯⋯」
そうして、二人で同じ画面を見ながら上映中の映画を確認していると、一つの映画が目に留まる。
「ああ、このバスケ漫画、映画化したんだよな。前田さんも知ってるのか?」
「知ってるよ。覚えてない?子供の頃、脇阪くんが私の家に持ってきてたよ?」
小さい頃、まだお互いに会話もしなかった時に、脇阪くんが持ってきていた漫画の一つに、この漫画があった。
「いや、何持っていってたかなんて覚えてないな。暇つぶしの道具だったし」
「でも、これなら私も内容分かるし、丁度良いんじゃないかな?」
子供の頃の彼の何気ない行動が、今のこの時間に繋がっている事が、少し嬉しい。
「ちゃんと内容覚えてるのか?」
「映画のとこまで読み直したら良いだけだから。今度貸してよ」
「え?」
「うん?どうしたの?」
脇阪くんがなんだか驚いた表情をしている。何か可笑しい事を言ったかな?漫画を借りるのは失礼だろうか?
「⋯⋯本当に行くつもりなのか?」
彼が言葉を選んで放った一言は、私の顔を赤面させるのには、充分だった。
(知らないうちに、本当に行くと思ってた⋯⋯!)
心の中で自分の過ちを叱責する。彼にとっては、映画を探すのは、あくまでも雑談の一つだったのだ。誤魔化す言葉も思いつかずに、喉だけが渇いていく感覚を感じる。
「⋯⋯まぁ、共通の映画があって良かったな。これなら、二人で観てもつまらなくはないだろ」
少しの間の後、気まずい空間を誤魔化すように脇阪くんは笑う。これも彼の優しさの一つ、なのだろう。
「さて、じゃあどうする?本当に行ってみるか?」
そう言って、脇阪くんはまた私をからかう。私達にとって今回の話は、ただの雑談の一つだった。それでこの話を終わらせようとしている。
いつも通り私が少し照れて、行かないよ、と言えば、この話はおしまいだ。
『何事も挑戦から始まるもんだよ』
そんな時、燻製料理の失敗を楽しそうに語る脇阪くんを思い出す。
言わなければ、今まで通り。何も変わらない。だけど⋯⋯
(変わらないままで、いいのかな)
挑戦、これもその一つ、なのかもしれない。一歩、踏み出すだけ。それだけでいい。
私は、小さく息を吸った。
「じゃあ」
「ん?」
「今度、行こっか。映画、観に」
言った。言ってしまった。
心臓がやけにうるさい。
脇阪くんは少し驚いたように目を瞬かせてから、
「じゃあ今週末でいいか?」
何事もないかのように返事を返した。ほぼ即答である。
「同級生に見られたくないから、ちょっと遠出するか」
(遠出!?)
既にそこまで考えてるの!?
「……そこら辺は、任せたいかな」
精一杯平静を装う。顔が熱くなっている事は感じるけれど、彼にはバレていないだろうか?
「了解。じゃあちょっと離れた所だな。時間は⋯⋯」
もう具体的に予定を組み始めている。その様子に、どっと疲れが押し寄せる。
(何でこんなに冷静なの)
こっちは結構な一大決心だったのに。
日程、電車の時間、上映スケジュール。淡々と確認している姿が、少し腹立たしい。
(いや、別に怒ることじゃないけど)
ただ、温度差がある気がして、それがなんだが悔しかった。
「そんなに嫌そうな顔するなよ。言い出したのそっちだろ?」
「⋯⋯嫌な顔なんて、してない」
「してる」
「してない」
「やっぱ辞めとくか?」
「⋯⋯辞めない!」
意味もない言葉の応酬。何に拗ねてるんだ私は。
「まあ、映画観に行くだけだろ?」
彼はあっさりとそう言う。そうだ。ただ映画を観に行くだけ。それだけだ。
でも、私は分かっている。世間一般では。これは流石に。
(デート、だよね……)
その言葉を口にする勇気は、まだない。
胸の奥が、少しだけ熱かった。
「あ、こっち方面いくなら、俺このカフェ行ってみたいんだけど、良いか?」
「別になんでも良いよ⋯⋯もう好きにしてくれれば」
「悪いな、男一人じゃ入りにくいもんでね」
カフェなんて入ったら、さらにデートっぽくなるじゃないか、という反論を、限界状態の私は出来なかった。




