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母がいない間だけ、幼馴染が俺の料理を食べに来る  作者: bonta
近いようで、遠い距離

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50/55

彼は家庭科室の変わり者

 最近は、調子が良いと思う。トラックを蹴る足が、いつもより軽く感じる。


「ラスト一本、流すなよ!」

 先輩の声が飛ぶ。

「はい!」

 返事の声も、妙に通る。


 文化祭が終わり半月程経ち、陸上部としてはオフシーズンに入った。私達の地域は雪が積もるので、グラウンドで練習出来る期間はあと少しだろう。

 そう思うと一本一本の練習に気合が入る。風を切る感覚を大事にする。腕振りも、呼吸も、最近はリズムが合っている。


「前田、最近調子いいな」

 タイムを見た先輩が、感心したように言う。


「そうですか?」

「今大会がないのが残念だよ。夏にこの調子だったら、良い記録狙えたな」

「……たまたまですよ」

 そう言いながらも、頬が少し緩む。自分の頑張りが実った事は素直に嬉しかった。


「まぁ、来年に期待だな。何か良いことあったか?」

 軽い調子で聞かれる。⋯⋯良いこと?


 そう言われると、浮かぶ顔がある。

 優しい声。包丁の音。未だに続いている。彼との食事。そこまで考えて、慌てて首を振る。


「特にないです」

 彼の顔が思い浮かんだのは、単に琴音に付きまとわれて、意識がそちらに向かってしまっただけだ。


「怪しいなー」

 先輩がにやりと笑う。⋯⋯先輩まで、変な勘ぐりをするのは辞めて欲しい。

 その視線から逃げるように、何気なく家庭科室の方を見る。


(あれ?外に出てる)

 今日は珍しく、脇阪くんが外に出ていた。椅子に座りながら、教科書を読んでいる。

 その近くには段ボールが置かれているんだけど⋯⋯


「……煙?」

 そこから白いものが、もくもくと立ち上っている。

 それを見て、一瞬、グラウンドにいる一部の運動部の動きが止まる。

「おいおいおい」

「火事じゃないよな?」

 火事という事はないだろう。あれも何かの料理なのだろうか?


 次の瞬間、グラウンドの端から怒声が飛んだ。

「ちょっ、脇阪!? お前何やってんの!?」


 慌てながら、野球部の顧問が確認を取りに行く。確認を取られた本人は涼しそうな顔だ。

「燻製ですけど」

「は?」

「ベーコンって作るの大変なんですねぇ」

 この反応である。風に乗った匂いを嗅げば、グラウンドの方にも、確かに燻製だと分かるような匂いがする。


「そうか、良い香りだな?」

 先生が頭を抱えている。⋯⋯なんか、ごめんなさい先生。そういう人なんです。


「許可を取れ、許可をぉ!」

 顧問の先生の絶叫が校庭に響く。先生って、つくづく大変な仕事だな、と苦笑しながら思うのだった。


「馬鹿やってんなぁ、あれ?料理部の子だろ?文化祭で話題になってたよな」

 先輩も彼の事を知ってるようだ、文化祭というイベントから、脇阪くんの存在を認知する人が増えていた。


「一年だよな?前田は知り合いか?」

「同じクラスですね」

 煙の向こうで、少し困ったように頭をかく彼を見ていると、少し頬が緩んだ。


「変なやつだな」

「そうですね」

 先輩との話を切り上げ、また練習を続ける。彼が私の姿を見られる距離にいる事で、その後の練習に気合が入った気がした。


「お邪魔します」

「おう、お疲れ様」

 練習が終わり、人が少なくなってくる夕方に家庭科室の扉を開ける。脇阪くんが料理部の活動をしている時は、この流れがもはや日常となっている。


「今日は、なんか変な事してたね」

 昼の燻製事件は、明日の校内ではちょっとした話題になるだろう。


「俺も燻製は初めてだったからな、もっと目立たない場所でやるべきだった」

「学校でやる気持ちは変わらないんだ」

 学校でやらないっていう選択がない事に笑ってしまう。


「家でやったら匂いがつきそうだから嫌だね」

 それは確かにそうかもしれないけど、だから学校でやるというのは、目茶苦茶な意見に聞こえるんだけど⋯⋯


「なにか言いたげに見えるが、これを食ってからでも同じ事が言えるかな?」

 そう言いながら、自信ありげに私の前に料理が置かれる。


「わぁ⋯⋯これ、アニメで見た事ある⋯⋯!」

 大切りで厚切りのベーコンの横に、目玉焼きが二つ、というシンプルな構成。

「厚切りベーコンエッグ!これがベーコンでは王道だろ!」

 燻されたベーコンの香りと、見た事があるビジュアルが食欲を唆る。隣にサラダと、具沢山のコンソメスープが置かれる。そこにも今回のベーコンが使われているようだ。


「さて、食ってみるか。これは個人的に力作なんだよ」

「先生に怒られるだけの価値があるかだね」

「お前、ほんとに遠慮なくなってきたよな⋯⋯」

 話しながらも手を合わせて、彼が作った手作りベーコンを頬張る。食べた瞬間に、市販品では考えられない燻製の香りが口の中に広がる。


「凄いねこれ、市販のと全然違う」

 労力がどの程度かかるか分からないけれど、これはかなり価値があるんじゃないだろうか。


「いや⋯⋯これは⋯⋯」

 そう思っていたのに、脇阪くんは眉をひそめて考え事をしている。


「悪いな前田さん、こりゃ失敗だ」

 ⋯⋯失敗?これが?


「え?美味しいと思うけど」

「香りが強すぎる。調べてた時も書かれてたんだけど、燻製って寝かしたほうが香りが落ち着くらしい」

 そうだろうか?と思い再び口にしてみると、確かに香りの強さが、エグみのように感じなくもない。


「別の燻製して食べ物も試食したけど、やっぱその傾向が強く出てる。基本は明日に持ち越しだな」

 なるほど、料理は出来たてのほうがなんでも美味しいと思っていたけど、寝かせた方が美味しい物もやはりあるらしい。


「脇阪くんも失敗する時あるんだね」

「当たり前だろ?何事も挑戦から始まるもんだよ。まぁ、俺が作る料理なんて全部先人の知恵だけどな」

 挑戦か、私も何か挑戦してみた方が良いんだろうか?


「ま、今日はこれで我慢してくれ、明日はもっと美味くなってるだろうから」

「今日のも充分美味しいんだけどな。⋯⋯じゃあ、明日は何作るの?」

 こうやって、彼と私の日常は回っていく。彼にとっては当たり前なのかもしれないけれど、明日もここに来る理由が出来た事が、妙に嬉しかった。


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