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母がいない間だけ、幼馴染が俺の料理を食べに来る  作者: bonta
第一章、切れてるようで、繋がっている関係

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幼馴染は見ている

朝の空気は、少し冷たかった。


 前田夏希は、吐く息が白くなるのを見て、冬が近いことを実感する。


 家を出るとき、誰もいない台所をあまり見ないようにした。

 代わりに、鞄の中身を確認する。


 教科書、ノート、部活の用意。

 忘れ物は、ない。


 ――大丈夫。


 

 校門が見えてくると、気持ちを強く持ち、友人のもとに駆け寄る。親の事は友達の誰にも言っていないし、迷惑をかけたく無いと思っているから。


「おはよー、夏希」


「おはよう」


 友達と並んで昇降口へ向かう。

 靴を履き替え、廊下を歩いていると

「夏希、ちょっと元気になった?」

 友達からそう聞かれた。内心冷や汗がでる。やっぱり顔に疲れが出てしまってたんだろうか。


「な、何の事?特に変わってないよ?」

「ふーーーん、言いたくないんだぁ。別にいいけどさぁ」

 はぐらかす言葉に拗ねているけれど、深くは突っ込んでこない友達に心の中で感謝する。


「けど、きっと少しは解決したんでしょ?色々とさ」

「……そうなのかな」

 正直、まだ何も解決出来ていないけれど、ちゃんと、学校に来ている。

 それだけで、今は十分だった。


 

 教室に入ると、窓際の席に彼がいた。


 脇阪悠斗。


 もう来ている。

 いつも通り、静かに席についてノートを開いている。何も話しかけたりはしないけれど、最近は彼がどこにいるのかなんとなく、目で追ってしまっている。

 今日はもう少しは、彼とちゃんと話は出来るだろうか。



 放課後、急ぎ足で教室の中を確認しに戻る。

 部活動に向かう前に少しだけ家庭科室を見ると、そこに彼の姿が無かったから。


 中を覗くと、脇阪くんが一人で黒板を拭いていた。

 放課後の教室に、彼の背中だけがある。


 ……やっぱり。


 胸の奥で、小さく息を吐く。


 掃除当番がいなかったらしい。

 そういう時、誰がやるかは大体決まっている。


 


 昼休みの件もそうだ。

 クラスの女子が、少し困った顔で彼にに話しかけていたのを、私は見ていた。


「脇阪くん、その……プリント運ぶの、手伝ってくれない?」


 その声は、必要以上に柔らかかった。

 お願いというより、期待みたいな響き。


 彼は一瞬だけ戸惑った顔をして、それから頷いた。

 嫌そうなのに、断らない。


 ……いつも、そうだ。


 


 その女子は、脇阪くんが職員室に向かった後に、友達に小さく言っていた。


「やっぱ優しいよね、脇阪くん」


 私は何も言わなかった。

 言えなかった。


 でも、分かってしまった。


 彼が“優しい”ことを。

 そして、それを好きになる人が出てくることも。でもそれは、彼の優しさに付け込んでいるだけだと思ってしまう。

 ……そして、それは私も同じだ。彼に甘えているだけだ。私が出来る事はないんだろうか。


 


 だから今、こうして一人で掃除している姿を見て、

 胸の奥が少しだけ痛んだ。


 放っておけなかった。


 

「……脇阪くん」


 声をかけると、彼は驚いたように振り返った。


 その顔を見て、少し安心する。

 いつも通りの、無表情に近い顔。


「……部活じゃなかったのか」


「その、掃除……一人でやってるって聞いて」


 本当は、聞いてなんかいない。でもあそこに彼がいなかったから……

 でも、そう言うと変だから少しだけの嘘をつく。


 

「別に、すぐ終わるから」


 そう言われて、少しだけ胸が締めつけられる。


 ――また、そうやって全部一人で。



「私も……手伝う」


 自分でも、意外なほどはっきり言えた。


 彼はすぐに断ったけれど、

 私はもう箒を取っていた。


 


 並んで掃除をする。


 無言なのに、居心地が悪くない。

 むしろ、落ち着く。


 昔も、こうだった。


 

「……昔も、こんな事あったよね」


 気づいたら、口に出していた。


「いや、中学校の時。掃除当番サボった人の代わり」


 彼が少し笑ったのを見て、胸が温かくなる。


 変わってない。

 何も変わってない。


 でも――


 少し迷ってから、私は言った。


「私は見てるよ、脇阪くんの優しい所」


 本当のことを言っただけなのに、

 彼は顔を背けてしまった。


 逃げるみたいに。


 それでもいい。


 きっと彼は、自分が優しいってことを、

 ちゃんと分かっていない。


 だから誰かに頼られて、

 誰かに好かれて、

 それでも気づかない。


 


 ……でも。


 少なくとも私は、知っている。


 嫌そうな顔で、全部引き受けるところ。

 何も言わずに、最後までやるところ。


 


 夕焼けに染まる教室で、

 私は箒を動かしながら思った。


 ――この人は、放っておいたら駄目だ。


 誰かに取られるとか、そういう話じゃない。

 ただ、独りで抱え込んでしまう人だから。



 だから今日も、あの場所へ行く。


 家庭科室。

 温かいご飯があって、

 彼がいる場所。


 学校では遠いのに、

 そこでは、少し近い。


 その距離が、今はちょうどいい。

 そう思えることが、少しだけ嬉しかった。

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