祭りの終わり
『以上をもちまして、今回の文化祭の全てのスケジュールは終了となります』
夕方に差しかかり、教室で後片付けを行っている最中にアナウンスが流れる。
「終わったー!」
大きな声で誰かが放った一声で、長かった一日が、ようやく終わったのだと実感する。
俺達一年の教室では、机を片付けながら、疲れ切った声と笑い声が入り混じっていた。
『なお、一時間後に今回の売り上げの公表と、後夜祭を始めます。任意ではありますが、どうぞご参加下さい』
続けて後夜祭のアナウンス。講堂の方ではバンド演奏、グラウンドでは花火等をやるらしい。中学の時は無かったな。
「売り上げの公表だってよ!うちら良いとこまで行くでしょ!」
「ていうか、一位狙えるでしょ!ねぇ脇阪くん!」
「そうだな、まぁチャンスはあるんじゃないか?ちゃんと売り切れたし」
結局の所、二日目も和風喫茶の品はしっかりと売り切れた。スープは少し残ったが、初日よりは多めにした筈の具材の方が底を尽いたのだ。
「企画者なんだから、勿論、後夜祭来るよな?」
企画者って言われてもな。実際の所、和風喫茶が形を成したのは、クラスメイトが頑張ったからだ。裏方の俺は基本料理してただけなんだが⋯⋯
「考えとくよ、とりあえず休ませてくれ」
それに後夜祭とか、疲れそうな行事への参加は他の奴に任せたい。
「分かった!じゃあ後でな!」
そう言い放ち、学生らしくテンションが高い奴らは、先にグラウンドへと飛び出していった。⋯⋯まだ外に行った所で何もしてないだろ。
「⋯⋯さてと、家庭科室でも向かうか」
片付けも一段落し、教室でやれる事はある程度終えた。後夜祭に参加するにしても、まだ一時間もあるのだ。わざわざグラウンドや講堂に赴く理由はない。
家庭科室に入ると、誰もいない室内に逆に安心する。賑やかな所も嫌いではないんだが、この空気感が俺は好きなんだと実感する。置かれているのは少し残ったスープの鍋だけだ。
「⋯⋯作るか」
腹も減ったので、何気なしに冷蔵庫を開ける。中にはスープが余った時に、作ってみようと思い買っておいた、豚ミンチと豆腐がある。
(分量は、適当で良いか)
いつもならある程度の分量は測るのだが、疲れているのである程度省略する。
ミンチを炒め、豆板醤と甜麺醤で味を付けてから、鶏ガラスープと豆腐をフライパンにぶち込む。本来なら豆腐も下茹でするのだが、それも省略。型崩れしようが味は同じだろう。
「あ、やっぱりここにいた」
調理を進めていると扉が開き、家庭科室に夏希が入ってきた。
「脇阪くん。後夜祭、始まっちゃうよ?」
そう言いながら、いつもの定位置にストン、と座る。夏希まで俺に後夜祭に参加しろというのか?
「なんだよ?後夜祭は自由参加だろ?」
フライパンを揺らしながら、夏希の問いに答える。
「私達のクラスの売り上げが良さそうだって、みんな盛り上がってる。功労者がいないと始まらないって脇阪くんの事探してる」
企画者の次は功労者ときたか。随分と大袈裟な言い方だ。まぁ悪い気はしないが。
「そりゃ嬉しい話だな。景品あるなら貰っといてくれ」
「行かないの?」
「俺がそういうの行くと思うか?」
夏希なら分かるだろ、俺がそういうの得意じゃないって事くらい。
「そうだね⋯⋯あんまりイメージないかも」
夏希が小さく笑う。否定でも肯定でもない声色が妙に落ち着く。
「じゃあ、私も行かない」
その返答に、少しだけ手が止まる。
「俺に付き合う必要ないだろ」
「ここにいるのが迷惑だったら、行ってくるけど」
⋯⋯迷惑なんて思うわけがないだろ。だなんて、言える気がしない。
「お前、段々ずる賢くなってないか?」
「そうかな?⋯⋯そうかも」
自覚あるのかよ。厄介だな。これから先も、夏希に振り回される時が来るかもしれないな。
「⋯⋯ねぇ脇阪くん。今日一緒に文化祭、回ったのって⋯⋯」
少しの沈黙の後、夏希が俺に話しかけてきたが、聞きにくい事なのか言葉が途中で止まる。
「⋯⋯なんでもない。今日楽しかった?」
逡巡した後、夏希が俺にそう語りかける。⋯⋯夏希が何を考えていたのか、なんとなくは分かる。
だが、それを確認出来るほど、俺も夏希にも勇気がなかった。
「おかげさまで、楽しかったよ」
気を取り直して、楽しかったか?という夏希の問いに本音で返す。色々と問題もあったが、それを差し引いても、今日という日は充実した物だったろう。
「そっか、私も、楽しかった」
夏希からの言葉を聞いて、少し胸が緩むのを感じる。彼女が俺と同じ感情を抱いてくれた事が、少しだけ嬉しかった。
「んじゃ、これは今日の感謝の気持ちな」
フライパンから皿に移し、夏希の前に今作った料理を置く。
「⋯⋯美味しそう」
「スープが余ってたからな。マーボー豆腐が作ってみたかったんだよ」
本来は水を入れて作る所を、鶏ガラスープにすると美味いらしい。それをしてみたかったのだ。
「抜け目ないなぁ」
笑い混じりの声に、嫌味は一つも感じない。
(⋯⋯楽だな、こいつといるのは)
だからこそ、こうして一緒に食事が食べられる。文化祭の喧騒で忘れていた距離が、再び戻っていくのを感じた。
「⋯⋯ちょっと辛いね」
「お子様舌か?この辛さが美味いんだよ」
「そんな事言うなら、脇阪くんは飲み物飲まなくて良いよね?」
「俺は自分がお子様舌だって認めてるから、飲んで良いんだよ」
明日からはまた、同じ距離に戻るだろう。またこの場で、何の気兼ねもなく、笑いながら食事をとる。それは魅力的な話だ。
「⋯⋯これ食ったら行くか、後夜祭」
だけど、今日までは、この文化祭の熱に当てられても構わないだろう。
「行くの?無理しなくても良いと思うけど」
「前田さんがここに来なかったら、行かなかったかもな」
冗談めかして言うが、本当の事だ。夏希と一緒じゃなければ、俺は行かなかっただろう。
「二日間、ちゃんと付き合ってくれたお礼だよ。後夜祭行きたいなら、俺も付き合うよ」
「そういう事なら、私に付き合ってもらおうかな?」
食事を終えたら、二人で一緒に講堂へと向かおう。周りからどれだけ茶化されたとしても、今日は彼女と共にいよう。
(⋯⋯この気持ちは、結局なんなんだろうな)
――夏希とは昔からの幼馴染。彼女の事は誰よりも知っている筈なのに、それ以上に、今までずっと一緒だったのに、何も進展しなかったという現実が、一つの感情を抑えこんでしまっている。
「一緒に行ってくれますか?夏希さん?」
こうやって、軽口にしなければ、未だに名前すら呼べない。
「⋯⋯うん。それじゃ行こっか、ゆうくん」
彼が彼女に対しての自分の気持ちに気付くのは、まだ先の事だった。
第二章終了です。長い二日間だった!




