楽しいかは内容次第
「そういえば、なんで急に燻製なんてやろうとおもったの?」
食後に洗った皿を布巾で拭いて、棚に戻しながら、何気なく聞いてみる。
「別に、急ってわけじゃないけどな」
脇阪くんが少し考える仕草をしてから、さらりと答える。
「先々週の金曜、テレビで映画やってただろ?」
「映画?」
そういえばやっていたかもしれない。アニメ映画だったと思う。昔の映画ではあるが、人気作のため何度もテレビで放映されている。
「有名だろ?ベーコン食べるシーン」
確かに映画の中で、子供がベーコンエッグを頬張るシーンがあったかもしれない。
「めちゃくちゃ美味そうだった」
話している脇阪くんは少しだけ目が輝いているように見えた。子供っぽい表情を見せた事に少し驚く。
「⋯⋯理由それだけ?」
「それ以外に理由が必要か?俺は料理部だぞ?」
本当にそれだけらしい。凝り性な彼からすると、理由なんてそんな物で良いのかもしれない。
「影響されやすいね」
「否定はしない」
スポンジに泡を立てながら、脇阪くんは苦笑する。
「それに、普通は憧れても、一からは作らないと思うよ?」
「いや、まさかここまで手がかかるとは思わなかった」
カラカラと笑う脇阪くんは、大変だったと言うが、一種の達成感があったのか、嬉しそうな表情たった。
「ベーコン作るのって、一週間以上かかるんだな。塩漬けして、水抜いて、乾燥させて……」
「一週間……」
そこまで手が込んでいる物を、惜しげもなく私にも食べさせて良いんだろうか。
「まあ、料理ってそんなもんだよ。時間かけると、そのままで食うのとは別物になるよな」
向こうは全く気にも止めていないようだし、気にしない事にしとこう。
「美味しかったよ、ありがとう」
代わりに感謝だけを伝えておく。
「美味かったんなら良かったよ。お礼なら映画にしといてくれ。今回作る理由はそこだったしな」
機嫌よく脇阪くんが軽口を放つ。
「映画か……」
その言葉を聞いて、ぽつりと言葉が漏れる。
「脇阪くんって、映画は家で見る派?」
「いや、出来れば映画館かな」
そうなんだ。私は案外どっちでも良い派なんだけど。
「音も画面も、あの迫力は家じゃ出せないだろ」
「……そうだね、それはそうかも」
その話にも納得は出来る。確かに良い映画館で観る映画は、値段に見合った体験が出来ると思う。
映画館。暗い空間。並んだ席。琴音の声が、ふっと蘇る。
『映画館デート!良いよねぇ……』
⋯⋯これは、ただの確認だ、話題がそっちに向かったから聞くだけだ。
「……脇阪くんはさ」
別に、深い意味はない。本当に、何となく。
「ん?」
「私と映画行ったら、楽しいと思う?」
聞いた。
「⋯⋯そうだなぁ⋯⋯」
悩む素振りを見せる彼を見て、余計な事を聞いてしまった、と沈黙の中で後悔する。
時間にしては数秒だったろう、蛇口からの水音だけが響く。ほんの一瞬の時間が、不思議と長く感じた。水で濡れただけの手が、不思議と汗ばんで感じる。
脇阪くんは少しだけ考えてから、
「映画の内容によるんじゃないか?」
と、いつもの調子で言った。
「趣味合わなかったら、つまんないだろ」
「……そっか」
彼ならそう言うだろう。分かりきっていた答えに安心する。でも、ほんの少しだけ、胸に引っかかるものが感じた。
(⋯⋯何期待してるんだろう、私は)
もし、彼が「一緒観れたら嬉しい」なんて答えても、困るくせに。少し残念だと思ってしまった。そんな感情は知られたくない。彼に顔を見られないように、タオルで水気を拭く。
「前田さんはどんな映画が好きなんだ?」
「⋯⋯え?」
そんな時、彼から発せられた言葉は、意外な一言だった。軽い質問から、まさかあんな風に話が続くなんて、思ってもみなかったんだ。




